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おはようとお風呂と炎と雷。




「ん~……ふわぁ。ねむねむ……」


 むくり、とエルルは眠い目を擦りながら朝日の眩しさに目を覚ました。

 ……が、それだけではない。

 エルルの安眠を妨害したのは、庭から聞こえてきたカーン、カーンとした音だ。


 音の原因を探るべく、寝起きで気だるい身体を起こしてエルルはカーテンを開ける。


 エルルの部屋から窓を覗けば、いつも通り、家の裏手に広がる泉が見える筈だった。

 だが今日に限って泉は見えなかった。

 なぜなら、窓の向こう側には木組みの枠組みが置かれていたからだ。


「な……なにこれ!?」

「おやエルル様、おはようございます」


 エルルは着の身着のまま慌てて庭に出る。

 木枠の中心には頭にハチマキを巻いたバハムートが額の汗を拭いながら材木を加工していた。


「ハムちゃん、なにしてるの……?」

「週末に会食の予定が入りましたよね」

「そうだね。ものっっっっすごく気乗りしないけど」


 エルルたちがミザール村へミールを送り届けている最中に訪れた貴族から告げられた。

 三ヶ国のトップが集まり、食事をしたいという用件だ。

 今までも何度か食事に呼ばれたり勲章を授与されるために向こうの国を訪れることはあったが、王族がエルルの家に来ることなどこれまでに一度も無かった。


「王族とはいえ、エルル様の家に足を踏み込ませるわけにはいきません」

「うん。それはそうだけど」


 会食、というだけあって三ヶ国の王族を招き入れるには、リビングは少し狭い。

 ましてや家の中は完全にエルルたち家族のプライベートな空間だ。

 如何に王族といえ、そうほいほいと簡単に踏み込まれたくないものだ。


「ですから、会場を造ろうと思いまして」

「会場を……造る?」


 流石のエルルもバハムートが何を言っているのかわからなかった。

 いや、意味はわかっている。だがバハムート一人で、わずか五日間で全員が食事を共に出来る建物を造れるのだろうか。


「ええ。建築にも興味がありましたし」

「ハムちゃんのスキルがどんどん上がっていく……!」


 元々家事の全てはバハムートがこなしている。炊事洗濯掃除まで完璧なバハムートだが、ここに来て大工仕事まで覚えるとは考えもしなかった。


 それにしてもバハムートは清々しい笑顔である。ここまで良い笑顔をされては、エルルも頭ごなしに大工を止めることなど出来ない。


 しかしバハムートが造ろうとしているのはどう見てもエルルの本宅よりも大きな建物だ。

 バハムートならば少しの知識から閃き、すぐに習熟するだろう。


 だが懸念すべきはバハムートの腕前ではない。

 会食まであと五日しかないのだ。

 普通に考えて、間に合うはずがない。


「……間に合うの?」

「間に合わせます。それが職人の責務です」

「職人……?」


 聞かなかったことにしよう、とエルルは言葉を慌てて飲み込んだ。

 エルルとしては、バハムートが自分のこと以外に趣味を見つけることは良いことだと思っている。


 だから、バハムートのしたいようにしてもらうことにした。

 とりあえずエルルは、寝起きでぼんやりする意識をどうにかしようと決めた。


「それじゃ、ボクお風呂に入ってくるから」

「はい、丁度イフリートもセルシウスもリビングにいるはずですよ」

「はーい」


 部屋に戻り、着替えを用意する。どうせ自分の家だから、パジャマで過ごしても問題は無い。


「おはよー」


 リビングへ続く扉を開くと、椅子に座りながらセルシウスが新聞に目を通していた。

 エルルの声に気付いたセルシウスはすぐに新聞から顔を上げ、朝の挨拶を交わす。


「おはよエルルっ。今日も可愛いわよ!」

「あはは……ありがと。ふーちゃんは?」

「妾を呼んだかっ?」


 エルルの声に小さな存在が反応した。テーブルの下からもぞもぞと出てきたのは、赤髪灼眼の小さな女の子だ。

 小さな子供の姿をしているが、彼女は炎を司る召喚獣イフリート。

 氷のセルシウスとはまさに天敵のような存在が、まったりとリビングでくつろいでいたのだ。


「おはよ、ふーちゃん。またお煎餅?」

「うむ! せんべーは岩のようじゃから上手い!」

「あはは。食感なんだ……」


 イフリートの口の周りにこびりついている煎餅の欠片をエルルが拭う。まるで姉妹のようなやり取りにセルシウスが羨望の眼差しで睨んでいたのは間違いない。

 むしろ血涙を流しているようにも見えるが、エルルはひとまずセルシウスの方を見ないことにした。


「お風呂湧かしてくれる?」

「ガタッ!」

「せるちゃん、ハウス」

「キャインキャイン!」


 騒ぎ出すセルシウスを諫めるエルル。リビングで言うのは間違ったかな、と少しの後悔。


「任せるがよいぞ!」

「ありがと。じゃ、まずは水張ってくるねー」


 エルルのお願いをイフリートは気前よく了承する。

 しかしながら、薪をくべることもせず、炎の召喚獣の力で湯を沸かすとは何という贅沢か。

 高名な魔法使いが聞いたら卒倒しそうな話である。


