第108話 平穏な日々 新たな試み(マルガレータとの話し合い)
◇◇マルガレータとの話し合い
当時のマルガレータがもし大賢者ティモシーの正式な内弟子になって居いたらどうなっていたのだろう。
それは今でも学院内では仮定の話として出る事が有る。 誰もが大賢者ティモシーの高弟となり賢者の塔に君臨していただろうと云われる。
最も当のマルガレータはそんな噂など知りもしないのだが。
この日、マルガレータに連れられてカールは大賢者ティモシーの元を訪れていた。
カールにしても一年振りである。 去年のクーナで姉のカトリーヌをサポートする形で賢者の塔が有るアテロニア島を訪れ、偶然の出会いを果たしていた。
大賢者ティモシーとは色々と話しカールは久しぶりに本気の会話を楽しんでいたのだった。 その時、カールは大賢者ティモシーに新領都ミケーネに作っていた学院への教師派遣を頼んでいたのだ。
カールとしても軽い気持ちでダメ元で話していた。 今回の大賢者ティモシーと大魔法師のシャルロットは表向きは新領都ミケーネに作っていた学院の視察を行うとされていた。
実際は興味を覚えたカールを見に来ただけなのだが。
大賢者ティモシーと大魔法師のシャルロットもエルフ族である。 二人とも急激な変化を嫌うのだが、それよりも己の知的欲望には忠実だった。
それは二人とも他の種族との付き合い方を学んだ結果だった。 エルフ族と違い、人間族など寿命の短い種族がいる。 もしエルフ族のような時間感覚で接せられたら堪らない。
大賢者ティモシーの元を訪れたマルガレータとカールは時を忘れる程、色々な話をした。
彼らが話す内容を理解する事は大変なことだった。 大賢者ティモシーの弟子の中で全てを理解出来た者など居ない。 マルガレータ本人でさえティモシーとカールの話に辛うじて付いて行っていた。
実際にはティモシーやカールの話の八割が理解できた程度だった。
特に政治や経済は辛うじて話している内容が理解できたのだが、この世界の成り立ちになると理解できない所が出ていた。
この時点で大賢者ティモシーと対等に話をし、自身の見解を話せる六歳児などこの世界には居なかった。
抑々、大賢者ティモシーはカールを初めから子供などとは思っても居なかった。 彼はカールを賢者の塔に居る 同僚の大賢者と話すように接していた。
楽しい時間程、過ぎるのは早く感じる。 今日は夕方より陛下主催の歓迎会が開かれるのだ。
大賢者ティモシーは続きは歓迎会の中でもと自然に考えていたのだが、カールはデビュタント前の六歳である。
残念ながら歓迎会などの席には出席が出来なかった。
その事を大賢者ティモシーが知るのは、歓迎会にカールが居ない事実からである。
この事実からティモシーは近日中にアーレンハイト家を訪れる約束をしていた。
歓迎会が開かれた翌日にマルガレータは領都ルーンから来ていたアグネスと共に大魔法師のシャルロットを訪れた。
アグネスと大魔法師のシャルロットは昨日の歓迎会で既に再開を祝していたのだが、歓迎会と云う性質上 ごく普通の挨拶しか出来なかった。
大魔法師のシャルロットはアグネスの師匠である。 彼女も学院生で在った頃にマルガレータと一緒にアテロニア島に通っていた。
アグネスも既に天才魔法師として名声を博していたのだが、更に上を目指すだけの向上心もあった。
新しい魔法に上級の魔法とアグネスは瞬く間に覚えて行った。 しかし、上級魔法は威力が高いため、練習をする場所がない。
そんなアグネスだったのだが結婚と共に領都ルーンに魔法専用の練習場を作っていた。
そこは周囲を山に囲まれ自由に魔法を行使する事が出来た。 元々アーレンハイト家は魔物の暴走が継続的に発生していた。 その為に高威力の魔法は必要に迫られていたのだ。
アグネスが好んで練習をしたのは杖錫を使い上級魔法のヒートブレイクウォールであった。
この魔法は広範囲を対象とした殲滅魔法であった。
アグネスもそうなのだが、通常は魔法を発動する時に聖句を詠唱する。 これは声に出しても、出さなくても構わないが詠唱自体は必要だと信じられていた。
何故ならこの詠唱こそが魔力を魔法に変換する触媒だと信じられていたのだ。 その為に新しい魔法を考える事は、新しい詠唱を考える事と同意語だと信じられていた。
一般的に云われている、無詠唱とは魔法を発動するために声に出さない事だと云われていた。
これは、声に出して聖句を唱えると何の魔法を使用するのかが相手に分かってしまい、不利になる為に声に出さずに唱える手法だった。
逆に初心者は必ず声に出して聖句を唱える事から始める。 これは声に出す事で間違った聖句を覚えないためだと云われて居たのだ。
しかしアグネスはカールから新しい魔法を教わっていたのだが、その時カールは本当の意味で無詠唱だった。
初めは声を出さずに詠唱をしている物とばかり思っていたのだが、カールからは魔法とはイメージだと指摘された。
