第57話 アーレンハイト家の領地巡り 15
とうとう 今年も残りを数える事が出来る
皆様にとってどのような年で有ったのでしょうか?
私は一言で云えば「嵐」と云う文字で表せます
来年こそ平穏な一年でありますように
尚 今年中にもう一話 書きたいと思います。
早くカールのデビュタントの話を書きたい!
◇◇ 国境の街 アーレン
カールはシュワルツと二人で渓谷の見廻りと強化をした事を母達に怒られてしまった。
明日からは母達を加えた四人に護衛の兵士を二十人も引き連れて移動する事になった。
シュワルツは苦笑いをしていたが母達にしたら、此処は国境の街でありダーマやミケーネとは違うとお小言を貰う事になった。
リザベート達は海が珍しく揃って港や軍港に向かった。 当然の事であるが案内人と云う名の護衛は付けているのだが、リザベートには率いてきた騎士団員が居た。
彼らにしたら海は身近なものだった。 彼らが居るのは中央神殿があるセントリック島だ。 大きな島だが、大陸とは違う。 殆どの者は訓練や自由時間で海には来ていた。
それでも、アーレンは他とは違った。 大きな船が舳先を揃えて何艘も並び、桟橋を歩く漁民は笑顔を浮かべている。 騎士団の人々には新鮮に映った
ただ聖女となると逆に中央神殿があるセントリック島内では自由に出歩く事が出来なかった為に海が珍しかったのだ。
カールが母達に引き摺られて来たのは港に建てた大きな倉庫だった。 大量の魚を保管する倉庫は冷凍施設と云えた。
建物の中は極寒の原野を思わせる寒さだった。 この中で大量に獲れた魚を保管するのだ。
そして値崩れが起きないように市場に流す事で漁業関係者の収入の安定を図る事が出来る。
これはアーレンハイト家としても安定して供給できる事で信用を得る事が出来た。
現在は三日に一度、十両の馬車だけの運行だったが 漁船を大きくする事で更に漁獲高が増える、増えた分だけ馬車の運行を増やす事を約束していたのだ
次は陸地で隣国と接する渓谷である。 母達を乗せた馬車は、昨日 シュワルツと共に砦の強化を行った場所に向かった。
彼女たちはシュワルツやカールからの報告で渓谷での戦の様子を聞いて居たのだが、やっぱり直接 見るのでは違っていた。
カールが増設した渓谷の両サイドに聳え立つ壁は壮絶とも云えた。 この壁は他の街の城壁と同じ造りでは無かった。 壁の上を馬が通れるだけではなくアーチ状に成っていて、上からの落石や矢による攻撃などを防ぐようになっていた。
ハイランド王国は中央の5つの島からなるセントリック諸島を中心と考えて東側にある。 その為、この大陸をイーストウッド大陸と呼んでいた。 そしてイーストウッド大陸の西側に有るのがアーレンハイト家である。 その為にこの世界の国々とは海を接しており地政学的にも極めて近く重要な位置と云えた。 そしてマティルダの実家のあるフロイデン伯爵は南の端にあり、やはりコーラル連邦と接していた。
西のウエスティン大陸には聖女リザベートの故郷であるスーベニア神聖帝国が有り、この世界に初めて植えられた世界樹はエルフ族が支配しているファミール連盟共和国もこの大陸に存在しエルフ達によりひっそりと守られていた。
隣には温暖な気候で知られるサウラウンド大陸が有り、此処は獣人たちが多く住んでおり、余り争い事を好まなかった。
更にビクトールの祖国である魔王国ゼシアはノーチック大陸にあり魔人族が多く住んでいた。
また獣人族の聖女オリガ・ルミナリアは聖ロックランド王国の生まれで有り、やはりノーチック大陸にあった。
問題は同じイーストウッド大陸であり渓谷を挟んで領地を接するコーラル連邦とノーチック大陸にあるカリュー帝国だった。 このカリュー帝国の皇帝であるリンハルト・フォン・カリューは野心に富んでいた。
その目が対岸にあるアーレンハイト家に向かうのは当然とも云えた。 ただ、対岸と云っても間には創造神たる女神を祭るセントリック島が有り教会の本部が有る中央神殿がある。
