あくびと傭兵王と嘘つきと
「ふわぁ……あ~~~~~~むにゃ……」
「エルル様、ですから夜更かしはしてはならないと――」
「わかってるよぅ」
大あくびをしながら、エルルはどうにか眠気を吹き飛ばそうと身体を伸ばす。
だがそれでも明け方まで起きていた代償は大きく、何をしてもあくびをして目尻に涙が浮かんでしまう。
「しっかし遅いわねえ。もう約束の十一時よね?」
「まったく。時間にルーズなのは王としてどうなんだにゃ」
「ライカが言うのはおかしいとおもうの」
「にゃー?」
エルルたちは会場の前で各国の王たちを待っていた。エルルの後ろには召喚獣たちが控え、退屈を持て余している。
エルルに釣られてイフリートもあくびをしてしまう。約束の十一時になろうとしているのに、どの方角からも森の結界に反応がない。
「……あっ。来たみたい」
そこでようやく森の結界に反応があった。方角は北東、傭兵の国アスガルズ。
ほどなくしてエルルたちの耳に馬車の音が聞こえてくる。二頭の馬が引く馬車が見えてくると、その馬車には交差する二つの剣と盾の紋章が描かれていた。
流石にエルルも眠気を押し殺して身構える。眠気はあるものの、こういう時には表情も引き締まる。
アスガルズの馬車はエルルたちの目の前で停車すると、中から眼帯をした屈強な体付きの男性が降りてきた。
カチャカチャと重厚な鎧を鳴らしているのは自らの力を象徴したいのだろうか。どっちみち、エルルにとって何ら脅威でもないというのに。
「アスガルズ国王、グレイド・アスガルズ。お招きに預かり光栄です」
恭しく頭を下げてくるグレイドの言葉の薄っぺらさはエルルに筒抜けである。
だが真正面から下手に回られている以上、そこを追求すべきではない。
グレイドは頭を上げると、周囲をきょろきょろと見渡した。
「ところで、他の二ヶ国は」
「まだ到着していませんね」
「なんと、ナナクスロイ様との会食に遅刻するとは! 何のための三ヶ国の会食なのか! まったく、これだから武芸と魔道の王たちは……!」
グレイドの憤慨する言葉には確かに激情が込められている。その表情も仕草も何もかもが彼の感情の高ぶりを表わしている。
成る程、とエルルはグレイドの意図に気付いた。それを言葉にしていいのか悩んでいると、グレイドはエルルのそんな思いにも気付かずに饒舌に垂れ流す。
「ナナクスロイ様との用事は現状国家の何よりも優先するべき事態だというのに! まったく、ナナクスロイ様を蔑ろにするとは、ナナクスロイ様の怒りに触れることを恐れていないのか!」
「そうじゃそうじゃ。用事を無視するとは無礼じゃぞ!」
グレイドの言葉にイフリートも賛同し、ライカやノームもうんうんと頷いている。
バハムートはその光景を冷めた目で見ている。セルシウスもまたグレイドの意図に気付いているのか、凍えるような冷たい目で睨んでいる。
「仕方ありません。自分しかおりませんが、時間ですし会食を始めませんか? 大丈夫です、他の二ヶ国には激しく糾弾する書状を送りますので、ナナクスロイ様のお手を煩わせはしません! 任せてください! このグレイド・アスガルズならばナナクスロイ様を困らせる者を全て排除して見せます!」
沈黙は金、という言葉がとある遠方の地域にあるとエルルは本で読んだことがある。
雄弁が悪とは決してエルルは考えていない。だが結果としてグレイドの語りは自分を追い詰めているだけだ、と判断している。
だって、エルルにはその嘘がわかるから。
「嘘は吐かなくて良いですよ」
「はて、何のことでしょうか」
グレイドの舌先三寸で急場を凌いできたことはいくつもあるのだろう。エルルの追求もしれっと笑顔で対応する。
エルルとしては別にグレイドの対応なんてどうでもいい。
そこで慌てふためいてくれれば話が進めやすかったな、程度くらいにしか思っていない。
エルル様、とバハムートが耳打ちする。わかっている、とグレイドに気付かれない程度に頷いて言葉を探す。
「武芸の国と魔道の国は招待してないんですよね。傭兵の国だけで参加して、ボクの中で二ヶ国の印象を下げる作戦でしょうか」
「いえいえ。まさかまさか。自分は三ヶ国の平和を思って行動しておりますから、ナナクスロイ様の評価を下げる、なんてことをするメリットがありません」
「あー、まあそうですよね。誰かの為に立ち上がる傭兵の国が、まさかそんなことをするわけないですよねー」
「そうですとも。ええ、そうですとも!」
グレイドが冷や汗を流したことを、敢えて追求はしなかった。
追求をしたところでさらに嘘を重ねて誤魔化されるだけであることは明白であり、そう簡単にはグレイドは真実を語りはしないだろう。
