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英雄と召喚魔法とドーナツと。




 家の外には、数十人単位で人が集まっていた。人数よりも目を見張るのは荷馬車の数で、とてもじゃないが両手両足の指を使っても数え切れないほどだ。

 それら全てを率いているのは、先頭の馬車から降りてきた壮年の男性だ。


 男性は降りた直後には不満げな表情をしていたが、家から出てきたエルルを見掛けるとすぐにニコニコと表情を柔らかくする。


「これはこれは賢者ナナクスロイ様。今日もまた愛らしいお姿を拝謁させていただき、このアルデリヒト公爵、真に光栄であります」

「あはは……こんにちは」

「今日は必要になるかと思い、様々な家具をお持ちしました。可憐なナナクスロイ様に似合うものを選んで来たのです。この、アルデリヒト公爵"自ら"が」


 乾いた声で返すエルルを気に掛けもせず、公爵アルデリヒトはペラペラと饒舌に話し出す。

 しかしその言葉の薄っぺらさをエルルは見抜いている。ましてや自分の手柄だと言わんばかりに言葉尻を強調するアルデリヒト公爵を、エルルは表情こそ変えないものの冷え切った感情で見つめていた。


「公爵様のお気持ち、ありがたく頂戴いたします」

「わっはっは! おいお前たち。さっさと荷物を下ろせっ!」


 アルデリヒト公爵の一喝に続々と男たちが馬車から降りてくる。

 彼らはアルデリヒト公爵の私兵であり、公爵の命令に文句一つ零さずに淡々と荷物を下ろしていく。


「エルル様、これだけの家具ならば第三家屋が妥当だと思いますが」

「あー……うん。そうだね」


 並べられていく家具の山を見ながら、エルルは袖から一枚のカードを取り出した。

 おお、とアルデリヒト公爵が熱望の声を上げる。

 だがエルルはアルデリヒト公爵には目もくれず、詠唱と共にカードを空へと放り投げた。


「我は次元の門を開きし者。我が言葉に呼応し、我が前にその姿を曝け出せ。――『召喚魔法(サモンマジック)』」


 短い詠唱と共にカードから光の粒子が放出されていく。

 光は地上に降り注ぐと一つの形へと変化していき、やがて扉の形となった。


 森の中に佇む両開きの扉。

 「お見事」とアルデリヒト公爵が小さく拍手を送る。


 エルルが扉に触れると、ガチャ、と鍵の開く音が響いた。

 ギィ、と音を立てて扉が開いていく。扉の向こう側の景色は、木々が生い茂る森ではなく、木造の床と壁が広がる空間だった。


「おぉ……」

「これが、賢者様の召喚魔法……!」

「いやぁ、流石ですナナクスロイ様。宮廷魔術師でも出来ないとされる『門』を召喚されるとは、さすが終戦の英雄様ですね!」

「……どーも」


 アルデリヒト公爵は驚きと賞賛の声を上げる。だがそれはあからさまなお世辞であり、エルルのリアクションは当然ながら薄いものだ。


 エルルはハァ、と気付かれないように小さくため息を吐く。


「それじゃあこの中に運んでください」

「わかりました。おいお前たち聞こえたな! ナナクスロイ様のお力によって我々は異界へ踏み込むことを許可された。感謝と畏敬の思いを噛みしめながら運び込め!」

「「「了解です!」」」


 アルデリヒト公爵の一声に、配下たちは声を上げて動き出した。

 エルルがしてみせたのは、召喚魔法。

 本来であれば異界の存在を呼び寄せ、使役する魔法である。


 だがエルルが今やってみせたのは、使役するだけの魔法ではない。

 エルルが召喚したのは、こことは異なる空間を繋げる『門』なのだ。

 門は異空間への道を開き、エルルが造り上げた別次元の『家』へと繋がる。


 異なる次元に足を踏み入れることなど、並の魔法使いでは出来ない芸当だ。

 それも、エルル――終戦の英雄が使っている領域。

