第29話 聖ワーグナー帝国(娼館ギルドの設立)
◇◇娼館ギルドの設立
この三日目の各種ギルドや商人を招いての歓迎の宴はシスターが下級の役人に確認した所、会費制の宴だった。
会費は一人当たり金貨が十枚だ、暴利と云っても良いし少しセコイと云わざるを得なかった。
しかしそれでも千名以上の希望者が居り、抽選になったと下級の役人は云っていた。
平民の年収が金貨で三から五枚と云った所である。 やはり、この帝国は裕福と云われる所以だろう
平民にとり聖女様と逢った事、同じ宴に招かれた事は一生の誉と云えた。
貴族でさえ聖女様に逢える機会など滅多にない。 それに普段、偉そうにしている教会の司教様や司祭様でさえお目に掛った事が無いと云われる人である。
女神様のお言葉を直に聴き、王侯貴族や女神様を崇める民にお言葉を伝える、代理人である。
聖女様とは民にとり目に見え、逢う事が出来る女神様の事であった。 時間になり第一連隊長のジェラルトが迎えに来た。 今回もジェラルトは気合が入っていた。
聞くと知り合いがこの歓迎の宴に来ているとの事、その知人に聖女様と知り合いである事を見せ付けたいようである。
微笑ましいようだが、職務にも忠実なジェラルトの事だし文句も無かった。
リザベートはいつものようにギルベルトにエスコートされながら、会場に向かった。
会場に入ると音楽が流れだした。 三日も続く歓迎の宴に変化を持たせる為か今日の宴には静かだが気品のある音色が響いていた。
歓迎の会の開始を告げる挨拶は商工ギルド長が勤め、宴が始まった。 暫くは周りの人々が牽制をしていたのか静かな会食が続いていたが、此処でも商工ギルド長が真っ先にリザベートの元に挨拶に来た。
此処に集まった人だけで千名を超えている、リザベートへの挨拶は極々、短いものに限られていった。
彼らは限られた短い時間で己を覚えて貰うべく色々な手法を使いリザベートへアピールをしていた。
しかしリザベートにしてみればこの会場に居る千名の中の一人に過ぎなかったのだ。
挨拶に訪れた中には当然の事だが女性も含まれている。 中には下賎の生業としてこの宴に選ばれることを疎まれた者も居た、この女性もそんな中の一人だった。 彼女は娼館を営む者だったのだが、反対する者を何とか説き伏せてこの集まりに来ていた。
リザベートは真っ当に働く者に貴賤の差などないと云う事を常日頃から云っていただけに、彼女から娼館を営むと聞き少しだけ興味を覚えた。
今までは、作り笑顔を振り撒き「ありがとう」の一言だけで済ませていたリザベートも彼女の話に興味を覚え明日に再会の約束をしていた。
この話に周りの人々は大いに驚きを抱いていた。 相手が男性なら娼館の話も興味が沸くだろうがリザベートは女性である、それも女神様に仕える巫女であり聖女様である。
しかし、そこで下品で下世話な話にならない所がこの場に集まった人々の品性なのだろう。
それ以後も色々な職業の人々がリザベートの元を訪れ挨拶を行ったが、誰も翌日に招かれ話をする機会に恵まれなかった。
リザベートの元に集まった長い列も最後の一人になった。 彼は年若い傭兵の様だった。
「聖女リザベート様 俺の名はパウロと云います 素敵な音楽が流れているので一曲、踊って貰えませんか」
パウロの言葉に人々は驚きの声を上げた。 今まで誰もリザベートにダンス申し込んだ者など居なかったのだ。 リザベートも少し考えた後に、笑顔でパウロに答えた。 「パウロと云うのね 私をエスコートして頂戴」
実はリザベートはダンスが好きだった。 誰も誘わないから知られて居ないだけで、リザベートはギルベルトを相手によく踊っていた。
聖女宮を守る騎士たちはマナーの一環として踊りも習う、これはシスター達も同様だった。 更に聖女達も引き継ぎ前の見習いの期間中に習う事だった。
人族の聖女エルザは静かな曲を好み流れるように踊る。
獣人族の聖女オリガは力強さと動きのある激しい曲を好み躍動感のある踊りをする。
魔人族の聖女リザベートは繊細ながらも生命力に溢れた曲を好み武闘のような踊りが好みだった。
エルフ族の聖女ミューアはエルザと同じように静かで流れるような曲ながら生命の源を感じさせる踊りを好んだ。
このように聖女達は各々の特徴があるのだがリザベートは宮廷の軟弱な踊りより武人が相手の方が好きだった。
こうしてパウロにエスコートされ音楽が流れる空間にきて踊りが始まった。 パウロもまさかリザベートが承諾するとは思ってもみなかったのだ。
彼は傭兵生活から足を洗い、念願の騎士を目指そうとしていた。 その最後の仕事を終えて、区切りを付けるために、この歓迎の宴に申し込んでいた。
パウロも下賤なものとして、当初は宴の参加を拒まれて居たのだが たまたま、帝国の上層部との縁で参加が許可されていた。
その関係でパウロはリザベートへの挨拶も最後にしようと考えていたのだ。 パウロにしたら、あれほど美人のリザベートに何故、誰も踊りに誘わないのかが不思議だった。
これが音楽を奏でる音楽家が居ない席で有れば分かるのだが、この場には上級とも云える音楽家が揃っていたのだ。