その時に詠唱とはその魔法をより具体的にイメージさせるための物で必要がないものだと云われたのだ。
その時の衝撃を未だにアグネスは忘れていない。 上級の魔法になると詠唱が長く複雑になるのはその発動する魔法を認識して、よりイメージするのに必要なためだと云われたのだ。
実際にアグネスが詠唱して発動するまでに数分掛かる魔法をカールは一瞬で発動して見せた。
初めはカールが予め途中まで詠唱をしていたのだろうと考えたのだが、カールは上級の火属性の魔法と水属性の魔法を立て続けに発動をして見せたのだ。
属性が正反対の魔法を予め途中まで詠唱をして保留など出来ない事を知って居た為にアグネスはカールの言葉を信じたのだ。
その後、アグネスはカールの指導で無詠唱の魔法を練習した。 アグネスはこの事を師である大魔法師のシャルロットに聞きたかったのだ。
その為、アグネスは挨拶もそこそこにシャルロットに話しかける。
「シャルロット様 魔法行使に於ける詠唱って本当は必要が無かったんですね」アグネスとしたら当然知って居るものとして話し出した。
しかし、初めシャルロットはアグネスが冗談を言って居るのかと思っていた。 アグネスは昔からお茶目な性格だった。
お嬢様で少し気位の高くツンデレと云われるマルガレータに男勝りでサッパリした気性のマティルダ そしてお嬢様なのだけど、少しぽわ~んとした性格で冗談が大好きなムードメーカー的存在のアグネス
その事を覚えていたシャルロットはアグネスの話を完全に冗談だと思っていたのだ。
「師匠~~ シャルロット様 本当なんですぅ」アグネスは涙目に成りながら真実だと訴えた。
その真剣な態度にシャルロットも次第に冗談では無い事を知る。
共にシャルロットに逢いに来ていたマルガレータは久しぶりに学生の頃のアグネスを思い出していた。
彼女たちは全く性格的には異なるのだが、ただ一点だけ共通したものが有った それは分野は違えど共に天才児だと云う事だった。
彼女たちは自分とは全く違う分野の天才児だった事から話が合ったのだ。 マルガレータはアグネスが師匠のシャルロットに聞いた詠唱が魔法の行使に必要なものだという事は知っていたのだが、具体的に何故、必要なのかまでは知らなかったのだ。
「アグネス お前も知っている通り体内にある魔力を体外に出す為に聖句を唱える事は知って居るな! この聖句を唱える事を詠唱と呼ぶ事くらいは常識で有ろう」
シャルロットにしたら今さら、アグネスが言い出した魔法師にとっての基礎に面食らっていた。 これがアグネス以外が云った事なら問答無用で切り捨てていた。
「アグネスよ もう少し詳しく話せ」シャルロットはアグネスにもう少し詳しく話させる事にした。
アグネスはカールから聖句による詠唱なしで魔法が発動される事を聴かされて驚いた事から、実際に自分もカールに云われて色々と試した結果、魔法が発動できた事を話した。
アグネスにしても詠唱の有無については問題が大きい為、いままで黙っていたのだ。 当然の事としてカールにも話さないようには云って於いた。
もしこの事実が知れれば大パニックに成るからだ。 まず、シャルロットはこの真実を確かめなくてはならない。
だが此処はハイランド王国の王宮内である。 魔法を行使すること自体がタブーとされている。 この件に関してはアグネスのホームグランドである領都ルーンで確認をする事に成った。
王宮では様々な人々が挨拶に来る。 特に聖女ミューアには教会関係の人間が連日のように押しかける。
イーストウッド大陸の第四教区を担当している大司教のエリザベート・イーストもその一人であった。
彼女はアーレンハイト家の元女帝とは娘が親友だった関係で昔から知り合いだった。 聖女ミューアは本来、ウエスティン大陸を管轄としているのだが 聖女自体は女神様を祭るセントリック島からは殆ど出ることは無く、初めてと言っても良かった。
その為に司祭以下の教会関係者は聖女ミューアには初めて逢ったと云えた。 更に明日は王都にある教会で信者を集めての説法が行われる事に成ったらしい。
また大賢者ティモシーや大魔法師のシャルロットも学院での講演を頼まれていた。 学院にしてもこんな機会でも無ければ、賢者の塔の大賢者や世界的にも有名な大魔法師から直接話を聞く機会など無かったのだ。
実を云うとカールも楽しみにしていた。 カールにしたら昨年、姉のカトリーヌがクーナに出場するのでサポートとして付き添い そこで偶然にもティモシーやシャルロットと出会う事に成ったのだ。
彼らとの会話は本当に楽しかったのだ。 カールの持つ知的好奇心を満足させる存在自体が少なかった為であった。
カールにしても講演会の後、アーレンハイト家に立ち寄るとの話が既に出来上がっていた。
これはマルガレータやアグネスがティモシーやシャルロットの弟子であった事が世間に認知されているので何処からも問題は起ってはいなかった。




