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師匠と弟子と名前と家族。




 ミアが呼び出した子狼を連れて家に戻ると、丁度掃除を終えたバハムートが仕事終わりのティータイムに興じていた。

 エルルたちに気付くとすぐに読んでいた本を閉じる。


「あ、ごめんハムちゃん。邪魔しちゃった?」

「いえ、構いませんよ。何かあったのでしょう」


 バハムートもミアの召喚魔法が発動したことを感じ取っていたのか、エルルたちが来ることを予期していたようだ。


 バハムートの視線がミアが抱き抱えている子狼へ向けられる。微笑みを浮かべるバハムートだが、一瞬だがその表情が驚愕の色に染まったことにエルルだけが気付いた。


「……フェンリル、ですね」

「フェン」

「リル?」

「がうー」


 エルルもその名前に聞き覚えはある。だがあまりに子狼とのイメージのギャップに思わず戸惑いの声を上げてしまった。


「あと数百年もすれば王の一人として君臨するでしょうね」

「この子、王様なんですか!」

「ええ。狼王フェンリルは冥狼ケルベロスと肩を並べる魔狼族の頂点です。先々代とは幾度となく戦ったこともあります」

「ほへー……」


 バハムートは異世界の情勢に非常に詳しい。長い時を生きてきたからか、エルルが持つ異世界の知識の大半はバハムートから教わった物だ。

 セルシウスもバハムートと同じくらい長生きをしているのだが、彼女は全然詳しくない。

 「自分の世界以外に興味がない」とは本人の言い分だ。


「大丈夫ですよ。確かにこの子フェンリルはミア様の言葉に応えたのです。あなたは凄いことをしたのです。未来の王に認められた――それは、誇って良いことです」

「……~~っ」


 感極まってしまったミアはぎゅうう、と子フェンリルを抱き締める。少し苦しそうに子フェンリルは訴えるが、ぽろぽろとこぼれ落ちてきた涙に気付くと大人しくなる。


「アタシ、アタシ、頑張ります。あなたと絶対、強くなる……っ!」

「がうっ!」


 ミアの言葉に子フェンリルが応え、その微笑ましい光景にエルルもバハムートも頬を緩める。


「召喚に成功したのであれば、講義も次に進めそうですね」

「んー……そうだね」

「次のステージ、ですか?」

「がう?」


 バハムートの言葉にエルルが頷くと、ミアと子フェンリルが首を傾げる。

 そう、今までは召喚魔法を使うための講義だった。使うための知識と魔法陣を学び、魔法を成功させることがゴールだった。


 そして二回目で召喚魔法は成功した。

 とはいえある程度優秀な魔法使いであれば一回目で成功するのだが。


「次は召喚獣との連携。お互いをよく理解することかなー」

「が、頑張ります!」

「大丈夫だよ。召喚に応じた召喚獣()だから、基本的には友好関係だし」


 不安げな表情をするミアをフォローすると、子フェンリルも「がう!」とミアの背中を押すように声を上げる。


「……わかりました。やります。やってみせます!」

「ん。良い気合いだね」

「よろしくお願いします、師匠!」

「うんうん。……え?」


 思わずミアから飛び出てきた言葉に頷いたエルルだが、すぐに違和感に気付いて首を傾げた。


「師匠です! ナナクスロイ様は、アタシたちの師匠です!」

「がうーっ!」

「ちょ、え、へ?」

「まあ確かに、ミア様は唯一エルル様の講義を受けているわけですから、弟子という扱いで構わないでしょう」

「ハムちゃん???」


 エルルからしてみれば師匠なんてまっぴらゴメンだ。誰かに師事を出来るほど偉いとも賢いとも思っていないからだ。


 自己肯定感の低さこそエルルの本質そのものだが、どうにもこうにもミアはそこを理解していない。

 とはいえ、ミアがエルルに抱いている感情は「休戦の英雄」への畏敬の念だ。

 エルルがうっかりで大陸を割ったことすら知らないのだから、無理もない。


「むりむりむりむり。ボクは誰かに師事するほど偉くないよ」

「でも師匠は師匠ですから!」

「だーかーらー……」

「こんな才能ゼロのアタシでも魔法が使えたんですから、師匠は凄いんです! さすししょーです!」

「流石に意味がわからない」


 エルルは師匠と弟子という関係を嫌がっている。それは必要以上の関係を持ちたくないという意志の表れであるのだが、ミアはどうしても引き下がらないだろう。

 ミアにとってエルルは憧れの存在だ。そんなエルルから召喚魔法を学べたのだから、師匠と呼んでなんら不思議ではない――のだが。


「……わかった。じゃあボクもソフィアさんを"ミア"って呼び捨てにするからね!? それでいいなら――」

「いいですよむしろバッチこいです師匠!」

「うええええええ!? 呼び捨てだよ? 近くない間柄だよ!?」

「弟子ですから、師匠に呼び捨てにされるのは本望ですむしろ名前で呼んでくれるほうが嬉しいです!」

「うええええええええ……」


 エルルからしてみればよっぽどの覚悟を持って決めた『呼び捨て』。だがエルルの思いとは裏腹にミアはあっさりと受け入れた。

 そもそもある程度親しい間柄では呼び捨てはエルルたちの年代では当たり前のことだ。

 それをエルルが『呼び捨ては特別』と考えているあたり、どうにもこうにも認識のズレがある。


 ……元々、エルルは誰も呼び捨てにしない。家族である召喚獣たちでさえ、ちゃん付けなりくん付けをしているほどだ。

 ただ一人、過去にエルルが呼び捨てにしたことがある少女がいるにはいるが――――今はまだ、彼女を語るには時期尚早。


「というわけで、これからもよろしくお願いします師匠!」

「うぐぐぐ……」

「エルル様、諦めることも時には大事です。それに、呼び名が変われど関係性が変わるわけではありませんし、エルル様はずっとエルル様ですから」

「む~……はぁ。わかったよぅ」


 渋々だがエルルもバハムートの説得で納得する。ちらり、とミアに視線を向けると子フェンリルを抱き締めながら「えへへ」と幸せそうにはにかんでいる。


「……これからよろしくね、ミア」

「はい、師匠!」


 かくして、呼び名だけの関係ではあるがミア・ソフィアはエルル・ヌル・ナナクスロイへの弟子入りを果たしたのであった。


「それじゃ、次回の講義の前にやることをやっておかないとね」

「やることですか?」

「うん。すっごく大事な事だよ」

「がうー?」


 よし、と空気を切り替えたエルルはそっと手を伸ばして子フェンリルの頭を撫でた。柔らかな体毛をもふもふしながら、優しく目を細める。


「この子に名前をあげないとね」

「あっ」

「がう?」


 尻尾をフリフリと揺らす子フェンリルは首を傾げる。

 それは新たな関係になったからこそ必要な物。

 エルルとミアが"ミア""師匠"と呼び合うようになったと同じように、子フェンリルにも、この世界で生きる新しい名前が必要だ。


「この子はミアの大切な相棒なんだから、ミアが決めてあげないとね」

「名前……この子の、名前を、アタシが」

「これは魔法の才能も何も関係ない。ミアが呼びたいって想った名前を、この子に贈ってあげて」


 ちらりとエルルはバハムートに視線を向け、バハムートも微笑みを返す。

 それは家族としての付き合いが長い二人だからこそ理解し合える大切なアイコンタクト。

 ミアはそんな二人を見ながら憧れの感情を抱く。


「アタシも……あなたと、こんな関係になれるのかな?」

「がうっ!」


 ミアの憧れを肯定するように、子フェンリルは力強く頷いた。

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