第87話 平穏な日々 ペットたちの日常(ヨウコの人化)
◇◇ヨウコの人化
王城での報告会が終われば、そのままクーガ解散式になる。
この解散式を以ってカトリーヌは生徒会長の役を退くのだ。 後任は副会長のジョージ・フォン・ロックウェルが務める事に成る。
既にカールは昨年から生徒会の一員となっているのだが、長年の慣習では生徒会役員は中等学部以降の生徒から選ばれるのだ。
しかし、その慣習はもはや形骸化をしていた。 昨年、新入生総代だったカールが学院長のリクールから強引に生徒会役員に任命されたのだが、カールが思わぬ活躍をしてしまった。 この活躍により新入生総代が生徒会に入ることが暗黙の裡に了承されていた。
当のカールは学院内では自由人だった。 放課後は用事が無ければ領地開発の為にサッサと帰宅をしてしまうためにほとんど生徒会室には顔を出していなかった。
それに比べ今年の新入生総代のミレーネ・アスターの方は真面目に生徒会役員として役割をこなしていた。 こうして新入生総代が生徒会に加わる事が2年も続けば新たな慣習に成りつつあった。
そんな自由人と云えるカールだが新生徒会長を始めとした他の役員からも役員留任に異議を唱える者は居なかった。 彼らは皆、カールが去年と今年のクーガを牽引した人物であると知っていたのだ。
ただ、一般の生徒の中ではこの事は秘密にされていた。 カールの実力を秘密にする事は他国に対するアドバンテージになっていた。
王宮での解散式を以ってクーガ選手のうち、初等学部の一部と新人戦メンバーは帰宅をする事に成る。
他のメンバーはこのまま、王宮内に留まり、夕方から行われるパーティーに出席するのだ。 このパーティーが実質的な王国内での就活運動になる。 女性の場合は婚活の場となる事は疑いの無い事実であった。
カールとマリアは揃って迎えの馬車に乗り屋敷に帰って行った。 屋敷ではエントランスの前に家令のハリスを筆頭にメイドや従者一同が並んで出迎えていた。
「カール様、マリア様 お帰りなさいませ」皆の顔には誇らしさが漲っていた。 カールやマリアの活躍が既に広まっているためだ。
マルガレータは障りのない部分ではカールやマリアの成績を包み隠さずに話していたのだ。 流石にカールが領地の整備をしている事は家令のハリスとカールの専属メイドのシンディーと従者のハワードしか知らせていなかった。
家令のハリスはシンディーを将来の総メイド長に、兄のハワードは自分の後継者にと教育をしていた。
シンディーやハワードはハリスの一族の者だった。 昔からアーレンハイト家では男女を問わず、三歳の目覚めの儀式を迎えると専属のメイドと従者が与えられる。
このメイドと従者は成人を迎えるまで仕える事に成る。 そして伯爵家を継いだ者に仕えていた従者が家令になりメイドが総メイド長となり家長を支えるのだ。
本来なら五男であるカールにアーレンハイト家の家督など望むべくも無かったのだが、何処でどうなったのか 今では正式にカールが家督を引き継ぐ事が決まっていた。
その為にシンディーやハワードへの教育も行われているのだ。 本来なら長男のアウグストを補佐していた従者やメイドが居るのだが、アウグストのアーレンハイト家に対する造反行為により次期家令の地位はハワードに移されていた。
しかしアウグストに問題があったゆえの措置であり、彼らや彼女達に落ち度が有った訳でも無い。
その為に特別な役職が用意された。 上級家令と上級メイド長である 全くの名誉職なのだが、敬意を払うには申し分のない役職である。
同じ一族の先輩なのでシンディーやハワードにとっても有難い役職だった。
当然、カトリーヌやマリアにもメイドや従者はいる。 彼らや彼女たちは自分たちの主人が居を構える場所でそれぞれの役職に就くのである。
カールとマリアは揃ってマルガレータが待つ、執務室へ向かった。 ノックをして中に入ると同時にカールとマリアは挨拶をした
