第8話 大変なお掃除も、わたしの作った魔道具でラクラク。吸引力が足りない? 「ブラックホールモード」起動です!
ジニーがリコリスを部屋に送り届ける間だけ、図書室のヘルプを頼まれていたサディーナ・スギモンヌ。
ジニーが無事に戻ってきたため、メイド長は主人の執務室へと帰ってきていた。
扉を開けると案の定、真っ赤に腫らした右手を氷嚢で冷やしているヘンリーの姿があった。
「まったく、旦那様ときたら……。バカですか? 学習能力が、ゼロなのですか? それともリコリスのお尻の感触を、平手で楽しみたいと思っている変態ですか?」
主人に対して、あんまりな口の利き方をするサディーナである。
「主人を変態呼ばわりとは……。サディーナ、君も私の膝に乗るか?」
ギラリと黒曜の瞳を光らせたヘンリーだったが、サディーナはそんな主人のお仕置き宣告を鼻で笑う。
「いいでしょう。弟子がちゃんとした叩き手に育っているかどうか、評価してあげます。そんな腫れ上がった手で、まともにわたくしのお尻を叩けるかは疑問ですが。ああ、お道具を使っても構いませんよ?」
「私は、君の弟子になった覚えはない」
下手にサディーナをお仕置きしようものなら凄まじくダメ出しをされ、完膚なきまでにヘコまされる。
そう直感して、ヘンリーはサディーナを罰することを諦めた。
「道具はダメだ。私は力が強いし、君のように加減できるほどの技量はない。リコリスに、怪我をさせてしまうかもしれん。平手なら、その心配は少ないしな」
「だからといって、旦那様まで一緒に痛い目に遭わなくても……」
「私は君の言う通り、変態なのかもな。彼女とは、痛みを分かち合いたいと思っている」
言いながらヘンリーは、卓上に置いてある写真立てに視線を向ける。
カメラと呼ばれる、魔道具で撮影されたものだ。
写真の中には、無表情な黒髪短髪の青年。
そして獅子のタテガミを思わせる長い金髪の青年が、肩を組んで笑っている。
若き日のヘンリー・レーヴァテインと、レオン・ノートゥングだ。
2人の間に挟まるように、フリフリのドレスを身に纏った可愛らしい少女――
幼き日のリコリス・リスコル公爵令嬢がいた。
1歩引いた位置で、その様子をにこやかに見守っている男性はリスコル公爵。
今はもう反逆者として処刑された、リコリスの父だ。
やさしげなその表情からは、血で血を洗う凄惨な内乱を引き起こした首謀者であることなど想像もできない。
娘のリコリスも、そのことをいまだに信じられないでいる。
「……リコリスとジニーの関係は、上手くいっているようだな」
「ええ。元から仲が良かったようですが、今回リコリスがジニーを庇ったことで決定的になりました。今後は身を挺してでも、リコリスを守ろうとするでしょう」
「ジニーの目の前でお仕置きとは、リコリスに可哀想なことをした。だが、狙い通りだな。同性の協力者は、彼女にとって不可欠だ」
「いつも旦那様は、リコリスに可哀想なことをしていますね」
「言うな。全て片付いたら、可哀想なことをしてきた埋め合わせをするつもりだ。……なかなか、書類が揃わんな」
「どうやら、邪魔をしている勢力がいるようですね」
「チッ。コソコソと、面倒な裏工作を……。直接刺客でも送り込んでくれたら、首だけにして送り返してやるものを」
「それが分かっているから、コソコソとした裏工作しかできないのでしょう。まあ、時間の問題です。あとは準備が整うまで、リコリスが無事にメイドとして勤め上げてくれれば……」
口に出してしまってから、サディーナは不安になった。
――あのリコリスが、無事に勤め上げる?
