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不作と豊作とノムちゃんと




「英雄様、すぐに歓迎の宴を用意しますので少々お待ち頂けますか?」

「あ、お気遣い無く。別件があるので戻らないといけないんですよ」

「しかし、孫を送り届けて貰って何もしないのは……」


 老人はよっぽどエルルに恩を感じているのか中々引き下がろうとしない。普段の貴族などであればやんわりと断るだけで引き下がってくれるだけあって、エルルには少々やりづらい。


「ですがご老人。歓迎の宴を開こうとしてくれるのはありがたい申し出なのですが、とてもじゃないですが、宴を開けるほど裕福には見えません」

「ちょ、ちょっとハムちゃんっ」


 いつの間にか人の姿に戻っていたバハムートの言葉をエルルは慌てて誤魔化そうとする。

 ミールは泥と汗に塗れていてよくわからなかったが、村人たちを見れば非常に痩せこけているのがわかる。

 衣服はぼろぼろだし、家屋も今すぐにでも崩れてしまうのではないかと思うほどだ。


 バハムートの言葉に老人は困った表情をする。痛いところを突かれた、といった表情だ。

 老人が何かを誤魔化そうとしているのを、エルルはすぐに気付いた。


 エルルは人の感情の機微を鋭く感じ取れる。

 とりわけ、人の嘘に対しては非常に敏感だ。


 老人の言葉は嘘ではない。だが、心配を掛けさせまいという心遣いをエルルは感じ取った。


「……地面、ですか?」

「っ……」


 地面の魔力を感じたエルルが呟くと、老人が僅かに身体を硬直させた。

 隠しきれないものである。

 地面に何か異常が起きているのかと、エルルはすぐに見抜いた。


「うーん。地面がすっごく乾いてる……気がする」

「流石英雄様じゃ。実はここ数年、不作が続いてまして」

「身体が痩せているのも、十分な栄養が取れていない証拠ですね。まったく、ここら辺を治めている領主はそれをわかっているのですか?」

「領主様はそんなことお構いなしじゃよ。かろうじて税金の分は収穫できたが……」


 自分たちが食べる分が足りていない、ということだ。

 それでも子供には苦労をさせまいと、ミールにできるだけ食べさせていたのだろう。


 ミールは半日を掛けてエルルに会いに来れるほど体力がある子だ。

 しっかりとした食事を与えられ、健やかに育てられてきたのだろう。

 優しい村人たちに、エルルは困ったように眉毛を曲げつつも微笑みを浮かべる。


「よーし、じゃあ、どうにかしよっか」

「そうですね」

「はい……?」


 老人の疑問を余所に、エルルはバハムートを連れて畑を目指した。

 村の中にある畑には、今も老人たちが農具を振り下ろしている。

 何事かと老人たちの視線がエルルに向けられる。


 好奇の眼差しに少し身体を震わせるが、エルルはそっと袖から魔法陣が刻まれたカードを取り出した。


「我は次元の門を開きし者。我が言葉に呼応し、眠りから目覚めよ。我が前にその姿を現せ。汝が名は――土竜ノーム」


 詠唱と共にカードを中空に放り投げると、カードに刻まれた魔法陣が振動しながら明滅を繰り返す。

 カードから光が地面に降り注ぐと、その光はすぐに形を宿していく。


 丸っこい身体付きの、モグラのような小さな召喚獣。

 眠たげな欠伸をしながら、ぐしぐしと目元を擦っている。


「…………ふわぁ~ん。エルルどーしたのー?」

「ノムちゃんおっはよー。早速だけど、ここら辺の土、どう?」

「土ぃー? ……うっわ酷いのー。栄養もないし水っけも無いし、何よりマナが足りてないの」

「だよねー。それでね、ノムちゃんになんとかして欲しくてね」

「ノムにー? まっかせるのー!」


 ぴょんぴょんと小さな身体で跳ね回る召喚獣は、大地を司る召喚獣ノーム。

 彼もまたエルルの大切な召喚獣(かぞく)であり、丸っこい身体を伸ばして準備運動をはじめる。


「え、英雄様、何を――」

「みなさーん。ちょっと畑からどいてくださーい!」

