第9話 令嬢のゴーレム使い~リコリスは錬金術師に入りますか?~
リコリスが皆の見ている前で罰を受けたのは、無駄ではなかった。
サボりがちだったご令嬢メイド達が、真面目に働き始めたのだ。
自分も皆の見ている前で、お尻をひっぱたかれる可能性がある。
そう、危機感を覚え始めたのだ。
ベテランメイド達がタイミングよく、サディーナに鞭で泣かされ出て行った男爵令嬢の話をしたのも効果的だった。
貴族令嬢や大商人の娘だという肩書は、この職場において通用しないのだ。
特に、鬼のメイド長には。
こうして間接的にはリコリスのおかげで、お屋敷内のお掃除はスムーズに回るようになった。
爆散した「ゾーンイーターくん」は設計図が残っており、レーヴァテイン商会の魔道具開発チームによって研究が進められている。
あれが実用化されれば、この屋敷の掃除はさらに楽になることだろう。
「ゾーンイーターくん」暴走事故の後片付けは大変だったが、ベテランメイド達はリコリスに感謝していた。
そんな風に感謝されたリコリスだったが、異動になった。
あれだけの大騒ぎを起こしたのだから、当然である。
新たに与えられた仕事は、なんと執事の補佐だ。
レーヴァテイン家の執事は大変優秀で人柄も良く、主人や使用人達からの信頼も厚い。
ただひとつ、どうにもならない問題を抱えていた。
たいへんご高齢で、ヨボヨボのお爺ちゃんなのである。
本人も近いうちに引退を希望していて、後継者を探さなければならない段階だった。
執事見習いを兼ねる召使いを現在募集中だが、なかなか応募してきてくれる者がいない。
かなりの好待遇で、求人を出しているのに――
『レーヴァテイン家では貴族令嬢や商家の娘達がバチバチにやり合っていて、あの家で働くのは大変だ』
などという噂が立っていて、若い男性が寄り付かないのだ。
噂は、事実でもあるのだが。
そこで、白羽の矢が立ったのがリコリスだ。
実は彼女、若手メイド達の中で最も身体能力が高い。
サディーナが改めて調査書を読み返すと、剣術、槍術、弓術、体術、馬術もかじっているとのこと。
身体能力の高さは、そこからきているのだろう。
ちょこまか動き回って、お歳で動けない執事を補佐するには適任だ。
そしてリコリスには、もうひとつピッタリな理由があった。
ヘンリーを狙うご令嬢メイド達から、完全にライバルだと思われていないのだ。
執事は主人の世話をする仕事なので、その補佐も主人のヘンリーと接する機会が増える。
ヘンリーを狙っている者達からすれば、絶好のポジション。
当然、取り合いになってしまう。
だが、リコリスなら脅威ではない。
あの娘は、有り得ない。
仕事で散々やらかしているし、しょっちゅうヘンリーからお仕置きを受けているような子である。
見た目は可愛らしいが、ヘンリーから好かれてはいない。
サディーナとジニーを除き、メイド達は全員がそう考えていた。
こうしてメイドなのに執事補佐という、特殊なポジションを務めることになったリコリス。
結論から言えば、彼女は3日で執事補佐をクビになった。
今回のやらかしは、仕事で暴走したとかそういった類のものではない。
覗きだ。
風呂に入っているヘンリーの着替えを用意する際に、ついつい彼の入浴を覗いてしまったのだ。
「リコリス嬢。何か、申し開きはあるかね?」
バスローブ姿である主人の膝上に乗せられて、覗き魔リコリスは次のように弁明した。
「筋肉が……旦那様がそのような筋肉で、常日頃からわたしを誘惑していたのが悪いのです。淑女の理性を狂わせる、魔性の筋に……いったーーーーい!!」
筋肉フェチが聞けば、同情の余地があると思ったかもしれない。
だがそうではないヘンリーは、情状酌量の余地はないと判断。
はしたない覗き魔の尻に、無慈悲な平手打ちを見舞った。
今夜のお仕置き執行場所は執務室ではなく、ヘンリーの寝室。
普通なら、女性が主人の寝室に連れ込まれたとあれば騒ぎになるだろう。
しかし屋敷にいるほとんどの者達の反応は、
『リコリスだし、どうせまたお仕置きでしょう?』
と、冷めたものだった。
この部屋は防音魔法がかけられているので、声が外に漏れる心配がない。
リコリスは痛みのままに、派手な悲鳴を上げた。
(あ……。なんか、今日のお仕置きはイイかも?)
