大柄男女の異世界漫遊録 ②
大柄男女の続きです
「ほんとにいいんですか? 俺たちなんかで」
こんな大柄な俺たちを陛下は歓迎してくれた。第一印象は最悪だったらしいけど。
もちろんラノベを読み漁っていた俺は、自分たちに何を求められているのかを即座に理解した。
魔王討伐。
だけど俺たちにできるのか? 成人病の塊のような聖女と、民衆からの人気は皆無になるだろうデブ勇者のコンビだ。
俺たちは何度も何度も「ほんとにいいんですか?」と何度も何度も陛下とシスターに何度も何度も確認した。しつこいほどに。
「こんな謙虚な勇者様をはじめて見ました……」
「ふたりともニコニコしてるし、人が好いのが溢れ出ておる」
人の好さで魔王を倒せるんなら、そこらの村人でもいいと思うんだが。
「見てるだけで幸せな気分になる勇者様と聖女様です」
それは元の世界でもよく言われたよ。「おまえらを見てると安心する」ってね。
「いや、勇者に必要なのは魔王を倒す力じゃないんですか?」
「ええ、もちろんです。でも……今まで呼んだ勇者には、ろくなやつがいなかったんです!」
「はっ?」
シスターの話によると、今まで召喚した勇者は本当にろくなやつしかいなかったらしく、召喚された瞬間から「いいから女よこせ女!」とか「こんなブサイクな姫様じゃあやる気がでない」とか「美人の聖女を幼馴染から寝取るからよろしく」とか「どうせ勇者なんか最弱ステータスのやつにざまあされるだけの存在なんでしょ? 僕知ってるもん!」とか言い出して結局の所、いまだに魔王はピンピンしてるらしい。まったく、な〇う読者にも困ったもんだ。
あ、言うのを忘れてたけど、シスターの名前はファルファルだそうです。今決めました。
「それに…」
そう言いながらファルファルが下を向く。横に立ってる国王陛下も目を逸らしている。なんだか言いにくい話なのか?
「もう、この国にはお金がなくて…」
「恥ずかしながらそうなのだ。わが国はとても貧乏で、新しい勇者を呼ぼうにも召喚に必要な魔石を買うお金もないのだ」
「勇者様と聖女様がこの国の最後の希望なのです」
責任重大だなおい!
そんなことを言われたら、頭の中のほとんどが食い物を占める俺たちでもさすがに頑張らざるを得ない。とりあえず俺たちは魔王討伐に備えて力を蓄えるために、しばらくのあいだは王都に滞在することになった。
「それでは勇者様と聖女様。よろしくお願いいたします」
この世界の事を教えるためにファルファルが俺たちの世話をしてくれることになった。
「まずは簡単にこの国の説明から」
俺たちが召喚されたこの国の名前はポルポル王国という。国王の名前はポルポル三世。ずいぶんとポップでキュートな名前だ。
まわりは大国だらけでいつ侵略されて無くなってしまっても不思議じゃないくらい小さな国なのだが、なんでも勇者を召喚することに成功した初めての国らしく(しかもその勇者が魔王討伐に成功したので)今でもポルポル王国が勇者発祥の国として有名らしい。
広場には元祖勇者の銅像が建てられており、その下で告白すると上手くいくと若い人たちには信じられている。そりゃそんな伝説があったら女の子も心の準備が出来てるだろうし、そもそも嫌な男と一緒に行ったりもしないからな。
王国の正門は『勇者ゲート』と呼ばれ、今でも各国で召喚された勇者たちは縁起を担いで、わざわざポルポル王国にやってきては、元祖勇者の銅像にお参りしてから勇者ゲートを通って魔王討伐の旅に出かけるのだという。
というか、勇者ってどれだけいるの?
