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依頼と師事とミア・ソフィア




「えぇ……またアスガルズからの使者ぁ……?」


 エルルは今日一日のスケジュールを聞いた途端、露骨に嫌な表情を浮かべた。

 先日の一件でエルルの中で傭兵の国アスガルズに対しての評価はだだ下がりである。

 何しろ他の二ヶ国を出し抜きつつ、二ヶ国の評価を下げようとしたのだ。


 取り入ろうとして評価を上げようとする姿勢は嫌いではない。

 だが他を陥れようとすることは認めない。

 アスガルズ国王グレイドは、それを破った。


 明言していたわけではないのだが、だからこそ王たちも慎重に動くべきだった――とは言っても、もはや後の祭りだが。


「はい、前回持参するのを忘れた魔道書を持ってくるそうです」

「もういっそ来ないで良いのに」

「それでしたら、前回のことを武芸の国と魔道の国に伝達しますか?」

「んー……。あー……。それはいいかなぁ」


 エルルは敢えてアスガルズの無礼な行為を他の国に教えることはしなかった。

 必要以上に他の国に関わりたくない気持ちが強いし、それを口実に他の国から傭兵の国へ牽制でもされたらたまったものではない。


 出来る限り穏便に済ませたいのだ。だから、先日の一件はエルルたちの中で封印されている。

 それをどう受け取るかは、グレイドに一任している。

 信頼しているわけではない。だが、これ以上エルルの機嫌を損ねたら――それくらいは、グレイドもわかっているだろう。


「魔道書かぁ。欲しいけど、なるべく傭兵の国とは関わりたくないなぁ」


 心底嫌な顔をしているエルルを見るに、前回の件は相当エルルにとって気に入らないことだったのだろう。


 嘘を吐かれただけではなく、他の評価を落とそうとする狡い手段を取った。


 ――国の王として、誇りはないのか――。


 だからエルルとしては、アスガルズとの用事に自分で対応したくない。

 嘘を吐くような人と交流したくないから。


「今回はグレイド様ではなく、使者の方だけが来るそうです」

「何それ。余計失礼じゃん。前回の非礼を詫びるなら本人が頭を下げに来るべきでしょ?」

「一国の王が『終戦の英雄』といえど、そんな簡単に頭を下げることはできないのでしょう」

「だったら最初っからバレる嘘を吐かなきゃいいのに」


 武芸の国も魔道の国も、エルルに取り入れようという魂胆は見え見えだが、今回のアスガルズのような手段は一切してこなかった。

 流石に交渉する時に嘘は吐いているが、それはあくまでも自国を優位に進めるための嘘であることは明白だった。


「では、顔合わせだけ手早く終わらせ、魔道書を受け取り次第帰って貰いましょう。使者の方には申し訳ありませんが、エルル様のご機嫌をそこまで害しているのなら、私たちとしてもアスガルズを認めるわけにはいきませんからね」

