第109話 平穏な日々 新たな試み(アグネスの魔法練習所)
◇◇アグネスの魔法練習所
学院内での大賢者ティモシーや大魔法師シャルロットの公演は大盛況であった。 余りの盛況ぶりにもう一度、公演をする程であった。
また、聖女ミューアの方も多くの信者が教会を訪れ大変な事に成っていた。
この為に聖女ミューアは王都を出発する前日までの間、午前中に区切って毎日、教会で話をする事に成った。
王都には後、七日居る予定だったので六日間は話をする事になった。
聖女ミューアに逢いたいと押し掛けたのは教会関係者だけではなかった。 彼女の元には色々な貴族家が王城に押しかけていた。
彼女としては将来の婚家であるアーレンハイト家に行きたいのだが、現時点ではまだ秘密にされていた。
聖女ミューアがカールに求婚した事を知っているのは王家と宰相など一部の上層部とアーレンハイト家の人達だけであった。
只 今回の訪問がアーレンハイト家が作った、領都ミケーネに行く事は初めに説明をしていたので事前の打ち合わせと称して訪れる事は可能だった。
唯一の慰めは毎日、カールが姿見を使い連絡をしてきていた事だった。 聖女ミューアにしても姿見を使った話し合いなど、エルフ族としての長い時間の中でも初めての体験だったのだ。
ミューアがカールに一目惚れをして女神様に恋心を打ち明け、カールが女神様の使徒だと知った。
驚きの結末と云えた 本来なら聖女ミューアの初恋はそこで終わっていた。 しかし女神様はカールとの婚姻を許したのだ。
その結果、他の聖女達は俄かに活気付いたのだ。 聖女である自分でも恋をして女神様から祝福される事実を知ってしまった。
今は聖女筆頭で魔人族のリザベートが婚活の旅を続けている。
更に使徒であるカールからとんでもない物を手渡されたのだ。 神の御業としか言い表せないアーティファクト姿見である。
同じ姿見を持つ相手なら相手を思いながら魔力を流すと姿見に相手の姿が映り、話す事が出来た。 この姿見には他の聖女達も驚いていた。
こうしてミューアやティモシー、シャルロットは王都での忙しい日々を過ごしていった。 いよいよ、アグネスとの約束の地である領都ルーンに向かう事に成った。
向かう方法は当然の様にミューアの飛空船である。 今回、この飛空船での移動にアーレンハイト家の面々とカールの交際相手であるアンネ、クリスティナ、アメリアも同行した。
彼女たちにしたら此処でカールの将来の妻である事を主張しないと忘れ去られるのでは無いかと危機感からの事であった。 それとカールが作ったアーレンハイト家の街を空から見て観たいと言う願望もあった。
王都から領都ルーンまで馬車で十日の道程である。 その道程を飛空船では二日で着いてしまう。
領都ルーンではカールの提唱する無詠唱の魔法を密かに確認するだけなので余裕を以って三日が予定されていた。
そこから衛星都市キールを経由して新領都ミケーネへ向かう。
今回の目的地と云っても良かった。 実を云うとアグネスは妊娠をしていた関係で今までに新領都ミケーネには行った事が無かったのだ。
また、この地はカールの交際相手であるアンネ、クリスティナ、アメリアにとっても将来の居住地だった。
その為、彼女たちにとっても特別な場所であった。 初めに向かった領都ルーンには飛空船を下せる場所が無いために城壁の外側に係留された。
飛空船からはアグネスが乗ってきていた馬車が初めに降ろされた。 一同はアグネスの馬車を先頭として領都ルーンに入って行った。
まずは領主館で落ち着くことにする。 しかし、ここでも一騒ぎが起きる。 それはカールがアグネスの依頼で直した城壁である。
今まで有った処から領都を広げるように外側に移動しながら作り直したのだが、その時に水堀と一緒に城壁の幅を広く作ったのだ
この作業はクーガが終わった夏休みに行ったので、アンネ、クリスティナ、アメリアの三人は知っていたがミューアやティモシー、シャルロットは初めての事で驚いたのだ。
通常の水堀と外壁ではない まるで何処かの王城に有るような佇まいをしていた。 一行は領主館で落ち着き、翌日はアグネス専用の魔法練習場に来ていた。
これはシャルロットとの約束で無詠唱による上級魔法の実演を行う為だった。 この実演にはミューアやティモシーだけでなくアンネ、クリスティナ、アメリアの三人も付いてきた。
彼女たちにすればアグネスは憧れの先輩であり、将来の義母である。 そしてアグネスが行使する本気の魔法を見る事など早々に有る事ではなかった。
アグネス専用の魔法練習場は三方を崖に覆われており、幾たびか激しい魔法が行使された事を物語るように見るも無残な荒れ地と化していた。
アグネスは魔法の実演を行う前に改めて説明を行った。 師匠のシャルロット様には事前説明をしてあるが魔法を行使するのに詠唱は必要ないと云う事だ。
実を云うとアメリアはカールから説明を受けており、その事実を知っていた。 魔法とは魔法を行使する者のイメージによって発現するするものだ。
アグネスはここまで説明した後、事前に詠唱をしていない事を明らかにするために師匠のシャルロットに行使する魔法の指定を依頼した。
