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ただいまと毛布と会食と




「後は建物をどうにかした方がいいよね」

「え、英雄様。これ以上何を……!?」

「以下省略――『召喚魔法サモンマジック』!」


 エルルが再びカードを投げると、今度は光が両開きの扉となった。

 アルデリヒト公爵からの貢ぎ物を運び込んだ、エルルの第三家屋、だ。


 エルルが扉に触れることで錠が外される特殊な扉は、エルルの召喚魔法の中でもとりわけ特殊なものである。

 何しろ召喚『獣』ですらない。空間と空間を繋げる事など、並大抵の魔法使いでは出来やしない事なのだから。


 開かれた扉の向こう側には、アルデリヒト公爵から贈られてきた家財道具一式が乱雑に積まれている。

 あまりにも雑な扱い方から察するに、整理するつもりがないのだろう。


「これ、使ってください」

「……はい?」


 何の気なしにエルルは中の家財道具を指差して言ってのける。

 老人は何を言っているのかわからないとばかりに首を傾げ、バハムートはやれやれとため息を吐きつつエルルの言葉をフォローした。


「そうですね。確かにこのまま持っていても我々は使いませんし、この村で役立てて頂いた方が助かりますね」

「そういうこと!」

「いえいえ、こんな高級品は受け取れませんよ!」


 老人も萎縮して敬語になってしまうほどだ。

 エルルは貢がれた家財道具の価値を詳しく理解していないが、バハムートと老人は一見しただけでその価値を理解していた。


 どの家財道具を見ても超・高級品。傷一つ見当たらないそれらは、傭兵の国でも最上級の貴族でなければ購入することすら出来ない調度品だ。

 原料には年代物の稀少な木材が使用され、名のある職人の手によって造られた。


 それがアルデリヒト公爵より贈られてきた家財道具なのだ。


「ボクが使うことはないですし、この村を発展させるために使ってください」

「しかしじゃな。こんな高級品を使って領主様にでもバレたら……」

「じゃあボクが署名とかしておきますね!」


 エルルとしては使わない物を引き取ってくれるのなら何だっていいのだろう。

 自分が持て余し、それが活かせる場所がある。

 エルルの中ではもう答えとなっているのだ。こうなってはバハムートでも意見を変えさせることは出来ない。


「諦めてください。エルル様がこう仰る以上、受け取る以外の選択肢はありません」

「じゃ、じゃがな……」

「それに、家具を家具のまま使わなければ良いのです。分解して建築材として使えばこの村全体の家を補強することも出来るでしょう」

「こんな高級品を壊せと!?」


 話していてスケールが違いすぎるのだろう。老人はエルルとバハムートの会話についていけないでいる。

 これ幸いにもその合間にバハムートは家具を運び出していく。

 運び込まれた時はアルデリヒト公爵の私兵が何十人もいてようやく運び込める量だったが、バハムートが担げばもっと短い時間で手早く終わる。


「あわわわわわ……!」

「では、これで全部運び終わりました。エルル様の署名が必要でしょうから、後日郵送させて頂きます」


 バハムートはぱんぱんと埃を払い事務的に対応する。

 結局老人が拒絶する暇もなく家財道具はミザール村に運び込まれ、理由を知らない村人たちは降って湧いた家財道具を見てこれまた面食らうのであった。


「それじゃあボクたちはこれで帰りますね」

『失礼します』


 皇帝竜へと変身したバハムートの手に乗って、はばたきと共にエルルは空へと上がっていく。

 話を飲み込めていない村人たちは積み立てられた家財道具とバハムートを何度も交互に見上げている。


 小さくなっていく村人たちの中で、一人だけエルルに向かって手を振っているのが見えた。


「おねーーちゃーーーん! ありがとねーーーーー!!!」


 小さな身体をめいいっぱい使い、全身で跳ね回るように両手を振っている。

 エルルもまた手の平の上から手を振って別れの挨拶を交わす。


「ありがとーーーー! あーーーりーーーがーーーとーーーーー!!!」


