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お留守番とハムちゃんとお空の旅。




「じゃあせるちゃん、お留守番よろしくね」

「キチンと貴族様にエルル様が外出してることを伝えてくださいね」

「わかったわよー……」


 渋々だが留守番を了承したセルシウスだが、明らかに不満たらたらである。

 無理もない。セルシウスにとってエルルと過ごす時間が一番大切なのだ。

 久しぶりにその時間を堪能しようとしたら、戻ってきた矢先にエルルが外出したのでは意味がない。


「ああもうほらいじけないで」

「いじけてないわよっ。私は永久凍土を支配するセルシウスよ? その私がこんな小さな事でいじけるわけ――」

「じゃあ久しぶりの外出だしゆっくり遊んでこようか。ね、ハムちゃん」

「そうですね。スケジュール的には可能です」

「嘘ですごめんなさい寂しいですエルルエルルエルルぅー!」


 セルシウスの反応がわかるからこそ、エルルはすぐにからかってしまう。セルシウスもそれをわかっていてわざといじけて見せたのだろう。

 二人でひとしきり笑い合うと、セルシウスは目尻に浮かんだ涙を拭いながらエルルの頭を撫でる。


「わかったわよ。エルルの家はしっかり守るわ」

「うん、お願いね!」

「……でもその前にハグしてちゅーとかしていい?」

「せるちゃん冷たすぎてお腹壊すから、やだ」

「早く人間になりた~~~~~いっ!!!!!?」


 どう転んでもなれないよね、と野暮なツッコミはしないことにした。

 セルシウスに見送られながら、エルルとバハムートは空を見上げた。

 森の中でも、家があるこの場所は木々が開けて空を覗くことが出来る。


「ミールちゃんは、空を飛んだことがある?」

「お空……?」

「うん。鳥みたいにさ」

「ないよー。あるわけないよー……」


 警戒心は解けたものの、まだミールには緊張が見られる。会いたかった『終戦の英雄』エルルに会えたから余計に緊張してしまっているのかもしれない。


「じゃあ、一緒に空を飛んでみよっか」

「へ?」


 エルルの言葉にミールは目を丸くする。人が鳥のように空を飛ぶことなど出来やしないことは、ミールも理解している。


 でも、もしかしたら――。


 ミールの目の前にいるのは『終戦の英雄』にして『賢者』とも呼ばれている偉大なる魔法使い。

 彼女ならば、不可能も可能にしてしまうのではないか、と。


「我は次元の門を開きし者。我が言葉に呼応し、我が前にその真実の姿を曝け出せ。汝が名は――皇帝竜バハムート。 ――『召喚魔法(サモンマジック)』!」

「――了解しました」


 エルルが袖の下から出した一枚のカードを中空に放り投げると、カードに刻まれた六芒星が激しく明滅する。

 カードからは光が放出され、その光はバハムートへと降り注いでいく。

 光に包まれたバハムートの姿が変化していく。


 光が弾けると、バハムートは人の姿から巨大な竜へと変化していた。

 黒曜石の鱗、金剛石よりも硬い爪。人の身など軽く飲み込めるほどの口腔。

 ミールにとっては全てが初めての光景で、その大きさに開いた口が塞がらないほどだ。


「わ、わ、わー!?」

「えっへん。これがボクの召喚魔法で、大切な家族――皇帝竜バハムートだよ!」

『恐悦至極です』


 竜となったバハムートが頭を垂れる。驚いてばかりのミールはまだぽかーんと口をあけたままだ。

 バハムートは身を屈め、三本爪の両手を差し出した。

 エルルは優しくミールの手を取って、二人でバハムートの手の上に乗る。


「だ、大丈夫なの……?」

「大丈夫だよ。ボクのハムちゃんは安心安全な空の旅を約束するから!」

「だ、だってドラゴンだよ……!?」


 流石に見た目のインパクトが強烈過ぎたのか、ミールは怯えている。

 エルルは繋いだ手に優しく力を込める。決して離れないように、離さないという意思を込めた。


「あ……」

「手を繋ぐとね、安心するよね」

「う、うんっ」

「それじゃあハムちゃん、れっつらごー!」

『了解しました』


 エルルの声に応じて、バハムートがその巨大な翼をはためかせる。

 しっかり繋がれた手の温もりを感じながら、ミールはどんどん自分の視界が高くなっていくことに戸惑いを隠せないでいる。


 その度に、ミールからの握る力を強くする。

 エルルはそんなミールに優しく微笑んで、包み込むように手を重ねた。


「た、高い。森が、森があんなに小さいよ!?」

「そうだよー。ボクたちは今、空を飛んでいるんだよ」

「すごーーーい!!!」


 戸惑っていたのも束の間、ミールは煌々と目を輝かせて空からの景色を食い入るように見つめている。

