第93話 平穏な日々 ペットたちの日常(シーラ公爵家の侵略)
◇◇シーラ公爵家の侵略
ハイランド王国ではアーレンハイト家から齎されたとんでもない報告を受け、陛下の臨席を仰ぎ宰相のミューゼル侯爵は関係各所に緊急の招集を行った。
その結果、軍務卿のデュラン伯爵を初め近衛騎士団長のリッツ侯爵に魔法騎士団長のターナル伯爵、魔導師長のロードメア導師が集められた。
更に軍を動かすとなれば、それ相応の費用が掛かる。 その為にグリューネ財務卿もこの会議に呼ばれていた。
この会議はシーラ公爵達がアーレンハイト家を攻める決定をした翌日には開催がされていた。
既に宰相のミューゼル侯爵は軍務卿のデュラン伯爵を通じて、事の真実を探るべく密偵をシーラ王国に向かわせていた。
流石に事が事だけにアーレンハイト家のと云うか、マルガレータから齎された報告が俄かに信じられなかったのだ。
しかしクーガでの出来事は周知の事実である。 その内容を知っている宰相は話の内容が事実であると言う仮定の下に会議を招集していた。
招集されたメンバーの中にはアーレンハイト家はどのような手段で今回の情報を掴んだのか疑問の声が上がっていた。
他国からの侵略など、国家レベルの機密事項である。 探るにしても相当、難しい事は素人でも分かる。
事前に密偵を相手の王宮や屋敷内に配しておかなければ知りようがない事だった。 今回、軍務卿のデュラン伯爵が密偵に指示を出した内容は単純な物だった。
もし仮に他国の領地を攻めるなら、それに伴い兵士の招集が大々的に行われる。 更に食料や武器などの発注などが考えられるのだ。
これらはどんなに優秀な国や将軍であっても隠しようがなかった。 デュラン伯爵はその事実の確認を密偵に指示をしたのだった。
密偵は色々な職業に姿を変えて潜入を果たす。 冒険者だったり商人だったりする。
そして密偵は男性だけではないのだ。 女性の密偵も居た。 複数の密偵はお互いを知らず、独立して調査を行う。
会議はこの調査を以って最終的な結論を出すことになるのだが、事前の準備は行わなくてはならない。
しかし、準備で有っても細心の注意を以って行う。 ハイランド王国が他国を調べる事が出来るのと同様に他国もハイランド王国が軍備の準備を行えば、国家間での緊張が増すのだ。
そこで、演習と位置付けて招集する事にした。 その演習も最近、アーレンハイト家で発生した魔物の暴走を想定しての事にした。
この為に招集が掛けられたのは先の魔物の暴走で活躍した第三方面軍と第七方面軍が選ばれた。
実際の魔物の暴走で活躍した二つの方面軍は他の方面軍からも称賛され、次の機会には自分たちが担当させて欲しいと要望が上がっていたのだ。
しかし、今回の話の内容次第では実戦が予想される。 殆ど実戦経験の無い師団や方面軍では心もとなかったのだ。
こうして表面的には定期の訓練を装いながら食料弾薬など輜重を伴う準備が始められた。
ハイランド王国は暫く他国からの侵略など経験していない。 まさにアーレンハイト家が大公で有った時代に大々的な侵略を受けた経験以来だった。
その侵略がまたもアーレンハイト家だと云う事が皮肉と云うか、もしこれが以前のアーレンハイト家で有ったなら、知らない内に侵略を受けて、気が付いた時には領地の大半を奪われた跡と云う結果に成っていたのだ。
その頃、カールは集まった五人の指揮官を前に今回の召集が掛けられた理由を話しだした。
内容を聞いた指揮官たちの反応は様々なのだが、一様にふざけた理由での侵略に怒りを露わにしていた。
その他国から侵略を前提とした攻防計画をカールは指揮官たちに話した後に計画に基づいての戦略、戦術の作成を指示した。
彼らにしたら少し前に既に行っており経験済の内容だった。 ただ違うのは戦う相手が魔物か人間かの違いだった。
ただ相手が人間の場合の方が戦い易い。 それは相手の心理を読みやすいのと、魔物と違い相手の指揮官さえ倒せば良いからだ。
カールは攻防計画に基づいてシーラ公爵領に接する関所の強化を行う。
元々、シーラ公爵領とは獣道の様な細い道だったのだ。 それをカールが再開発で山を削り、谷を埋めて幅十メートルの道を街道として整備していたのだ。
この街道は二十キロにも及ぶ、 カールは基本的な作戦を指示した後は任せていた。 猶予は多少ある。 兵士たちの訓練はそれぞれの副官に命じて行わせていた。
また、食料などは元々が領地を開発中と云う事で他方から大量に集めていた為に問題は無かった。
こうして指揮官たちと兵たちは各々が為すべき事を始めた。 兵たちのモチベーションは高い。 彼らの指揮官も一年前を考えれば自分たちと同じ立場だったのだ。
それが魔物の暴走で活躍したと云う功績で貴族に取り立てられ新しい街とは云え代官に任命されているのだ、それも名誉貴族では無い。 永代の貴族である。
子々孫々に爵位を受け継ぐ事が出来る。 そんな貴族に一年前まで平民だった者が取り立てられたとなれば、平民出身の兵士が頑張らない訳がなかった。
彼らは訓練から真剣に取り組み、自らを鼓舞し続けた。 そんな兵士の頑張りを副官の騎士たちが無視する事は出来ない。 彼らも自分たちで出来る事はなんでも行った。
