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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

報酬ゼロの新米冒険者 ~ブラックパーティを脱退してから真の力【賢者】に目覚めて最強になる~

 新米冒険者である俺は、とある小規模パーティに所属している。

 冒険者学校を卒業者は、大抵の者がどこかのパーティに入り、雇われ冒険者としてノウハウを学ぶ。数年間の下積みを終えた冒険者は独立するか、パーティの重要ポストにつくことになる。


 雇われ冒険者の多くは給料制だ。毎月少額の契約金がパーティリーダーから支払われる。もう一つ、クエストごとに発生するクリア報酬の三パーセントが特別報酬になる。


 契約金も特別報酬も雀の涙ほどしかもらえない。新米冒険者の懐事情は真っ当に給料を払ってくれるパーティでも厳しいのだ。


 それなのに、ただでさえ少ない給料を払ってくれないパーティも存在する。契約金か特別報酬のどちらか、あるいは両方を払わないリーダーが率いる組織は、『ブラックパーティ』と呼ばれている。


 俺が所属する『レイジーファミリー』も、ブラックパーティの一つだった。


「よーし、今日はみんなご苦労だった! 今回のクエストの特別報酬を配っていくぞ」


 冒険者ギルドに併設されている酒場の席。

 パーティリーダーのレイジが労いの挨拶を済ませて、今回の特別報酬を配っていく。


 パーティに入って以来、一度も契約金をもらったことがない。その代わり特別報酬を多めに出すということでしぶしぶ了承したが、これ自体が契約違反だ。


 今回の特別報酬は百万リル。それを全員で分割する。当然均等割りではない。役職に関わらずクエストごとの貢献度に応じて報酬は変わる。……まあ、建前でしかないが。


「まずは俺だ。俺の貢献度は五十パーセントだと判断した。五十万リルをもらうぞ」


 レイジがにやにやと嬉しそうに五十万リルを懐に入れる。ちなみに、五十万リルは普通の村人が二か月は余裕で生活できる金額だ。これがリーダーの日給。


「次にカイル、ギルスがそれぞれ二十万リルだな。そしてニーニャが十万リル――以上だ」


 シオン――の名前は上がらなかった。


「リーダー、俺の報酬は?」


 レイジは面倒くさそうに眉を顰めて、今回も同じことを言う。


「あ? お前の報酬なんてゼロに決まってんだろ。雇ってやってるだけありがたいと思え」


「しかし、今回のクエストで一番魔物を倒したのは俺です。……それなのに、俺と同期の新米冒険者で一匹も魔物を倒していないニーニャが十万リルも貰えるなんて納得できません!」


 ニーニャは俺と同時にこのパーティに入った新米冒険者だ。冒険者にしては珍しい女性の魔法使い。


 麗しい赤色の長髪と、ガラス細工のように精緻な顔立ち、完璧なプロポーションの持ち主だが、冒険者としての腕はというと、話にならないレベルだ。


 使えるのは初級魔法のみ。剣やナイフ、弓など他の武器は一切使えない。体力がなく、性格にも難がある。


「なに勝手なこと言ってんのよ! 私とあなたを一緒にしないでくれる? 私はここにいるだけでパーティのメンバーを元気づけることができるの。それだけで十万リルの価値があるの。お分かり?」


「まったくその通りだ。いいか、シオン。よく聞け。お前はここにいる面子なら誰にでもできることしかしていない。魔物を一番多く倒したということは、それだけ多くの経験をしたということだ。新米の間は苦労は買ってでもするべきなんだぞ」


 それは、そうなのかもしれない。このパーティに入ってから――社会に出てから少し認識が変わった。

 新米冒険者としてパーティで雇ってもらえれば、ソロではできない高難易度のクエストも受けることができる。むしろ貴重な経験をさせてもらえて、報酬まで貰おうというのがおこがましいのかもしれない。


「でも、このままだと貯金が底を尽きます。……装備も弱ってていつ壊れるかわかりませんし……」


「でもじゃない。貯金なんて尽きてから悩めばいいんだ。俺が新米の頃はもっと苦労してたんだぞ!」


 大声でレイジに捲し立てられ、俺は何も言えなかった。

 俺の冒険者学校時代は下から数えた方が早いくらいの成績で、なんとか拾ってもらえたパーティだ。あまりリーダーを怒らせて除名でもされたら目も当てられない。


「パーティを抜けようなんて思ってるんじゃないだろうな? お前みたいな無能を拾うパーティなんてここくらいのもんだってことを覚えとけよ! 片目が見えねえ新米冒険者に居場所なんてねえんだよ」


 俺は、生まれつき左目が見えない。片目でも冒険者をすることはできるが、両目が見える冒険者より劣っているのは確かだ。

 傷があるわけではないが、普段は左目に眼帯をつけて、隠している。


「……わかってます。拾っていただいて感謝しています」


「ふん、わかればいいんだ」


 それから、レイジは嘘のように優しい目で俺を見つめた。


「俺もなぁ、ちゃんと報酬は払ってやりたいんだよ。でもな、ここで甘やかすとロクな冒険者にならねえ。立派な男――真の骨のある冒険者ってのは一度は極貧生活を味わわなきゃならねえんだ。お前が一人前になったらこれまでの分も含めてたっぷり報酬を渡してやる。もし独立することになっても、ここで得た経験が糧になるだろうよ」


「リーダー……そんなことを思って……」


「だから、今は頑張れ。自分を甘やかしたら絶対に成長できねえぞ」


「わかりました! レイジさん、俺頑張ります」


「うむ、誤解が解けて俺も安心したぜ」


 リーダーは俺のことを真剣に考えてくれていた。ニーニャを甘やかしているのは、彼女が弱く、成長しないことを悟っているから。

 俺はもっともっと強くなって、立派な冒険者になれる。この人についていけばきっと。


 ――この時の俺は、ある種の洗脳状態だった。普通に考えれば、こんなまやかしに騙される方がおかしい。でも、俺はそれをどこかで信じたかったのかもしれない。


 冒険者ギルドを出た後は、ボロ宿の五人部屋で夜を明かすのがこのパーティの日常だ。

 一台だけ置いてあるベッドはリーダーが使い、他の四人は床で雑魚寝。俺はいつものように毛布にくるまって眠りに着こうとしていた。


 でも、なんだか今夜は眠れない。昼間の戦闘で疲れているはずなのに、頭が冴え切っていた。早く寝ないと明日のクエストに差し支える。早く寝ないと……。


「ねえ、レイジ。起きてる?」


「起きてるぞ」


 全員が寝静まった頃、ニーニャとレイジの声が聞こえてきた。二人もまだ起きていたのか。

 ……と、そんなことよりも新米のニーニャがリーダーにため口なんて失礼に当たるのに、レイジはまったく気にした様子ではない。


「さっきシオンに聞かせた話、まさか本当なの?」


 ニーニャの質問を、レイジは鼻で笑う。


「なわけないだろ。あいつはまだ使える。壊れるまで使ってそのうち捨てればいい。無能なリーダは使い捨てにしたがるが、俺は違うからな。たまにメンテナンスしてやるのが長く使うコツだぜ」


「ぷぷっ、やっぱりレイジはさすがね! 大好き~!」


 気づかれないように薄目で二人を覗くと、暗闇の中で彼らは抱き合い、濃厚なキスを交わしていた。


 そうか、そうだったのか。

 俺の中で、何かがプツンと切れた気がした。

 今まで甘い言葉をかけてきたのは、俺を引き留めて消耗品として長く使うため。無能なニーニャを特別扱いしていたのは、二人が特別な関係だから――。


 怒り、憤り、哀しみ、その他無数の感情が湧いてきた。

 そして直感した。こんなブラックパーティに長くいても何の意味もない。時間を失い、使い捨てにされるだけだ。


 こんなパーティにいるくらいなら逃げた方がマシだ。

 そうと決めた俺は、二人が寝静まるのをジッと待った。


 寝息が聞こえてきたことを確認して、俺は光魔法を使って手元を照らし、素早く紙切れに文字を書き込んだ。


『いままでお世話になりました』


 書き置きだけを残して、俺は宿を出た。

 復讐はしない。復讐からは何も生まれないのだ。正直なところ、復讐する気力もない。それよりも、このパーティにいる間に失った時間とお金を取り戻したい。


 ソロでの冒険は危険だし、高難易度のクエストを受けられないというデメリットもある。それでも今よりはマシなはずだ。


 夜が明けたら、すぐにソロで受けられるクエストを受ける。ブラックパーティに入ってから半年、皮肉なことに俺はそれなりに強くなった実感がある。


 大規模パーティなら当たり前にある新米冒険者への教育がなく、『実践で覚えろ』という方針だったため、危険と引き換えに短期間で強くなれた。


 なんとか一人でもやれるはずだ。


 ◇


 夜が明けて、朝一番に冒険者ギルドに駆け込んだ。

 まずやらなければいけないのは、パーティの脱退処理だ。パーティ構成は冒険者ギルドで管理されている。


 ちゃんと手続きをしておかないと、他のパーティに入ることはもちろん、ソロクエストすら受けられない。


「脱退……はい、わかりました。でもいいんですか? まだ入って半年ですよね」


 脱退処理をしたいと申し出ると、冒険者ギルドの受付嬢は心配そうに確認を取ってきた。新米冒険者は、最低でも三年間どこかのパーティに所属していた実績がないと、他のパーティに入ることは難しくなる。