パウロは決して踊りも下手ではないのだが、流石に聖女とのダンスは緊張していた。
パウロはリザベートと手を繋ぎ、音楽に合わせて踊りだした。 必死にリザベートをリードしようとするのだが、パウロの腕ではリザベートをリードする事は出来なかった。
しまいにはリザベートがパウロをリードしていた。 結局、パウロはリザベートと三曲も踊っていた。
リザベートは踊りながらパウロと色々な話をした。 初めに冒険者となり魔物や魔獣を倒して生計を立てていた事、その後は警護を生業とすべく傭兵となり、国から国へと渡り歩いたと話していた。
そして、幼き頃からの夢が捨てられず騎士に成りたいと傭兵を辞めて新しい道を踏み出したと話が続いていた。
パウロの話は光、輝いていた 自分の夢に向かって進む事は誰でも初めは考えるのだ。
しかし、途中で諦めてしまう事が多いなか 苦難と分かって居ても自分の夢に向かうと言う意思の強さにリザベートは共感していた。
曲が終わり、パウロにエスコートされリザベートは元の場所まで戻って来た時、パウロに明日、訪ねてくるように話してから別れた。
この後、リザベートに踊りを申し込もうとするのだが全てギルベルトによって阻まれていた。
これはリザベートの指示で有る。 一人だけなら特別で事が済むが、二人目と踊れば、全ての者と踊らなければならない。 流石のリザベートでも千名以上の人など相手に出来なかった。
翌日、午前中に現れたのは娼館を営むダリアと云う女性だった。
リザベートが女神様と初めて話をした時に聞いた話が娼婦の話だったのだ。
彼女は最古の職業は何だろうと思い女神様へ質問をしたのだ。 当然、勇ましい回答を期待したのだが、返って来た答えに驚いていた。
それが娼婦だったのだ。 力も体力もない女性が身体一つで出来る職業は自分の身体を相手に任せる事だった。
その対価としてその日の糧を得る これが最初の職業だと女神様から聞いたリザベートはいつか機会が有れば、その事を聞いてみたいと思っていたのだ。
リザベートはその話を娼館を営むダリアに話した。
ダリアは大きな目を見開き、涙を湛えながらリザベートの話を聞いていた。 女神様から聞いた聖女リザベート様の話は真実だろう。
決して自分が営む娼館が人様に誇れる職業でない事をしっている だが、自分が営む娼館がこの世に必要とされる物だと信じてした。 それが聖女リザベート様を通じて女神様から認められた職業と知り、ダリアは熱いものが込上げていたのだ。
ダリアの店には色々な女性が居る。 中には生活苦から親に売られた娘も居れば、人攫いに拐されて売られた者もいる そして自ら望んでこの世界に来た娘もいた。
全ての娘に其々の人生が有る。 その者たちを非難する事は容易いが救う事など出来ないと分かっていた。
ダリアは聖女リザベートと話す事で娼館の経営に誇りを持つようになって来た。
もしダリアが彼女たちを受け入れて居なければ、命を絶たれた娘たちが多くいた事に気が付いたのだ。
そして聖女リザベートからお願いをされた、それは娼館で働く娘たちの健康と働けなくなった後の事だった。
娼館で働く娘たちは客から身請けされ娼館を去るものと年を取り客を取れなくなって去る者、そして病で亡くなる者たちに分かれた。
身請けされる者が幸せかどうかは分からないが、大抵は喜んで去って行く。
残され年を取った者たちは客を取るしか働くすべを知らない者たちだった。 そんな者たちが娼館を出た先に待ち受けて居るのは悲しい現実しかない。
聖女リザベートはそんな現実に手を差し伸べようとしていた。 年を取って客を取れなくなっても出来る仕事など沢山あるのだ。
娼館では客待ちをしている時間はかなりある、その時間を使い若い時から手に職を持たせようとしていた
料理や裁縫などである。 また文字の読み書きが出来ない娘ばかりなので、文字の読み書きも教えて欲しいと聖女リザベートは依頼をした。
文字の読み書きが出来れば仕事の内容は一気に増えるのだ。 その文字の読み書きを教える人材として教会から派遣させる事にした。 話は直ぐに教会に伝わり枢機卿を始めとして大司教や司教たちに話が通った。
娼館を営む者はダリアだけではない、全ての娼館に同じことをさせなくては成らないために
帝国の内務卿に当る部署の役人を呼び出してもらう。 これは連絡係のジェラルトが行った。
役人は即座に聖女リザベート達がいる部屋に来た。 何処でも中間管理職と云われる役人は優秀である
その役人を証人として今まで商業ギルド内で有った娼館のダリアを娼館ギルドのギルド長とし独立させて、年を取って客をとれなくなった娘たちの為になすべき事を名文化させた。
更に娼館で働く娘たちは定期的に健康を確認させる事も言い渡した。
もし健康を害している者がいた場合には教会の司教や司祭が回復魔法を使い治す事も文章として残された。
管轄は帝国の内務卿が行う事とした。 通常のギルドは独立していて、例え帝国でも口出しが出来ないところも有るが、リザベートが話を纏めた娼館ギルドは帝国の管轄下に置かれたのだ。