痛みと恥ずかしさの中で、リコリスは呑気にもそんなことを考えていた。
ぶっちゃけ最近、お尻を叩かれることにも若干慣れてきてしまったのである。
いつものお仕置きと比べ、何が良いかというと主人の恰好だ。
バスローブ姿なので、合わせ目からセクシーな胸筋が――
太股の筋肉が、チラチラと覗いている。
リコリスは打擲の痛みに悶えるフリをしながら、どさくさに紛れヘンリーの筋肉を触りまくった。
偶然を装って、バスローブの隙間に手を入れたりもした。
筋肉の前で、乙女は痴女へと変わるのである。
尻叩きの数が50発を超えた頃、ヘンリーもリコリスの異常に気付き始めた。
叩かれながらも、どこか恍惚とした表情をしているのだ。
リコリスが剣聖レオンと同じ被虐性愛に目覚めてしまったのではないかと、ヘンリーは心配になってしまう。
「リコリス……。君は本当に、反省しているのか?」
「も……もちろん、反省しておりますぅ~」
バスローブに手を入れ腹筋をまさぐりながら言われても、全然説得力がない。
とりあえず変な性癖に目覚めていなくて、ヘンリーはホッとした。
だが筋肉を楽しむばかりで、罰せられているという自覚のないリコリスに怒りも湧く。
「ところで、リコリス。私の風呂を覗いた時、どこまで見たのだ」
「えっと……その……。前は見ていませんよ?」
「そうか。では、尻は見えたのだな」
「ええ。それはもう、パワー感溢れる素晴らしい大殿筋で……」
言ってしまってから、「しまった」とリコリスは自らの口を押える。
「ほう……。つまり君は、私の生尻を見たわけだ。一方的に私だけが見られるのは、不公平だと思わないかね?」
恍惚としていたリコリスの表情が、サァーっと青くなる。
主人が次に何を言い出すか、予想がついてしまったからだ。
「つまり私が君のスカートを捲り上げ、下着を下ろし、剥き出しのお尻を叩いてこそ初めて公平になるな」
想像し、羞恥のあまり全身ゆでだこのようになってしまったリコリス。
それは恥ずかしい。
全裸にされるより、お尻だけ剥かれる方が絶対恥ずかしい。
叩かれる痛みだって、スカート越しの今より数倍に跳ね上がるだろう。
「淑女のスカートを捲り下着を下ろすなど、なんて破廉恥な……アッキャアー!!」
黙らせるような平手が、リコリスの尻に叩きつけられた。
「淑女は覗きなどしないと思うが、それについてはどう思うかね?」
「そ……それは……。ゴメンなさい、本当に反省しました。もう二度としません。だから、スカートを捲るのは……。下着を下ろすのだけは~」
いつも表情を崩さないヘンリーが、唇の端を微妙に吊り上げた。
本気で嫌がるリコリスを見て、ようやくお仕置きの効果を実感できたのだ。
結局最後まで、リコリスが下着を下ろされることはなかった。
だが代わりに、300回というとんでもない回数を叩かれたのだった。
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執事補佐までクビになったリコリスには、やることがなくなってしまった。
メイド長サディーナ・スギモンヌから、
「しばらくブラブラしていなさい」
と、言われてしまったのだ。
「お給金をもらう以上、そんな真似はできません」
と抗議したリコリスに、サディーナは仕方なく新たな役割を与えた。
「リコリス。それでは、玄関と門の前だけを掃き掃除しなさい。魔道具や魔法は用いず、箒のみで行うのですよ?」
それは、ステップガールと呼ばれるメイドの種類。
本来はメイドを雇う余裕のない家庭で1週間に1回ほど雇われ、メイドがいるかのようにみせかけるだけの存在だ。
裕福かつ無駄にメイドが溢れているレーヴァテイン家で、ステップガール的ポジションの者がいるとは世間の誰も思わないだろう。
幸いにもリコリスは見た目が愛らしく、レーヴァテイン家の看板メイドには相応しい。
箒で玄関を掃除するだけなら、その所作は完璧だ。