 これからの長い冒険者生活で、ソロオンリーになってしまう恐れがあるのだ。ソロが悪いわけじゃないが、今後の長い人生で枷になる可能性が高い。あくまでも善意で確認してくれている。


「構いません。よろしくお願いします」


「……わかりました。では、ただいまを持ちまして『レイジ―ファミリー』の脱退が完了しました」


「お手数おかけします。……それで、何かソロでできるクエストを受けたいのですが」


 クエストを受けるには掲示板に貼ってあるクエストの中から受けたいものを選んで受付に持っていく決まりだが、受付嬢に相談に乗ってもらうこともできる。


「そうですねぇ……ソロだとあまり危険なものは紹介できないんですが……あっこれとかどうでしょう」


 受付嬢が紹介してくれたのは、『ルーネの花』の採集クエストだった。ルーネの花は赤色のつる植物で、葉や茎の部分に棘がある。ある程度の規模の森に行けばどこにでも生えているような植物なので、入手難易度は低い。


 この村の近くにあるルグミーヌ樹海に行けば手に入るはずだ。


「報酬は十本で五千リルですか……ありがたいです。それを受けます」


 ルグミーヌ樹海の先には、ルグミーヌ山という高い山がある。山の方は強いモンスターもいるのだが、ルーネの花はその手前の樹海に生えているので、今の俺でも十分だ。


 受付嬢は気を利かせて美味しいクエストを紹介してくれたのだろう。クエスト受注の手続きを済ませて、すぐにルグミーヌ樹海に向かった。


 今の拠点――ユニオール村から約三キロ離れた場所が目的地だ。

 標高千メートルほどの大きな山を時折見上げながら、ルーネの花を探す。


「おっと、これだな」


 ルーネの花は赤い見た目をしているので、簡単に見つけられる。この花は冒険者にとって必需品である赤ポーションの一部に使われているのだとか。

 たくさん採っておければいいのだが、ルーネの花は足が速いので必要以上にとっても意味がない。

 クエストで必要な十本だけを集めることにしよう。


 魔物と遭遇することもなく、着いてからニ十分ほどで十本集めることができた。よし、これでクエストは完了。


 でも、せっかくここまで来たのだから、これだけでは終われない。

 ルーネの花の報酬はたった五千リル。これでは安宿で一泊が限界なので、もう少し稼いでおきたいのだ。十分な装備と、消耗品を揃えておきたい。ソロでの冒険はとにかく危険だから、環境だけでも整えておきたい。


 この辺で採れるもので、お金になりそうなものと言えば――魔石だな。

 魔石はその名の通り、魔力を帯びた石のことだ。魔法の触媒や武器・防具の部品、装飾品としてなど、用途は幅広い。


 魔物を倒した時に低確率でドロップすることがある。

 強い魔物ほど良質な魔石を落とし、弱い魔物は低質な魔石しか落とさない。でも、低質な魔石が売れないわけじゃない。買取価格は一個千リルくらいが相場だし、貧乏冒険者にとっては貴重なのだ。


 今から俺がやるのは、『ハイエナ』という手法だ。

 冒険者はストレージと呼ばれる魔道具を持ち歩いて戦利品を貯めておくのが基本なのだが、レアドロップにしか興味が無い冒険者は、ストレージを圧迫する低質な魔石を嫌う。その辺に転がったままになっていることもままあるのだ。


 それを回収し、商人に売りさばく。これだけで良いお小遣いになる。


「よし」


 そうと決めた俺は、樹海の先――ルグミーヌ山を少しずつ登り始めた。

 朝一番に村を出た甲斐あって、放置された魔石がゴロゴロ転がっている。背が高い草や木の根元に埋まった魔石もしっかりと拾って、次々とストレージに突っ込んだ。


「これだけあれば五万リルにはなるはずだ……ありがたい」


 クエスト報酬と合わせて五万五千リル。これだけあれば数日は暮らせそうだが、装備や消耗品を整えるとすぐになくなってしまう。もうちょっと稼いでおきたいな。


 味を占めた俺は、どんどん山を登った。


 合計の魔石数が五十、百、百五十と増えていくのは快感だった。

 いつの間にかルグミーヌ山の中腹まで来ていた。ここまで魔物と一体も遭遇しなかったのは本当に珍しい。でも、そのせいで俺は完全に辞め時を見失っていた。


 気づいた時には、目の前に魔物の姿があった。


「ガウウウウウルルルル……」


 硬そうな黒毛の狼。獰猛そうな牙からヨダレを垂らして、大型の魔物が俺を見下ろしていた。この魔物の名前は――ブラック・ウルフ。


 ……ヤバい、どう考えてもヤバい。

 もう少し早く気付くべきだった。今まで魔物と遭遇しなかったのは、上位の魔物が下山していたからなのだと直感的に理解した。


 でも、背中を見せたら終わりだ。その瞬間殺される。転移結晶は安い物しか持ち合わせていないため、最低でも三十秒は硬直状態になる。……戦うしかない。


 俺はボロボロの剣を両手でしっかりと構えて、ブラック・ウルフと睨みあう。汗が凍りそうなほどの緊張状態。――先に攻撃を仕掛けてきたのは魔物の方だった。


 猛烈な勢いで地を蹴り、鋭い爪を立てて襲い掛かってくる――。

 でも、まだ慌てる時じゃない。格上の敵との戦いには慣れている。大丈夫、このくらいなら倒せるはずだ。


 俺は素早く左にジャンプして突進を回避する。そして、そのまま足を休めずブラック・ウルフの後ろに回り込む。


 ブラック・ウルフは身体が大きいだけじゃなく、動きが素早いことでも有名だ。でも、動きが単純なのでなんとかついていける。普通の新米冒険者じゃ無理だろう。豊富な実践経験が成せる業だ。


 よし、ブラック・ウルフは混乱している。この隙を狙って――。

 俺は後ろから剣を一閃。

 ブラックウルフの弱点である尻尾を切断しようと試みた。


 カキン! ……ゴト。


「なに!?」


 ブラック・ウルフの硬い尻尾に剣が触れた瞬間、俺の剣は跳ね返され、刀身が半分に折れてしまった。折れた刃が地面に突き刺さる。

 かなり剣が弱っていたことは確かだが、なにもこんな時に……。くそ、もうどうしようもないのか!?


 その時だった。


「てえええええい!」


 え?


 女の声がして、気が付いたらブラック・ウルフの身体が真っ二つになっていた。魔物の血が勢いよく噴き出し、辺り一帯を海にしている。

 ……何があった? 俺は助かったのか?


「ねえ、大丈夫?」


「だ、大丈夫です……おかげ様で」


 ……驚いた。ブラック・ウルフを真っ二つにしたのは超美少女エルフだったのだ。耳が長いからすぐにわかった。エルフだから年齢はわからないが、見た目は若い。光り輝く長い金髪を手でかき上げて、俺を上目遣いで覗いてくる。しかもめちゃくちゃ胸でかい。


 可愛い……可愛すぎる。こんなに可愛い生物がいていいのか!? エルフは美人が多いって聞いたことがあるけど本当だったようだ!


