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読書とうっかりと召喚獣。




 少しずつ日が傾きつつある空を見上げながら、エルルはおやつのドーナツにかぶりついていた。

 ほどよい甘さのドーナツを噛みしめながら、紅茶の香りを堪能する。


 悠々自適なティータイム。

 夜中に本を読むのも好きだが、この時間もエルルにとっては至福の一時だ。


「ふぅ。さ~て、グレゴロ波涛の漂流記の続きでも読もっかな~」


 夕食までは時間がある。ゆっくり食べてもバハムートには怒られない。

 いや、読むのに集中しすぎて怒られることはあるが――とはいえ、それが読書をしない理由にはならない。


 まだ途中の本でも読もうと重い腰を上げたところで、声を掛けられた。


「ところでエルル様、先ほどのお見合いの件ですが」

「え? 断るよ?」

「そうですよね。安心しました」

「当たり前じゃ~ん。貴族になんかなりたくないし、ボクはみんなと静かに暮らしたいだけだし」


 ほっと安堵のため息をバハムートは吐いた。本棚に手を伸ばす前に、エルルはテーブル越しに座るバハムートの頭を撫でる。

 固い髪はとても撫で心地が良いわけではない。だが、これは必要なことなのだ。


「だいじょーぶ。ボクは何処にも行かないよ」

「わかっています。ええ、わかっています」


 エルルもバハムートも、互いに柔らかい笑顔になる。エルルにとってバハムートは父のようで兄のような存在だが、時にはこういった光景も見られる。

 お互いが、家族として信頼しているからだろう。二人の間には、しっかりと繋がれた絆がある。


「それはそうとエルル様、国家間不可侵条約の署名は終わりましたか?」

「あ゛」

「……さ、読書は後回しですね」

「うぇぇぇぇぇぇ」


 どうやらエルルはうっかり忘れていたようで、柔らかだったバハムートの笑顔はすぐに感情の籠らない笑顔になる。

 笑顔だが、笑っていない。こうなったらバハムートはエルルの言葉じゃ決して折れない。先ほどまでの不安げだった表情とは打って変わって、鬼気迫るものを感じる。


「やーだー。働きたくない!」

「アルデリヒト公爵との謁見で疲れているのはわかっています。ですがこちらのほうが大事なのですから」

「ううううう……」


 こうなってはすっかりいつもの光景だ。

 バハムートはエルルの世話係として、成すべき事を果たさせる。


 本棚の隅に置かれていた、三つの国の印が押された書類を取り出す。


「だってさー。国家間の不可侵条約なんてボク関係ないじゃん。勝手にやってろー、じゃん」

「そうですよ。ですがエルル様が戦争を終わらせたのも事実です」

「……だからー。それは違うんだってー」


 机に突っ伏したエルルは数ヶ月前の事を思い出す。

 三つの国の戦争が、物理的に終わった時の事だ。


「確かに大陸を割っちゃったのはボクだよ? でもあれは戦争を終わらせるためじゃなくて――」

「召喚魔法の失敗、ですよね」

「そうだよ! だからボクが英雄だなんておかしいの!」


 大陸が割れたあの日、エルルは新しい召喚獣(かぞく)を召喚すべく魔法を発動させた。

 だが召喚獣は呼び掛けに応えず、それどころか魔法が暴走してしまったのだ。

 その結果が、巨大地震と地割れである。


「エルル様は規格外を呼ぶために魔力を使いすぎたのです。本来であれば、魔法が暴走したとしてもあのような結果にはなりません」

「うっ」

「それでいて『魔法に失敗して大陸が割れちゃいました』じゃ三ヶ国の誰も納得しませんよ。ただでさえ私たちは大陸の中央の森を陣取っていて煙たがれていたのですから」

「うっ」


 そう、エルルが住むこの家は、大陸の中央に広がる森の中に存在する。

 三つの国の国境線沿いに広がる森は、何処までが何処の国の領地かあやふやでただでさえ警戒されていた。


 当然、そこに住んでいたエルルたちが睨まれないわけがない。

 そんな状態で『魔法に失敗して大陸が割れた』などとは、口が裂けても言えないのだ。

 下手をすれば三ヶ国全てがエルルを狙って蜂起する可能性すらある。


「ですから、『戦争を終わらせるために大陸を割った』と嘘を吐くしかなかったのですよ」

「わかってるよぉ。わかってるけどぉ……」


 今の立場を、エルルは望んで得たわけではない。

 自分の生活を、立場を守るために『英雄』を偽るしかなかったのだ。


「その結果として、三ヶ国はエルル様の力を畏れて戦争を止めました」

「代わりにボクの日常が壊されていってるけどね!」


 大陸が割れた状態では、誰も戦争を続けることなど出来なかった。

 何しろ敵国に渡ることすら不可能となったのだ。

 今では別の国に行くためには、エルルが住んでいる森を通過しなければならない。


 つまり、全てはエルルの機嫌次第なのだ。


「毎日毎日貢ぎ物されてもねぇ」

「私としては望んだ物を仕入れてくれるので重宝してますが」

「………………まあ、読みたかった本が勝手に集まるのは嬉しいけど」


 当然のことだが、三つの国はエルルのご機嫌取りを始めた。

 分かりやすい対応だ。

 エルルに気に入られれば、それだけ自分たちが有利に事を進められる。


 さらには大陸を割るほどの力を持った魔法使いを引き込むことが出来れば、再び戦争を起こしたとしても圧勝することが出来る。


「はぁ~……めんどくさぁい」

「我慢してください。貢ぎ物の頻度を落とすよう交渉はしておきますから」

「お願い~」


 ぐでー、と机の上に両手を広げ、大きくため息を吐く。

 元から人と関わることを苦手としているエルルだ。


 『英雄』として振る舞うことも、貴族たちに愛想を振りまくこと、エルルにとっては負担ばかりだ。


「はぁ。ボクは静かに暮らしたいだけなのに」

(配下)としては、召喚主(マスター)が高名になるのは喜ばしいことなのですが」

「その言い方、だーめ」

「っふふ。わかっています。エルル様が何を望んでいるかは、このバハムート重々承知しております」


 本来、召喚魔法で呼び出した召喚獣は召喚士の配下として扱われる。

 召喚士の中には召喚獣を奴隷のように扱う者もいるほどだ。


 だが、エルルは違う。

 エルルが召喚獣に求めていることは、一つだけである。

 それはエルルが召喚魔法で向こう側の世界に呼び掛ける言葉。


『どうか、ボクの家族になってください』

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