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       8 堕ちる

「願いを叶えて……くれるの?」


美桜は震える唇で、美しいその人に問うた。


「お前の願いを叶えるくらい、簡単な事」


「本当に?」


銀朱、そう名乗ったその人はにやりと口の端を上げて笑った。


「ただし、お前と引き換えだ」


「引き……換え?」


取り引きだ。美桜は、その瞬間悟った。

これは、神ではない。

願いと引き換えに、何かを要求するのは……よこしまな存在。


「あなたは、誰?」


美桜がそう問うと、銀朱は目を伏せた。

長い睫毛が、艶っぽい。


「お前は、やはり残酷。私は忘れたくとも、忘れられぬというのに」


「私を、知っているの?」


「知っている。お前の口付けが、甘く痺れる事も」


銀色の髪が、揺れる。


「んっ」


ふいに奪われた唇。目を開いたままの美桜の瞳に、色っぽい銀朱の顔が映る。

絡められていく舌は、深く浅く。

美桜を奪っていくようで、何か与えられているような不思議な感触。


「……んっ」


抵抗しなければ。

美桜が我にかえり体を固くすると、次第に離れていく唇。

安心して、体の力を抜くと再び強く差し込まれる舌。

強弱のついた感触に、熱くなる体。


溺れてしまう。


閉じてしまいそうなまぶたを、美桜は必死に開いた。

目を閉じてしまうと、快感に飲まれてしまう。

そんな、甘い口付け。

ぼんやりとする美桜に、銀朱の唇が離れた。


「さぁ、願え。お前と引き換えなら、どんな願いも叶えてやる」


熱く濡れた唇が離れると、何故か名残惜しい気がした。

反面、罪悪感が美桜の胸を締め付けた。

美桜は冷めていく唇を、手で覆った。


「わ、私と引き換えに……って。願いを叶えてもらうと、私はどうなるのですか?」


銀朱は再び、美桜の頬を指で撫でた。


「此処ではない世界で、私と二人。お前は美しいまま、私に今以上の快楽を与えられる」


今以上の、快楽。

美桜はその言葉を聞き、頬を赤く染めた。

口付けなら、初めてではない。

けれど、溺れてしまいそうな口付けは……初めてだ。


「選ぶが良い。お前には、助けたい人がいるのだろう」


銀朱の言葉に、美桜の瞳が揺れる。

ベッドの上、目を覚まさない健。


『意識が戻らない限り……』


健のお父さんが、そう言って口をつぐんだ。

泣き崩れる、健のお母さんの肩を抱いたまま。

呼吸器をつけられた、健。


「どうしても……助けたい」


美桜の目から涙がこぼれた。

私と引き換えに、健が助かるなら。

邪な存在だとしても……縋りたい。


「本当に、助けてくれるの?」


銀朱は親指で、美桜の涙を拭った。


『堕ちる』


銀朱の瞳が、朱に染まる。

欲しかった少女が、もうすぐ自分の掌に堕ちる。

そう思うと、銀朱の中で鬼の血が騒いだ。


「お前が望めば、叶えてやる」


銀朱は美桜の顔を覗き込み、その肌を撫でた。

鬼の世界と人間の世界は、時の流れが違う。

銀朱には僅かな時間だったか、こちらではそうではなかったらしい。

あの日別れた少女は、もう少女の顔つきをしていない。


女の顔。


涙に濡れた瞳も、愛しい。

誰かを思い出さずにはいられない、その横顔。


「案ずるな。お前は全てを私に委ねれば良い。そうすれば、願いも叶えられよう」


泣き腫らした目が、銀朱を見上げた。


「健を、助けて下さい。私は……どうなっても、構いません」


森に暗い影が落ちる。

この世界にも、闇が。


闇が、来る。



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