メイドと奉仕と方向性。
「それでは、よろしくお願いしますっ!」
「よろしくお願いします、ミア様」
「さ、さささ様付けなんてよしてください! アタシなんてバハムート様やナナクスロイ様と比べたらもうミジンコ以下の存在なんですから!」
ミアは地面にぶつけてしまいそうな勢いで頭を下げる。苦笑するバハムートだが、ミアの態度を見るに無理強いは出来そうにない。
「……わかりました。ではミアさん。今日は掃除と食事を中心にやっていきます」
「お願いします!」
けれどもバハムートもよほど親しくない限りは敬語を使う。そんな二人の折衷案がさん付けだ。
そもそもどうしてミアがエルルの家にいるのだろうか。会話の内容から察するに、バハムートの手伝いをするようだが。
「その前にまずは動きやすい格好に着替えて貰いましょう。着替えを脱衣場に用意しておりますので、着替えてきてください」
「はいっ!」
ミアは元気いっぱいに返事をして脱衣場へと駆けていく。
そんな師弟のようなやりとりを、エルルとセルシウスはげんなりとした表情で見ていた。
「どうかしましたか、エルル様」
「別にハムちゃん、手が足りてないわけじゃないでしょ。どうしてお手伝いだなんて……」
「そうよそうよ。確かにあのミアって子が"講義を受けさせて貰うお礼としてお手伝いさせてください!"とか言い出したからって、エルルが住んでるこっちの手伝いなんて必要ないでしょ」
いちいち講義を受けるために傭兵の国から通っていては効率が悪い。というわけでミアは会食のためにバハムートが建てた会場に住むことになった。
会場は離れとして扱い、エルルたちが住んでいる家屋は母屋、ということになる。
衣食住も提供してもらえる、という事態にミアは混乱してしまったのだろう。すぐさまバハムートに手伝いを申し出て、バハムートはそれを受けたのだ。
「そうですね。私だけで炊事も家事も手は足りています。ですが、手伝いたいという厚意を無碍には出来ないでしょう?」
「……むー」
「エルルがむすっとしてるから私は反対よ」
エルルとしては近しくない人間が自分の生活空間にいる、というだけでストレスになる。
別にミアが好きだとか嫌いだとか、そういうわけではないのだが。
それでも特別ではない『人間』が、自分の領域にいてほしくないのだ。
何かバハムートにも考えがあるのだろうか。
あいにくだが、エルルの真偽を見分ける直感は召喚獣たちには何故か通用しないのである。
「エルル様の講義をしっかり受けて頂くためにも、我々という存在をしっかり理解して貰う必要があります。それの一番手っ取り早い方法は、私生活を共にすることです」
「むー……」
(ふくれっ面エルル可愛い……可愛いわ……じゅるり)
不満たらたらなエルルを眺めて涎を流しているセルシウス。そんな二人をなだめながら、バハムートは本棚の一番上の棚から一冊の本を取り出す。
それはエルルが一番最初に使った召喚魔法が記された魔道書だ。エルルにとっても懐かしいものである。
「傭兵の国の思惑はわかりませんが、勉学の向上に努めるミアさんを私は肯定したいと考えています。エルル様は違いますか?」
「……違わないけど」
ミアは良くも悪くも真っ直ぐだ。向いていない方向へ進もうとしているが、その根底にある想いは非常に真っ直ぐだ。
その熱意には嘘は感じられず、召喚魔法を学びたいという強い思いは、エルルも手伝おうと思えるほどのものだ。
「ですから、ミアさんのことを理解するために母屋の手伝いをしてもらうのです。大切なのは、わかり合うことです。そうすればきっと、ミアさんの授業内容の方針も良い考えが浮かぶと思います」
「……わかったよ。でもボクの部屋は進入禁止だからね?」
「わかっています。エルル様の部屋は私がいつも通り担当しますので、ご安心ください」
未だ表情はむすっとしているものの、エルルはそれで納得したのだろう。
会話が一区切りしたところで丁度ミアも着替え終わったのか、脱衣場から飛び出るように姿を現した。
「バハムート様! こ、これはいったい!?」
「おや、やはりサイズも合っていましたか。エルル様と体格が似ているので大丈夫かと思いましたが」
「そうじゃなくて、そうじゃなくて! どうしてメイド服なんですか!?」
ミアのためにバハムートが用意した衣装は、ひらひらのフリルが踊るメイド服だ。
そしてサイズも申し分ない。金髪とクラシックで露出の少ないメイド服は、ミアという少女にこれ以上ないほどに似合っている。
「……ねえハムちゃん。あれってもしかして」
「はい、私の手作りです」
「どうして手作りしたのがボクのサイズなの???」
「エルル様に来て貰うためです」
「どうしてボクが着るの???」
「似合うと思ったからです」
「エルルがメイド服なんて最の高じゃないのねえ着ましょエルル着ましょはぁはぁはぁはぁ!」
「ストップせるちゃん。すとーーーーっぷ!」
したり顔のバハムートと鼻息を荒くするセルシウスに思わず開いた口が固まってしまうエルルであった。
メイド服を着たミアは少し恥ずかしそうに頬を染めているが、ひらりと一回転するとふわりとスカートが柔らかく舞う。
「……これ、ロングスカートだしサイズもけっこうぴったしなのになのに動きやすいんですね」
「魔力が込められた特別な糸を使用しております」
「……それって、ものすごーーーーく高いのでは……」
「気にしないでください。どうせ貴族様から贈られてきたものです。勿体ないので有効利用しているだけです」
バハムートの口ぶりから考えるに、どう見てももの凄い金額がするのだろう。
今すぐにでも萎縮しそうなミアの背中を優しく叩くと、柔和な微笑みを浮かべながらバハムートは箒を手渡した。
「それでは掃除から始めましょう。いくら汚しても構いませんので、ガンガンやっていきましょう」
「は、はい!」
バハムートの指示通りにミアは掃除を始めていく。エルルはソファの上でごろごろしながら、ミアの動きを逐一観察していく。
じー、と見られていることが気恥ずかしいのか、ミアの動きもぎこちない。
「ミアさん、手が止まっていますよ」
「はい!」
「そこの隅にも埃がたまっています。細かいところほどよく観察してください」
「はい!」
バハムートの言葉通りに動くミアだが、その動きはどうしてもスムーズではない。
必死に何度も「観察、細かく、観察」と呟いているのは余裕がないのだろう。
んー、とエルルはそんなミアを見ながら思考を巡らせる。
「……ねえ、ソフィアさん」
「な、何でしょうかナナクスロイ様!」
「がーーーってやって、だばーーーってやって、さささってやってみて?」
「は、はい。がーーーーーー! だばーーーーーー! さささーーーー!」
エルルの指示は非常に曖昧で、思わずバハムートも苦笑してしまうほどだった。
だがその言葉を口ずさみながら動き出したミアは予想外にテキパキと掃除を進めて行くではないか。
肩の力が抜け、バハムートに言われた通りに細かいところまで掃除をしていく。
「……これは」
「人ってさ、理屈で動くタイプと感覚で動くタイプがいるんだよね。細かい指示を忘れないように口にしてたから、多分理屈で動こうとすると身体が固まるんだろうなーって思って」
「成る程。それだけで見抜くとは……エルル様が他人をしっかり観察出来ていることに、思わず涙してしまいそうです」
「それさりげなくボクを馬鹿にしてない???」
「してませんよ。それではエルル様。折角ですからエルル様もメイド服を着てみては」
「 着 ま せ ん 」
後ろでセルシウスが立ち上がったのは言うまでもない。