「……もう、急にどうしたのよミリア……って、ブラック・ウルフ!?」


 遅れて走ってきたのは、黒いケモミミが特徴的なこれまた美少女。銀色の髪がとても素敵で、胸が大きくて、スタイル抜群で、エルフみたいに可愛い。耳以外はエルフと特徴がそっくりだ。

 ……ん? 黒いケモミミってもしかして……。


「もしかしてダークエルフ!?」


 しまった、つい大声を出してしまった。

 ダークエルフの美少女は眉を顰めて、ゴミでも見るかのような目で俺を見た。


「そうだけど、悪かったわね」


「やっぱりそうだよな! このケモミミはダークエルフしかありえない! ……ふわふわで気持ちいい!」


 ダークエルフの美少女は、困惑した様子で金髪の少女――ミーアと目を合わせた。頬を赤くして、ぽつりと呟いた。


「そ、その……初対面のダークエルフの耳を触るのは良くない……のよ……(びくっ!)」


「あっ、ごめん。ついつい我慢できなくなっちゃってさ」


「……ミリア、この人何者なの?」


「うーん。わかんない! でも悪い人じゃないと思うよ」


 ミリアがエルフで、もう一人がダークエルフ……。同じパーティなのか? エルフとダークエルフは犬猿の仲だって聞いたことあるんだけどな。


「っていうか、まだ礼を言ってなかったな。ミリア、さっきはありがとう。本当に助かった。俺の名前はシオン・マウリエロ。いつか必ず恩を返したい」


「気にしなくていいよー。たまたま通りかかっただけだし。シオンって律儀な性格してるんだね」


「俺が律儀……?」


「はは……シオンって苦労してそう。あっ、私はミリア。ミリア・カセラートだよ。それでこっちのダークエルフちゃんは……」


「シロナ・フィアーノ。シオンみたいな人、嫌いじゃないわ」


「え、シロナって俺のこと好きなの?」


「す、好きなんて言ってない! 嫌いじゃないってことよ。他意はないわ」


「じょ、冗談だって……半分」


 ちょっとからかったつもりが、意外にも反応してくれるのでちょっと面白い。でも、これ以上イジるのは可哀想なので、この辺にしておこう。


「それより、ミリアとシロナは山の上の方から下ってきたんだよな? 普通今からなら登る方なんじゃないのか?」


「あー、それなんだよね……」


「一気に疲れてきたわ……」


 二人は顔を見合わせて、引きつった笑みを浮かべる。


「昨日は夜までここで狩りをしてたんだけど、転移結晶を切らしちゃって帰れなかったんだよ。それで朝になってから下山しようってことになって今に至るって感じ」


「転移結晶を切らした!?」


 冒険者にとっての必需品の一つが転移結晶なのだ。最寄りの村にどこからでも転移できるという超便利アイテム。これ無しで冒険は絶対にできないとまで言われている。それにしてもよく夜を生き抜いたものだ。


「そうよ、ミリアが補充を忘れたせいで」


「なんで私が悪者みたいになるの!? もとはと言えば昨日に限ってシロナが確認してくれなかったのが悪いんだよ!」


 あれ? やっぱりエルフとダークエルフって仲悪いの?


「あー、まあどっちが悪いかわからんけど転移結晶があればいいんだよな? じゃあこれ使ってくれ」


 俺はストレージから、二つの転移結晶を取り出した。もともと転移結晶は安い時に買いためていた。その分が余っていたのだ。


「わあ、ありがとうシオン! これで帰れるよ……もう足痛くて歩くのヤダ……」


「安い奴だから転移に時間かかるけどそこは許してくれよな」


「周りに魔物がいない場所なら三十秒タイプで十分よ。本当に助かったわ」


「じゃあ、俺も一緒に帰るよ。しばらくはユニオール村を拠点に?」


「そうだよー。来たばっかりだからね」


「じゃあまた会うこともありそうだ。その時はまたよろしくな」


「ええ、あなたにはちょっと興味があるし、また機会があれば……」


 俺に興味……? まさか本当に……いや、ないか。

 ――こうして、俺は二人と知り合った。

 この時まではもしかしたらもう会うことはないのかもしれないとも思っていた。


 ◇


 転移完了。

 そろそろミリアとシロナも村に到着した頃だろう。転移結晶での帰還ポイントは、基本的に村のどこかにランダムで決まる。いくつか帰還ポイントはあるようで、民家の中などには転移しない。


 集まった魔石は合計で二百個ほど。一個千リルで売れるとしたら二十万リル。十分すぎる金額だ。

 ……というか、集まりすぎな気がする。朝一番に出たからといってこれだけの魔石が集まるのは、いくらなんでも少し不自然だ。


 昨日の夜に何か大規模な戦いがあったのか? そんな話は聞いたことが無いが……。それに、よくよく考えればいくらブラック・ウルフのような強い魔物がいたとしても、今日は魔物が少なすぎた。


 考えれば考えるほど分からないが、たくさんの魔石が集まったのは事実。良しとしておこう。


 冒険者ギルドは買取も行っている。クエスト報告と一緒に、買取してもらって、たまったお金で装備と消耗品を揃える。当初の目標は達成できそうだ。


 ◇


「クエストが終わったからその報告と、魔石の買取をしてもらいたいんだ」


「お疲れ様です。では、ルーネの花十本の納品と、買取希望の魔石をここにお願いします」


 受付嬢の指示通りルーネの花を十本、カウンターの上に横一列で並べた。しかし魔石の方はどうしたものか。


「あの、魔石の数が多くてここに並べられないんですけど、どうすれば?」


 受付嬢は怪訝な顔をして、


「えっと……ちなみに数はいくつですか?」


「俺が数えた限りでは二百個でした。ちょっと数は前後しちゃうかもしれないんですけど」


「に、二百!? ど、どこでそれだけの数の魔石を……?」


「さっきルーネの花を取りに行ったついでに落ちている魔石をちょこっと拾っただけなんですけど。なぜかいっぱい落ちてて」


「は、はぁ……。わかりました、ではこちらで回収して金額を決めさせていただきますので、直接ギルドのストレージに転送をお願いします」


「わかりました」


 ストレージの転送は、かなりアナログなやり方だ。一旦俺のストレージから取り出した魔石をギルドのストレージに入れるという作業。冒険者ギルドの職員がもう一度取り出して鑑定してするという流れだ。


