第6話 今度の配属先は最高! 先輩は、いい人です。少々「腐」の者みたいですが……
元公爵令嬢、リコリス。
彼女がメイドへと転身してから、2日目――
サディーナが予言した通りになった。
リコリスは前日教わった食器洗いや食材のカットを、完璧にこなしたのだ。
そつなく、淡々と。
もちろん、2日目から新たに加わった作業などでは手間取りもする。
それでも、実に安定した仕事ぶりだった。
昨日キッチンを阿鼻叫喚の地獄絵図へ変えた人物とは、思えないほどに。
昨晩叩かれた臀部がまだ痛く、「攻めた」仕事ができなかったというのも安定した理由のひとつだ。
別人のように落ち着いて仕事をこなしていくリコリスに、キッチンを統括するコックは感動のあまりはらはらと涙を流す。
その一方で先輩キッチンメイド2人が少し面白くなさそうにしているのを、サディーナは見逃さなかった。
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リコリスがキッチンで働くようになってから、5日目――
彼女はもはや、コックの片腕だった。
先輩キッチンメイド4人分は仕事をこなし、調理のキモとなる作業も任される。
包丁さばきは、熟練の料理人を思わせる鮮やかさ。
洗いものは、神速の手際と仕上がり。
出来上がる料理も、簡単なものなら専属コックと比べても遜色がない出来栄えだ。
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「メイドにしとくのは、もったいないアル! アタシの弟子になって、一流料理人を目指すアルよ!」
プロのコックにそこまで言わせたリコリスだったが、1週間という短期間でキッチンを出て行くことになった。
メイド長サディーナいわく、「様々な職場を体験して、お屋敷の仕事全体を把握するためのローテーション」だそうだ。
リコリス本人と専属コックにはそう伝えられたが、真相は違う。
先輩キッチンメイド2人と、引き離すためだった。
リコリスの働きっぷりが凄まじ過ぎるため、先輩達が無能に見えてしまう。
実際この2人は、仕事への熱意に乏しかった。
男爵家の三女と、そこそこ大きい商会の次女であるが、
「娘は良い縁談に恵まれないから、働きに出す必要がある。そういえば騎士団長のお屋敷は、管理が大変そうな大邸宅でしたな? 人手が必要でしょう? 必要ですよね?」
と強い圧力で押し付けられ、断りにくかったご令嬢達だ。
彼女らはメイドとしての仕事は適当に流し、ライバル令嬢達を蹴散らしてヘンリーの心を射止めることばかり考えている。
仕事が一人前にこなせるはずもなかった。
そこでリコリスの働きっぷりを見て、「自分も頑張ろう」と奮起できる者達ならまだ良い。
しかし彼女達はリコリスの足を引っ張り、虐め、キッチンどころかレーヴァテイン家から排斥してしまう算段を立てていたのだ。
それを事前に察知したサディーナが、手を打ったのである。
「リコリスちゃん。また、キッチンに帰ってくるアルよ。キッチンメイドは、アナタの天職アル」
と涙ぐむ、専属コックの優しい言葉と視線。
そして、
『アタシ達がサボって努力してないように見えちゃうから、帰って来んな』
という先輩メイド達の無言圧力と煙たげな視線に見送られて、リコリスはキッチンを旅立った。
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次にリコリスが配属されたのは、レーヴァテイン家名物の図書室である。
現当主であるヘンリーが読書家であるのはもちろんのこと、レーヴァテイン家の男達は幼い頃からこの図書室で勉学を仕込まれる。
騎士の家系というと脳筋ばかりと思われがちだが、騎士もある程度の階級になると書類仕事が増えてくる。
将来のそれに対応するため、数多くの本を読まされ教養を深めるのだ。
レーヴァテイン家の場合、蔵書量と部屋の規模、司書まで置いてあるあたり、図書室というより図書館と表現した方が相応しいかもしれない。
ズラリと並んだ本棚を眺め、「素敵……」とリコリスはうっとりする。
彼女は大の本好きだと調査書に記されていたことを、サディーナは思い出した。
「リコリス。仕事はキチンとしてもらいますが、空き時間ができたらここの本は自由に読んでも構いません」
「サディーナ様、本当ですか? ありがとうございます!」
これは、サディーナ苦肉の策であった。
新しい仕事に挑む時、リコリスはやる気が暴走してどえらいことをやらかす可能性が高い。
空き時間に本を与え、適当にサボらせた方が良い結果になりそうだとの判断だった。
確かに序盤は、サディーナの思惑通りいった。
相変わらず初めての作業は手間取り、ミスも多いリコリス。
だがキッチンで大暴れした時に比べると、軽い注意で済むような内容だった。
整理する本の配置を間違えたりだとか、蔵書を管理する書類に少しだけ書き間違いがあったりだとか、その程度のものだ。
この図書室を取り仕切るのは、ジニーというライブラリーメイド。
一般の図書館でいう、司書だ。
ジニーはリコリスと同い年の20歳。
暗い色の茶髪を三つ編みにして、両脇に垂らした地味な髪型。
同色の瞳は、いつも穏やかな光をたたえている。