訓練は熾烈を極めたのだが、誰も弱音など吐かなかった。 その頃、指揮官たちは何度目かの作戦をカールへレビューをしていた。
カールは指揮官たちを鍛えていたのだ。 彼らは元々が平民である。 体力自慢で有るが、自ら作戦を立案して考えるという事など行った事が無かった。
勿論、彼らが頭が悪いと云う事ではない、寧ろ平民でありながらシュワルツの副官の地位に上り詰めていた事はそれなりに考える力はあったと思われる。
しかし、本格的な戦いの場合にはある程度の定石がある。 まずはそこを知り、その先を考えなくてはならない。
今の彼らはそれをカールによって学んでいたのだった。
既に彼らの中にはカールが幼い子供であると云う認識はない。 自分たちの上司であるシュワルツを超え、最高責任者のマティルダと同格の扱いで有った。
カールが行ったのはブレストと云う手法である。 五人の指揮官たちの前には大きな黒板が有る。 その黒板に向かって各々が意見を出し合い、書いていく
ルールは簡単である。 『判断・結論を出さない』、『粗野な考えを歓迎する』、『量を重視する』、『アイディアを結合し発展させる』の四つだけである。
指揮官たちはカールから与えられた四つのルールに基づき話し合いをする。 元々、彼らは戦いについて考えるという事を教わっていない。
その為にカールが示した方法が画期的な方法だと気が付いて居なかった。 また、初めての考え方に擬いを持っていなかった。
こうして、何時間も何日も議論が行われて行った。 導き出された作戦をカールにレビューするのだ。
カールはその度毎、ニッコリ笑いながら指摘をしていく。 そんな彼らも考えると云う事を学びだしていた。
自由な発想こそが大事なのだ。 後の世に伝えられ、歴史的な快挙と称えられる作戦とは考えられた時は他の者から正気を疑われるような作戦だったりするのだ。
他の者が考え付かないからこそ、成功した時に称賛されるのだが、失敗した時にはダメージが大きくなる。
諸刃の剣と云えた。 既に一週間にも及ぶ議論がなされていた。 体力的には厳しい筈の兵士たちより指揮官たちの方が誰が見ても分かるほど消耗していた。
戦についての鉄則は指揮官も兵士も同じ食事をすると云うのが有る、此処でも三食とも指揮官も兵士も同じ食事をとっていた。
兵士達は自分達とは別メニューで指揮官たちが鍛えられている事を遠目ながら理解していた。
それは話さなくてもわかる事だった。 しかし彼らの目だけはイキイキとし、強い意志を感じさせるものだった。
兵士たちもそんな指揮官たちを尊敬していたのだ。 カールにより日々、考えるという事を鍛えられている指揮官にカールは一つの指針を与えた。
「皆さん だいぶ柔軟な発想が出来るようになってきたと思います そこで、僕から考え方のヒントを出したいと思います」カールの一言一言に頷きながら指揮官たちは注目していた。
「まず 皆さんは大きな勘違いをしています この度の侵略に対する勝利条件とは何でしょう?」カールに改めて問われ、指揮官たちはまた考えに没頭する。
暫くしてカールは話を続ける。
「今回の侵略に対する勝利条件は敵を殲滅する事ではありません。 領地から追い払えば良いのです。 元々、私たちはシーラ公爵領を攻めるつもりなど無いのです、向こうが攻めてきたので防衛をしているだけです」カールの言葉を噛みしめるように頭の中に叩き込む
ではどうするかと云う事に成る。 そこからまた指揮官たちは会議を続けた。 夕方には一つの作戦を立てる所まで来ていた。
兵士が何人いても率いる指揮官が居なければ、烏合の衆なのだ。 そして兵士は本当に戦いたいのかと云う事だった。
元々、兵士は職業軍人ではない。 町や村から招集された領民である。 軍事訓練どころか、武器さえ初めて持つ者が殆どだろう。 基本的にそんな兵士など怖くは無かった。
指揮官たちが立てた作戦にカールが細かい補正を立てていく。 基本は指揮官を重点的に狙い、軍としての統制を乱して敗走に追い込むと云うものだった。
その具体的な方法論に翌日から話が進んでいく。 カールが示した方法は至って簡単なものだった。 所謂、フラッグと同じなのだ。
フラッグは決められたルールに従い、お互いのフラッグを奪いのだが、 今回は相手の指揮官をフラッグに見立てて狙う。
方法としては横幅十メートルの街道は切り立った崖に挟まれている。 これはカールが山を切り崩して作ったためである。 また 全長も二十キロ程だった。
この細長い街道をフラッグの競技場に見立てる。 次にカールがこの街道の一部を迷路の如く作り直す事で兵士の進軍は遅くなる。
場合によっては相手方が斥候を使うので更に遅れるだろう。 出来る事なら全軍がこの街道に入った処で退路を塞いでしまうのも良いのかもしれなかった。
予想される敵勢力は兵士が五万に騎士を含む指揮官たちが五十名ほどだ。 云うならば一人の指揮官が千名ほどの兵士を指揮していることになる。
更に総司令官は全軍の最後尾につけていると予想できるので後ろから狙うのも良いかもしれない。 こうしてより具体的な作戦計画が練られている頃、敵側に動きが生じた。 動き出したのだ。




