ストロングゼロさん
「ねぇねぇ、ストロングゼロさんって知ってる?」
「なぁに、それ?」
「凄くよく当たる占いよ」
「えぇ~、私、占いなんて信じないから」
降霊術。多感な時期の子供たちはオカルトじみた遊びに敏感である。彼女たちの通う高校では現在、ストロングゼロさんという遊びが流行していた。
やり方は、こうである。
まず白紙に、
『ス』『ト』『ロ』『ン』『グ』『ゼ』『ロ』
と書く。そしてその文字の上に3つの鳥居を描く。これで準備完了である。あとは紙の上に十円硬貨を置いて、参加者全員の人差し指を硬貨にそっと添えておくだけでいい。
「ちょっと!レモンちゃん、私やるって言ってないよっ!?」
「いいからいいから、ストロングゼロさんの占いは本当によく当たるんだから!」
レモンは親友のウメを半ば強引に誘ってストロングゼロさん遊びを始めた。
放課後、夕暮れの教室。窓越しにグラウンドから、運動部の掛け声が聞こえてくる。
レモンは手際よくストロングゼロさん遊びの用意を済ませた。恐らく普段からやっているのだろう。準備が早い。
「いい、やるわよ」
「もぅ、レモンったら」
「この10円玉の上に、人差し指ね」
「……こう?」
二人は身を寄せあって、紙の上の10円玉を人差し指で押さえた。これでいつでも始めることが出来る。
「じゃあ、ストロングゼロさんを呼ぶよ」
「呼ぶ?」
「ストロングゼロさんはストロングゼロの飲み過ぎで肝硬変になって死んだ男の子の霊なの。だからストロングゼロさんを呼ぶためには専用の呪文を唱えないといけないの」
「ちょっと、悪霊じゃないのそれ!? 私やだぁ……」
「もう、ウメったら。大丈夫だよ、怖がりなんだから。いい? 10円玉から絶対に指を離しちゃダメだよ。もし占いの最中に指を離したら、ストロングゼロさんが戻ってくれずについてきちゃうから」
ウメを脅かしながら、レモンは紙の上で10円玉を滑らせていく。描かれた3つの鳥居に順番に触れ、それから
「ストロングゼロさんストロングゼロさん、いらっしゃいましたらどうか私たちのもとへお立ち寄りください。おえぇ~! おえぇ~!」
と言った。
「ふふっ、なぁにその掛け声」
ウメはおかしくなって笑った。けれどレモンは真面目な顔で一言。
「来た」
そう言う。
「えっ、ストロングゼロさん?」
「うん」
「どうしてわかるのよ?」
「この10円玉、動かせないでしょ?」
言われてウメは指先に力を込めてみた。まったく、びくともしない。
「なんで!? あー、わかった! レモンが押さえてるんでしょ!? 私、騙されないんだからっ」
「違うったら。あ、指、絶対に離しちゃダメだからね」
半信半疑ながら、ウメは素直に従うことにした。どうせちょっとした遊びなんだから付き合ってあげてもいいか、程度に考えていた。
「ウメ、何かストロングゼロさんに訊きたいことないの?」
「私ぃ? んー特に」
「じゃあ私から訊いちゃうからね。ストロングゼロさんストロングゼロさん、明日の私のラッキーアイテムは何でしょうか?」
テレビでやってる星座占いみたいだなとウメは思った。レモンが質問した直後、10円玉はゆっくりと動き始める。もちろんウメは指に力を込めていない。
(ははーん、さてはレモンが動かしているんだな)
ウメは真剣な顔をしている親友に対し野暮なことを言うのは止めておいた。
10円玉が文字の上を滑り、ラッキーアイテムを指し示す。
『ト』『ン』『グ』
「わぁー! トングだって! 明日カバンにつけてこよーっと!」
きゃっきゃと歓声を上げるレモン。
「じゃあ次はー、私の新しい髪型は何が似合うでしょうか?」
『ロ』『ン』『グ』
「ですよねー!!」
1人納得するレモン。何がそんなに面白いのかウメにはよくわからない。
「ねぇー、ウメも1つくらい何か訊いてみなさいよぅ? 何か無いの?」
「別にー」
「じゃあ私が勝手に訊いちゃうもんねー! ストロングゼロさんストロングゼロさん、ウメの好きな男子は誰ですか?」
「ちょ、ちょっと止めてよ!」
この質問はさすがに制止しておきたい。ウメはレモンが10円玉を勝手に動かさないように人差し指に思い切り力を込めた。
しかし……。
「えっ?」
10円玉の動きを全く止められない。
「そんな……なんで!?」
驚いてレモンを見る。レモンはいつものことなのか、10円玉が自分の意志を離れて勝手に動き回っていることを不思議にも思っていないようだ。好奇心に満ちた眼差しで10円玉を見守っていた。やがて……。
『ス』
「えっ!? サッカー部の須藤くん?」
レモンがはしゃぐ。
『ト』
「うそっ!? 隣のクラスの須戸呂!?」
「バカ! そんなわけ無いじゃない!」
『ロ』
「やっぱり須戸呂だぁー!」
「ち、違うわよ! もう、わけわかんない!」
もし答えが須戸呂であるなら、10円玉はここで止まるはずだ。だが、止まらない。まだ10円玉は動き続けている。
『ン』
「……え?」
『グ』
「ストロングって……誰?」
そんな生徒はこの学校にはいない。ストロングゼロさんのことを指しているのなら、この後『ゼ』『ロ』と10円玉は動かなくてはならないが、実際に10円玉が次に動いた先は『ス』であった。
『ス』『ト』『ロ』『ン』『グ』『ス』『ト』『ロ』『ン』『グ』『ス』『ト』『ロ』『ン』『グ』『ス』『ト』『ロ』『ン』『グ』『ス』『ト』『ロ』『ン』『グ』『ス』『ト』『ロ』『ン』『グ』……
狂ったように10円玉は『ス』『ト』『ロ』『ン』『グ』の上を動き続けた。
「ストロングって……ストロングって誰!?」
「私にもわかんないよぉ! こんなこと……これまで一度も無かったのに!」
「早く終わらせてよレモン!!ストロングゼロさんに帰ってもらって!」
「ダメ! 10円玉が動いているうちは出来ないの!」
10円玉の動きはどんどん速くなってきていた。
「もう、嫌ぁ!!」
悲鳴を上げてウメが遂に、10円玉から指を離してしまった。
「ちょ、ウメ!?」
10円玉は机の上を滑り床へ落下してどこかへ転がっていった。
「帰ろう! 早く帰ろうよレモン!」
親友の腕を強く引いて立ち上がろうとするウメ。その時。
カタ……
窓ガラスが音を立てた。
風……?
カタ……カタカタ……
空が急に暗くなってきた。
「何?」
レモンとウメは抱き合って、震えながら窓の向こうを見る。
カタ……カタカタカタカタ……ガタガタガタガタ!!
激しく窓ガラスが振動を始めた。まるで地震の時ように。
「あっ、あれ、何?」
「あ……あ……」
二人は、目を見開いた。
突然!!
キリイィィィィン!!!
窓ガラスを粉々に割り砕いて教室にカチコミかけてきたのは、氷結ストロング!!!
終!!!
ストロングゼロさん遊びは1/256くらいの確率で間違って氷結ストロングさんが来ちゃうからみんなも充分に注意するんだよ!