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プロローグ




「ねえねえじいさま、あの行列はなに?」


 丘の向こうまで続く荷馬車の行列を、付近の村の住人たちは興味深そうに眺めていた。

 その中には王国の旗印を掲げているものや、周辺領主の印が刻まれいる。

 それだけではない。引退した先代の国王陛下の御旗まで見えるではないか。

 何事かとざわめきたつ村人の気持ちに答えるように、一人の老人が孫の頭を優しく撫でた。


「あれはのう、『終戦の英雄』様への貢ぎ物じゃよ」

「しゅーせんの、えいゆー?」

「そうじゃよ。戦争がな、終わったのじゃよ」


 首を傾げている少女の頭を撫でながら、老人は目を細めて嬉しそうに説明する。

 穏やかな笑みなどここ数年見せたことのない老人の笑顔に、少女もまた理解はしていないが、にこやかな笑顔を浮かべて見せた。


 大陸に存在する三つの国家――武芸の国、魔道の国、傭兵の国はお互いがお互いを牽制する監視状態にあった。


 最初は武芸の国と傭兵の国の小さないざこざだった。

 国境線沿いで起きた言い争いが刃傷沙汰を引き起こし、退くに退けぬまま国家間の争いにまで発達してしまった。


 一触即発だった二つの国の仲裁に入るべく、魔道の国が動くことになる。

 元々牽制しあっていたとはいえ、民の為にも争いを起こすべきではないと。

 魔道の国の王は務めて冷静に、話し合いの場を設けようとした。


 だが武芸の国と傭兵の国は、そんな魔道の国からの提案を足蹴にした。

 "侮辱された気持ちも理解出来ない魔道の国は臆病者だ"と馬鹿にして。


 真っ正面から二つの国に虚仮にされては、魔道の国とて黙ってはいられない。

 売り言葉に買い言葉だが、元々三ヶ国は有効的ではなかった。

 侮辱を受けた魔道の国はすぐに蜂起し、臨戦態勢に突入してしまう。


 小競り合いを繰り返す中で三ヶ国は疲弊していく。

 やがて徴兵が行われるようになり、戦える若い者は兵士として連れて行かれた。

 働ける者もまた連れて行かれ、街は兵器のために工場が造られ、村には老人と幼すぎる子供だけが残された。


 誰かが戦争を止めようと提唱しても、これまでの犠牲を無駄にしないために争いを止めることは出来なかった。


 "ここまで争いを繰り返しておいて、今更停戦など言えることか!"


 三ヶ国の王たちは互いに睨み合い、誰の口からも「戦争をやめよう」とは言えなくなっていたのだ。


 このままでは、三つの国全てが倒れてしまう。そんな状況にまで追い込まれていた。


 だが戦争は唐突に終わりを迎えた。

 いや、正確には――終わるしか、なかったのだ。


 ある日突然、大地震が襲った。地震は地割れを引き起こし、大陸を三つに分散させた。

 そんなことが起きてはもう戦争どころではない。

 いや、争うこと自体が出来なくなったのだ。


 地震はなんと、一人の魔法使いの手によって引き起こされたものだった。

 終わらぬ争いを危惧したその魔法使いは、物理的に大陸を引き離して戦争を終わらせたのだ。


 その魔法使いは、今日も大陸の中央に広がる森の中から三つの国を監視している。


「せんそーが、おわったの?」

「お父さんもお母さんも帰ってくるってことじゃよ」

「本当!?」


 戦争、というものを理解していない少女も、両親が何処かへ連れて行かれてしまったことはわかっていた。

 寂しい夜を何度も過ごし、親の愛情に餓えていた。


 祖父である老人は常に少女を気にしていたが、それで少女の寂しさが満ちるわけではない。

 だからこそ、目を輝かせた少女の笑顔が老人にはなによりも嬉しい。

 しゃがみ込み、少女と視線を合わせてしわくちゃの笑顔を見せる。


「ああ。英雄様のおかげで、もう戦争は終わったのじゃ。昔のようにみんなで暮らせるのじゃよ」

「うわー、うわー! えいゆーさまって凄いんだね!」

「そうじゃよ。なんせ『終戦の英雄』だけでなく、『賢者』や『嵐の王』といった称号までいただいたくらいじゃからな」


 きゃっきゃっとはしゃぐ少女の頭を何度も撫でながら、老人もまた行列を眺める。


 馬車の大群は丘を越えて大陸の中央を目指している。

 荷馬車には大量の貢ぎ物。

 それが何を意味するのか。


 三つの国の争いは確かに終わった。

 だがそれはあくまで「戦えなくなった」だけなのだ。


 和平を結んだわけでもないし、一触即発の空気に戻っただけである。

 そして今、三つの国は同じ目的で行動している。


 "あの魔法使いがいれば、他の国に勝てる!"


 大地を割るほどの絶大な力を持った魔法使いを、どうにかして自国に取り込めないか画策を始めたのだ。


 戦争が国家間の争いを意味しているのなら――戦争は、まだ終わっていない。

 三つの国の命運は、一人の魔法使いに託された。




   +




「どうしてこうなったの……」


 がくり、とローブを羽織った少女はがっくりとうな垂れる。

 森の出口に集まっている馬車の大群を思い浮かべると、何度目かわからないため息を吐いた。


 透き通った琥珀色の瞳には不安の色が浮かんでいる。

 その不安を押し殺すように、魔女帽子を目一杯被る。

 ショートに揃えられた新緑色の髪は、後ろ髪を残すだけですっぽりを隠れてしまう。


 少女はもう一度深いため息を吐いた。幼さを残す容姿だが、その背中には哀愁が漂っている。


「はぁ~~~…………」

「やかましいですよ」

「落ち込むのもダメなの!?」

「落ち込んでたら王族に付け入る隙を与えるだけですよ?」

「そうだけど……。ねえハムちゃん、今から面会拒否とかは――」

「無理です」

「デスヨネ」


 少女の名は、エルル・ヌル・ナナクスロイ。『終戦の英雄』と呼ばれている。

 その幼い容姿からはとても想像出来ないが、確かに彼女があの地震を引き起こし、地割れによって大陸を分断した張本人なのだ。


 傍らで彼女に雑な対応をしているのは黒髪の青年バハムート。

 エルルからはハムちゃん、と愛称で呼ばれている。

 端正な顔立ちと、鋭い目つきは彼の印象をより一層冷徹に思い込ませるほどだ。


 だがエルルへの言葉の節々には、確かに彼女を慕う感情が込められている。エルルもそれをわかっているからこそ、少しくらいは雑に扱われても大丈夫なのだろう。


 バハムートも釣られるように外の光景を思い浮かべると、少し複雑そうな表情を浮かべた。

 が、基本的に拒否するつもりはないのだろう。すぐに穏やかな表情へ切り替えると、ガシ、とエルルの両肩を掴む。


 ビク、とエルルは身体を震わせたが、お構いなしとばかりにバハムートは背中を押した。


「さ、エルル様。今日も頑張って『英雄』として働きましょうか」

「やだぁぁぁぁぁぁ働きたくないよぉぉぉぉぉ~~……」


 じたばたと暴れるエルルだが、長身の青年に力で敵うわけがない。

 グイグイと力任せに押し込まれ、万策尽きたエルルは諦めて家の外へと強制連行されるのであった。

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