ライカと異世界アイテムと。
ぼんっ。
「……なにこれ」
あくる日の朝、エルルは興味本位で召喚魔法を使用した。
だが今回に限っては召喚獣を呼ぶ為のものでは無く、たまたま読んでいた魔道書に記載されていた、異世界のアイテムを呼び出す魔法だ。
気になったエルルはその魔法を使ってみることにした。
使用する魔法陣は普段使っている物より簡単なもので、用意にそれほど時間は掛からなかった。
使う魔力も微々たるもので、本当に異世界のアイテムを呼び寄せることが出来るのだろうか。
結果として、確かに異世界のアイテムが召喚出来た。
それを確信させたのは、目の前に現れた物体を、エルルはこれまでに一度も見たことがないことだ。
恐らく、だが。これは三つの国の鍛冶職人でも作れないだろう。
「えっと……? すまーとほん?」
エルルの手の平に乗せられるくらいの長方形の箱は、持ってみると案外軽い。
箱の側面にはいくつかの突起物があり、下手に触って壊してしまうのを恐れたエルルは、一緒に召喚されていた紙に視線を落とす。
もちろん異世界の文字などエルルには読めない。だが召喚魔法の影響なのか、紙に書かれている文字に翻訳魔法がかけられていた。
エルルでも読める文字に変換され、ほむほむとエルルは『取扱説明書』を読み始める。
「……うーん。魔道書なら良いんだけど、こういうのを読むのは得意じゃないなぁ」
いくら文字が読めるようになったとしても、言葉の意味を理解出来ていなければ意味がない。
この取扱説明書はまさにそれである。
記述されている単語は異世界の単語であり、こちらの世界の言葉に翻訳されたとしても意味がわからない。
「よし、インプット魔法でも使おう」
白紙の紙を取り出して、さらさらと簡単に呪文と魔法陣を書き込んでいく。
それを布団の上に置き、召喚した異世界アイテムと説明書を重ねる。
手の平をかざして、魔法を発動する。
「全てを見通し、我に叡智を刻み込め。『インプット』」
エルルの頭の中に次々と情報が流れ込んでくる。膨大な情報は濁流と表現しても過言ではなく、溢れる情報に思わず頭が痛くなる。
エルルが使ったのは、対象の情報全てを直接頭の中に入れるインプットという魔法だ。
本を読み、意味をかみ砕き、咀嚼する工程を全て一度に行う魔法である。
本来は覚えることが非常に困難である教典などを即席で覚えるために使われる魔法であり、エルルも普段であれば使わない魔法だ。
だが今回ばかりは特別だ。なにしろ相手はわけもわからない異世界アイテム。
エルルは自分が『一を知って十を知る』天才ではないと自覚しているからこそ、この魔法を使った。
「……へー。魔力を使わないで遠くの人と話せたり手紙も交換出来るんだ」
インプットの魔法でスマートホンの使い方を熟知したエルルは手当たり次第に本体を弄り出す。
「会話とか手紙は二台ないと使えないみたいだし、なにか他に使い方ないかなー」
スマートホンの画面には様々な映像が浮かんでおり、エルルは覚えたての操作方法を試していく。
「あぷり? えっと、ゲームが出来るの?」
と、そこであるアイコンで目が止まった。それは小さなアイコンでもエルルにとって見覚えのあるものであり、エルルはとりあえずそのアイコンをタッチしてみた。
「わっ。トランプのゲームだ」
起動したアプリゲームはポーカーやブラックジャックをプレイ出来るトランプで、それについてはエルルも知っているゲームだった。
まさか異世界にもトランプがあるとは、と感慨深い思いをしながらエルルは画面を操作していく。
「ふふっ。ボクはポーカーとか得意なんだよっ」
インプットの魔法によって操作方法を熟知したエルルはこなれた動きでゲームを進めていく。とはいえ簡素なアプリゲーム。搭載されているコンピューターもそこまで強くは設定されていない。
そんなことはつゆ知らず、エルルは上機嫌にポーカーで遊んでいく。
「わー、一人でポーカーが出来るんだねぇ」
エルルは『コンピューター』というものが何かまでは上手く理解していない。インプットの魔法でも、異世界の技術についてまではスマートホン一台からでは得られなかったのだろう。
だがこちらの世界にもある程度物体を『操作』することが出来る魔法がある。
要はそれの応用だろう、とエルルは把握した。
「ふふんふーん。ふふんふーん」
最初に設定できる強さの全てをクリアしたところでエルルは満足してゲームを終了した。これがあればしばらく手持ち無沙汰の時は困らないだろう。
「えーっと、充電、だっけ」
スマートホンを運用する上で必要なことだ。
向こうの世界には魔法が存在しないようで、その代わりに電気によって文明を発達させた。
電気とは、それ即ち雷だ。とエルルは拡大解釈する。
「ライちゃーん」
「にゃー?」
エルルが一声かけると、部屋の外からライカが顔を覗かせた。リビングでまったりしていたのだろう。とてとてと近づいてきたライカは、何も言わずにエルルの膝に飛びついた。
「にゃっ!」
「あはは。くすぐったいよー」
少女の身体のライカはエルルの膝の上で甘えるのが大好きだ。触れていると少しピリピリするが、セルシウスの冷たさやイフリートの熱さに比べれば全然たいしたことない。
「なでりなでり」
「にゃふー」
ライカは目を細めて嬉しそうに喉を鳴らしている。しばらくの間二人はスキンシップを堪能すると、ライカはエルルに呼ばれたことを思い出し正面にぺたんと座った。
「で、ライカになんのようだにゃ?」
「あ、そうそう。これなんだけど」
「にゃ?」
エルルはベッドの上に投げていたスマートホンを手に取るとライカに見せる。
ライカにとっては未知の存在であるスマートホンだが、大して怯えもせずにぺたぺたと触れている。
すると画面右上に表示されていた緑のアイコンが明滅を繰り返し、コップに液体が満ちるような表示に切り替わっていく。
エルルはそれが電力が補充されていく、ということだと理解した。
「あ、充電された」
「じゅーでん?」
「これね、電気で動くんだって」
「にゃー。異世界の道具は不思議だにゃー。ライカなんて地面にどーん! して驚かすくらいしかすることないのににゃー」
「そうだよねえ」
魔力によって魔法を使うこの世界は、異世界の『電気』という概念を今一つ理解しきれない。
だがそれが魔力に代わりとして人の生活を支えているのだとしたら、異世界の文明はそれで凄いものだ。
エルルは天賦の才を持ち合わせていても、そういった新しい物を作ることには非常に疎い。
だからこそ、異世界の、自分が知らない新しいことと出会うことが好きなのだ。
「にゃーにゃーエルルー」
「ん~?」
「それで遊ぶのかにゃ?」
「んー……」
ライカの不安げな問い掛けにエルルは少しだけ考える。確かに時間はあるが、ひとしきり遊んだ後だ。次は読書でもしようと思っていたくらいだ。
ライカは尻尾をふりふりしながら、甘えるように上目遣いでエルルに飛びつく。
「ライカたちと、あそぼーにゃ」
「そうだね。遊ぼっか」
「にゃっ!」
大好きな家族に可愛らしくお願いをされては断ることなど出来やしない。スマートホンを枕元に置いて、ライカの手を引いてリビングに向かうのであった。
「で、なにしよっか」
「トランプでもしようにゃ! イフリートやノームもいるにゃ!」
「たまにはチェスでもいいんだよ?」
「エルルに勝てないから嫌にゃ! 運ゲーに持ち込まないと勝てないにゃ!」
「あははっ」