掃除係をやっていた頃に、箒の扱いはかなり熟練している。
もっとも本人は満足しておらず、この機会に箒の扱いを極めたいと考えていた。
レーヴァテイン家の玄関は大きく、普通なら掃くだけでもそれなりに時間が経ってしまう。
しかしお掃除係を担当していた頃、「スピードスター」と呼ばれていたリコリスには物足りない。
ごく短時間でピカピカにしてしまい、やることがなくなってしまった。
ならば次は門の前でも掃くかと、視線をそちらに向けた時だ。
「あら? あれは、庭師さん。何があったのでしょう?」
門の方角を見た時、庭師のおじさんが見えた。
彼は腕組みしながら難しい表情で、背の高い植木を見上げている。
「庭師のおじさま。何か、お困りですか?」
「おお、リコリスちゃんか。今日は、この植木を手入れせにゃならんのだが……。こいつを見てくれ」
庭師が指差したのは、植木の幹に立て掛けてあった木製の脚立。
造園用なので、3本足構造となっている。
そのうちの1本に、亀裂が入ってしまっていた。
「これは危険ですね。絶対に、使ってはいけません」
「危険がメイド服着て歩いているようなリコリスちゃんが、それを言うかい? ……参ったなぁ。明日は雨が降るようだから、今日中に終わらせたい作業なんだが……」
「ふーむ。何か、脚立の代わりに足場となるものがあればよいのですね?」
何やら思いついたらしいリコリスは、庭の端へと歩いてゆく。
芝生が植えられていない、土が剝き出しになっているエリアだ。
「庭師のおじさま。この辺りの土を、使わせていただいてもよろしいですか? ちゃんと後で、元に戻しますから」
「原状復帰させるなら、全然構わねえが……。いったい何をする気なんだい?」
「まあ、見てて下さい。わたしの故郷では、とても発展していた技術です」
リコリスは箒の柄を掴み、先端で大地に線を描き始める。
それは複雑な形状となり、最終的には幾何学模様の魔法陣となった。
最後にリコリスは魔法陣の中心に立ち、箒の柄で地面を突く。
同時に魔力が流し込まれ、魔法陣が青白く発光し始めた。
「……【ゴーレム創造】」
ズザザッ! と音を立てながら、足元の土が隆起していく。
中心にいたリコリスは、5mほどの高さまで持ち上げられた。
隆起した土は人の形となり、創造主を肩に座らせる。
土でできた巨人、アースゴーレムだ。
「ひゃ~! 錬金術かい? こんな大きなゴーレム、初めて見たなぁ~!」
庭師はゴーレムとリコリスを見上げ、感嘆の声を漏らした。
「アースゴーレムの『ヤスカワくん』です。わたしの言うことをよく聞いてくれる、とってもいい子なんですよ」
「ヤスカワくん」は恭しく片膝を突き、リコリスを地面に降ろした。
「さあ、庭木の手入れを始めますよ。わたしがこの『ヤスカワくん』で、庭師さんを持ち上げます。しっかり手を添えて安定させますから、脚立より作業しやすいでしょう」
「お……おう」
庭師もリコリスのやらかしについては色々と聞いているので、若干ためらいもあった。
しかし、職人としての勘が告げている。
この娘のゴーレム技術は、一流だと。
ゴーレム本体の繊細で安定した動き。
術者リコリスの落ち着いた表情と仕草。
庭師はそんなに多くの錬金術師を見てきたわけではないが、リコリスがその中でも1番の使い手であるということは理解できた。
「それじゃ、お言葉に甘えて……。頼んだぜリコリスちゃん、『ヤスカワくん』」
庭師は巨大ゴーレムを従える可憐なメイドと、極東の島国から来たっぽい名前のゴーレムに向けて親指を立てた。
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本日、教会聖騎士団団長であるヘンリー・レーヴァテインは非番である。
それでも彼は、忙しい。
職場で片付かず、持ち帰った書類。
名前だけは代表になっている、レーヴァテイン商会絡みの資料。
