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初めての成功と小さな召喚獣。




「それじゃあ、二回目の講義を始めようと思います」

「はい、よろしくお願いします!」


 ここ数日の手伝いでエルルとミアの距離は少しだけ近づいた。とはいえそれはあくまで主人と使用人のような関係で、近づきつつもまだ冷たさを感じる関係だ。

 それでも講義でのミアの緊張は前回よりは和らいでいる。

 少しは前進している、ということだ。


「前回は理論理屈ばかりの講義だったので、今回はソフィアさんがやりやすいように実際に魔法を使いながら解説を織り交ぜていこうと思います」

「は、はい……!」


 実際に魔法を使う、と言ってからミアの動きが露骨に悪くなった。

 それは仕方の無いことだと割り切って、エルルは床を使って小さな魔法陣を描いていく。


「こうやって、線で仕切ることによって魔法陣に『こちら側』と『向こう側』があることをイメージする」

「線で……これが、境界ってことですか?」

「そう。この魔法陣の中を隣の部屋、外を自分の部屋だと思って」

「……はい」


 全部を理解出来ているわけではないが、ミアは食らいついていく気概を見せている。

 それに応えるべきだと、エルルも魔法陣をしっかり書き込んでいく。

 すらすらと複写するまでもなくキチンと魔法陣用の精霊言語を書き上げていくエルルに、ミアは「ほぅ」とため息を零した。


「……ナナクスロイ様は凄いですね。アタシは、精霊言語全然覚えられないです」

「こういうのはもう慣れるしかないからね。読んで書いてを繰り返して、自分の一部にする。覚えちゃえば楽になるしね」

「あー……。ナナクスロイ様って、楽をするために努力するタイプですか?」

「どうだろ。ボク自身努力したって実感はぜんぜんないからなぁ」


 けろっと言うエルルだが、ミアからすれば謙遜を通り越して卑屈のようにも感じ取れてしまう言葉であった。

 ミアの知る限りでは、精霊言語を一言一句間違えずにすらすら書き込むことなど、学院の教師たちの中でもほんの一握りにしか出来ない。


 それを努力した実感も得ずに使いこなせる。

 つまり、それだけエルルは天才であり――努力を苦とも感じていない、ということだ。


 悔しい思いがこみ上げてくる。だがミアは自分の実力のことをしっかりと理解しているから、その感情にもしっかりと折り合いを付けられる。

 むしろその悔しさがあるからこそ、エルルの講義を受けていると言っても過言ではない。


「よし、魔法陣は完成した。それじゃ、試してみよっか」

「あ、アタシがですか!?」

「そりゃそうだよ。このサイズ程度の魔法陣で呼べる召喚獣()じゃ、むしろボクの魔力に怯えて受けてくれないし」

「……ナナクスロイ様って、どれだけ凄いんですか?」

「凄くないよ。ボクよりも、ボクなんかに応えてくれた召喚獣(みんな)のほうが、よっぽど凄くて偉いんだ」


 エルルは一歩退いて、ミアに場所を譲る。ミアは心臓が早打つのを感じながら、ごくり、と喉を鳴らす。

 先ほどよりもさらに緊張している。何をすればいいかも抜け落ちてしまったのか、口をパクパクとさせている。


「大丈夫だよ」


 安心させるために、エルルは優しく声をかける。


「魔法を使う時は、自分の身体を流れている魔力を引き出すんだ。お腹の奥から吐き出すように、大きく息を吐いて」

「……すー、はー……っ」

「足に力を入れて、足から上がってくる『力』を、お腹でぐるぐる受け止める。ぐわーんって上がってきた奴を、ぼす、って受け止める感じで」

「ぐわーん…………。ぼすっ……ぼすっ……」


 室内の空気が、僅かに変わる。エルルの言葉を復唱しているミアの身体に、魔力が満ちているのだ。

 足先より練り上げられた魔力は、しっかり腹部で押さえ込まれる。


「両手を魔法陣に向ける。これは魔力を突き出すって意味だから――そう、目を閉じるのは凄くいいことだよ。イメージが固めやすくなる。お腹に貯まったそのぐるぐるを、突き出すように、思いっきり吐き出す」

