2 炎上
R15です。
闇夜を燃やす、青き炎。
冷静な色に似合わぬ、業火。
炎上する、百姫楼。
色も欲も、鬼も女も。
燃えて尽きて、灰。
僅かな風に吹き飛ばされる、塵。
それで、終い。
鬼も女も、燃えて尽きれば終い。
色と欲は、燃えても尽きぬ。
終いなど無い、欲望。
***
「傷は、癒えたか」
茜色に染まる、障子。畳が敷き詰められた部屋には、無駄な装飾が無かった。
見覚えの無い部屋。夕鶴は痛む体を庇いながら、ゆっくりと起き上がった。
肌蹴た着物。あらわになった肌に、布団がさらさらと優しい肌触り。
百姫楼のものとは、まるで違う。
これは、眠る為の寝具。
鬼と交わり、果てては眠る。それが遊女の日常。布団は眠る為に敷くのではなく、鬼と交わる為のものだ。
「……んっ」
目覚めるなり、唇を奪われた。
ぬるりとした感触。きつく吸い上げては、注ぎ込む。
銀朱様とは違う、想いを伴わぬ快感。
「これで、少しは楽やろ」
想いを伴わぬのは、相手も同じ事。
深い口付けは、力を分ける為の行為。
「私は……どうして」
「それは自分で。何が起こったか、しっかり思い出し」
黒紅は突き放すように言った。
「思い出せんのは、都合が悪いからやろ。あんなもん、よう隠しとったなぁ」
あんなもん。黒紅は、夕鶴の肌蹴た着物に手を差し込み、するりと剥いた。白い肌に、大きく残る刀傷。
「別に責めたりせんよ。鬼は欲深い生き物やから。けど……」
黒紅は赤い舌で、夕鶴の首筋を下から舐め上げた。
「お前、鬼になれるんちゃうか」
「えっ……」
「恐ろしい女や」
耳元で囁く、黒紅。夕鶴は、恐ろしさで小さく震えた。
「せっかくやから、見とき」
黒紅は夕鶴の肩を抱き、その場に立たせた。肌蹴た着物がだらしなく、帯に縛られ垂れ下がっていた。
まだ闇は来ていない。
白い肌を、夕日が暖かく染めた。
「珍しいやろ」
黒紅は障子に手を差し、掌ほどの隙間をあけた。
夕鶴の体をその隙間の前に立たせ、外を見るよう促した。
「……あれはっ」
裸同然の夕鶴。羞恥に目を背けようとしたが、あきらかな異変に目を奪われた。
「どうしてっ」
見事な庭の緑。灯篭の向こうに、見える景色は初めて見た景色。
ここに来て以来、出た事のなかった百姫楼。
遠く外から眺めるのは、初めてだ。
しかも……。
「闇が来たら、綺麗やろうなぁ」
黒紅は、夕鶴の帯を解いた。
畳に落ちる、着物。
夕鶴の肌を纏うものは、もう無い。
「しっかり、見とき」
百姫楼が、燃える。
ゆらゆらと、青い炎が焼き尽くす。
夕鶴の目から、涙がこぼれた。
あの色は……あの人の色。
「銀朱……さま」
腰を掴まれ、後ろから責められる。
夕鶴は障子を掴んだまま、涙を流した。
体が揺れる度に、記憶が流れ込んでくる。
「いやぁっ」
銀色の影が、近づく。
朱色に染まった瞳は、夕鶴を……憎んでいた。
「いやっ」
闇が、来る。
泣いて、泣いて、啼かされる。
場所は変われど、する事は同じ。
記憶を辿る。
愛しいあの人は、どうして……。
とどめを刺してくれなかったのだろう。
アルファポリス恋愛大賞エントリーしました。
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