12 待つは地獄
「あっ」
さらさらと、銀朱様の髪が私の頬を撫でる。
熱い舌が、ゆっくりと首筋を這う。
「薄桃」
名を呼ばれ向きを変えると、唇が、捕らわれた。
銀朱様が覆い被さり、私の口内を荒らす。
何度も何度も、絡みつく舌。
……口内が、犯されていく。
「私の……愛しい薄桃」
銀朱様の声が甘く、頭に響く。
とろりと、溶けていく。
私の……意識。
「んっ」
熱い。
唇から、つたい落ちる雫。
喉を下っていく熱い液体。
……お酒。
口移しで、含まれたのは熱い液体。
初めての、味。
手が、着物の合わせから割って入ってきた。
その冷たさに、肌が泡立つ。
「早く、私だけのものになれ。薄桃」
「んんっ」
体が熱い。
銀朱様の手が、舌が、急かすように私の肌を貪る。
「銀朱」
「……何だ、黒紅」
襖の向こうから声が聞こえ、銀朱様の手が止まった。
私を胸に抱き、襖を開けた。
「い、いやあああ」
悲鳴にも似た、泣き声。
隣の部屋の、女の声。
「良かったなぁ、夕鶴。銀朱の顔が見れて」
軽い口調の、黒紅様。
「何を……」
銀朱様の胸から、顔を上げた。
白い、牙。
「悪趣味な」
『愛しい』と私に囁いた口が、冷ややかに笑っている。
……知っているのだ。
夕鶴姉さんが、銀朱様の事を好いている事を。
黒紅様も、銀朱様も。
銀朱様は姉さんに見せ付けるように、私の髪を撫でた。
ついばむように、短い口付けを繰り返した。
黒紅様の背中。
しな垂れた枝に舞う、花吹雪。
黒い着物が、闇に馴染んでいる。
姉さんの肌が、そこだけぼんやりと白くて。
赤い紅が淫靡に見えた。
……吐き気がする。
『鬼は美しくとも、鬼。想いを寄せれど、待っているのは地獄』
泣いているのか、啼いているのか。
揺れながらも、姉さんは生気を取り戻していった。
鬼と交わらなくば、生きてはいけぬ。
鬼と交わる事は、喰われる事と大差ない。
ぎりぎり奪われなかった体を抱いて、私は震える事しかできなかった。