「マルガレータ母様 ただいま戻りました」
「おかあさま かえりました。」
「カール、マリア お帰り クーガでの活躍は聞いてますよ 疲れたでしょ」カールとマリアの返事にマルガレータが笑顔で出迎えてくれた。
本来ならマルガレータは当主の代行として王宮でクーガ選手団を迎え、その後のパーティーに出席しなくてはならないのだが、妊娠中と云う事で出席を断っていたのだ。
マリアは挨拶の後、マルガレータに抱きついていた。 学院に入学をしたとは云えマリアは五歳である、姉や兄が一緒とはいえ長期に家から離れた事は無かったのだ。 そしてまだ、母の温かさが必要だった。
そしてマリアに抱きつかれたマルガレータはお腹に子供が居る事もあり、久しぶりの母性を溢れさせていた。
普段は王都に居る貴族家とのやり取りに疲れて殺伐としているのだが、この時ばかりは慈母のマルガレータになっていた。
この日は家人を交えての夕食をとることにしたのだ。 これは娘のカトリーヌを始めとしてカールやマリアがクーガでの大役を果たし無事に帰ってきたことを皆で祝いたいと云うマルガレータからの発案だった。
当然、妊娠中のマルガレータや子供のカールにマリアは果樹水である、大人の使用人達はにはワインが振舞われていた。
最近なのだが、ヨウコが人化の術を覚えていた。 ヨウコはしっかりとマリアの横に座って食事をしていた。 どうやらヨウコが人化の術が使える事を知らなかったのはカールだけだったようだ。
初めにヨウコが人化の術を使える事に気が付いたのはマリアの様であった。 マリアはヨウコと遊んでいる。 どうやらマリアにはどこにヨウコがいるのかが分かるようだ。
ヨウコの方でもマリアの相手は自分だと云うように一緒に遊んでいた。
ヨウコの身体は既に二メートルを超えているのだが、マリアに見つかるといつものように「ヨウコ、ちいさくなって」いつものお強請りである。
ヨウコの方も諦めと共に小さくなるのだが、今年の初め頃に小さくなる時にマリアと同じ位の幼女の姿になったようである。
ヨウコは元々は天界の門を守る天狐である、神格も多少はあるのだ。 そのヨウコがカールの魔力を糧に成長したのだ人化の術は必然だったともいえる。
実はカールが知らない事なのだが、ハイドも既に人化の術を使える。 ヨウコはハイドの術を真似たようだった。 当然の事で屋敷内で遊んでいるマリアが知らない幼女といればメイドなどの家人に目撃される。
目撃されれば、これも当然の事として屋敷を仕切るマルガレータに報告が入るのだ。
マルガレータは当初、何処かの子供が紛れ込んだのかと思ったのだ。 もしそうなら、その子供の両親と話してマリアの遊び友達に成って貰うつもりだった。
マルガレータはメイドを引き連れて、マリアの元に向かう。 そこにはマリアと同じくらいの幼女ともいえる銀色の髪をした少女がいた。
その姿かたちは平民のものではない、マルガレータにはその佇まいで何処かの貴族家の姫君だと判断した。 マルガレータは優しくマリアに話しかけた。
「マリア おかあさんに その子を紹介してくれる?」マリアにはマルガレータが何を言っているのかわからなかった。
マリアは口数こそ少ない物の同年代の子供より数段、知能は発達していた。 そのマリアからすれば、何故いまさらヨウコをマルガレータに紹介しなければ成らないのかが分からなかったのだ。
「おかあさま ヨウコはヨウコなの」マリアの話にマルガレータは絶句し固まってしまった。
「マルガレータさま 私はヨウコなの ほんとうよ」マルガレータは念話で聞いていた、ヨウコの肉声をこの時初めて聞いた。 この驚きはマルガレータだけではない、一緒に聞いていたメイドたちも同じであった。
ヨウコはメイドなどアーレンハイト家の使用人の中では人気者だった。 何処でも姿を現し、癒していた。 ヨウコはメイドや従者など使用人からお菓子を貰う事もしばしばだった。