 十分ほどで魔石の転送が終わると、鑑定までしばらく待っているように言われた。一時間で終わるらしいが、ずっと中で待っているのも退屈なので外に出ることにした。


 冒険者ギルドを出て、商業地区の方へ向かう。今は買えるだけのお金がないが、一時間後にはちょっとした小金持ちになれる。今の間に欲しい物リストを作っておくのだ。


 比較的通行人の少ない道を軽快に進んでいく。その途中で、少し離れた場所から聞きなれた声が聞こえてきた。俺が半年の間毎日聞いていた声。古い仲間たち――。

 俺は近くの路地裏に飛び入り、身を隠した。セーフ、見つかっていない。


「ったく、あいつまさか逃げるとはな!」


 この声は……レイジか。直接言われているわけでもないのに、自分の話をされているというだけで身体が震えてくる。


「リーダー、気にすることないっすよ。あいつポンコツでしたし」


「そうそう、あいつ最近ちょっと仕事できるようになったからって調子乗ってましたからね」


 カイルとギルスもそんな風に思っていたのか。……本当の意味で俺の居場所なんてなかったわけだ。

 カイルは俺が潰れそうになった時、何度も励ましてくれた。時にはレイジの悪口大会になった時もあった。

 ギルスは俺がヘマをしてレイジに怒られるたびに仲裁に入ってくれた。その後反省会をして、何がダメだったのか、どうすればいいのかを何度も教えてくれた。


 俺が昨日までパーティを続けられたのは、この二人のおかげだった。仲間だと思ってた。なのに……これが本心だったんだな。

 レイジに気を使って悪口を言っているわけじゃない。もしそうなら、心から楽しそうな声が出るわけないじゃないか。


「ふっ、確かにお前たちの言う通りだな。よーし、じゃあ今からギルドに行って募集をかけるぞ! 人生終わった新米がこぞって集まるだろうな! ガハハハハッ!」


「もしシオンが募集来たらどうするのかしら?」


「もし来たら喜んで迎えてやるさ。今度は逃げられないように奴隷契約を条件にしてやればいい」


「まあっ!」


 それはそれは愉快そうな様子だった。

 レイジがそういうやつだってことはもう知っているはずなのに、俺の中に残っていた何かが崩れていく感覚があった。

 まだ俺は何か期待してたのか。レイジが今までのことを謝罪して、もう一度パーティに入ってくれと頭を下げるとか――。

 そんなことあるわけがないのに。


 四人が去った後、予定通り商業地区の装備屋をいくつか周り、いくつか候補を絞ってから店を後にした。


 ◇


「さすがにもう中にはいないよな……」


 不審者さながらの動きで冒険者ギルドの周りをきょろきょろと見まわして、四人がいないことを確認してからそっと扉を開いた。

 中にはいつもの受付嬢と、知らない冒険者数人がクエストを物色しているだけ。安堵の息をもらした。


「あっ、シオンさん!」


 さっきの受付嬢が俺を見つけるなり、片手を上げて呼びかける。


「そろそろ鑑定終わった頃ですか?」


「はい! 報酬の方も準備できてますよ。シオンさん凄いですね。今回の報酬、全部で三十万リルでしたよ!」


「三十万!?」


「レアドロップもいくつか混じっていたのでこの金額になりました! これ、報酬です」

 三十万リルが入った袋はズシリとした重みを感じた。三十万リルあればさっき見ていたものよりもワンランク上の装備を調えられる。これはラッキーだ。


「あの、それと……」


 受付嬢が苦虫を噛み潰したような顔で、付け加える。


「どうかしましたか?」


「レイジ様から伝言がありまして」


「リーダーから……今更何を言うんだろう」


「差し支えなければ読み上げさせていただきますが、いかがしましょうか」


 冒険者ギルドでは、伝言を依頼することができる。依頼の費用は無料で、相手の冒険者が訪れたタイミングで伝えられる。

 俺は一瞬迷ったが、「お願いします」と答えた。


「シオン、我々パーティとしてはお前の不義理を決して許すことは出来ぬ。規則に伴い、脱退費用十万リルを要求する。お前が自らの過ちを認め、誠意を見せれば今回ばかりは許してやる。もしこれを無視すれば、お前の冒険者生活は未来永劫陽の当らぬものとなるだろう――伝言はここまでです……」


「……ありがとう」


 つまり、金を払うか、謝罪してパーティに尽くせということだった。最後の言葉は脅しとしか思えない。レイジ程度のパーティリーダーが俺の冒険者生活をどうにかできるほどの力を持っているわけがない。――ただのハッタリだ。


「あまり受付嬢如きが口を挟むのは憚られるのですが……パーティ脱退を理由とした金銭要求に従う必要は微塵もありません。ギルドでの活動は我々が責任を持ってお守りしますので……」


「ありがとう、その気持ちが嬉しいよ。この伝言は無視することにする」


「そうですか……。では、今日はお疲れ様でした」


 受付嬢はほっとしたようで肩の力が抜け、自然な笑顔でお辞儀した。

 俺はズッシリとした重さのある袋を片手に、冒険者ギルドを出て、その足で目当ての装備を買いに行くことにした。


 鎧に関してはそれほど高価な物は買わなかった。紙一重の差で生死を分けることはあるが、防具と言うのはそれがどれだけ良い物であっても劇的な効果を発揮するものではない。そこにコストをかけるよりも、できるだけ良い武器を揃えるべきなのだ。


 冒険者学校時代は剣と魔法のどちらもそれなりに使うことができたが、どちらに特化しているというわけではなく、それなりの使い手だった。


 『どちらかというと剣が得意』だということで、卒業してもずっと剣を使っている。今度も、使い慣れた剣を選んだ。

 ありがたいことに、今日の報酬がかなりの高額だったので、ずっと欲しかったミスリル製の量産剣――ミスリル・ソードを手に入れることができた。


 重厚な蒼色が煌めくミスリル・ソードは別名『蒼剣』とも呼ばれ、量産武器にしては人気が高い。


 少なくなってしまった残金を見て苦笑しつつ、また稼げばいいやと思って今日のところは宿に泊まることにした。

 冒険者用の安宿だが、今日だけはいつもよりワンランク上の部屋。ふかふかのベッドで横になり、今日一日の疲れを忘れるように深い眠りに入った――。


 ◇


 翌日の早朝。

 冒険者ギルドの開始と同時に中に入った。中にはまだ職員しかいない。

 この時間に来たのは、ソロの美味しいクエストを確保しておきたかったり、『レイジーファミリー』と鉢合わせしたくないという理由もある……が、一番の理由はこれだ。


 鞘に収めた新しい武器をチラリと見る。

 こいつを早く使ってみたかった――それが一番の理由だ。


 まずは、受付横に設置されているクエスト掲示板を端から順番に眺めていく。

 ソロ可のクエストは少ない。ほとんどのクエストがパーティを前提とされているのは、知っていたことだが落胆するしかない。


 美味しいクエストを見つけてもパーティ前提と書かれているとがっくする。例えばこれなんて、ソロでもできそうなクエストなのに……。


 【ルグミーヌ樹海で赤毛のケルベロスを倒してください!※特性判明 報酬十万リル(三名以上)】


 ケルベロスと言うのは、頭が三つある犬型の魔物だ。弱くはないが、ソロでも十分倒せるくらいの戦闘力しか持たない。

 赤毛ということで変異種ではあるが、戦闘力自体は変わらない。変異種は特殊な特性を持ち、条件次第で強くなってしまうので万が一に備えてパーティで臨むのが筋だが、このクエストでは特性が既に判明しているので、十分ソロ攻略が可能だ。


 報酬の十万リルはパーティ制クエストでは高い方ではないが、変異種はそれ自体が高く売れる。クエスト関係なく倒してしまいたい魔物だ。しかし、クエストを受けなければ基本的に場所と特性を教えてくれないので、断念するしかない。


「あれ? もしかしてシオン?」


「偶然――! ここにいるってことはクエスト受けるんだよね!?」


 後ろから複数の女の声がして、振り向く。


「シロナにミリアじゃないか。そっちこそなんでこんなに早くに?」


 シロナはダークエルフの美少女で、ミリアがエルフの美少女だ。朝からこんな美人さんを見られるなんて……今日は何か良いことがありそうだ。


「昨日早く寝ちゃったから目が冴えちゃって、今日は朝一番で来たんだよ!」


 元気の無さそうなシロナとは対照的に、ミリアは元気そうだ。朝に強いのは羨ましい。


「何か良いクエストは見つかったのかしら?」


「いやー、やっぱりソロでは見つからないな。人数さえいればソロでもできそうなクエストもあったんだけどな。三人以上ってことで諦めたよ」


「それは珍しいわね。ちなみにそれはどんなクエストなの?」


「えーと……確かこれだ」


 掲示板に貼られたさっきのクエストを指差す。

 シロナは興味深そうにそれを眺める。


「ミリア、こっち来て」


「良いのあったのー?」


「ええ、これよ」


「ははー、シロナはやっぱり朝弱いんだね。これ三人以上って書いてあるよ」


「ミリアに言われなくても分かっているわ。人数なら揃ってるじゃない」


 え?

 どう見てもシロナのパーティメンバーはミリアしかいない。ギルドと交渉してもなかなか難しいだろう。


「ああ――! シロナって頭いいね!」


 え? え?

 どういうことだ? 俺だけ話についていけない。ルールを掻い潜る方法があったのか……?


「ほら、シオンついてきて。クエスト取りに行くわよ」


「へ? 俺?」


「シオンがパーティに入れば三人だし、問題ないよね!」


 ええええええ!? そういうことなの!?