 ミールは森で出会った頃の不安げな表情はしていない。太陽のような笑顔をエルルに向け、大声で見送ってくれている。

 高度が上がっていくと次第に声も聞こえなくなり、姿も見えづらくなる。

 森への帰路についたバハムートの手の平の上で、エルルはぽつりと呟いた。


「……そっか。そうだよね。戦争が終わったから、家族が帰ってくるってことなんだよね」

『そうですね。エルル様の活躍によって、家族が一緒に暮らせる、ということです』

「そっか。……そっかぁ」


 エルルはバハムートに悟られないように小さく「……えへへ」とはにかむ。

 とはいえバハムートとは魔力で繋がっているため、エルルのある程度の心情は通じ合ってしまうのだが。


「ボクのミスで大勢の人に迷惑を掛けちゃったけど、ミールちゃんみたいに喜んでくれた人もいるなら、嬉しいかな」


 バハムートからは見えなかったが、きっとエルルは笑っている。

 大切な家族と一緒に過ごせることがどれほど大事で嬉しいことか、エルルとバハムートはよくわかっているから。


「さ、せるちゃんも待たせてるし帰ろっか!」

『そうですね。セルシウスはすぐに拗ねますし』


 大空を力強く飛翔しながら、エルルとバハムートは家を目指すのであった――。




   +




「ただいまー」

「おかえりエルルぅぅぅぅぅぅくんかくんかすはすはぎゅーぎゅーぷにぷにー!」

「みゃー!?」


 元気よく家の扉を開けたところでセルシウスが抱きついてきた。

 予想は出来た筈だが、セルシウスとまともに過ごすのも半月振りくらいですっかり忘れてしまっていたエルルだったのだ。


「つめたい、つめたいっ!」

「うへへへへエルルはあったかいわねえ!」

「せるちゃん溶けちゃうよ!?」

「エルルの腕の中で溶けるなら本望よ!」

「すとっぷー!」


 必死にしがみつくセルシウスをバハムートが力任せに引き剥がす。エルルはすぐに毛布にくるまって暖を取るも、氷の召喚獣であるセルシウスに抱きつかれてはそう簡単には暖まらない。


「あぁんエルル~」

「セルシウス、エルル様に抱きつく時はもっと慎重にやりなさいと言っているでしょう?」

「エルルへの愛が激しすぎて忘れてしまうわ」

「忘れないでよ……うぅ、さむさむ……」

「寒がってるエルルも可愛いわ」

「何言ってるの!?」

「セルシウスの気持ちもわかります。ええ、エルル様は困っている顔も大変愛らしい」

「ハムちゃん???」


 時折こうしてセルシウスだけでなくバハムートも真っ正面から好意をぶつけてくるからエルルからすれば気恥ずかしいことこの上ない。


「お風呂はいるぅ……」


 エルルは立ち上がると、毛布をずるずると引きずりながら歩き出す。まるで蓑虫のようなエルルの姿に恍惚の笑顔を浮かべるセルシウスだが、エルルは疲れたのでツッコムことをやめた。


「えーっと、ふーちゃんを呼ばないと……」

「あ、そうよ。エルルに伝言があるのよ」

「え?」


 思い出したとばかりにセルシウスがテーブルの上に置かれていたメモ用紙を手に取り、読み上げる。

 それは恐らく謁見を予定していた貴族が置いていったものなのだろう。


 エルルはすっかり貴族が尋ねてくることを忘れていたが。


「一週間後、三ヶ国和平条約締結を記念してここで会食を行いたいって。で、ついでに各国の王子を連れてくるから顔合わせして欲しいって」

「え゛ー……。なんで断ってくれなかったのぉ……」


 反射的に低い声で唸ってしまうほどだった。

 むしろセルシウスであれば真っ正面から断っていたであろう案件に、エルルは思わず苦い言葉を吐いてしまう。


「エルルが誰かに奪われそうなら全力で妨害するし、エルルが英雄として有名になるなら大歓迎だからよ!」

「それには同感ですね。私たちの召喚主(マスター)の名が知れ渡ることには賛成です」

「ハムちゃんまで。うぅ、味方がいない……!」


 せめてもの抵抗とばかりに、エルルはもう一度毛布にくるまるであった。

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