「リコリスのことだ。あと何回かは、騒ぎを起こすだろう。できればこのまま図書室で、大人しくしていて欲しいものだが……」
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ヘンリーの祈りは届かず、やはりリコリスは問題を起こした。
読書での徹夜を、何度も繰り返したのだ。
同じミスを繰り返さないはずの彼女だが、探求心や好奇心が反省を上回ればその限りではない。
改善の余地が無いと、サディーナの命で図書室を放り出される羽目になった。
ジニーは「リっちゃん! いつか絶対、図書室勤務に戻って来て~!」と、泣いて懇願していたが。
もちろん放り出される前に、ヘンリーからたっぷりお仕置きされた。
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次にリコリスが与えられたお役目は、屋敷内の掃除だ。
レーヴァテイン邸は騎士爵家とは思えないほど広く、お手入れは大変なのだ。
人員は少なくないが、大半はやる気のないご令嬢メイドなので掃除が追いつかない。
数少ない真面目なベテランメイド達から手順を教わり、バタバタと仕事に追われるリコリス。
初日はやはりというか、散々なものだった。
家具や花瓶を破壊する。
ハタキやモップをへし折る。
ガラスを磨けばヒビが入り、暖炉の掃除をすればススを撒き散らして部屋を暗黒空間に変える。
しまいには「バケツの水では追いつかないから」と、水魔法で廊下を水浸しに。
これには真面目な先輩メイド達もため息を漏らすし、不真面目ご令嬢メイド達も馬鹿にして嘲笑していた。
リコリスの働きっぷりを監視していた、サディーナだけは違う。
彼女は無言で、鞭の素振りをしていた。
本日の得物は、木製の一本鞭。
今までリコリスが目にしてきた中で、最も痛そうなサディーナウェポンだ。
ヒュンヒュンと風を切る物騒な音に、リコリスは思わず臀部を両手で覆った。
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リコリスが新しい部署に配属された時、初日が散々なのはお約束。
だが2日目から格段に手際が良くなるのも、またお約束だった。
メモで要点を頭に叩き込み、2週間分相当はイメージトレーニングをしてきたリコリス。
彼女の仕事は、実に素早かった。
流れるような動作で屋敷中を動き回り、華麗なハタキワーク、モップワークで壁や床をピカピカにしてゆく。
磨き上げたガラスなど、鏡のように姿が映り込む仕上がりだ。
3日目からは、さらに速さに磨きがかかる。
ベテランメイド達からは「スピードスター」と呼ばれ、一目置かれる存在になった。
それで、掃除を担当するメイド達の負担が軽減されたかというと――
軽減されなかった。
3~4人分は仕事をこなすリコリスを見て、おサボり令嬢メイド達がさらに手を抜き始めたのだ。
おかげでリコリス達、真面目に働く少数派の負担は増えるばかり。
メイド長サディーナにも状況は見えていたので、おサボり組を叱責することも考えた。
しかしそれでは、反感がリコリスに向く可能性もある。
そう判断したサディーナは、しばらく様子を見守ることにした。
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状況が動いたのは、リコリスが掃除係に配属されてちょうど1週間後。
彼女が、非番明けだった日の昼である。
「サディーナ様、見て下さい。わたしの作った、秘密兵器を」
廊下の掃除に取り掛かろうとしていたリコリスだったが、何やら怪しげな物体を引きずっている。
胴体は、使い古しの兜から作られているらしい。
そこに車輪を取りつけ、引っ張り回せるようになっている。
本体からは、蛇腹状のホースが伸びていた。
ホースの素材は魔獣の皮で、丈夫さと自在な取り回しを両立。
先端には、幅広な口が装着されていた。
どうやら、床にフィットする形状を目指して作られているようだ。
「リコリス……。これはひょっとして、魔道具なのですか?」
リコリス・リスコル公爵令嬢に関する調査書の一文に、『魔道具職人への弟子入り経験あり』とあったのをサディーナは思い出していた。
「掃除機魔道具、『ゾーンイーターくん』です。風の魔法でホコリやゴミを吸い集め、素早いお掃除が可能なんですよ」
なんでも吸い尽くしてしまいそうなネーミングに、サディーナは不吉な予感を覚える。
「リコリス。あなたが魔道具職人に、弟子入りした経験があることは知っています。この掃除機魔道具は、師匠の設計なの?」
「いいえ。わたしが一から、設計・製作をしました」
ニコニコと笑顔で答えたリコリスに、サディーナの予感は確信へと変わった。
絶対に、ろくでもないことが起こると。
「リコリス。『ゾーンイーターくん』の試運転は、ちゃんと済ませたのですか?」
「いいえ、これからです。実戦に勝るテストは、ありません」
「リコリス! 待ちなさ……」
サディーナの制止は間に合わず、リコリスは手元の起動スイッチをオンにしてしまった。
思わず目を閉じたメイド長だったが、フィーンという静かな作動音にゆっくり瞼を開く。
サディーナの眼前には、安定した性能を発揮してホコリを吸い集める「ゾーンイーターくん」。
それを操り、手早く掃除を済ませてゆくリコリスの姿があった。
メイド長はふぅ~っと息を長く吐き、顎を伝っていた汗を拭う。
リコリスの魔道具作りに、サディーナは素直に感心した。
風魔法で掃除をする魔道具など、聞いたことがない。
発想力も技術力も、大したものだ。
これはレーヴァテイン邸のお掃除事情を、改善するだけの代物ではない。
量産し、ヘンリーの弟が切り盛りしているレーヴァテイン商会から商品として売り出せばどうなるか?
