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幕間 傭兵王の謀《はかりごと》




「ええい、なんなんだあの小娘は!」


 傭兵の国アスガルズが王、グレイドは荒れていた。『三ヶ国合同会食』という嘘で他の二ヶ国は約束を破った、としてエルルの中で二ヶ国の好感度を下げる作戦が失敗したからだ。

 それだけではない。ただの失敗ならよかったものの、その魂胆はエルルというまだ成人もしていない少女に見抜かれた。

 あまつさえ、本人から遠回しに『器量の小さい』とまで言われた。

 一国の王としてこれほど侮辱されたことはない。それこそ武芸の国との小競り合いの中でも抱いたことのない激情だ。


 務めて冷静にあの場は引き下がったものの、あの一件で少なくとも傭兵の国の評価はエルルの中では武芸の国、魔道の国と比べると低くなっただろう。


「王、落ち着いてくだされ」

「これが落ち着けるものか!」


 憤慨するグレイドは配下の声も届かないほどだ。元々武芸の国と争っていた傭兵の国は、戦いの中で武芸の国を手に入れようとすら画策していた。

 それがたった一人の少女によって戦争が止められた。

 さらには半ば強引に国家間での不可侵条約を結ばされ、停戦を余儀なくされた。


 気に入らないのは、その後三つの国のどれもがエルルのご機嫌取りをしなければならなくなったことだ。


 わかっている。エルルという大魔法使いを引き込むことさえ出来れば、戦争を再開し苦戦することなく勝利を収めることが出来るということくらい。

 それほどまでにエルルは強大な力を持っている。

 プライドを捨て、媚びへつらうのを強要されるほどに。


 だからグレイドも取り入るために散々貢ぎ物を送り、ご機嫌取りをしてきた。

 だが今までの苦労も何もかも、この前の一件で不意になったと言えるだろう。


「おのれおのれおのれ! 暗殺もダメ、嘘を見抜く、魔女かあの小娘は!」

「魔女であればまだ良いのです。得体の知れない存在であれば三ヶ国が協力し、排除する方向に動くことも出来ますので……」


 エルルの素性は謎に包まれているものの、森で怪しい薬を作っているわけではない。怪しげな魔法に興じているわけでもない。

 彼女が扱う魔法は三ヶ国も使用している魔法と同じであり、そこに付け入る隙は一切ない。


 元々は大陸が割れた際に、エルルを裁く方向の話も進められていた。

 だがそれを真っ正面から反対してきたのは魔道の国だ。

 魔道の国はあろうことかエルルの存在を強く推し、彼女こそが終戦の象徴だと主張した。


 ここで魔道の国を糾弾しても事態は何も好転しない。物理的に戦争を起こせない状態で、戦争を終わらせた人物を裁いてしまえば、それこそ民の不安を煽るだけである。


 武芸の国は賢くすぐに魔道の国に賛同した。傭兵の国は渋るものの、賛同するしかなかったのだ。


「どうにかしてあの小娘を取り込むか、始末せねば……!」


 傭兵の国、と名乗っている以上、アスガルズは傭兵稼業が主流の国家だ。

 地方の小競り合い、領主同士の喧嘩、小さな刃傷沙汰。

 そのどれでも国が動くべきではない、という事態に第三者の視点として金で雇われた者たちが動く。そんな傭兵たちが集まって出来たのが、傭兵の国なのだ。


 武芸の国のように、己の武を競い、見せ合うことに興味など一切ない。

 だからこそ戦が必要なのだ。金を稼ぐための場所が戦場なのだ。


「……王よ。一つご提案があります」

「なんだ?」


 椅子を蹴飛ばしたところで少し落ち着いたグレイドに、宮廷魔導師である老人がひっそりとすぼめた声で話しかける。内密にしたい話なのだろう。

 すぐにグレイドは表情を引き締め、周囲にいる従者たちを下がらせる。

 激情に駆られつつも、宮廷魔導師を信頼しているからか見事な切り替えである。


 人払いが済んだところで、老人は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


「召喚士エルルを取り込むことも、暗殺も失敗に終わりました。そこでワシは第三の選択肢を王に提案したいと思います」

「……ほう? そんな方法があるのか?」


 訝しげなグレイドの問い掛けに老人はもちろん、と頷く。


「元々は『エルル・ヌル・ナナクスロイに敵わない』という前提があるからこそのご機嫌取りなのです。軍を動かせば彼女を始末することも不可能ではありません。ですがそうしては、他の二ヶ国からの糾弾は免れないでしょう」

「そうだな。我が傭兵の国は武芸の国魔道の国と並ぶほど特化した戦力はないが――だからこそ逆に、どっちの力を等しく鍛えている。器用さならば他の国より頭一つ抜けているほどだ」

「ですから、その器用さ――柔軟さを利用しましょう。ナナクスロイを取り込めないのであれば、彼女の力だけを手に入れれば良いのです」

「ほう?」


 老人が差し出した羊皮紙には事の詳細が記されていた。

 それは先の会食の際に持っていくはずだった魔道書のリストだ。それは傭兵の国が他の国と渡り合うために集めてきた国家機密レベルの貴重な蔵書であり、それを捧げるほどの価値がエルルにはある、ということでもある。


「彼女は召喚魔法で戦力を強化しています。我が国では全然扱っていない魔法で、魔道の国でさえあれほど強力な召喚魔法を使えておりません」

「……そうか。ならばその召喚魔法の術式を手に入れれば」

「はい。バハムートやセルシウスのような、異界の支配者とも言われている存在を呼び出すことも可能なはずです」

「すぐに使者を用意させよう。あの小娘は嘘を見抜く。だから目的を教えずに、召喚魔法の師事を受けさせるのだ!」

「教育機関から数人をリストアップし、すぐに準備を進めます……!」


 老人の提案に上機嫌になったグレイドは深く玉座に腰掛け、不敵な笑みを浮かべる。


「いいぞ、これが成功すれば今度こそ他の国を出し抜ける。それどころではない。あの魔女を屈服させ、この大陸を支配することだって出来るではないか……!」


 傭兵王と宮廷魔導師の不穏な笑い声が、宮殿内に静かに響いていくのであった。

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