「私の氷を溶かしても良いのよむしろ私自身が溶けてもいいのよ!?」

「せるちゃん、流石にそれはドン引き」

「えーーーーーー!?」


 セルシウスをあしらいながら、エルルは浴室の扉を開ける。

 特別製のエルル邸の浴室は、湯を貯めるバスタブがしっかりと設置されている。

 奥の小窓を引くと、裏の泉から水が流れてくる仕組みだ。


「そーれっ!」


 浴室までイフリートの声が響いた。

 イフリートは家の裏手の泉に服を脱いで飛び込むと、そのまま全身に力を込める。


 イフリートは炎の召喚獣だけあって、その性質はセルシウスと真逆だ。

 イフリートの全身は基本的に人間よりも熱を帯びている。さらに力を込めれば、その熱量を増幅することが出来る。


 それを利用して、湯を沸かすのだ。

 五分十分もすれば、少し温めのお湯が完成する。


「ありがとふーちゃん。じゃ、お風呂入るね~」

「うむ、肩まで浸かって三百ほど数えるとよいぞ!」

「ふやけちゃうよ」

「ふやけたエルルも可愛いと思うわ!」

「せるちゃん」

「なにっ?」

「覗いたら、嫌いになるからね?」

「流石エルル……私の心を完全に見抜いているなんて、流石よ……!」


 セルシウスがわかりやすいだけである。とはエルルもイフリートも同じ答えに辿り着くほどだ。

 とぼとぼとリビングに戻るセルシウスの背中を見送りながら、エルルは脱衣場でパジャマと下着をささっと脱ぎ、生まれたばかりの格好で浴室に入る。


 簡単に身体を洗ってから、お湯に浸かる。

 ほどよい温さのお風呂は、寝起きの意識を覚醒させるには十分だった。


「っは~~~~~」


 ばしゃばしゃと掬ったお湯で顔を洗い、ぶんぶんと頭を振り払う。

 少しずつ熱くなってきたお湯に肩までじっくりと浸かりながら、曇ってきた天井を見上げる。


 お風呂ばかりは、エルル一人だけの空間だ。

 部屋で読書している時は基本的に召喚獣(かぞく)の誰かが傍にいるし、彼らが寝ているカードもある。


 だがお風呂に入っている間は、リビングに誰かいようとも、エルル一人だけとなる。

 少しの寂しさは感じるものの、考え事をするには十分な空間だ。


「会食、かぁ」


 エルルの答えはもちろん『めんどうくさい』だ。どうすれば断ることが出来るかとか、上手く誤魔化す方法をとにかく考える。

 けれどこれといった名案は浮かんでこない。

 わかってはいる。

 へらへらと笑顔を取り繕って、王族たちが不機嫌にならない程度に相づちをしてればいいのだ。


「やだなぁ」


 だがそれが一番嫌なのだ。

 エルルは、人の嘘を見抜く力がある。あくまで魔法的なものではなく直感によるものだが、その精度は凄まじいものである。


 王族たちの会話など、嘘偽りだらけだ。国を動かすための建前くらいならば良いのだが、どの国も他の国を出し抜こうと画策しているばかりだ。


 そんな空間にいたくない。そんな空間でバハムートの作る絶品料理を味わっても、真面に味わえない。


「……はぁ。めんどくさぁい」


 深いため息もここでなら誰にも聞かれないし、余計な心配も掛けなくて済む。


「そんなため息吐いてどうしたんだにゃ?」

「っ!?!?!? 痛っ!?」


 いるはずのない召喚獣(かぞく)の声に驚いたエルルは、思わず立ち上がるとそのまま足を滑らせてしまうのであった。


 ぷかぷかーっと、頭に丸っこい獣耳を生やした少女がお湯に浸かっていた。

 気付けばお湯に使っていると少しだけビリビリする。少しだけチクチクするけど、痛いほどではない。


「ライちゃん、いたの……?」

「セルがリビングで凹んでたからエルルがお風呂にいると思って甘えにきたにゃ」


 ちゃぽん、と尻尾でお湯を弾きながらけらけらと笑い出した。

 雷の召喚獣であるライカは、するするとエルルに近寄って尻尾でぺしぺし、と叩いた。


「くふふー。たまにはエルルに甘えながらのんびりするにゃー」

「……もう。せるちゃんには内緒だよ?」

「言ったってセルじゃ湯には浸かれないにゃー」


 氷の召喚獣であるセルシウスが触れてしまうと、お湯もたちまち水に戻ってしまう。

 水に戻るだけならいいのだが、下手をすれば凍ってしまう。

 それには慎重なコントロールが必要で、セルシウスはもっぱら裏の泉で水浴びをするのが日課となっているくらいだ。


「だからエルルとのお風呂はライカとイフリートの特権にゃー」

「まぁ、他のみんなは一緒に入りたがろうとしないしね」


 たくさんの召喚獣(かぞく)の顔を思い浮かべながら、エルルはライカと肩をこつんと合わせる。


 はー、とため息を吐く度に疲れが抜けていくようだ。

 瞳を閉じて身体を伸ばしているエルルに、ライカはそっと声をかける。


「王族が何を言っても気にしなくていいにゃ。エルルに危害を加えるのなら、ライカたちが守るにゃ。なんなら三つの国だってぶっ壊してやるにゃっ」

「だーめ。ボクは静かに暮らしたいだけなんだから」

「にゃははー」


 にぱーっと笑顔で怖いことを言うライカを、エルルは優しく諭すのであった。

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