23 既視感(きしかん)
春には、桜。
夏は、青葉。
緑が繁る、眩しい季節。
「美桜、帰ろう」
いつもの帰り道。
健と二人、手を繋いで歩く。
真新しい、夏の制服。
「美桜、もう家出しちゃ駄目だよっ」
すれ違う友達が、私をからかう。
「だから、家出じゃないって」
私は二週間もの間、行方不明だった。
見つけてくれたのは、健。
私は神社の裏の森で、倒れていた……らしい。
目が覚めた時は、病院のベッドの上。
すっかり衰弱してしまった体は、栄養失調だった。
やせ細り青白い顔をしていた、と。
おかげで、学校を1ヶ月も休んでしまった。
今じゃすっかり、元通り。
「ねぇ、健。私、ケーキ食べたいっ」
にっこり笑って、健の顔を見る。
「……昨日も食べただろ。ったく、しょうがないなぁ」
あんな事があったせいか、健は私に甘い。
優しい、健。
あの日、私に何があったのか。
誰に聞いてもわからない。
肝心の私が、覚えていないのだから。
ただ、一つ不思議な事があった。
私の掌には、折り鶴がひとつ。
そっと、握らされていた。
色あせた、どこか懐かしい折り鶴。
季節が巡り、また春が来る。
私の隣には、変わらず健がいてくれる。
ただ……。
何故だろう、満開に咲いた桜を見ると胸が詰まる。
はらはらと舞う桜に、漂う既視感。
桜は……亡き母親と同じ名前。
『さくら』
声に出すと、切なく胸に響く。
悲しくは、ない。
少し、苦しくなるだけ。
ただ、それだけ。
私は少し、大人になったのだろうか。
幼い頃、いなくなった母親。
悲しい、過去。
今は、少しも恨んでいない。
きっと、お母さんはどこかで私の事を想っている。
そんな気がする。
私は、健の手を強く握った。
この手を離す事は、もう無いだろう。
……さようなら。
私は、桜を見ると別れを想う。
春は、出会いと別れ。
薄桃色の花びらの舞う、季節。
今まで読んでくださった皆さん、ありがとうございました。
薄桃の話は、これでお仕舞いです。
感想を頂けたら、すごくうれしいです。
よろしくお願いします。
薄紅の話(過去編)がこの後に続きます。
その後が知りたい方は、薄桃の話(番外編)へどうぞ。
銀朱の行く末が書かれています。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。