 そこへの入室を許可されることは、これまでにない名誉である――と、アルデリヒト公爵は考える。


 アルデリヒト公爵は握る拳に力を込めた。他に貢ぎ物を運んでくる諸国の貴族はいても、この領域に足を踏み込めたのは自分だけだろう。

 それはつまり、エルルの中で自分の立場が確立されている、ということだ。


 とはいえ当のエルルはそんなことを微塵も考えてもいないのだが。


「ありがとうございますナナクスロイ様。このようなまたとない機会を与えて頂き、大変光栄です」

「まあ、これくらいなら構いませんよ」

「おお、ナナクスロイ様の寛容なお心に感激を覚えます!」


 「よく言うよ」とエルルは心の中で悪態を吐く。

 アルデリヒト公爵の態度の"わざとらしさ"に辟易しながらも、運び込まれていく家具を黙って眺める。


「これ、買ったらどれくらい掛かるんだろうね」

「そうですね。年代物の木材も使用されているようですし、軽く王都の高級物件が三、四軒は買えるかと」

「うっわぁ」


 思わず飛び出た言葉を、慌てて飲み込んだ。


 "出来る限り愛想良く振る舞うこと"


 何度も『貢ぎ物』を受け取る際に、エルルが自分自身に言い聞かせたことだ。

 アルデリヒト公爵は、明らかにエルルに取り入れようとしている。

 それを上手くいなすことがエルルの目的だ。


 そして同時に、牽制もしなければならない。


「値段など野暮なことは気にしないでください。これは戦争を終わらせてくださったナナクスロイ様への感謝の気持ちなのですから」

「あはは、ありがとうございます」

「それでですね――」


 コホン、と咳払いをしてアルデリヒトが居住まいを正した。柔らかな笑顔は引き締められ、真剣な瞳がエルルへ向けられる。

 エルルも同時に身構える。ここからが本当の用件であり、アルデリヒト公爵が『貢ぎ物』の運搬にわざわざ自分が同行した理由である。


「ナナクスロイ様はまだお一人の身と聞いております。差し出がましい事だとは承知しておりますが、世継ぎの事を考えるのも必要かと思います。もしよろしければ、私の息子を貰って頂けませんか?」

「あはは……光栄だとは思いますが、ボクなんかには勿体ないですよ」


 アルデリヒト公爵が取り出した便せんを受け取ると、エルルは苦笑いを浮かべてやんわりと断る。

 便せんは開封しなくても中身は推察できる。中にはきっと、アルデリヒト公爵の息子の肖像画でも入っているのだろう。


「そうですか。残念です……でも、可能性が万に一つでもあったら、その時はお声がけください」

「はい」


 アルデリヒト公爵はすぐにエルルの辞退を受け入れ、あっさりと引き下がる。

 食い下がっては印象が悪くなるだけ。アルデリヒト公爵は少しでも可能性を残すために、提案出来ることの全てをやりたいのだろう。


「運び終わりました!」

「ご苦労。ではナナクスロイ様、此度はこれで失礼させて頂きます」

「はい、ありがとうございました」

「いえ。何かありましたらこのアルデリヒト公爵に連絡をください。全身全霊をもって、ナナクスロイ様に尽力させて頂きます」

「あはは……」


 アルデリヒト公爵は最後の最後まで不穏な笑顔を見せていた。去って行く馬車を見送りながら、エルルは大きくため息を吐いて脱力する。


「はぁ~~~~~~……終わったぁぁぁぁぁ~~~~」

「ご苦労様です。すぐにおやつにしますね」

「ドーナツぅ」

「わかってます。貢ぎ物の中に質の良い紅茶も入っていましたので、そちらも出しますね」

「わーいハムちゃんのドーナツだー!」


 すっかりくたびれてしまったエルルだが、待ちに待ったおやつにウキウキしながら早足で家に戻るのであった。

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