「い、いや、一時的にとはいえ力の差がありすぎるよ。俺が足を引っ張っちまう」


「シオンはさっきソロでもできるって言ってたじゃない。いるだけで構わないのよ」


「それはそうだが……」


「じゃあ決まり。良いわね?」


「……おう」


 シロナの勢いに負けて、俺は一時的に二人のパーティに加わることになった。パーティハントというのは全員の息がピッタリと合わないと危険になる。だから、パーティは基本的に固定メンバーで回すものだか、規則的には一時的に組むこともできる。

 俺もこのクエストを取りたかったのは事実だ。今回は甘えさせてもらうとしよう。


「ミリア様、シロナ様、シオン様の三名ですね。では、手続きを完了します。次に、クエストの場所と特性情報をお伝えしますね」


 受付嬢は一枚の紙を取り出して、読み上げる。


「場所はルグミーヌ樹海北東部。『赤鉄の翼竜』の巣跡付近とみられています。赤毛のケルベロスは以前他の場所でも発生しており、魔法に強く反応し、凶暴化します。……ですので、決して魔法を使った攻撃を加えないでください。物理攻撃なら安全に討伐可能なはずです」


 説明が終わると、クエスト情報が書かれた紙を渡してくれた。詳細な地図も載っており、場所を見つけるのも簡単そうだ。


「じゃあ、早速行きましょう……っと言いたいところだけどお腹減ったわね」


「まだ食べてなかったのか?」


「シロナは起きてすぐにご飯食べられないんだよね」


「朝起きてすぐにモリモリ食べる方がどうかしてるのよ」


 俺も朝から食欲旺盛ってわけじゃないからシロナの気持ちはわかるけど、無理してでも食べた方が目は覚める気がするんだよな。

 どちらにせよ、クエストに出るなら朝食は食べてからの方が良い。


「じゃあ、近くにモーニングが食べられる場所があるからそこで」


「ギルドで食べないの?」


「いや、ギルドはな……ダメじゃないんだが」


 もう今日の営業が開始してから四十分ほど経っている。そろそろ冒険者の数も増えてくるはずだ。もしかしたら、レイジたちも来るかもしれない。


 歯切れが悪そうな俺を訝し気に見つめるシロナ。


「あー、私もたまにはギルドじゃないご飯も食べたいなー、シロナは毎日食べてよく飽きないよね」


「……メニューはたくさんあるのにミリアが他のを食べないからでしょ。まあ、確かにたまには別の場所で食べるのも悪くはないわね」


「じゃあ決まりだね。西門の近くの喫茶店で良いよね? シオン」


「あ、ああ。そこで良いよ」


 ミリアのおかげであっさりと話がまとまった。……なんだかわからない偶然だが、ありがたい。理由を隠す必要もないのだが、美少女の前なのだ。格好悪いところを見せたくない。


 西門に向かう途中、突然ミリアが後ろに歩く俺を向いて口パクした。シロナには伝わってないが、俺にはわかる。


 『理由は聞かないよ』


 ……どうやら、俺が思っているよりミリアは賢かったらしい。


 ◇


 ミリアの提案通り西門近くの喫茶店で朝食を済ませて、いざ村の外へ――。

 ここからルグミーヌ樹海までは徒歩で約三十分かかる。ミリアはピクニック気分で上機嫌に、シロナは地面を憎そうに睨んでいる。


 俺は、二人が朝食を摂っている間ずっと悩んでいた。前のパーティのことを言うべきか、言わざるべきか。この二人は一時的に同じパーティを組んでいるが、クエストが終わったらそれっきりという関係だ。話す必要はない。俺の個人的な愚痴を聞かせることになってしまう。


 ミリアは俺を案じて理由は聞かないと言ってくれた。でも、俺が格好をつけたいからというだけで、一時的にとはいえ命を預けるパーティメンバーに大切なことを隠すのは、俺の主義に反する気がした。だから、俺は話すことに決めた。


「二人とも、聞いてほしい。実は……」


 一昨日までパーティに入っていた新米冒険者だということ、パーティに対する不信が募って去ったこと、前のパーティメンバーとは仲直りしていないことを、順を追って説明した。


「そんなパーティなら抜けて正解よ。……っていうか、よく半年も続けたわね」


 シロナから返ってきたのは、以外な言葉だった。


「……情けないって思わないのか?」


「思うわよ。でも、それはシオンにじゃなくリーダーのレイジって人にね。自分だけでは何もできない新米だから、パーティ全体で育てていかなきゃいけない。それなのにその役割を放棄してまるで奴隷みたいに使うなんて、常軌を逸しているわ。そんなパーティにいても死ぬまでこきつかわれるだけよ」


「……そっか」


「シオンは真面目だから悩むんだよ。今のことだって、本当は話したくなかったんだよね?」


「ミリア……なんで?」


「そんなの見てればわかるよ。そういう人だからシロナが認めたんだろうね」


 シロナが認めた? それってどういう――と聞こうとした時だった。


「やっとついた! えーと、ここから北西に向かうんだよね?」


「いや、北東な」


「あっ、そうだった。じゃあ北東にレッツゴー」


「まだ続くのね……」


 ……なんか聞くタイミング逃しちゃったな。まあ、クエストが終わってから改めて聞けばいいか。


 それから地図に沿って、赤毛のケルベルスの居場所へと進んでいく。赤鉄の翼竜の巣跡……ここには昔、大きなドラゴンが生息していたと言われている。大規模な討伐隊により討伐され、今ではその大きな巣跡が残っているだけだが、まだそこには魔力が宿っているとされ、この樹海に魔物が集まる原因になっている。


「わぁ、いっぱい魔石が落ちてるよ!」


 樹海を歩いていると、昨日と同じくいたるところに魔石が転がっていた。


「昨日いっぱい拾ったんだけど、この辺には周り切れてなかったからなぁ。それにしてもこの辺は山の方に繋がるわけでもないのに……不思議だな」


 と言いながら、俺は一つ一つ魔石を拾い集める。


「そんなの拾うの?」


 魔石を見つけるたびにすかさず拾う俺に不思議そうに尋ねるシロナ。


「これ一個千リルくらいで売れるんだよ。昨日はそれで三十万リルになった」


「そんなに……っていうかここってこんなに落ちてたっけ?」


「俺もそれは気になってたんだけど、ある物は拾わないと損だからな。心配しなくてもパーティを組んでる以上ちゃんと均等割りするから心配しないでくれ」


 パーティの取得物は均等割りが基本だ。稀にレイジ―ファミリーのようなブラックパーティが基本を破ったりするのだが、それは別のお話。


「シオンだけに任せるのも悪いし、私も手伝うわ」


「私も手伝うよー。シオンは人を頼ることを覚えてもいいのにね」


「お、お前ら……」


 こんなの、前のパーティでは考えられなかった。ドロップ品を拾うのは全部新米の仕事。どれだけ仕事しても報酬は渡さない――そんな鬼みたいなルールだったから、これが普通のパーティの姿なのに感激してしまう。


 一人で拾うより、三人で拾う方が効率が良い。昨日よりもずっと早く前へ進むことができた。そして、一時間ほどかけて目的地に到着した。


 赤鉄の翼竜の巣跡は、想像していたよりもずっと大きかった。鳥の巣を何百倍にも大きくしたような物体が風化してボロボロになっている。ここにドラゴンがいたのだと言われれば、無条件で納得してしまう。


 その大きな巣の前に、特徴的な赤毛の魔物がうろうろしていた。あれがケルベロスの変異種に間違いない。

 注意するべきは魔法を使わないこと、それだけ。それさえ守ればソロでも倒せるケルベロスと同じだ。


「よし、じゃあさっそく――」


 と、剣を抜いた時だった。


「おっとシオンじゃねえか」


「――!?」


 後ろから近づく四人の影――今俺が最も会いたくない面子が勢揃いしていた。レイジ、カイル、ギルス、ニーニャ。


「シオン、あの人たちって?」


 震える俺を心配そうにシロナが見つめる。


「さっき話した昔のパーティメンバーだよ。……まさか、こんなところで会うとは思わなかったけど」


 俺はレイジを睨んだ。


「なんの用だ。まさか村からずっと俺のことを追いかけてきたわけじゃないんだろ?」


「当たり前だ。お前如きのために面倒なことをするわけがねえだろ。自惚れるな。俺たちの目的は一つ――そこの変異種を倒しに来たというだけだ」


 レイジは、俺たちの目の前にいる赤毛のケルベロスを指差す。

 変異種は、それ自体が高く売れる。横取りをしてでも手に入れたいということだろう。


「ケルベロスの討伐クエストは俺たちが受けたものだ。横取りはさせない」


「……あ? お前は何を言ってやがる」


 レイジは声を荒らげ、ストレージから一枚の紙を取り出した。

 その紙は、クエスト受注時に渡される地図と注意事項が載っていた。


「俺たちは正当にクエストを受けて来た。失礼なことを言うんじゃねえ!」


 ここまで言われて、黙ってはいられない。

 俺もストレージから同じ紙を取り出して、突き付ける。


「俺たちもクエストを受けてきている。これが証拠だ!」


「……なっ! どういうことだ……!?」


 レイジーファミリーの四人に動揺の色が浮かぶ。動揺しているのは、俺たち三人も同じだった。一回制のクエストで全く同種のものを重複して受けている――こんなケースは初めてだ。


