第41話 聖女リザベート(アーレンハイト家の招待を受ける)
◇◇アーレンハイト家の招待を受ける
カールが招いた二人は無事にお互いの気持ちを伝えあう事が出来た。
この後、リザベートから意外な事実を告げられる。 その話にビクトールは更に驚くことになった。
それは指輪で姿形を変えても声が変わって居ないと云う事だった。 その話からトールの正体は既に知られて居た事に気が付いた。 そしてこの話からカールがトールの正体を知ったのはリザベートからの情報だと勘違いをしてしまった。
更にお互いを知る為にカールはアーレンハイト家を使う事を提案した。 彼らはお互いに身分ある身である。下手な場所で度々、逢う事など出来ない。
それならばとカールが提案したのだ。
実を云うとトールとしたら願ってもない事だった。 本国からの依頼である、アーレンハイト家と誼を結ぶ事が出来るのである。
しかしリザの方は大丈夫なのだろうか? ビクトールは心配に成っていた。
「リザベート様 私の方はカール様のお申し入れは非常に有難く良いのですが 貴女様の方は宜しいのでしょうか?」
「はい ビクトール様 私がアーレンハイト家を訪れても何ら問題はございません」リザベートからハッキリ宣言されたのだが、未だ何か秘されて居る事が有るのだろうと思うのだが、やはり釈然としないものがビクトールの胸の内にはあった。
ビクトールはアーレンハイト家を訪れて何度も驚きを経験していた。 更にこれ以上の驚きなど無いと考えていたのだ。
「リザベート様 今日は何度も驚きを経験しております。 今更、驚く事は無いと存じます。 何か秘する事でも有るのでしょうか?」
そこにマルガレータが口を開いた。 「ビクトール様 そのお覚悟を聞きました上は、我がアーレンハイト家が秘する事をお話し致しましょう」このマルガレータの口上にビクトールも少し怯む事になったが、静かに拝聴する事にした。
「我が義息子であるカール・フォン・アーレンハイトと聖女ミューア・ルミナリア様は既に婚約の身であります。 更に、この事実を国王陛下はご存じで有らせられます」
世間一般では知られて居ない事だが、聖女ミューア・ルミナリア様がカールに婚姻の申し込みをした事はハイランド王国の国王陛下を始めとした上層部では既に承知の事実として知れ渡っていた。
その為、アーレンハイト家に他の聖女達が訪れても何ら問題ではなかった。 しかし、その事実にビクトールは声を失う。 暫く時を要してビクトールは冷静さを取り戻した。
「カール殿、貴方には幾多も驚かされる。 このビクトール、世間の広さと云う物を改めて思い知りました。」 既にビクトールはカールの事を年下の少年とは思っていなかった。
此処からは世間話から始まり、カールと聖女ミューアとの出逢いにと話が広がっていった。 そして、次の新年には王城で開かれるパーティーでデビュタントとしてお披露目がなされる事に成るという話に成った。
そして、カールがその為にダンスの特訓中という話にリザベートが反応した。
「カール様 是非、私と一曲、踊って頂けませんか?」等々、カールはリザベートと踊る事に成ってしまった。 この話に大人たちは目を細めて微笑んでいる。 今まで、散々に驚かされた事への報復とばかりにだ。
カールは諦めたようにリザベートと踊りだす。 出だしは静かな曲調から始まり、段々とアップテンポな曲調へと変化を伴っていく難易度の高い曲だった。 既に幾つかのステップをマスターしていたカールだが、この曲は難しすぎた。
何度かステップを間違え、周りの大人たちを安心させていた。 もし此処でカールが完璧に踊って居たら、この天才児への対応も変わって居たかもしれない。
しかしカールは少し器用な普通の子供として映っていた。 音楽が聞こえたからだろうか、部屋にマリアとアリシアが入ってきた。
「マリアもあにしゃまとおどる」五歳のマリアに頼まれるとカールも嫌と云えなかった。 静かな曲が流れだし、カールはマリアと踊りだす。 漸くカールはマリアで有ればリードをする事が出来るようになっていた。
マリアもカールと曲に合わせてクルクルと回るのが好きなようだ。 楽しそうな表情に刺激されたのかアリシアもカールと踊ると言い出していた。
此処でアリシアとのダンスを断ると泣きださないとも限らない。 カールはマリアと同じような静かな曲を頼みアリシアと踊りだした。
流石にアリシアも王族である。 何処かの王族の姫様と違い、それなりの教育を受けているようだった。
此処でカールと踊り終わった、マリアがリザベート達に声を掛けた。
「リザおねえちゃまとトールおにいちゃまもおどったら いいの」このひと声が躊躇っていたビクトールの背を押した。
「リザベート様 一曲、お相手願えますか」流石は大国の王子である。 ビクトールは足を引き、優雅なお辞儀をしながら右手をリザベートへ差し出した。
「お願いします」リザベートも優雅にビクトールの右手に手を添えて承諾を返した。
やはり洗練された大人の踊りで有る、カールより滑らかで自然な感じで踊っていた。 少し前まで、王族である自分に対して委縮させてしまうのでは無いかと心配していた。