それらに目を通し終わり、現在見ていたのは調査書だ。
「やはり、変だな。リコリスの父リスコル公爵は、ある日を境に突然王制復古主義を唱え始めている。不審な者達も、公爵家に出入りするようになった。これでは、まるで……」
反乱を起こすよう、何者かが公爵を焚きつけた。
あるいはもっと邪悪な手段で、公爵は操られていたのかもしれない。
「父親の周辺に妙な動きがなかったか、リコリスに聞いてみるか? いやしかし、心の傷を抉るような真似は……」
そこでふと、ヘンリーは屋敷内が妙に静かなことに気付く。
いつもならリコリスが騒ぎを起こして、賑やかになっているものだが。
代わりに窓の外で、ガヤガヤと人が集まっているような気配がする。
ヘンリーは窓際から、庭を見下ろした。
巨大な人影と、それに群がる無数の小さな人影が見える。
「あれは……リコリスか?」
また何か、やらかしたのか。
そう確信したヘンリーは、窓枠に足をかけ庭へと飛び降りる。
ちなみに彼の執務室は、屋敷の3階に位置していた。
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「リコリス。これは、なんの騒ぎだ?」
「ああ、旦那様。お騒がせして、申し訳ありません。ちょっと、庭師さんのお手伝いをしていただけです」
ヘンリーが見上げた先には、ちょっとでは済まない規模の存在があった。
胸に魔法陣が刻まれた、巨大アースゴーレムだ。
ゴーレムは庭師を手に乗せて、庭木剪定作業の足場となっている。
「『ヤスカワくん』っていいます。可愛いでしょう?」
リコリスは目を輝かせて言うが、ヘンリーには全然可愛く見えない。
ただひたすらに、ゴツイだけだ。
「リコリスが、錬金術師に弟子入りした経験があることは知っている。しかしこんな大きなゴーレムを作り出し、操ることができるとは……」
「物覚えが悪いわたしですが、ゴーレムの扱いだけは得意なんです」
本人が無自覚なだけで、リコリスの物覚えは決して悪くない。
そんな無自覚元公爵令嬢がハッキリと自信をもって、「得意」と言ったのだ。
控えめに言って、天才と呼ばれる部類であろうとヘンリーは確信した。
見ればサディーナも、見物人の中に紛れている。
彼女が周囲の野次馬を避難させないことから察するに、リコリスは全く危なげのないゴーレム操縦を見せているのだろう。
「お~い、リコリスちゃん。あと30cmだけ、手を右に動かせるかい?」
「できますよ~! 危ないから、しっかり指に掴まっていて下さいね~!」
庭師の指示に従い、「ヤスカワくん」の手を動かすリコリス。
実に正確かつ繊細な動きで、指に掴まらずとも庭師が転落することはなかっただろう。
「ありがとう、バッチリだ。しばらくこの位置で、『ヤスカワくん』を固定しててくれ」
「了解しました」
息の合ったコンビネーションを見せるリコリス、「ヤスカワくん」、庭師の3人。
その中心人物となっている錬金術師メイドの傍に立ち、ヘンリーは周囲に聞えぬよう小声で話しかける。
「……リコリス。君の故郷であるリスコル公爵領では、錬金術……特に、ゴーレムの製造・操縦技術が栄えていたのだったな?」
過去形で言われたことに、一瞬リコリスの表情が曇る。
だが故郷の技術を誇りに思っている彼女は、すぐさま明るい笑顔で答えた。
「はい、旦那様。わたしの師匠をはじめ、優秀な錬金術師、ゴーレム使いを数多く抱えておりました。……何か、気になる点でも?」
「うむ……。実はな……」
今話してよいものか、ヘンリーは迷う。
動揺したリコリスが、ゴーレムの操縦に支障をきたさないかが心配だったのだ。
しかしここまで言いかけてしまった以上、話さないほうが気になって集中力を欠いてしまうかもしれない。
そう思ったヘンリーは、重い口調で告げた。
「行方不明なのだよ。反乱前に公爵領で名を馳せていた錬金術師達と、彼らの研究資料が」