「ちっ、ギルドのミスか……こうなったら、力づくでもこっちが先に倒すぞ! お前ら用意はいいな!」


「うぃっす!」


「さっさと片づけようぜ」


「いつでもいいわよ」


 レイジは、話し合いで解決する気ゼロ。……まあ、こいつがこういう人間だってことは知っていたけど、それを再確認した。


「シオン、先に倒した方がクエスト達成ってことでいいんだよね?」


 訊ねてきたのは、ミリア。既にレイジたちの四人は駆け出しているが、ミリアの速度なら追いつける。


「ああ、その通りだ! 急いでくれ!」


 そう伝えたあと、俺とシロナも後を追い始める。

 ミリアは卓越した脚力でグングン追いつき、レイジたちを追い抜かそうとしていた。

 これなら、先に一撃を与えられる。昨日のブラック・ウルフを一撃で仕留められる火力もあるのだ、一撃で仕留められるはずだ。


 ミリアが先頭のレイジを追い抜き、ケルベロスに斬りかかろうとした時だった。


「ふざけんじゃないわよ! 小娘が!」


 ニーニャが汚い言葉をミリアに浴びせ、同時に初級魔法【炎球】を発射。ミリアよりも先に一撃を与えた。ケルベロスの背中に直撃し、煙が上がっていた。

 だが――初級魔法ではケルベロスと言えど一撃では倒れない。


 この直後から、ケルベロスの様子が大きく変わった。

 漆黒の瞳が赤く染まり、ふわふわの赤毛が逆立ち始める。グルルルル……と声を鳴らし、凶暴な牙がより鋭利なものになった。


「なっ……凶暴化か!?」


 クエストを受ける際に、受付嬢から説明があった。赤毛のケルベロスには特性があり、魔法を使った攻撃を与えると、凶暴化してしまう。絶対に魔法を使わないようにと注意されていた。それを、ニーニャが破ってしまった。


「くそっ……何やってんだニーニャ! 魔法は使うなってあれだけ言っただろうが!」


「ご、ごめんなさい! 反省してる、反省してるから……怒らないで!」


 さすがのレイジも、この事態を重く見ている。

 現時点で、距離的に一番近いのはミリア。次にレイジ、カイル、ギルス、ニーニャとなっている。俺とシロナは出遅れてしまったため、かなり後ろにいる。


「ミリア、一旦ここは撤退しよう! 気を付けて後退してくれ!」


 俺の叫びを聞いたミリアが無言で頷き、ゆっくりと後ろに下がっていく。凶暴化によってどのくらい強くなったのかはわからない。もしかしたら、案外弱いのかもしれない。それでも、ミリアは注意深く、背中を見せないよう徹底した。


 ケルベロスが甲高い咆哮を上げると、ニーニャの攻撃で受けた傷がみるみるうちに回復した。


 完治したケルベロスが、猛烈な勢いで駆け出した。狙いは、一番近いミリア――ではなかった。距離的には五番目になる、ニーニャを襲ったのだ。

 直接攻撃を受けたことで、怒りの矛先が彼女に向いたのだろう。


「い、いやああああぁぁぁぁ!!!!」


 ニーニャの叫びも虚しく、鋭利な爪がニーニャの背中に致命傷を与えた。即死とはいかず、苦しみ悶える彼女だが、もはや手遅れだ。

 ケルベロスはまだ物足りないのか、グルルルル……と音を鳴らし、次の獲物を探していた。


「シロナ、一つ聞いていいか」


「……何かしら?」


「ミリアとシロナ……二人が戦ったとして、あのケルベロスに勝てるか?」


 シロナな即答した。


「正直、難しいと思うわ」


「わかった。じゃあ、ミリアが戻ってきたら一斉に逃げるぞ」


「そのつもりだけど……今更どうしたの?」


「もしかしたら、全員では逃げられないかもしれない。もし誰か一人がやられても、見て見ぬふりをして逃げるんだ。いいな?」


「え、ええ……冒険者の基本ではあるけど」


 シロナは困惑しているようだが、納得してくれた。

 うん、これでいい。


 ケルベロスが次に目を付けたのは、ニーニャの近くにいたギルス。


「うあああああああああああっ…………」


 獰猛な牙で頭部を粉砕――即死。


 暴走はまだ終わらない。

 ギルスが死んだ時点で、ミリア、レイジ、カイルの三人は一心不乱に駆け出していた。もうゆっくりしている暇はない。背を向け、持てる力の全てを出していた。


 だが、その中でも逃げ遅れる者は存在する。

 最後尾のカイルが血まみれの爪にやられて致命傷。

 カイルの犠牲により、レイジとミリアはかなりの距離を稼ぐことができた。


「ミリア、もう後ろは見るな! 逃げるぞ!」


「う、うん! わかったよ!」


 レイジと、俺たち三人は別方向に分かれていく。

 不運なことに、ケルベロスがついてきたのは俺たちの方だった。


 さて――やるか。

 俺は、意図的に三人の中で最後尾を走っていた。ミリアにはどう頑張っても追いつけない。だが、俺の移動速度はシロナよりは早い。だから、本来次に殺されるのはシロナなのだ。


 だけど、絶対に殺させない。

 この二人と出会ってからまだ二日だけど、初めてまともなパーティと出会うことができた。前のパーティでボロボロになった俺の心を癒してくれた。もちろん、このクエスト一回限りの関係。それでも、恩を感じている。


 パーティが全壊の危機に瀕した時、一人でも多くのメンバーを生かすため少数を犠牲にすることはよくある。

 だが、多くのパーティでは誰かを生贄にすることはなく、仲間のために誰かが自主的に標的になろうとする。そんなどこにでもありふれたパーティの真似事をするだけだ。


「じゃあ、元気でな」


 二人に聞こえないくらいの小声で囁いた。

 そして、俺は急ブレーキをかけて、剣を抜いた。襲い掛かるケルベロスに剣を向け、臨戦態勢になる。


 顔に冷汗が垂れてくる。死を覚悟しても、やっぱり怖いんだな。

 だけど、一度決めたことだ。最後までやり遂げるさ。

 もちろん、まだ諦めたわけじゃない。死ぬ気で戦って、もし勝てれば儲け物。


 俺は剣を一閃。ケルベロスの目を狙って振った。

 だが、直前で左に避けられてしまう。


 最初で最後のチャンスを外してしまうとは、ついてない。

 刹那、ケルベロスの爪が俺を襲う。目を瞑った。


 キンッという金属音が鳴った。痛みはない。

 おかしい、あのタイミングは、死んでないとおかしいのに。

 恐る恐る、目を開けた。

 そこには、ナイフを構えて立ち向かうミリアと、離れた場所から魔法の準備をするシロナ。


「……なっ、何してるんだよ!?」


 俺は、この二人を逃がすために命を張ったのだ。これじゃあ、全滅してしまう。

 それに、後ろを向くなって言ったはず……。


「シオンが律儀な性格だって知ってるもん。やると思ってたよ」


「全員では逃げられない。そう言った後で手を抜いて走っててバレないとでも思ったの?」


「お、お前ら……でも、こんなの死にに行くようなもんなんだぞ!?」


「それはやってみなくちゃわからないわ。格上の敵を倒す方法だって、ないことはないんだし」


「それはそうだが……」


「喋ってる余裕なんてないよ! ほら、次が来る!」


 ミリアが、神業のようなナイフ捌きでジリジリと後退しながらも耐え続けている。キンキンキンキンキンと心地よいリズムを刻み、やや押されながらの戦い。


 俺もすかさず横から剣を振ろうとする――だが。


「シオン、後ろ下がって!」


「シロナ!? わ、わかった!」


 必死な声で言われたものだから、反射的に後ろに下がる。

 俺が後ろに下がった瞬間、ケルベロスを包み込むような魔法陣が浮かび上がった。幾何学模様の円陣。これは、上級以上――大規模な魔法を使った時に浮かび上がるものだ。


 シロナはこれをやっていたのか。

 使った魔法は、おそらく爆発系の魔法。これなら、倒せるかもしれない。


 シロナの魔法が白い光を出して、大爆発を起こした。

 砂煙が舞い、目の前が見えなくなる。


 ガウルルルル……。


「まだ生きてるだと……!?」


 シロナの魔法で大ダメージを受けたケルベロスだったが、急速に傷が癒えてしまい、すぐに元の状態に戻ってしまった。

 こんなの、規格外すぎる。


「ハハ……シロナの魔法でも無理なんて、もうお手上げかな……」


 ミリアも、さすがに引きつった笑みを浮かべていた。

 それから、ミリアとケルベロスの攻防が再開する。シロナは魔法の準備を進めている。俺は、何もできなかった。


 これだけの蘇生力を持つ魔物を対処するには、一撃で葬るしかない。どうすればいいかはわかっている。でも、俺には何もできることがなかった。ミリアの手伝いをしても、足を引っ張るだけだ。