その代わり、屋敷内に居たネズミがいつの間にか居なくなっていた。 アーレンハイト家の使用人はいつからか、失くし物があるとヨウコに話すようになっていた。
初めはメイドの一人がヨウコにお菓子を与えながら愚痴を零していたのが始まりだった。 彼女は新米で慣れていなかったので、忙しい仕事に追われて物を失くす事が多かったのだ。
その時も失くし物をして先輩から怒られた直後だったのだ。 新人メイドが愚痴を零せる相手など限られていた。 ヨウコもその一人と云うか一匹である。
その後、ヨウコがその忘れ物を咥えて新人メイドの元に現れる。 そんな光景が何度もあれば、他のメイドや従者たちも気が付く。
こうしていつの頃からか、失くし物が有ればヨウコに依頼するのはアーレンハイト家の使用人の間では当然に成っていた。
そんなヨウコがマリアと同じ位の幼女に成っていれば当然、使用人たちも驚き、集まってくる。 彼らにしたら、今まで可愛がってきたヨウコである。 姿がキツネから幼女に代われば驚きこそすれ拒否など無かった。
こうして、人化した幼女のヨウコはアーレンハイト家の人々に受け入れられた。
王都の屋敷には月替わりで領地から兵士たちが来る。 これは王都の屋敷を守るためだった。 当初はそんな人件費が掛かる事はしていなかったのだが、カールの発案で行われる事に成った。
地方を守る兵士たちは王都を訪れる事など無いのが普通だった。 それは自分が仕える貴族家の屋敷が有っても同じだった。
カールは何かあった時に兵士達の間に温度差が生まれる事を危惧した結果の措置だった。 それに領地から王都まで兵士が移動すれば、見方によっては兵士による巡回とも取れた。
その兵士達にもヨウコは人気だったのだ。 こうして地方の兵士であっても幼女のヨウコは認知されだしていた。
◇◇ ヨウコの散歩
春になり、マリアは学院に通うようになるとヨウコは領内の散歩に出かけるようになった。
最近は世界樹から盗賊の話も聞くようになっていた。 どうしても通行人が増えて、品物の行き来が増えるとそれを奪おうとするものが増える。
少し前までは領軍が訓練がてら街道の警備をしていたのだが、最近は領地が増えてそれ所ではないようだった。 この日も朝からヨウコは領都ルーンから衛星都市のキールへ向けてお散歩をしていた。
小枝を振り回してのお散歩である。 背中には可愛い背負い袋を背負っている。 この中には王都の屋敷でメイドに作って貰ったサンドイッチと水筒が入っていた。
知らない者がみたら、何とも危なげである。 これが領都のルーンなら安心なのだが、此処は街を繋ぐ街道であった。
最近は魔物の数も減り安心が出来るようになったとは言え、盗賊が出るようになっていたのだ。
ヨウコが元気に歩いていると、後ろから数台の馬車が近づいて来た。 移民の家族だろう、数家族が纏まってキールに向かっていた。
キールに行けば、新しい移民先を紹介してもらえるのだ。 当初のころは、真面目に捉えられていない話だったのだが、どうやら本当らしいと言う噂が広がると 新天地を求めての移民が増えてきていた。
最近では毎日のように数台の馬車がキールに向かっていた。 その馬車の一台がヨウコの横で止まった。
「おじょうちゃん 一人なのか? 危ないから馬車に乗りな」御者をしていた男がヨウコに声を掛けて馬車に乗るように促していた。
馬車の中には身重の女性とヨウコと同じくらいの女の子がいた。 ヨウコに声を掛けた男はヨウコの事を孤児だとは思っていなかった。 それはヨウコの身なりが整い過ぎていた為だった。
彼らが着ている洋服より上等だと云っても良いぐらいだったのだ。
その為に貴族か商家の娘が親の馬車から迷子になって歩いているのだと思ったのだ。 それと退屈している自分の娘の話し相手が居ればと云う思惑もあった。
こうしてヨウコは親切な移民の馬車にお世話になる事にした。




