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師匠と弟子と別れの時と。




「ロイ、そのまま飛びついて!」

「わうっ!」


 ミアの掛け声に応じてロイが地面を蹴って飛ぶ。投げられたブーメランを中空で切り裂き、華麗な着地を披露する。

 ぱちぱちと拍手を送るのはエルルの召喚獣たちだ。

 ロイがミアの指示通りにブーメランを切り裂いた光景を観ながら、エルルは「うん」と納得の表情を見せた。


「すっかり息があったね。ミア、ロイ」

「はい、師匠の教え通りです!」

「がうっ!」


 ロイを抱き締めたミアが嬉しそうにはにかむと、ロイも釣られて尻尾を左右に振る。

 ミア以上に喜んでいるロイの頭を撫でながら、エルルはそっと目を細めた。

 少しの躊躇いと後悔を抱きながらも、エルルは思っていたことを言葉にする。


「これでもう、ボクが教えることはないね」

「……師匠」

「ミア・ソフィアとその召喚獣、フェンリルのロイ。君たちは合格だ。国に戻り、研鑽を積むといいよ」


 エルルの言葉にミアは寂しそうな表情を浮かべるも、すぐに雑念を振り払うように頭をぶんぶんと力強く振り回した。

 瞳に涙を浮かべながらも、ぺこりと頭を下げる。

 元々エルルに師事して貰えただけでも幸運なのだ。

 それ以上は求めてはいけない――ミアもわかっていたのだろう。


「ありがとう……ございました!」

「くぅーん……」


 ロイはミアの言葉に釣られて弱々しく尻尾を振る。

 けれどロイもミアの気持ちを理解しているのだろう。すぐに表情を引き締め、その切り替えを見ていたバハムートたちも嬉しそうに目を細める。


「アスガルズへの書簡を用意しておきます。それを提出すれば、恐らくは学院での単位は無事に取得出来るでしょう」

「一応召喚獣(わたし)たちの証明印も付けておくわね。箔が付くわよー」

「ミアもロイも頑張ってほしーのー!」

「みなさん……ありがとうございますっ」


 ミアとロイの努力は召喚獣たちも知っている。だからこそバハムートを始めとした彼らも二人を応援すると決めたようだ。

 バハムート、セルシウス、ノーム、イフリート、そしてライカ。エルルが使役する五体の召喚獣が認めたとあれば、それだけでどんな勲章よりも価値がある。

 二人の門出を祝うには十分すぎる代物だ。むしろ必要以上すぎて、ミアにはプレッシャーになってしまうかもしれない。

 けど、祝福の気持ちは嬉しいものである。




「それじゃあ師匠、バハムートさん、みなさん……お世話になりました」


 ぺこり、と何度目かわからなくなりつつもミアは頭を下げ、馬車に乗り込んだ。

 ロイはミアの足元にぴったりと寄り添い、寂しそうな鳴き声を上げる。

 ゆっくりと馬車が動き出し、ミアは窓から身を乗り出し手を振って別れを惜しむ。


 エルルたちもまた、手を振ってミアとロイを見送る。束の間の師弟関係だったが、それでも確かに彼女たちはエルルの日常に溶け込んでいた。

 寂しくないといえば嘘になる。だが、いつまでもずっとエルルの元にいるわけにもいかない。


 魔法学院の落ちこぼれであった少女は、大切なパートナーを手に入れ、一回りも二回りも成長することが出来た。

 それは一重にエルルの功績に繋がっていく。エルルの師事を受ければ、落第生であっても一つの魔法をしっかり習熟することが出来る。その実績が出来たのだ。


「で、どう考えてるのよ」

「え?」

「とぼけるんじゃないわよ。ミアとロイのことよ。あの二人、国に帰ったらどうなるのよ」

「あー……うーん」


 迎えの馬車が見えなくなると、不意にセルシウスが口を開いた。ミアとロイのことは受け入れた彼女だが、根本的に傭兵国のことは信用していないのだ。

 何のためにわざわざミアを送り込んできたのか。そこには何かしらの意図があるのではないか、と勘繰る。それは全てエルルを守るために必要なことなのだ。


「ミアは嘘を吐いてなかったよ。だから、ミアにボクの弱味を探らせるとか、そういう目的ではないと思うよ」

「では何を目的としてミア様をこちらに送り込んだか、ですね」

「うーん。召喚魔法の術式だって基礎を教えただけで、門外不出ってわけじゃないし。それこそ魔道の国に頼むだけでも手に入る魔法だし。ロイを呼べたのはミアの適正だったわけだし……なんだろねぇ」

「なんで当事者のエルルが一番脳天気なのよ」

「寒い寒い寒い!?」


 あまり事態を深く考えていないエルルをセルシウスが羽交い締めにする。氷の召喚獣であるセルシウスが密着しているだけでエルルの身体は急速に冷え込んでいく。


「……それに、傭兵国に何かしらの目的があったとしても――ボクらの生活だけは絶対に壊せないし」

「それもそうね」

「うーさっむいさっむい。リフルちゃんハグー!」

「のじゃ!?」

「あーなにやってるのよリフル!」

「元はといえばセルが抱きついたからじゃろ!?」


 さらりと言ってのけたエルルの言葉には、確かな自信が裏打ちされている。そしてそれは油断でも慢心でもなく、ただただ事実を言っているだけだ。

 エルルと五体の召喚獣たちならば、一国を相手にしたとしても遅れを取ることは無い。

 もし仮に傭兵国だけでなく他の国が一斉にエルルに牙を剥いても、彼女は決して負けることはない。


「……まあ、この子たちに頼ることはあまりしたくないけどね」


 躊躇いがちに何枚かのカードを取り出したエルルは、すぐに頭を振り払ってカードをしまう。

 バハムートたちが封印されているカードとは紋様からして違う、禍々しくも厳かな雰囲気を纏うカード。

 声が届くことはない。が――まるでエルルの言葉に応えるように、魔法陣がにわかに色づいた。

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