ジニーはリコリスの働きっぷりを、可愛らしいと感じていた。
細かいミスは多いもののよく動くし、熱心にメモを取って仕事を覚えようとする。
それに空き時間ができた時、
「リっちゃん、今なら本を読んでもいいよ」
と告げると、青い瞳をキラキラ輝かせて喜ぶのだ。
彼女自身も本が好きなので、同じ本好きであるリコリスには強い共感を抱いた。
ジニーは子爵家の次女だが、引っ込み思案で男性が苦手。
社交の場も苦手であるため、いつまでも婚約者ができなかった。
両親はさっさと婚約者を決めてしまいたいのだが、
『暗く、引っ込み思案な女。見た目も地味』
という評判が立ってしまっていて、なかなか縁談に恵まれない。
そこで送り込まれたのが、レーヴァテイン家だ。
「レーヴァテイン家は騎士爵家だが、ヘンリー騎士団長は超優良物件だ。必ず射止めてこい!」
と、父親の命を受けている。
だが引っ込み思案な彼女に、そのような真似ができようはずもなかった。
主人と顔を合わせても、丁寧な挨拶を交わすだけで女性としてのアピールはしない。
ただ淡々と、図書室で仕事をこなすだけの日々。
実はその堅実な仕事ぶりと慎ましさは主人の目に留まっていて、かなりの好感を得ていることを彼女は知らない。
リコリスと同じく本好きなジニーにとって、レーヴァテイン家の図書室は天職ともいえる職場。
好感の持てる後輩まで入ってきて、ますますヘンリー争奪戦などどうでもよくなっていた。
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リコリスが図書室に配属されて、3日目――
「えっ? リっちゃん凄い。もう、その仕事覚えたんだ」
段々ミスが減ってきたなと思っていたら、気が付けばまだ教えていなかった仕事までマスターしている。
ジニーの仕事を観察して、リコリスは見よう見まねで覚えたのだ。
「凄くありませんよ、ジニー先輩。わたしは物覚えが悪いので、メモを取って何回も読み返しイメージトレーニングしたのです」
それはジニーもこの図書室に配属された当初、やっていたことだ。
だがリコリスの場合、メモを取る精度とスピード、実務へのフィードバックがジニーと比べものにならない。
不器用仲間、仕事の覚えが遅い仲間だと思っていたリコリスが有能で、ジニーには少しだけ嫉妬心も湧いた。
しかし人の良い彼女は、リコリスの足を引っ張ってやろうなどとは考えない。
後輩の有能っぷりを、メイド長のサディーナにしっかり報告しなければと思ったぐらいだ。
「リっちゃんが入ってきてくれたおかげで、仕事が早く片付くなぁ。よし。時間ができたし、また読書タイムにしようか?」
ジニーの言葉に、リコリスは胸の前で手の平を組んで喜ぶ。
「本当ですか? やったぁ。ジニー先輩、大好きです」
その反応が可愛らしくて、ジニーは思わず抱きしめてしまいたくなる。
「本といっても、この図書室にあるのは剣術指南書や戦史、軍略本、戦記物や英雄譚ばかりなのに……。女の子が喜ぶような本は、少ないと思うけど?」
「そんなことはありません。知らない知識に触れるのは、とても楽しいです。……あ。でも確かに、女の子向けの本がないのは気になりますね。他の先輩方にも、読書の面白さに触れていただきたいのですが……」
リコリスの台詞に、ジニーはギクリとした。
女性向け――いや。
一部の女性を夢中にさせそうな本が、この図書室には存在している。
当主であるヘンリーや、メイド長サディーナでも知らないような隠しスペースに封印されているのだ。
それはジニーの私物である、蔵書の数々。
「薔薇小説」と呼ばれる、男性同士の絡みを描いた物語だ。
隠されている薔薇小説の数は、百冊以上にも及ぶ。
特にジニーが気に入っているのは、ヘンリー・レーヴァテイン騎士団長と剣聖レオン・ノートゥングのあーんなシーンやこーんなシーンが過激に描写された物語だったりする。
主人にバレたら、絶対に不興を買う代物だろう。
メイド長のサディーナからも、こっぴどく叱られるに違いない。
レオンの妻であった未亡人、聖女アナスタシアからも怒りを買うかもしれない。
「図書室のことは、隅から隅まで把握したい」と思っているリコリスが、いつかこの本を発見してしまわないかとジニーは不安だった。
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リコリスが図書室に配属されて、1週間が過ぎた頃。
夕刻になり、仕事が終わろうとしていた時だった。
「ジニー先輩。わたし明日は非番なので、残って本を読んでいってもいいですか?」
リコリスは本当に本が好きなのだなと感心すると共に、少し呆れるジニー。
「構わないけど、あんまり夜更かししちゃダメよ。それと、最後は戸締りも忘れずにね」
「分かりました。お疲れ様でした、ジニー先輩」
ジニーも通いのメイドなので、夜は当然実家へと帰る。
正直今は、実家より職場の方が居心地が良い。
実家に戻ると両親が、しつこく聞いてくるからだ。
「ヘンリー騎士団長との仲は進展したか?」と。
「ええ、ばっちり肉体関係を持ちましたよ。ヘンリー様とレオン様は」
などと、小説内と脳内での妄想をぶちまけてやったら両親はどんな顔をするだろうか?