 バハムートは徐々に高度を上げ、地上で見送るセルシウスが小さな粒にしか見えないくらいにまで上昇した。


 ゆっくりと、景色が流れていく。出来る限り速度を出さないのは、初めて空を旅するミールを配慮してのことだろう。


「凄いよお姉ちゃん! 風が、風が凄いよ!」

「気持ちいいよねぇ」


 上空では、地上で浴びるよりかは風が強い。

 だがバハムートによって守られている二人にはそよ風くらいにしか風を受けない。

 快適な空の旅に、ミールはあっちこっちに視線を向けている。


「鳥! 鳥と一緒に飛んでるよ!?」

「何だったらもっと高く飛べるよ?」

「うえーーーー!?」


 ミールにとっては何もかもが新鮮な世界だ。

 地上から見上げることしか出来なかった鳥や雲と同じ世界にいる。

 さらにはその上にまでいけると語られるほどだ。


「きれい……空って、すっごい綺麗なんだね!」


 普段よりも近いお日様を見上げながら、ミールは感激の涙を浮かべている。


「お姉ちゃん凄いっ。ばはむーとさんも、すごい!」

「あはは。ありがとね」

『ありがとうございます』


 はしゃぐミールが落ちてしまわないように、エルルはそっと後ろからミールを抱き締めた。

 ミールはエルルの抱擁に気付く暇が無いくらいに空の世界に感動している。


 見たこともない、憧れることすら出来なかった世界。

 そんな有り得ない世界に、ミールは確かに存在している。


『ミザール村が見えてきました』

「あ、本当だ。ほらミールちゃん、キミの村だよ」

「え? うわーーー! 村が、村があんなにちっちゃいよ!?」


 遠目に見えてきたミザール村を見て、ミールは再びはしゃぎ出す。

 バハムートはゆっくりと高度を下げていく。弧を描きながら降下していく光景すらも、ミールにとっては新鮮で苛烈な思い出となるだろう。


 ミザール村の人たちが、何が起きたのかとざわめいている。

 バハムートは出来る限り人がいない広場を選び、翼を羽ばたかせて慎重に着地した。


「はい、到着っ!」

「ほえー……ほえー……」


 来た時は半日以上も掛かったというのに、帰りは一時間も掛かっていないことに心底驚いているようだ。

 障害物もなく、風の力を受けられる空の旅では陸路よりも遥かに効率がいい。


「ミール? ミールじゃないか!」

「あ、じいさま!」


 そっとバハムートの手から降りたエルルとミールに、初老の男性が声をあげる。

 ミールはニコニコと向日葵の笑顔を満開にさせながら老人に飛びつくように抱きついた。


「どこに行っておったのじゃ。お前がいなくなってはワシは、ワシは……!」

「ご、ごめんなさいじいさま。あのね、あのね……」

「ごめんなさい。ミールちゃんはボクを尋ねてくれたんですよ」

「あ、あなたは……?」

「――はじめまして。ボクはエルル・ヌル・ナナクスロイ。『終戦の英雄』と呼ばれています」


 エルルの自己紹介に老人だけではなく、村の人たちが次々に感慨の声をあげた。

 行方不明になったミールが見つかったと思えば、保護したのはまさかの終戦の英雄だ。

 驚きを通り越してしまうと共に、老人たちが抱いていた『終戦の英雄』のイメージがガラリと変わる。


「そして、彼がボクの大切な家族であり召喚獣、バハムートです」


 エルルの紹介にバハムートはゆっくりと頭を下げる。エルルがバハムートの鼻先を撫でると、嬉しそうに目を細めた。

 それだけで村人たちはエルルが『終戦の英雄』であることを受け入れた。


 古今東西何処を探しても、これほど強大な竜を従えられる召喚士(サモナー)など聞いたことも見たことがない――出来るとしたら、それこそ『終戦の英雄』くらいだろう、と。


「英雄様。ありがとうございますっ!」

「ありがとうございます!」

「あなたのおかげで戦争が終わったんだ!」

「ありがとう、本当にありがとう!」


 村人たちは一斉にエルルを囲み賞賛と感謝の言葉を叫ぶように口にしていく。

 思いもしなかった光景に、今度はエルルが目を丸くするほどだ。

 でも、喜ばれて感謝されることは嫌いじゃない。


「えっと……その」

「息子たちも帰ってくるんです。全ては英雄様が戦争を終わらせてくれたおかげです……!」

「あっ……そっか。うん、えへへ」


 賞賛の言葉はくすぐったいけれど、彼らの言葉に何の裏も感じなかった。

 誰もがエルルに感謝している。強大なエルルの力に怯えずに、感謝の言葉を浴びせてくる。

 暖かくなる心と共に、エルルは嬉しそうにはにかんだ。

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