 ここでずっと二人を見守ることだけしかできないのか――。

 何か、何かできることはないのか――。


 ミリアがケルベロスを引き留め、シロナが魔法を放つ。こんなことが何度も繰り返されたが、ついにミリアが息を切らし始めた。間違いなく、ミリアの体力が尽きた時点で全滅する。


「ハァ……ハァ……、シロナ、シオン。今のうちに逃げて。もうそろそろ限界かも……」


「何言ってんだよ、このまま見捨てられるわけないだろ!」


「その通りよ! 次の魔法で必ず仕留めるから!」


 ……とは言っても、シロナの魔法も回数を重ねるごととにだんだんと威力が下がっている。これを何度繰り返しても倒せる気がしないというのが本音だ。


 なんとかしてこの場面を切り抜けたい――さっきからそう思うたびに、左目が疼くような感覚が止まらない。だんだんと熱を帯びているような、そんな感覚もする。


 なんだ、涙が出てるのか……? しかも、視力が無い左目からだけ、流れてくる。こんな時に、なんで……。どんどん熱くなって、焼き切れてしまいそうになる。


「ミリア、シオン! いくわよ!」


 ミリアが力を振り絞って飛び退いたタイミングで、シロナの一撃が炸裂する。今までで一番高火力の一撃――。


 ケルベロスが喘ぎ声を上げ、獣の燃えた臭いを巻き散らす。あたり一面を覆う砂煙。視界が回復してすぐに確認する。


 アウウウウゥゥゥゥ……。


 ケルベロスは、瀕死の状態であったが、まだ生きていた。


「も、もう限界……やれることは全部やったわ」


 最後に出てきたのは、諦念の一言。その気持ちは、この場にいる全員が同じだった。

 ミリアは茫然とその場に座り込み、落ち着いた様子で、死を待っていた。

 ケルベロスが完全な状態に復活し、獰猛な牙を立ててミリアに襲い掛かる。


 その時だった。俺の左目の疼きが痛みに代わり、痛みが最高潮を迎える。

 眼帯を強引に剥がして、目を抑える。


「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 それから、永遠に続くかと思った左目の痛みは引いていった。その直後、違和感を覚えた。左目が見える……!?


 それだけじゃなかった。左目から見える景色が、まるで止まったかのように見える。時がとまったわけじゃないことはわかる。俺だけ時間が止まったかのような――いや、むしろ逆で俺が加速しているような、そんな感覚。


 この世の理が感覚的に、鮮明に理解できる。

 それに、不思議と力が漲ってくる。なんでもできそうだと思えてくる。

 今なら、あの犬を一撃で倒せる。そんな確信が持てた。


 俺は、剣を片手で持った。今までは両手で握っていた。でも、こっちの方がしっくりするような気がした。


「待ってろ、ミリア」


 静かに口ずさみ、地面を蹴る。その場で大地が大きく揺れて、爆発的な加速力を実感した。ケルベロスの皮膚の連結部分を一つずつ切り裂くようなイメージで、剣を軽く一閃。――次の瞬間、あれだけ手強かったケルベロスは力なく地を這った。


 死体となった赤毛のケルベロスは、ピクリとも動かない。


「や、やったの……?」


「ああ、もう大丈夫だ」


「し、信じられないよ。……こんなに強い魔物を一人で……?」


「ああ」


 実を言えば、どうして俺が急にこれだけの力を得られたのかわからない。だけど、一つ言えるのはミリアとシロナを守りたいという思いが、俺を強くした――そんな気がする。


「シオンの左目……赤く光ってるわ。……もしかしてそれで眼帯を?」


「え? 赤い?」


 俺の瞳は両目とも黒かったはずだ。左目に関しては視力が無いだけで、見た目は右目と変わらない。

 そもそも、左目が見えること自体何かがおかしい。

 その刹那、近くの茂みがわさわさと震えた。人影がにゅっと出てくる。


「シ、シオン……へへ、やるじゃねえか!」


「……レイジ」


「いやーまさかシオンがこれを倒しちまうとはなぁ。さて、報酬の分配をどうするか決めとかねえか?」


「君、もしかして分け前貰おうなんて思ってるんじゃないよね?」


 ミリアが睨みを利かせた。


「お、俺も部外者ってわけじゃねえしなぁ。命張ったんだからよ!」


「あなたのパーティのせいでこんなことになったのよ。どういう意味かわかるわよね」


「そ、それについては謝る! この通りだ――」


 レイジはその場に跪き、額を地にこすりつける。こんなに情けないことをしてまで報酬が欲しいのか……。まるで俺たちが悪者みたいじゃないか。頭おかしいんじゃないか。


「分け前を渡すつもりはないよ。だって、レイジは一度も渡してくれなかったじゃないか。命が助かっただけでもありがたいと思うべきだ」


「こ、このクソガキ……下手に出れば図に乗りやがって……」


 何と言われようとも、応じるつもりはない。仲間が三人死んでいるというのに、弔うどころか悲しんですらいない。こいつはこういうやつなんだ。


「でも、これで全部終わったってことで良いのよね?」


「予定は狂ったけどケルベロスは倒したし、クエストに関しては一件落着――って、なんだ!? この魔力は」


 左目が見えるようになったのとほぼ同時に、俺はかなり魔力に敏感になった。世界でも数人しか持っていないと言われる【魔力感知】のスキルが使えるようになったのかもしれない。魔力の大小や、その場所が理解できるのだ。


 この魔力の大きさは、さっきのケルベロスを遥かに超えている。

 その場所は――。


「ちょうど、この真上に、何かいる」


 俺が言った直後に、空を影が覆った。


「な、なにあれ!? ド、ドラゴン!?」


「赤鉄の翼竜……よね!? 何百年も前に倒されたはずじゃなかったの……」


「う、嘘だろおい……」


 驚いたのも束の間、巨体が地上に降りてくる。俺たち四人は散り散りになり、ドラゴンと距離を取る。


 ドオオオオオオンと大地を揺らして、ドラゴンが着陸した。

 重厚感のある銅色の翼が『赤鉄の翼竜』の特徴。その爪と翼には、いくつかの魔石がひっついていた。

 それを見て、ずっと謎だった大量の魔石の原因を理解した


「それで、魔石が転がってたってわけかよ……」


 ドラゴンは、通常の魔物とは違って他の魔物を襲う。かといって人間を襲わないというわけでもない。夜行性だから、夜の間に魔物を狩っていたのだろう。大量の魔石をばら撒いていたやつの正体は、こいつだったのだ。


 朝になって巣に帰ってみたら、人間が近くにいたので襲ってみようって感じか?