もちろん、言えるはずもないが。
ジニーは背徳的な妄想をしながら、実家のベッドで眠りについた。
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翌朝――
「今日はリっちゃんお休みだから、1人で頑張らなきゃ」
と、張り切って出勤したジニー。
彼女の前に、信じられない光景が広がっていた。
「……あ。おはようございます、ジニー先輩」
図書室の机に山ほどの本を積み上げた、後輩リコリスである。
充血した青い瞳。
その下に刻まれた、深いクマ。
そして卓上で煌々と輝き続けている、魔法灯のランプ。
「ま……まさか、リっちゃん……」
「えへへ……。面白い本ばかりで、夢中になってしまって……。徹夜しちゃいました」
温厚なジニーだが、これにはプツンときた。
昨日自分が「夜更かしするな」と言っていたのを、この娘は聞いていたのだろうか?
いくら非番の日だとはいえ、徹夜をするなど――
美容と健康に悪いにも、ほどがある。
どんな部署の者であろうと、自らの健康管理を疎かにするなどレーヴァテイン家のメイド失格である。
「リっちゃんのおバカ! 徹夜なんて、何考えてるの!? サディーナ様に、きつく叱ってもらいます!」
リコリスがこの部署に来た時、ジニーはサディーナから言われていたのだ。
リコリスが自分の体を大事にせず、無茶をやらかした時は必ず報告するように――と。
ジニーはリコリスの手を強引に掴み、サディーナの元へ連れて行くべく引っ張り上げる。
「あっ! ジニー先輩! この本、元の場所に戻しておかないと……」
「そんなの後にしなさい!」
「でも、机の上に置いたままにしたら……」
「ならばそのまま、持ってきなさい!」
後輩がなんの本を読んでいる最中だったか、ジニーは全く見ていなかった。
リコリスはためらいつつも本を閉じ、片手で包むように持つ。
なるべく、人目に触れないように。
本を持っていない方の手を引っ張って、ジニーはリコリスを連行していく。
廊下でサディーナを見つけたジニーは、メイド長にありのままを報告した。
すると2人は、そのままついてくるようにと言われたのだ。
サディーナを含めた3人が、辿り着いたのは当主ヘンリーの執務室。
さすがに主人のところまで連れて来られるなどと、ジニーは考えていなかった。
怖いサディーナにリコリスが強くお説教されて、終わりだろうと踏んでいたのだ。
それがこうして主人の机の前に立たされ、事情聴取を受ける羽目になるとは。
「……なるほど。リコリス。君はまた、無茶をしたのだな?」
「旦那様。1日や2日の徹夜など、無茶のうちには……」
リコリスが口ごたえした瞬間、パァン! という音が響き渡った。
サディーナが手にした木の板で、自分の手の平を叩いて脅したのだ。
木の板は舟をこぐ櫂を短くし、握りやすく柄をつけたような代物。
パドルと呼ばれる、懲罰用の道具である。
(な……何!? あの痛そうな音!? まさかあれで、リっちゃんを叩いたりしないよね?)
仕事ぶりが真面目なため、あまりサディーナから叱られたことのないジニー。
彼女はサディーナが持ち歩いているお仕置きアイテムの数々を、ただの脅し用だと思い込んでいた。
デモンストレーションで軽く音を響かせただけなのに、リコリスとジニーは震え上がる。
「リコリス……。どうやら前回のお説教とお仕置きの意味は、いまいち君に理解してもらえなかったようだな。いいだろう。もういちど、みっちりとお仕置きだ」
主人からの宣言に、ジニーは激しく動揺した。
(お仕置き!? やっぱりあの板で、叩かれるの!? そんなつもりじゃなかったのに……。ただリっちゃんが無茶をやめるよう、注意してもらおうと……)
このまま折檻を受ける羽目になれば、リコリスはジニーを恨むだろう。
そうなれば今までのように、良好な関係でいられなくなるかもしれないと不安が湧いてくる。
「ところでリコリス。君は徹夜で、どんな本を読んでいたのだ?」
主人からの問いかけに、リコリスは本の表紙を両手で隠した。
「旦那様。これは、あのぅ……。そのぅ……」
どうしても隠そうとするリコリスの腕から、サディーナが強引に本を奪った。
それを主人の目の前に、ポンと置く。
表紙を見て、ジニーは心の中で絶叫した。
(ぎゃあああああっ!! なんでぇええええっ!! リっちゃん、どうやって見つけたのぉおおおおお!!)
本のタイトルは、「黒鷲の騎士団長と金獅子剣聖~肉欲に溺れし禁断の愛~」。
ジニーが最も愛読している、薔薇小説だった。