だが、教えるべきだ。
エルルは真実に気付いているのだと。
自分がしている行いが、どれだけ『終戦の英雄』の機嫌を損ねているのかを。
「ええ。傭兵王がそのような器量の小さなことをしているとはとても考えたくないですしね。ボクとしては、約束を破る人より嘘を重ねる人の方が嫌いですしね」
「……そうですとも! ナナクスロイ様に対して嘘を重ねるなど以ての外。万死に値する行いです!」
僅かな間はグレイドの戸惑いを表わしている。
表情と感情からは読み取りがたいが、確実にグレイドは動揺している。それをなんとか取り繕っている部分は評価に値するが、嘘を重ねている事実に変わりは無い。
「でも面白いですよね、傭兵王さん」
「はい。なにが……でしょうか?」
「いえいえ。ボクが『嘘つきが嫌い』ってのは和平条約を結んだ時に伝えておいた事ですよね。なのに嘘を吐いて他の国を陥れようとする――なんて考えてる人が、不用意にボクを尋ねてきてるとしたら――ね?」
「あはは。大変面白い話ではありませんかっ!」
「ですよねっ。もしそんなことをするような国があるのなら、ボクは『無条件』で他の国に協力を申し出ますよ」
「……っ!」
そこでようやくよくわかるほどにグレイドの頬が引き攣った。
けれどお互いに真実を言葉にすることはしない。エルルは必要性を感じていないし、グレイドは『できない』のだ。
エルル――『終戦の英雄』が、無条件に協力する。
それはどの国も喉から手が出るほど欲している案件だ。
とにかく貢ぎ、媚を売り、恩を売っている。
もしも協力を取り次げれば、他の二ヶ国を相手に戦争を再開しても圧勝できるからだ。
ここまで言えばグレイドは自分の愚行に気付くだろう。けっして言葉にはしないだろうが、次に同じようなことをすることはなくなるだろう。
「他の国が来れないのであれば、一ヶ国とだけ食事をして抜け駆けをした、とも言われかねません。グレイド様、大変申し訳ありませんが、今回はお引き取り頂けますか?」
「……そうでしょうね。そうしましょう。次は必ず三ヶ国が揃って食事を共に出来るよう、私からも働きかけます」
「お願いします」
ただでさえエルルは会食に乗り気ではないのだ。それでいて会食をこのような嘘偽りに利用されたのであれば、それは間違いなくエルルの機嫌を損ねてしまう。
バハムートの牽制のような物言いに、グレイドはあっさりと引き下がる。
そもそも会食自体が目的ではないのだ。いや、食事を共にしてご機嫌取りをするのも目的の一つではあるのだが、今回の目的はあくまで武芸と魔道の国の評価を下げることだった。
それが適わないのであれば、無理に食い下がる必要もない。逆にこれ以上ここに居続けてボロを出してしまうことのほうがよっぽど悪手だ。
「それではナナクスロイ様、失礼いたします」
「はい。傭兵王さんも、旅の無事を祈ります」
「はっはっは。ナナクスロイ様の祝福があるのであれば無事に王都に戻れますわ!」
最後の最後まで真実を口にすることはなく、グレイドを乗せた馬車は森を引き返していく。車輪の音が聞こえなくなるまで待って、エルルはようやく大きなあくびを吐き出した。
「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~。ねむい~……」
「お疲れ様です」
「疲れたー。疲れたよー。嘘つきは嫌いだよー……」
「じゃあ傭兵の国滅ぼす? エルルが望むなら私たちはいつでも動くわよ?」
「だーめ。そんなことしたら静かにくらせないでしょ」
物騒な事を言い出すセルシウスを諫めながら、エルルはとぼとぼ重い足取りで家に戻る。
とにもかくにも眠い。早くベッドにダイブして夢の世界に沈みたいくらいだ。
「お疲れ様ドーナツを用意しますが仮眠してからにしますか?」
「食べる! 眠いけど食べる! どーなつ!」
「わかりました。すぐに用意しますね」
「わーいハムちゃん大好きーっ!」
「こらバハムートずるいぞ! 妾だってエルルに大好きって言われたいぞ!」
「にゃー!」
「なのー!」
先ほどまでの緊迫した空気は何処へ行ったのか、いつも通りの騒がしい空気が戻ってくる。エルルの背中を押すセルシウスもそれをわかっているのだろう。普段なら誰よりも率先して嫉妬の言葉を吐くセルシウスも、エルルを見て微笑んでいる。
「でもやっぱり私が一番エルルを独占したいわっ!」
「つめだっ!?」
突然の急速冷凍抱擁に、エルルは思わず悲鳴を上げるのであった。
笑い声が家中に広がっていく。身体は疲れても、家族の笑顔が今のエルルにはなにより心の支えであった。