そんな相手に対し逆に自分が委縮していた。 それが、突如のダンスの練習会場に早変わりし、マリア様の一声で堂々とリザベート様と踊る機会を得る事が出来るとは。
ビクトールはこのような展開に感謝をした。 まさか、聖女のリザベート様と踊る事が出来るなんて思っても居なかったのだ。
昼食を挟み、ダンスの練習は続いた。 流石に長時間の滞在にビクトールも退出のタイミングを探っていると、カールから晩餐の誘いを受けてしまう。
先に誘いを受けてしまった以上、断る事も出来なかった。 このまま、ビクトールは晩餐を共にする事に成った。 既にこの場にはマルガレータは居ない。
彼女は自分の執務室で仕事中であった。 これがマルガレータが招いた客で有れば、そのような失礼な事など出来ないが、今回はカールが招いた客だった。
そして、ビクトール達が晩餐を共にする事はメイド達からマルガレータの元へ連絡済であった。
辺りはいつの間にか暗くなっていたが、アーレンハイト家では部屋の中の照明は自然と調整され昼間のような明るさに保たれていた。
ビクトールとリザベートはアーレンハイト家から出される、洗練されたもてなしに時がたつのも忘れていた。
普通であれば、辺りの雰囲気や明るさから時間の経過を察するのだが、アーレンハイト家ではいつまでも明るかった。
それは、メイド達がランプの明かりを灯す様子など無かったために気が付かなかったのだ。 楽しい歓談の中にメイドが晩餐の支度が整ったと迎えに来た事で、時間の経過に気が付いた。
応接室を出て食堂に向かう中でも、明るさは変わらなかった。 既に食堂ではマルガレータを始めとしてマリアやアリシアが待ち構えていた。
カール達が最後だったようだ。 更にビクトールやリザベートが知らない女性と男性が席に着いて居た。
カトリーヌと婚約者であるロックの事をカールは紹介したかったのだ。 その彼女達の事は母のマルガレータから紹介された。
事前にカトリーヌとロックにはビクトールとリザベートの正体を知らせて有ったので、戸惑うことは無かった。
そして、ビクトールやリザベートもカトリーヌの事は知っていた為に静かに晩餐会は始まった。 やはりこの晩餐会で戸惑いの色を見せているのはアーレンハイト家以外の二名であった。
ロックは数日前にカトリーヌを通じて晩餐会の招待を受けていた。 その場では何の躊躇いもなく承諾をしたのだが、後日になりカールから晩餐会に招いた人達を聞いて顔を青くしていた。
カールとしたら、姉カトリーヌの婿としてアーレンハイト家の一員となる以上、これ位の事は慣れて欲しかったのだ。
そしてビクトールである。 彼も王族である以上、色々な国の大使や要人と接してきていた。 その為に大物との突発的な出逢いや話など慣れていたのだが、今回のようにカールからの不意打ちには驚きを隠せなかった。
晩餐会での不意打ちの紹介ではやっと普段の対応が取れていた。 如いて云えば、自分が王族である事にアーレンハイト家の人々は誰も驚いていない事だった。
この事実にビクトールとしては悩む所であった。 晩餐会ではカトリーヌの話が中心となった。 やはり、世間的にも知られているカトリーヌの活躍が話題として話しやすかった為である。
「カトリーヌ殿 貴女がクーナで発表された照明ですが、あれは素晴らしい この屋敷には既に幾つもの照明が付いて居るようですが、販売はされているのでしょうか?」ビクトールは大使として自国に有意義な物を齎さなくてはならない立場である。
その第一歩がアーレンハイト家との繋がりだったのだが、それが果たされた今、次の一歩を踏み出さなくては成らない。
「ビクトール殿下 照明は既にアーレンハイト家に所縁の有る商会を通して販売が開始されています」ビクトールはカトリーヌの話に身を乗り出すようにして自国への販売を依頼する。
「分かりました ビクトール殿下 魔王国ゼシアへの優先的な販売を指示いたしましょう」これはカトリーヌが商会を取り纏める立場に成って居たために即答が出来る事だった。
更にカトリーヌは商会で扱う、様々な物を売り込んでいった。 今 この瞬間のカトリーヌはトップセールスレディーだった。
どうしても他国だと様々な商品の売り込みでも時間差が生まれる。 まして他の大陸とも成れば猶更である。
カトリーヌが売り込んだのは、照明の他に『トイレ(便器と鏡)』に『ガラスのグラスと食器』である
『トイレ(便器と鏡)』は既にアーレンハイト家でビクトールも使用し驚いていたのだ。 そして『ガラスのグラスと食器』は晩餐会の食事で登場しており、ビクトールも注目をしていた。
他にも『反物』が有るのだが、これは王国からの許可が必要だった。 この為にカトリーヌが売り込む事が出来なかったのだ。
こうして。楽しい時間は深夜にまで続き、帰るのに相応しい時間を超えていた。 当然の事として、ビクトールやリザベートはアーレンハイト家に泊まって行く事になった。
一番、喜んだのはマリアとアリシアであった。 二人にとってお友達の家でのお泊り会など初めての事だったのだ。




