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講義と才能と夢と現実。




「……で、あるからして。円とは循環を象徴する物であり、魔法陣において最も円が重用されるのは、魔力を循環させることでより高純度へと昇華させることが出来るからである」


 すらすらと教科書に書かれた通りの言葉を口にしながら、エルルは淡々と講義を進めていく。

 記念すべきエルル講師の第一回目の講義は、以前三ヶ国の会食のためにバハムートの手によって立てられた会場を利用して開かれた。


「円は……循環。こうじゅんど……」


 広い部屋の中で唯一小さな机にかじりついているミアはエルルの言葉を一生懸命ノートに書き込んでいる。気のせいか頭の上から煙が出ているようにも見えるが、エルルは構わず講義を続けていく。


「また円のこちら側と向こう側、という境界の関係上、門としての象徴としても転用できる。こちら側と向こう側――即ちこの世界と異世界。故に、召喚魔法は円を用いた魔法陣を使うことが基本である」

「円……円……まる……まる……」


 ミアはどうしても理解しきれないのか、ついには机に突っ伏してしまうほどだ。


「……大丈夫?」

「だ、だいじょーぶ、れす」


 必死に強がってはいるものの、何処からどう見ても限界である。

 パタリと教科書を閉じると、エルルは壁掛け時計に目を向ける。

 あと十分もすれば、講義を始めて一時間。約束通りの時間である。


「少し早いけど、無理に詰め込んでも身につかないから今日はここまでにしておこうか」

「は、はい」

「次の講義までに、復習はしっかりしておくこと。次回は今日やったことをもう一回やるから」

「……はい」


 あまりにも理解が遅すぎるミアに、エルルは少々手を焼いている。

 それなりに分かりやすく砕いて説明しているはずなのだが、ミアは全然理解出来ていない。


 落ち込むミアを余所に、エルルは何も言わずに家に戻った。

 ふぅ、とため息を吐くと同時にソファに身体を鎮める。


「ねむねむ……」

「お疲れ様です。ミア様は部屋に戻りましたか?」

「わかんなーい……」

「まだ戻ってなかったわー。必死に教科書を写して暗唱を繰り返してたわ」


 エルルの傍でこっそり講義を見守っていたセルシウスもこっそりと戻ってきていた。

 名目上はミアの監視だが、セルシウスの目的は四六時中エルルを見つめることである。

 とはいえ露骨にエルルだけ見ていれば追い出されることもわかっているため、大人しくしている。


「……ふーん。真面目なんだね」

「真面目に講義を受けようとする姿勢は大変評価できます」

「でも、流石に向いてないよ」


 エルルが開いていた教科書は、召喚魔法どころか魔法の入門書だった。

 ミアの実力を知るためにとりあえず用意したものだったが、まさか入門書すら理解出来ないとは思わなかった。


「魔法学院の生徒、なのですよね?」

「それでどうして入門書もわからないのよ。魔法に向いてないならそもそも入学も出来ないはずよね?」

「わかんない。……魔法を学びたい思いは確かなんだろうけど、ね」


 ミアの想いは眩しさを感じるほどだった。召喚魔法を会得するために、必死に覚えようとしていた。

 だからこそ逆に厄介なのだ。

 向いてなくて、諦めるならそれでいいのに――諦めずに、必死にもがこうとしている。


「うーん。どう教えようかなー……」

「あら、教えることには前向きなのね」

「意外です」

「……酷くない?」


 セルシウスとバハムートにしてみれば、エルルがミアへの講義内容を考えてること自体が予想外なのだろう。

 元々ミアに講義をすること自体好ましく思っていなかったはずなのだが、何がエルルをそこまで駆り立てたのか。


「ボクだって、向上心を持ってる人は応援したいって思うよ」


 エルルは元々召喚魔法どころかほぼ全ての魔法の適正を持って生まれた天才だ。

 だから、適正がない人の気持ちは正直に言ってわからない。

 だが、頑張ろうとする努力を否定する理由でもない、と考えている。


「諦めずに前を向くなら、出来る限り応援はするよ。出来る人は、出来ない人へ手を伸ばす。それは昔から変わらない、あの人が教えてくれた……ボクの信念の一つだよ」


 エルルの言葉に、バハムートもセルシウスも微笑む。ずっとエルルと一緒に暮らしてきた二人だからこそ、そんなエルルの言葉が嬉しいのだ。


「だったら講義の時間を増やしてあげればいいですのに」

「そうよねー」

「え、それはやだ」


 それでも性根は面倒くさがりの少女であることは変わらなかった。微笑みが苦笑に変わりつつも、二人はそれもまたよくわかっているのであった。


「さ、次回のための資料を用意しようか。こういうのの言語化って苦手だけど、ボクの復習にもなるし。講義が全部終わったらまた家族を召喚しようか」


 すた、とソファから立ち上がったエルルは、本棚に収められている沢山の魔道書に手を伸ばすのであった。




   +




 ミア・ソフィアという少女は、半ば情けを掛けられる形で魔法学院への入学を認められた。

 魔法への適正が極端に低かった彼女が入ることを許されたのは、ひとえに彼女の家系に理由があった。


 ソフィアという名はこの大陸でこそ無名に等しいが、隣の大陸では知らぬ人などいないほどの有名な女性の名なのである。

 その女性の機嫌を損ねねば、国が一つ滅ぶと言われるほどの魔法使い。


 ミアが特例として魔法学院に入学出来たのは、そのソフィアの名を知っている者がいたからだ。

 遠縁とはいえ、恩を売っておくに越したことはない――。


 遠い親戚に感謝しながらも、自分には魔法の才がないことを突き付けられ、痛感した。


 それでもミア・ソフィアという少女は諦めなかった。

 自分に才能がなくても、才能がない、という理由で諦めたくなかったから。


 最速じゃなくていい。

 最短じゃなくていい。

 真っ直ぐでなくていい。

 一直線でなくてもいい。


 幼い頃からずっと憧れていた、天地すらひっくり返す魔法使い。


 "いつか、自分もそんな魔法使いになりたい"


 そんな偉大なる魔法使いへの憧れは、エルルが現れたことによってより輝きを増した。

 戦争に行ってしまった両親たちを助けてくれた恩も勿論ある。

 だが――実際に、大陸を割れるほどの魔法使いが、身近にいた。


 そんな魔法使い(エルル)が使う召喚魔法に憧れを抱くのに時間は掛からなかった。

 だがいくら知識を求めても、元々低すぎる適正故か全然知識は頭に入ってこない。


 努力が空回りしていることを指摘してくれる人は誰もいなかった。

 ……そもそも、誰もミアに目も掛けていなかったから。


 そんなミアへ救いの手を差し伸べたのが、傭兵王グレイド・アスガルズだ。

 あろうことか憧れていたエルルへの弟子入り――直接魔法を学べる場を設けてくれた。


「お父さん、お母さん。アタシはぜったいに、ぜったいに魔法使いになります。ナナクスロイ様から学んで、凄い魔法使いになるんです!」


 ――その願いがグレイドに利用されていることを、ミアはまだ、知らない。

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