「すーーーーー……はぁぁぁぁぁ…………っ」


 思いつきで瞳を閉じたミアを、エルルは褒める。頬を緩めたミアは、エルルの言葉に従って腕を魔法陣に向けて突き出した。

 大きく息を吐く。そこでようやく、ミアも自分自身に流れる強い魔力の胎動を感じた。


「詠唱を始めよう。ゆっくり詠唱するから、続けて」


 ――告げるは理想。語は現実。我は狭間を開き導く者。我が願いに応える者よ、我が願いは相棒である。我と共に学び生きることを望む者よ、我に答えよ、汝が名は――


 エルルの言葉をミアが追い、ミアの魔力によって魔法陣が色彩を放つ。

 成功したと、誰よりも実感したのはミアだ。

 吹き荒れる魔力が魔法陣に吸い込まれ、異世界の門が開いていく。


 召喚獣が、門を叩いた。


「さあミア、そのまま手を伸ばして、門を叩いてくれた召喚獣()を捕まえてあげて!」

「はいっ!」


 迷いはなかった。言われるがままに手を伸ばすと、その手の先に何かが触れた。

 ミアは躊躇うことなく触れたものを掴み、引っ張る。


「お願い。アタシには、あなたの力が必要なの。アタシは一人じゃなく、誰かと一緒に強くなりたいから――!」


 部屋が光に満たされていく。視界を埋め尽くすほどの光はやがて魔法陣に収束していき、その全てが陣の中心に吸い込まれていく。


 集った光が、弾けるように霧散する。


「……成功したみたいだね」

「え、せ、成功したんですか!?」


 魔法を使った張本人であるというのに、ミアは魔法の手応えを感じられなかったのか。

 エルルは召喚が成功したことに気付いている。

 魔法陣の中心に、ミアの声に答えた召喚獣が座っていることに。


「……くぅーん」

「犬?」

「わんちゃんですか?」


 魔法陣の中心に座っていた召喚獣は、真っ白な毛並みの子犬だった。

 いや、怯えて口を閉じているから気付けなかったが、鋭い牙を生やしている。

 加えて喉元には波打つように広がる紋様が描かれており、それが何の証であるかを、エルルは知っていた。


「王の紋章……この子、犬じゃないね。異世界のことは詳しくないけど、狼なのかな」

「でも、この子がアタシの言葉に応えてくれたんですよね?」

「きゃうん!」


 ミアの言葉に応じるように、子犬もとい子狼が可愛らしく咆えた。

 エルルを威嚇するように咆え出すも、小さな体躯では脅威にもなり得ない。

 むしろ可愛さをアピールしてるようにしか見えない。


「えっと……喋れない、みたいですね」

「まあ、ボクたちと会話できる召喚獣ってかなり高度な存在だからね。この魔法陣じゃそこまで高位な存在には届かないはずだし」

「……でも、アタシの言葉はわかってくれるみたいです」


 そうだね、とエルルが頷くとミアはそっと子狼を抱き上げた。

 もふもふの柔らかい毛並みを味わいながら、ミアはきゅ、と優しく子狼を抱き締める。

 子狼もミアには警戒心を抱いていないのか、ペロペロと小さな舌を伸ばしてミアの頬を舐めている。


「……やった。やったんだ。アタシ、初めて魔法が使えたんだ……っ」

「おめでと、ソフィアさん」

「ありがとう、ございます。ありがと、わんちゃん……っ」


 感極まって泣き始めてしまったミアの涙を、子狼が舐める。ミアが落ち着きを取り戻すまで、エルルは一人と一匹を眺めているのであった。

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