「よし では 『インフェルノ』じゃ」シャルロットの言葉と共にアグネスは魔法のイメージを行う。
通常なら最上級魔法の『インフェルノ』の発動まで十分近く掛るのだが、アグネスは二分で『インフェルノ』を発動させた。
この『インフェルノ』は広範囲魔法で有り制御が非常に難しかった。 もし制御をミスると敵味方区別無く紅蓮の炎が襲い掛かる。
続けてシャルロットはアグネスに『ダイヤモンドダスト』の魔法を指示する。
この魔法も広範囲魔法で有り、制御が非常に難しい魔法だった。 この魔法は鋭い氷の刃を伴う冷気の嵐を発生させ、範囲内の者全て凍結させる。
目の前では荒れ狂う『インフェルノ』に『ダイヤモンドダスト』がぶつかり合い、水蒸気爆発のような現象が発生していた。
アグネスが行使する魔法にアンネ、クリスティナ、アメリアの三人は余りのインパクトに釘付けに成っていた。
シャルロットは目の前で繰り広げられた上級魔法に暫し沈黙をしていた。 これは今までの常識が覆された事について頭の中で整理を行っていたのだった。
実を云うとアグネスもカールから聞かされた時に同じように戸惑いに見舞われたのだった。 この時、シャルロットは自問自答をしていた。 自分は長きに渡り無駄な事をしてきたのではないかと云う事だった。
幾多の魔法を操る為に多くの詠唱を覚えた。 今から思えば、詠唱の中には間違えて唱えた物もあった気がする。
それでも魔法は発動していた。
それでは本当の意味で、魔法を発動させる物とは何であろう。 いまのシャルロットには初めて魔法を覚えた時に感じた疑問が渦巻いていた。
「アグネスよ もし魔法を発動するのに詠唱が必要でないとしたら、魔法を発動させる物とは何であろうな」シャルロットが小さく呟くように話しかけた。
「シャルロット様 息子のカールが云いますには」とアグネスがカールから聞いた事を話し出していた。
シャルロットも静かにアグネスの話を聞いていた。 当然の事の様にアンネ、クリスティナ、アメリアの三人もアグネスの話を聞いている。
この中でアメリアだけは去年のクーガの練習の中でカールから色々と話を聞いていた事を思い出していた。
魔法とは体内に存在する魔力を行使する魔法のイメージにして体外へ放出する事だと聞いていたのだ。
アメリアの家はこのハイランド王国の魔法師長を務める家系である。 当然、魔法に関しては他人より優れていると自負をしていた。
しかしカールに出会いカールから魔法の手解きを受ける内に疑問を抱いていたのだが、アメリアはそのことを家族にも黙っていたのだ。
ここに来て、去年からの思いに決着が付けられた。 やはり魔法の放出と詠唱には直接的な関係は無かったのだ。
ただ 詠唱とは本人が魔法のイメージを具体化させる手伝いにしかなって居なかった事を知った。
シャルロットも一度、納得してしまえば切り替えは驚くほど速い。 自身でも詠唱をせず魔法のイメージだけで発動をさせる事に成功していた。
こうしてシャルロットはアグネスの練習場を借りて様々な魔法の練習を始めた。
成功する時も有れば、失敗する時もある。 シャルロットの頭の中はワクワクした気持ちで一杯だった。
出来れば、このまま賢者の塔に戻って研究を纏めて発表したいほどだった。 だが シャルロットの頭の中には別の事も渦巻いていたのだ。
それはカールの事である。 アグネスに新しい魔法と共にこの詠唱を必要としない考え方を教えたのはカールだと聞いたのだ。
シャルロットは大魔法師と呼ばれてはいるが魔法を研究する学者でもあったのだ。 カールが如何にして魔法の発動に詠唱が必要が無いと気が付いたのだろう 更に魔法とはイメージで有ると誰から聞いたのだろう。
今、シャルロットがこの場に留まって居る事は研究者としての好奇心が僅かに勝っていた為だった。
この後、シャルロットはカールを捕まえ色々な質問をする。 既に彼女の中ではカールとは六歳の子供ではなく同僚のようなものだった。 これはシャルロットだけではなくティモシーも同じだった。
彼らは領主館の中でカールを手放さなかった。 カールも彼らとの会話は知的好奇心を刺激される為にお互いを欲して居たような物だった。
彼らの話し合いは朝から深夜になるまで続いた。 この話し合いがいつまでも続くかに思えた時、一人の女性により現実に引き戻された。
聖女ミューアである。 最もカールと会話を欲していた彼女が放り出されていたのだ。
イライラはピークに達し爆発をした。
彼女はカールを独占しているシャルロットやティモシーに嫉妬しただけなのだが、本人は無自覚なだけに周りも対処が出来なかった。
カールは聖女ミューアに産まれたばかりの妹弟を紹介した。
「ミューア この子が妹のフレアでこっちが弟のカスパルだ」既にアンネ、クリスティナ、アメリアの三人は夏休みの中で紹介が済んでいた。
カールとしては自分の婚約者に家族を紹介しただけなのだが、ミューアの機嫌は瞬く間に良くなった。
「カール様 ご挨拶をしても宜しいでしょうか?」ミューアとしては将来の義妹や義弟である。 気軽に考えていたのだが、聖女の挨拶とは祝福の事である。
既に使徒であるカールからの祝福を貰い、将来の躍進は保証されていたのだが、そこに聖女ミューアの祝福が加わる事に成った。