発明者であるリコリス個人にもレーヴァテイン家にも、莫大な利益が転がり込むに違いない。
サディーナがそう、希望的観測をしていた時のことだった――
「う~ん。思ったより、吸引力が弱いですね。これは、とっておきを使うしかありません。『ブラックホールモード』、起動」
今度こそサディーナは止めようとしたが、やはり遅かった。
こういう時のリコリスは異常に決断が早く、動作も俊敏なのだ。
どう見ても危険な香りしかしない、ドクロマークのスイッチが押し込まれた。
同時に「ゾーンイーターくん」は、その潜在能力を余すことなく発揮する。
お掃除道具としては、過剰過ぎる潜在能力を。
まずは床の絨毯が、瞬く間に吸い込まれた。
「えっ!? あっ! ちょっと! 『ゾーンイーターくん』!?」
製作者の呼びかけを無視して、「ゾーンイーターくん」は次なる獲物を求めた。
嵐のような勢いで、大気を吸い寄せ始める。
床に張り付こうとした吸い込み口を、下手にリコリスが持ち上げたのが良くなかった。
ホースから吸い込む勢いと本体後部から排気される勢いが強すぎて、「ゾーンイーターくん」は廊下を暴走し始めたのだ。
リコリスを、引きずったまま。
「きゃああああっ!! 止まって! 『ゾーンイーターくん』!」
「リコリス!! 運転スイッチを、切りなさい!!」
サディーナはメイド服のスカートをひるがえして追いかけながら、リコリスに呼びかける。
しかし――
「ダメです! 運転停止のボタンを、付け忘れました!」
リコリスの魔道具設計・製作技術に一瞬でも感心した自分がバカだったと、サディーナは深く反省した。
「ゾーンイーターくん」はリコリスを引きずったまま、玄関ホールへと突撃していく。
かなりのスピードだ。
玄関の戸は木造だが、分厚くて固い。
この速度で激突すれば、リコリスは無事では済まない。
「リコリス!! 『ゾーンイーターくん』から、手を放しなさい!!」
サディーナの必死な声は吸気音と排気音にかき消されて、リコリスの耳まで届いていないようだった。
あわや、玄関扉に激突!