アーレンハイト家が今まで標的にされなかったのは偏に魔の森に覆われ前人未到とも云える秘境だったためだ。
その秘境が近年になり開発され物凄い速さで発展を遂げた。 その為に注目の的に成った事が原因だった。
「カール 南側はこれで良いとして北側はどうなのだ」 敵対的勢力が有る南側はカールが開通させた渓谷でアーレンと繋がり、もう一つはマティルダの実家のあるフロイデン伯爵を挟むようにコーラル連邦が繋がっていた。
マルガレータが気にする北側には騎士爵連合家と友好的な獣人族のホールミア獣人帝国とディノス帝国があった。
今回、海外勢力であるカリュー帝国が北側に存在する騎士爵連合家に色目を付けたのだ。
騎士爵連合家も魔の森に囲まれて居たのだが、カールにより魔の森は再開発がされており、脅威となる魔物の数は激変していた。
カールとすれば騎士爵連合家については自領内の整備が急務であり、他国との取引を行う事は早すぎると考えていた。
その為に隣国である獣人族のホールミア獣人帝国やディノス帝国との取引は将来の事と考え、次の段階で街道整備を進める事を決めていた。
アーレンハイト家としては南北からの挟撃になるのだが、この二か国間で密約の類はなされて居なかった。
個別なら各個撃破をする事で対応が取れそうだった。
そしてもう一つの敵はルーンに近い所にあるガードナー伯爵家とその周辺に領地を持つ者たちだった。
元々、ミケーネから王都まで水運で運べばコスト的にも良いのだが途中にガードナー伯爵家を経由するためにこの案は取りやめになっていた。
そうかやっぱりマティルダの実家のあるフロイデン伯爵へのテコ入れは必然的だな
この話は既にマティルダを経由してフロイデン伯爵へは密かに知らせてあり、既にヨウコが遊びがてら出向いていた。
フロイデン伯爵家ではマティルダの父が現役の当主であり、次期当主である長兄のヒューベルト・フォン・フロイデンが軍を差配していた。 このヒューベルトには妹のマティルダの娘であるマリアと同年代の娘ナディアが居た このナディアは何故かヨウコのお気に入りだった。
今回 ヨウコが用意した手土産はアーレンからフロイデン伯爵家までの詳細な海図だった。
この海図には海流や潮の向きなどが詳細に記載されていた。 これは海に生きる一族にとり貴重な物だった。
カール達はフロイデン伯爵へのテコ入れを確認した後、マルガレータから騎士爵連合家の守りの件を指摘された。
この地は実質的に最近まで他国として扱われてきた。 その為に特別、これと云った措置はしていなかった。
しかし騎士爵連合家がアーレンハイト家に従う事になり、守る事が必然的となった。
「カール そう云えば、前に騎士爵連合家の側に大きな街を創るとか話してなかったかしら?」アグネスが思い出したように話し出した。
その話の発端はアーレンハイト家に造った大きな街の教会に四人の聖女達の筆頭シスターを配置する事から来ていた。
既に領都ミケーネと新衛星都市ダーマは決まり、このアーレンで三人分は確保出来ていた 残る一つの候補地として騎士爵連合家の側に街を造り、騎士爵連合家を衛星都市とする事で共存共栄を図る事を考えたのだった。
場所は領都ミケーネと新衛星都市ダーマからも二百キロ位の場所を予定しているが街の名前も未定だった。 これは丁度、馬車で七日位となる
この街の話は新年の会議の場で発表する事に成りそうだった。
後にこの町もマリアの一言でキレインと決まった それはマリアとヨウコとで行われている遊びで、陣取りゲームのような領地ごっこの中で出てくる名前らしかった。
◇◇ 前世の記憶
聖女リザベート達のアーレンハイト家領地巡りの旅も終盤に差し掛かり残り僅かになった。
今夜のアーレンハイト家の晩餐会に ウニのパスタが出された。
このウニと云う食材についてアーレンハイト家でもひと騒動が有った。
実はウニと云う物についてカール以外は知らなかったのだ。 カールが母達を連れて漁港巡りをしていた時にカールが偶然に発見した。
見つけた時は全身を棘で覆われ、漁師も厄介者にしており たまたま取れても廃棄していた。