「いっくのー!」


 エルルの退避を促す声と同時に、ノームが両手の爪を振り回して地面に潜った。

 なんだなんだとざわつく村人を余所に、ノームはお構いなしとばかりに地面を掘り進む。


「ノムちゃんの、ちょっといいとこ見てみたいーっ」

「のむのむのっむー!」


 エルルからのエールを受けてノームはより張り切り、畑の中を縦横無尽に掘り進んでいく。

 ノームが足元を掘る度に、事情を飲み込めていない村人たちは戸惑いの声をあげ、身体をよろけさせつつもなんとか畑から飛び出していく。


 ノームが掘った地面は少し盛り上がってしまうが、再びノームがそこを通り過ぎると元の地面に戻っていく。

 村人は何が起こっているのかわからずに困惑の視線をエルルに向けている。

 が、すぐに『異変』に気付いて畑に視線を戻した。


「な、なんだこりゃ」

「土の臭いか? だが、こりゃ……」

「草の臭いまでするぞ。なんじゃこりゃ……!? おい待て、畑から芽が出てきたぞ!」


 畑はけっこうな広さがあったが、ノームはあっという間に畑の全てを掘って掘って掘り戻した。

 そしてノームが通り過ぎた場所には、青々とした草が生えだしてくる。

 それだけではない。生えてきた草がどんどんと生長していくではないか。


「おわったのー!」

「のむちゃんお疲れ~」

「エルルのお願いなら大丈夫なのー!」


 潜った穴からノームがぴょん、と飛び出してエルルの胸に飛び込んだ。

 地面を進んでいたはずなのに土汚れ一つないノームは満足げにエルルの胸の前で仁王立ちを決めるする。


「ノーム自慢の地面活性化なの! そーれ、そーれ!」


 ノームがはしゃぐように身体を左右に踊らせる。するとノームの踊りに合わせるかのように、伸びてきた草がさらに生長していく。


「おお、おお、おお!?」

「畑がこんなに、こんなに……?!」

「おい掘り起こしてみろっ。草の下にいろんな野菜があるぞ! おいこの草なんかよく見たら小麦じゃないか!?」


 ノームが自慢げに胸を反らす。えっへんと言わんばかりのポーズに、エルルはにこにこと笑顔を浮かべながらノームの頭を撫でる。


「さっすがノムちゃんっ」

「えっへんなの!」


 村人たちはこぞって畑に乗り込み収穫を始めていく。今まで見たことのない光景に色めき立ち、収穫時期でも無いタイミングでの大収穫に喜びの声を上げている。


「こ、これは……英雄様の奇跡なのですか!?」

「奇跡じゃないですよ。ノムちゃんのおかげです」

「えっへんなのっ」


 大地を司る召喚獣だけあって、ノームは地面を掘り起こし、戻すことで大地を活性化させることが出来る。

 農業のための土壌改良などお手の物だ。活性化した大地は時期を無視して種を育み、溢れたマナがさらに生長を促進させる。


 結果として、不作だった村を一斉に活気づかせる。


「英雄様、ありがとうございます。ありがとうございますっ! なんと、なんとお礼を言っていいのやら!」

「いいんですよー。ボクがやりたいって思って勝手にやったことなんですから」

「エルルは優しいのー」


 腕の中ではしゃぐノームをむにむにと弄りながら、感謝の涙を浮かべる老人を励ます。

 精力的に収穫を進めていく村人たちを眺めながら、エルルは満足げな表情を浮かべる。


「貴族と会うより、こうしたほうが気持ちいいよねぇ」

「そうですね。まあ、この事態を知られるわけにはいきませんが」

「……わかってるよー」


 バハムートが危惧していることは、エルルもわかっている。

 小さな村とはいえ、一つの国の、一つの村を救ったと知られれば他の国が『不平等だ』と訴えを起こしてくるかもしれない。

 だから、本来であれば必要以上の干渉はしないほうがいい。


 でも今は、そのことを考える時ではない。


 収穫の喜びに歓喜の声を上げている村人たちを、エルルとバハムートは微笑ましく見守るのであった。

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