「お、おい……シオン、お前強いんだろ? あのドラゴンもサクッとやってくれよ。な、頼むよ」


 どの面下げて言っているのか、レイジが頼んできた。


「レイジは言ったよな『お前はここにいる面子なら誰にでもできることしかしていない』って。俺にできることはレイジもできるんだろ? じゃあやってみろよ」


 レイジは悔しそうに唇を噛み、


「くそおおおおおおおおおお!!!! やってやらあああああ!!!!」


 剣を取り、翼竜に斬りかかった。

 だが、翼竜の硬い羽根に傷をつけることすらできずに跳ね返される。翼竜は尻尾を振り、レイジを突き飛ばす。


 レイジの身体が宙に浮き、そこを鋭利な爪が一刺し――。ピクリとも動かなくなった。彼は決して弱いわけではない。零細パーティとはいえ、リーダーをやっていた男だ。それを一撃となると、強くなった俺でも手に負えないかもしれない。


 何か方法はないか――そう思って観察した。それからすぐにドラゴンの動きがあった。 唐突にペコリと頭を下げたのだった。


「……へ?」


 ドラゴンは口を開く。驚くべきことに、人間の言葉を発したのだった。


「賢者様の復活を心からお喜び申し上げます。私、ルビスは賢者様にお仕えするためにのみ存在しております。……どうか、お許しを」


「賢者……? 賢者ってなんだ?」


「あらゆる魔法に精通した、いわば魔法の神のような存在です。ご主人様の、その左目の瞳がその証拠でございます」


「……この目が?」


 シロナに赤く光っていると指摘された左目。この目に特別な力が宿っているから、急に強くなれた――そう考えると確かに辻褄は合う。


「で、でも都合が良すぎないか? なんで見えるようになってすぐに出てきたんだ?」


「数日前より復活の兆候があったのです。引き金となったのはおそらくそこの二人の少女によるものですが……」


「それで、俺に何をさせるつもりなんだ? ただ単に待ってたわけじゃないんだろ?」


「私は何もしません。賢者様にお仕えできればそれでいいのです」


「いや、でも正直ドラゴンを連れまわしてると村の中にすら入れないだろうし困るんだけど」


「先代賢者様も似たようなことを仰られていました。問題ありません。姿は変えられますから」


 それからすぐにルビスの身体を白い煙が覆った。煙が晴れると、そこには――。


「お、女の子……!?」


「女の子だね」


「女の子にしか見えないわ」


「この姿ならご主人様に迷惑はかけません。いかがでしょう?」


 うん、確かにこれなら村には問題なく入れるし、特に困ることもないか。ドラゴンが仲間なんて心強いし……。


「まあ、それなら」


「ああ、良かったです……! ありがとうございます、ご主人様!」


「それと、ご主人様じゃなくて、俺の名前はシオンな」


「わかりました。では、シオン様とお呼びしますね」


 様付けもしなくていいんだけど……まあ、今はまだいいか。


「じゃあ、ケルベロスをストレージに入れて、報告を済ませるか。……あと、レイジーファミリーの全滅も伝えておかないとな」


 かつての仲間がどうなっても、何も思わないと思っていた。だが、不思議と少しだけ、残念だと思ってしまう。……レイジはともかく、他の三人にはまだ更生の余地はあったのかもしれない。今となってはもうどうしようもないのだが。


 複雑な思いを抱えながら、俺たちは転移結晶を使い、ユニオール村に帰還した。


 ◇


 村に帰還してからすぐに行くべき場所は決まっている。冒険者ギルドだ。そこで全員が集まり、クエストの完了を報告する。


 ストレージに収納した赤毛のケルベロスを売却し、その売却益を三人で分けてパーティは解散だ。短かったけど、密度は濃かったと思う。

 ミリアとシロナ。この二人に出会えたことで、俺は何段階も成長できたと思う。分かれるのはやっぱり寂しい。……でも、これは仕方のないことなんだ。


 冒険者ギルドの前では、ミリア、シロナ、ルビスの三人が既に集まっていた。俺が一番遠くの地点に帰還したらしく、待たせる形になってしまった。


「お待たせ、じゃあ、行こうか」


 冒険者ギルドの中に入り、受付嬢に事の顛末を報告する。レイジーファミリーとクエストが被り、誤ってケルベロスを凶暴化させてしまったことで大変なことになってしまったことも含めて、ほとんど全てを話した。一つだけ偽ったこともある。ルビスの正体を隠しておくため、レイジの死亡はケルベロスによるものとしておいた。


「レイジーファミリーが全滅してしまったことは残念ですが……それでも素晴らしい戦果です。別の場所で赤毛のケルベロスが凶暴化してしまった際は、百人規模の討伐隊が組まれました。それを、四人の犠牲を出したとはいえ、たったの七人で成し遂げてしまうとは……」


 赤毛のケルベロスは本当に強かった。ミリアとシロナの連携で瀕死に追い込んだということだけでも本来なら常識を遥かに超えている。受付嬢の話を聞いていると、だんだんと冷静になり、凄いことをしたのだという実感が湧いてきた。


「では、クエスト報酬が十万リルで、買取金額が魔石と合わせて百五十万リルになります。本当に、クエストお疲れ様でした!」


 報酬を受け取り、ギルドに設置されているテーブル席に四人で腰かける。


「じゃあ、報酬を渡していくよ。ミリア、シロナ。本当にお疲れ様」


 きっちり二人に五十万リルずつを渡して、俺も五十万リルを受け取る。命懸けで手に入れた五十万リル。……昨日のあぶく銭とは重みが違った。


 それから、お別れを伝えなければならない。


「あ、えっと……そのだな」


 言わなくちゃいけないのに、この二人と別れたくないという思いがこみ上げてくる。これからもずっと一緒に冒険したい……なんて俺の我儘でしかないのに。

 さっさとパーティを解消しないといけないのに。


「どうしたの、シオン? あ、お腹空いてる?」


「いや、そうじゃなくてさ……」


「顔色悪いわよ? シオン」


 ああ、これだから別れたくないんだよ……。

 このままずっと一緒にパーティを組みたい、なんて言ったら絶対困惑するだろうな。迷惑でしかないのはわかってる。だけど、今日くらい自分に素直になって、我儘を突き通したって、誰も文句言わないはずだ。なら――。


「あ、あのさ。これは俺の勝手な思いで、二人はぜんぜん拒んでいいんだ。だから、話させてほしい。お、俺はさ……今回限りじゃなくて、これからもずっと、ミリアとシロナ……二人とパーティを組んで冒険したいんだ。……それだけ」


 ミリアとシロナの二人は、俺の宣言を聞いて唖然としていた。ぽかーんと硬直し、二人は顔を突き合わせる。


「あ、そっか……そう言えばそんな感じだったよね」


「昔からの仲間だと思ってたわ!」


 実を言うと、俺もそんな感覚になっていた。だから、別れるのが寂しいと思ってしまったのかもしれない。


「もう今更解散しなくてもいいんじゃない?」


「シオンさえ良ければ私は引き入れたいくらいよ」


「じゃあ正式にシオンが入るってことで!」


「そうね、ソロだしちょうど良かったわ」


「え……え?」


 話がトントン拍子で進んでいく。


「本当に良いのか?」


「断る理由がないよ? ほら、シオンが来てくれたらルビスちゃんもセットだし、頼りになりそうだし!」


「今日みたいに三人制のクエストを受けられるっていうメリットもあるし、シ、シオンはダークエルフでも差別しないし……」


「そ、そっか……ありがとうな」


 まさか、受け入れてもらえるとは思わなかった。今まで俺の我儘が通ったことなんて、一度もなかったから。生まれて初めて感じる喜びだった。


「じゃあ今日はお金も入ったことだし、シオンの歓迎会やる?」


「あ、それ良いわね! ルビスちゃんの歓迎会もセットでね」


「あ、そうだった……ルビスちゃんごめんね」


「良いんですよ、私はシオン様の付き人みたいな者ですから」


 人化したルビスは、こうして落ち着いてみると美人さんだ。赤毛に赤い瞳と、ドラゴンの時の特徴を残しつつ、綺麗な顔立ちをしている。

 だから、笑うと何倍にも増して可愛い。ちょっとドキドキしてしまうくらいだ。


 これからこの四人で色々なところを冒険するのか。

 それにしても、なかなか珍しいパーティ構成なんだよな。


 エルフにダークエルフ、ドラゴンなんて。しかも全員美少女。

 俺だって、昨日までとは違う。この不思議な左目の力【賢者】を手に入れた。これさえあれば、みんなを守れる。

 何がどうなるかわからないけど、何が起こってもなんとかなりそうだ。


 ボンヤリとこれから先のことを考えながら眺める新しい仲間の姿は、それはそれは輝いて見えた。


 ここから、俺の第二の人生が始まった。

短編にしては長い内容にもかかわらず最後までご覧いただきありがとうございました!


「面白かった」


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「これからどんな活躍するの?」


などなど、思った方はぜひ下のブックマークや評価をしていただけますと幸いです。

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[良い点] 特にない [気になる点] ケモミミ付いてるなら獣人でダークエルフではないですね、ケモミミ好きなので凄く気になりました、ダークエルフを一回ネットの画像で検索してから書いて下さい [一言] も…
[良い点] 面白かったです。 続きが読みたい! [気になる点] 三人のうち、誰に刺されるのか楽しみ(白目)
[良い点] 面白かったです! ぜひ続きが読みたい、連載希望w
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