「今では召喚技術も各国で共有していますので、各国に勇者がいますね」
なんか勇者ってあまり価値がないような。
「国王だってはいて捨てるほどいますからね」
いやん、ファルファル毒舌。
ファルファルが説明をしながら街の中心地に連れてきてくれた。
「こちらが勇者の広場。あれが元祖勇者様の銅像です!」
ファルファルの指さした先にはすっかり錆びた勇者像が立っていた。肩にはハトがたくさんとまっていて全身がその糞で白く覆われている。なんだかとても物悲しい。
広場のまわりには「元祖勇者まんじゅう」とか「魔王討伐祈願お守り」とか「魔王討伐用木刀」とか、すごく俗っぽい土産物を売っている店が並んでいるが、もちろん客はまったくいない。
「ちなみにあそこで元祖勇者まんじゅうを売っている土産物屋は元祖勇者の子孫がやっています」
子孫かあ。なら、それくらいの既得権はあってもいいんじゃないか。儲かってはなさそうだけど。
「今時まんじゅうなんて…せめて勇者のロールケーキとか」
ユキが土産物を前にぶつぶつ言っている。でも両手にはしっかり勇者まんじゅうを握られている。
「春になると騎士養成学校を受験する子供のために、世界中から親たちが合格祈願のお守りを買いにくるんですよ。縁起がよいらしくて。」
どこの世界でも親という生き物は一緒だな。
「えっ、これ美味しい!」
勇者まんじゅうを頬張って目を見開くユキ。
「しかもしつこい甘さじゃないから何個でもいける! 胸焼けしない。どこかの紅葉の〇ぷらとは大違いよ!」
さっきまでの不機嫌さはどこ行ったんだ。まあ紅葉の〇ぷらが胸焼けするのは認めるけど。あれ、油食ってるようなもんだからなあ。
ユキに勧められて俺も勇者まんじゅうを食べてみた。いや、これ、美味いわ。一部地域で熱烈なファンのいる天ぷらまんじゅうと比較しても負けていない。勇者の子孫すげえ! もし日本に帰る時が来たら絶対お土産に買って帰ろう。
そういえば、今までに召喚した他の勇者たちはどうなったんだろう?
「女、女とうるさかったエロ勇者は魔王討伐に失敗して、別の国で食べ物屋さんをやってるとか。他の勇者たちも大体他の国で商売やってる人が多いですね。魔王討伐に失敗しては恥ずかしくてこの国にはいられませんし、元の世界に帰るには魔王が持っている特別な魔石が必要ですからね」
ということは、魔王を倒さないと俺たちも日本に帰れないということ?
「申し訳ありませんが、そういうことになりますね」
優しい顔して怖いこと言うなあファルファルは。
「勇者様いらっしゃいますか?」
国が俺たちのために用意してくれたアパートにファルファルがやってきた。
「こんなところしか用意できなくて本当にすいません…」
「い、いや気にしないでください。僕らそんな大したもんじゃないし、ここでも十分ですよ」
「そう言っていただけると助かります」
「ところで今日は?」
「実は今度、お城で勇者のお披露目会がありまして。各国の勇者が一同に集まるんですよ」
勇者のお披露目会。それは各国が威信をかけて召喚した勇者たちをよその国に見せびらかすためだけに集まるという悪趣味極まる会だという。というか、勇者どんだけおんねん!
しかし、さすがに各国が威信をかけて召喚しただけあって、集まってくる勇者たちのスキルやLVは凄いものらしい。
「そんなところに俺たちみたいなのが行っても大丈夫なんですか?」
「一応、主催者ですし、召喚した勇者様を隠していると何を言われるか分かりません」
うん、まったく気が進まない。
「顔を出していただけるだけで大丈夫なので……」
城の大広間は何十人の勇者で溢れかえっていた。(全員日本人に見えるのは気のせいだろうか)
勇者のまわりには高スキルを持った騎士や魔法使いが付き従い、そのまわりを貴族が取り囲んでいた。そんな連中が俺たちを指さしている。
「おいおい、あのデブが勇者だって?」
「その横にいるのが聖女なんだろ」
「あんなのしか召喚できないなんて、どんな安物の魔石を使ったんだ?」
俺たちの耳に否応なく入ってくる侮蔑の声。まあ予想どおりだな。
それを聞いて泣きそうになっているファルファルを見ると申し訳なく思う。俺たちのせいで肩身の狭い思いをさせてるな。
「馬鹿には理解できないのよ。アキラの凄さがね」
ユキがわざと聞こえるような声で言った。
「おいおい」
「あら、本当のことを言って何が悪いの?ここにいる勇者たち、脳みそバッタ以下じゃない?」
バッタ? バッタって虫だろ?