――というところで、扉が開いた。
だが、これはこれでピンチだ。
訪問者と激突事故を起こしてしまっては、レーヴァテイン家の大不祥事である。
「逃げてぇーーーー!!」
扉の向こうにいた人物に、避難を促すリコリス。
彼女は最後まで、「ゾーンイーターくん」の暴走を止めようと足掻いていた。
刹那、銀色の閃光が走る。
哀れ、「ゾーンイーターくん」は真っ二つになった。
そのまま玄関の外まで走っていき、青空の下でちゅどーん! と爆発してしまう。
一方のリコリスはどうなったかというと、長身の男性に抱え上げられていた。
玄関から入ってきた人物が、すれ違いざまにキャッチしてくれたのだ。
「また、何かやらかしたのか? リコリス?」
「旦那様!」
リコリスを助けてくれたのは、早目に仕事を切り上げて帰ってきたヘンリー・レーヴァテイン騎士団長だった。
彼は小柄なリコリスを左脇に抱えたまま、右手だけで器用に剣を鞘に納める。
そして、周囲をぐるりと見渡した。
爆発した魔道具。
グチャグチャになった、廊下や家具。
そしてリコリスを走って追ってきたらしい、汗だくのサディーナ。
「一応、言い訳を聞こうか?」
「えっと……その……。魔道具を作ってみたら、暴走しちゃったというか、なんというか……」
ちょうどリコリスの頭は、ヘンリーの背中側。
お尻が腹側にきている。
ヘンリーが肩越しに表情を見れば、リコリスは気まずそうに人差し指をツンツンと突き合わせていた。
正面を向き直れば、サディーナが厳しい顔をして頷いた。
玄関ホールに集まって来ていた他の使用人達も、一様に頷く。
無言だが、彼らの言わんとすることは明らかだ。
『そのジャジャ馬娘に、厳しいお仕置きを』と。
「あの……旦那様? まさか、こんな……。皆が見てる前でとか、あり得ませんよね?」
「君があり得ないことをやらかしたのだから、仕方ないだろう?」
「そ……そんな! やだぁ! 恥ずかしい! ひえ~っ!」
本人の意志を無視して、公開尻叩きの刑が執行された。
ヘンリーの筋力は大したもので、小柄とはいえ成人女性のリコリスを脇に抱えたままビシバシと叩き続けたのだ。
痛みのあまり、手足をバタつかせるジャジャ馬メイド。
だが聖騎士団長の鍛え上げられた腕からは、逃れられない。
大勢の前で子供のように罰せられたリコリスを見て満足し、使用人達は持ち場へと戻って行った。
図書室からジニーも来ていて、
「リっちゃん! もう、危ないことしちゃダメだよ!」
と釘をさされたリコリス。
彼女は素直に、「はい……」と返事をした。
いまだヘンリーから小脇に抱えられた体勢のままだったので、なんとも締まらない光景だったが。
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公開お仕置きタイム、終了後――
リコリスはヘンリーの執務室で、泣いていた。
「ひどい……。ひどいです、旦那様。みんなの見てる前で、お尻ペンペンだなんて……。わたし、もう20歳の淑女なんですよ? 恥ずかしくて、死にそうでした」
大勢の見てる前でのお仕置きは、さすがに厳しかったとヘンリーは考えている。
だが今回は、そこまでする必要があったとも。
屋敷内がグチャグチャになっただけでなく、死人が出ていた可能性もあるのだ。
それが自分の胸に縋りついて泣いているリコリスであった可能性も考えて、ヘンリーはゾッとする。
かなり重い罰を与えなければ屋敷の使用人達がリコリスに怒りを抱き、私刑や虐めに走る可能性もあった。
成人女性が公衆の面前で小脇に抱えられ、尻に平手打ちの連打を食らうという最大級の辱めを受けたのだ。
溜飲が下がるどころか、同情する者もいるだろう。
そんな諸々の計算があったのだが、リコリスが痛くて恥ずかしい思いをしたことは確か。
ヘンリーは彼女の心をケアすべく、いつものお仕置き後よりも丁寧にあやしてゆく。
「リコリス……。あまり私に、心配をかけないでおくれ。君があのまま『ゾーンイーターくん』と共に、玄関の扉に叩きつけられていたかもしれないと思うと、手の震えが止まらないのだ」
実際に、ヘンリーの手は震えていた。
リコリスの尻を叩いて痺れたというのもあるが、本当に怖かったのだ。
彼女を失っていたかもしれないという、可能性が。
「私がどれだけ君のことを大事に思っているか、分かって欲しい」
ヘンリーはそう囁きながら、腕の中の彼女を見下ろす。
だがしかし、リコリスは泣き疲れて爆睡していた。
涙と鼻水で、主人の白い聖騎士服をベチョベチョに濡らしたまま。
ヘンリーはサディーナに、温めたおしぼりを持って来させた。
それを用い、リコリスの顔を優しく拭いてゆく。
「あどけない寝顔は、子供の頃と全く変わっていないな」
無表情なことが多いヘンリーは、珍しく微笑みながら呟いた。