そのウニを見つけた時、カールは飛び上がって喜んでいた。
早速、カールは漁民に命じて近場で取れる物を全て取らせた。
魚介のパスタの中でもウニのパスタをカールの前世である綾小路公麿は絶賛していたのだ。
こうしてカールを除くアーレンハイト家の人々と客人である聖女リザベート達は初めてウニを使ったパスタを食べる事となった。
この世界ではパスタ自体が珍しかった。 小麦は主食であるパンに加工する事が殆どでパスタなど一部の好事家が食べるだけだった その一部の好事家とはアーレンハイト家の事である
更にこの世界ではパスタと云えばショートパスタの事である。 カールが前にクックに命じて作らせたロングパスタは無かったのだ。
◇◇ カールの前世と好物
カールは前世で妻の彩香が作る料理が好きだった。 その妻は七つ違いだが幼馴染とも云えた。 そして気が付くと傍にいる。
そんな彩香の趣味が料理だった。 敬之は彩香が作る料理の中でもパスタ系が好物だった。
これは敬之も彩香も幼き学生の頃の話なのだが、その頃彩香はパスタ料理に凝っていた。 色々な種類のパスタを作っては敬之に食べさせていた。 敬之にしても育ち盛りで有り喜んで食べていたのだ。
その中でもウニを使ったパスタがお気に入りだった。
気が付くと敬之は彩香に胃袋を掴まれていた。
そうして敬之が綾小路家の家督を継ぐ事が決まった時には彩香は敬之の妻の座に付いて居た。
綾小路家は当主に就任すると同時に公麿の名を受け継ぐ事に成っていた。 これは平安時代から続く習わしと云えた。
その綾小路家は裏陰陽師だった。 それは陰陽を操り占いを専らとする陰陽師と違い 百鬼など異形を退治する事を家業と定めた一族だった。
その初代が綾小路公麿だった。 その初代は内裏の奥深く皇室の祭事を手伝うと云う表の顔も持っていた。
皇室の祭事は秘伝とされるため祭事を手伝う者の事など公卿や公家でも一部の者や五摂家と呼ばれる人しか知らなかった。
彼らは特に霊感に優れ、妖などを闇から闇に葬っていた。
彩香もそんな綾小路を支える分家の出であり そして霊感と云う面では一族の中でも飛び抜けていた。
千年以上続く一族には守り神が存在した。 『見守り様』と呼ばれるお稲荷様である。
初代がこの偉業を家業とする切っ掛けがお稲荷様であったらしい。
カールは特に好物を食べた時など、ふとした時にこの話を思い出す。
カールと呼ばれるようになった公麿がたまに思い出すのは愛妻だった彩香の事だった
多分、公麿亡き後 幸せな老後を過ごして居るだろうとカールとなった公麿は思う事にした。
当の彩香は公麿亡き後、大変な思いをしていた。
表向きの事業継承は事前に済んで居り混乱はなかった。
そして本業とも云える代々、影から日本を支えていた裏陰陽師としての継承も表面的には既に引き継ぎが終えていたので混乱は生じなかった。
ただ、当の彩香本人だけがモヤモヤしていたのだ 彼女の霊感が弱ければ何とも無かったのだが 彼女は平安時代から続く裏陰陽師の家系の中でも一、二の力を持って居たのだ
その為に夫の公麿が普通の死で無い事に気が付いてしまっていた。
その彩香は公麿亡き後、一族の中でも飛びぬけた発言力を持っている。
当然と云えば当然である。 後を継いだ長男や次男にしても母とは優しくも怖い存在である それを無視をする事は出来ない。 ましてその妻達にとっては亡き公麿以上に怖い存在だった。
その彩香を慰めたのは孫で十二歳の綾小路宏と十歳の綾小路結花だった。
二人にとっては優しい祖母なのだ。 二人は気落ちしているように見える祖母によく話しかけた。
「お婆様 お爺様はきっと神様の手違いでお亡くなりに成ったのです。 ですから、どこか違う場所に転生されています」笑顔で話す孫たちに彩香も心が慰められていった。
真実とは恐い物で孫たちが話したお伽噺が真相とは気が付きもしなかった。
ただ、彩香は一族に伝わる守り神である『見守り様』に真相究明と自分を愛する公麿の元へ導いて欲しいと一心に願った。