「そうよ。どうせこいつら女とやることしか考えてないんでしょ」
さすがに怒ったのか、まわりの勇者たちから声があがる。険悪な雰囲気だ。
「おまえさっきから聞いてりゃ何だこのデブ女!」
「お前らデブに魔王討伐なんてできるわけがねえだろ!」
「聖女とか嘘だろ!そんな太った聖女がいてたまるか!」
勇者や貴族が大声でユキを罵る。しまいにはポルポル陛下にまで食って掛かる者までいる。どうやら大国の貴族にとっては、貧乏な小国の国王など敬う存在ではないらしい。ほんと申し訳ない。
「だったら聞くけど、この中で『クレメーンの術式』を完成させられる人がいるのかしら?」
喚き続ける勇者や貴族の真ん中でユキが言った。大広間が静まり返る。
「やっぱり馬鹿ばっかりじゃない」
冷たい目でまわりを見るユキ。いや、そもそもクレメーンって何なんだ?
「クレメーンとは伝説の魔法使いです」
後ろからファルファルが小声で教えてくれた。大昔に世界に名を轟かせた偉大な魔法使いらしい。
「クレメーンのノートには、ある魔術の術式のことが書かれてあったのです。でも、その魔術の術式はスペースが足りないとかで最後までは書かれていなくて…『すごい魔術を発見した。もうすごい。ほんとすごい。でも残念だけどもうスペースがないから術式が最後まで書けない。悔しいなあ。ほんとすごいのになあ』とクレメーンが書き残していて、その術式が『クレメーンの術式』と言われています。この何百年間、世界中の魔法使いがその術式を完成させようとしたのですが未だに完成させた者はいないのです」
それ、絶対わざとだ。クレメーンとか言う奴、性格悪すぎ。というか、最後のセリフが無かったら書けただろ。
「クレメーンの術式なんか解けるわけねえだろ!」
「帝国最高の魔法使いが何十年かかっても無理だったんだぞ!」
「おまえみたいなデブ女が解けるって言うのか!!」
再びユキに向かって罵詈雑言を浴びせる貴族と勇者たち。
その連中に向かって、ユキが右手を上げ、空中に何かを書くような仕草を始める。
ユキの右手の動きにあわせて、空中に魔法陣のような模様が浮かび上がる。
「うそ…」
ファルファルが呟いた。とても信じられないといった表情だ。
「クレメーンなんてただの詐欺師だと思ってた。ほんとにあったんだ」
いやファルファルさん。あなた結構辛辣ですね。
「まさか…」
「そんな馬鹿な」
「嘘だ。嘘だ…」
狼狽する周囲の人間をしり目に、魔法陣はますます大きくなる。
「ぐっ!」
「うう」
「かっ!」
突然、ユキのまわりの人間が苦しそうな声を出した。しかし、誰も動こうとしない。いや、動けないのか?
「クレメーンの術式です。簡単に説明すると分子の動きを意図的に狂わせて…いや、馬鹿に説明しても無駄ですね」
まわりの勇者たちも、魔法使いも、貴族や騎士たちも、誰一人動くことができない。
ユキの凄さにポルポル陛下も口を開けたままだ。
しばらくしてようやくユキが術を解いたのか、固まっていた連中が少しづつ体を動かして何とか立ち上がった。
ゼエゼエ言いいながら怯えたような顔をして全員がユキを見ている。
ユキはそんな奴らを一瞥もせず、俺たちに向かってほほ笑んだ。
「凄い、凄すぎますユキさん」
そりゃ驚くよなあ。
でもユキならやりかねない。
「ユキなら不思議でもなんでもないですよ。時間があればお城の資料室で魔術の本を読み漁ってましたし」
「で、でも、本を読んだだけで、世界中の魔法使いが誰も完成させられなかったクレメーンの術式をこうも簡単に」
「だってユキは…数学オリンピックの日本代表ですからね」
「数学オリンピック? 聞いたことはありませんが」
「簡単に言えば、天才だってことです」
ああ見えてもユキは、ものすごく頭のよい女なのだ。
めちゃくちゃ食うけど。
すいません。終わりません。