「うん、そーする」


 出来る限り妥協できる選択肢をバハムートが用意して、エルルが選ぶ。

 折衷案を考えることはバハムートに全部任せていて、バハムートはバハムートでしっかりエルルが納得できる選択肢を用意してくれる。


 そこだけは他の召喚獣たちにも出来ないことだ。セルシウスもノームも、イフリートもライカもそこまで頭は回らない。


 バハムートが身の回りの世話も兼ねて、エルルの一番傍にいるのはそれが理由である。

 心身共に護衛として十全なのだ。


「おっと、もうすぐ来ると告げられた時間ですね」

「じゃ、外で待とうか。それくらいは……ね」

「ライカは眠いから部屋で寝てるにゃー」

「国王でないなら妾たち全員で出向く必要もないじゃろ」

「ノムはついてくのー」


 あくびをしながらライカとイフリートは自分たちに宛がわれた部屋に戻り、ノームはぴょん、とエルルの膝の上に飛び乗る。


「ま、私とハムとノームがいればいいわね」

「うん。お願いね」


 立ち上がったセルシウスがノームの首根っこを掴み、エルルは苦笑しながら立ち上がる。

 バハムートが開けた扉を過ぎると、すぐに激しい馬車の音が聞こえてきた。


 地面を踏み締める激しい音と共に、馬車が見えてくる。

 敷地内に乗り込んできた馬車は急停止すると、中から金色の髪をショートカットにした少女が慌てふためいた様子で飛び出してきた。


「は、はじめまして!」

「え、と」

「あ、あわわわわ。あ、あたひはミア・ソフィアっていいます! その、王立魔法学院の生徒です!」


 よほど緊張しているのか、金髪の少女・ミアは呂律が回っていない。混乱しているのか目をぐるぐると回している。

 その胸元には一冊の本が大事そうに抱き締められており、ミアは目を回しながらもその本をエルルへと差し出した。


「こ、これ! 以前お渡しできなかった魔道書だそうです!」

「これはこれは。ありがとうございます」


 未だミアを警戒しているエルルを庇う形でバハムートが魔道書を受け取った。

 パラパラと目を通すと、ページの最後に手紙が差し込まれていることに気付いた。


「傭兵王様からの書状のようですね」

「読んでみて」

「はい。……『拝啓、ナナクスロイ様。先日はご気分を害してしまったようで大変申し訳ありません。寄贈する魔道書の他に二冊を贈りますので、これからも英雄として三ヶ国の監視をよろしくお願いします』だそうで」

「三冊か、ふーん……」


 エルルは渋々といった表情でバハムートから魔道書を受け取った。

 そんなエルルの表情を窺いながら、ミアは慌てて馬車の中からもう二冊の魔道書を運び出してくる。

 合わせてもう一通の書状を持ち出し、今度はバハムートに差し出した。


「これは……」

「ハムちゃん、読んでみて」

「……『使者であるミア・ソフィアは強く召喚魔法に興味を抱いている生徒です。もしよろしければ、週に一度でも良いのでナナクスロイ様にご指導をお願いしたいと考えております』」

「……えー……」


 何処までも勝手すぎると、エルルは心の中で悪態を吐いた。言葉にしなかったのは、詳しい事情を知らないミアのことを考慮したからだ。

 ミアの態度を見たが、裏表の思惑は一切感じなかった。つまりミアはグレイドから指示の類は受け取っていないようだ。


「どうしますか、エルル様」

「どうする、と言われても」


 エルルとしては受け入れる理由がない。手土産として貴重な魔道書を二冊贈られたとしても、その程度ではエルルが他人に師事するにはとても足りない。

 そもそもエルルは誰かに師事をすることを得意としていない。エルルが召喚魔法を学んできたのは、あくまで自分の為にでしかないのだ。


「あ、あの。アタシ、その……! ずっと、ずっと、憧れてて!」

「憧れー……?」

「戦争を、戦争を止めてくださったナナクスロイ様。お父さんとお母さんを帰してくれた英雄様なんです。そんな方が使う魔法が、とても、とても素敵で、ずっと憧れてたんです!」


 涙ぐんでいるミアの告白は、残念なことにエルルの胸には響かない。全てエルルがうっかりミスを隠すために造り上げた虚像でしかない。


「……嬉しいけど、ボクは誰かに教えるほど優秀な魔法使いじゃないよ。教えるのも苦手だし」

「う、うぅ……」


 優しい口調で断るエルルに、ミアは涙ぐんだまま抗議の視線を向ける。

 その程度ではエルルは揺るがない。魔道書はありがたいものの、誰かと関わることなど言語道断だ。


「エルル様、週に一回程度でしたらよろしいのではありませんか」

「ハムちゃん?」


 そんなエルルに想定外の提案をしたのは、バハムートだった。隣に立っていたセルシウスも、珍しく驚いた表情を見せている。


「彼女は真剣に召喚魔法を学ぼうとしています。その姿勢にはキチンと向き合うべきだと私は考えます」

「で、でも……」

「エルル様が無理のない範囲で、ということなら――週に一度、一時間程度。そのくらいの時間と労力を割くくらいなら問題はないはずです」

「そうだけど……。でも、アスガルズはさぁ」

「わかっております。ですがこちらから手を差し伸べ、恩を売っておくということも必要なことです」

「……うー」


 不満げな表情をしているが、バハムートの言葉には一理ある、とエルルは考えている。

 向こうからしても、エルルがへそを曲げたままでは他の国に悪影響が及ぶかもしれない。

 ならばここで懐の大きさを見せることで、勝手な行動を控えるかもしれない。


「……わかったよ。ハムちゃんが言うなら間違いはないだろうし。一週間に一回、一時間。それならいいよ」

「ほ、本当ですか! ありがとうございます!!!」


 涙を拭うと、ミアはようやく大きな笑顔を見せる。

 じゃれつく子犬のようなミアの笑顔に、エルルも「しょうがないなぁ」と釣られて微笑みを浮かべるのであった。

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