第一話 死者を蘇らせる魔法4
「ごめんくださーい」
「はーいって、ハイド君じゃん!やった!来てくれてありがとう!」
一番会いたくなかった人にかなり初めの方であってしまう運のなさは溜息をつくしかない。
誰か助けてくれないかな?
「アンナ。お客さんが困っているでしょう」
いた!メシア!
「初めまして。私は、ここの女主人で、アンナの母親のマルガリータよ」
「……は、初めまして……」
ハイドは自身で自分の気持ちを制することにした。
絶対にマルゲリータと名前を間違えないことと、アンナは母親譲りであるという事について。
「さて、それじゃあ、部屋に案内するけど、何か希望はあるかい?」
マルガリータさん、すみません。アンナさんと違って、優しいですね。一緒にしてすみません。
「それなら、僕の乗ってきたスクーターが持ち込める、安くて、お風呂があって、清潔な部屋をお願いします」
「この宿にはお客さん用のお風呂はないんだ。だから、外の公衆浴場を使う事になるけどいいかい?」
お風呂に関しては予想していた。今まで旅をしてきた中でお風呂付きの宿に泊まれたのは、温泉街として栄えているところがある町ぐらいだ。そこでも、個室ごとにお風呂がついていることはなかった。
「それは構いませんよ。むしろ、意地悪を言ってしまってすみません」
「いや、いや、いいんだよ。確かにお兄ちゃん、冒険者として旅をしている割りには体臭とかもほとんどしないし、服も綺麗だ。だけど、冒険者になりたてっていうわけでもなさそうだったからね!清潔好きなら、お風呂事情は気にするさ」
え?どこでわかったんだろ?
「ああ、すまないね。客を泊める時に、その客が信用に足りるかどうか長年の経験と勘で判断してるんだよ」
どうやら俺は困惑した表情を浮かべていたらしい。
「要は観察眼ってことさ。それに、初心者の冒険者はすぐに警戒を解いちまうけど、君はずっと自分の荷物に意識を向けながら私の話を聞いていただろ?その証拠に、腰に下げているナイフをいつでも取り出せるように少しだけ前かがみになっているだろ?」
「え?あ。ほんとだ……。すみません、最初の頃はこれを意識してたんですが、慣れてくうちに意識しなくてもサッとできるようになってたみたいです。今のは僕も驚いています」
そういうと、マルガリータさんはフフッっと微笑んだ。
「まだまだ人生は長いんだから、死なないように頑張るんだよ!」
「はい」
そのまま、マルガリータさんは背を向けて、アンナさんに指示を出し始めた。
「アンナ、私の代わりにこの子を部屋まで案内してやってくれ。部屋の鍵はカウンターに出しておいたから」
「わかったわ。それじゃあ、ハイド、部屋まで案内するからついてきて」
「わかった……」
ロビーを出る間際にもう一度マルガリータさんの顔を見ようと思ったが、見ることができなかった。
***
マルガリータは、ハイドたちがロビーを出たところで、安堵の息を漏らした。
ーハイド君には申し訳ないけど、二人をあわせないと……
マルガリータの脳裏にはひとりの男の姿が浮かんでいた。
ボロボロのマントを羽織り、痩せた体をした一人の「魂を狩る者」のことを。
***
男はまた、魂を狩りに夜の街中を移動していた。魂を狩る対象はいつも俺に思念のような形で伝わってくる。
今日は、高熱を出してた小さな子供の魂をからなければならなかった。女の子だった。
何故、神は私にこのような辛い試練を与えるのか。
そればかりを、いつも考えてしまう。
ふと、昔のことを思い出した。
20年程前だろうか。いつもなら用心して住処に帰ってから考え事をしていたのに、その日はまだ人々が町を出歩いているような時間帯から、ある路地裏で考え事をしていた。
その時に、私の存在を知ってしまった女性は心底驚くと同時に、今まで生きてきた人生に対して同情してくれた。そして、私の願いを叶えてくれるような人が現れたら連絡してくれるように言ってある。その代わり日を決めて、夜の遅い時間ではあるが、晩酌を預かりに行っている。
そして、今日はちょうどその日だ。
俺の望む人が見つかっているといいが……。
そう思いながら、約束の時間まで待つ事にした。
***
その頃、ハイドは夜の都市をぶらぶらと歩いていた。都市の中には必ず図書館や裁判所、役所から病院まで、一通りには揃っている。だが、そんなものには目もくれず、ハイドはある店目指して歩いていた。
焼き鳥屋の前を通り過ぎ、串焼き屋の前を通り過ぎ、酒場を通り過ぎ、ようやく、目抜き通りを抜けられた。この都市には二つ、入国審査の詰所がある。それがちょうど西と東にあることから、だいたい真ん中の方でウェストサイドとイーストサイドに分けられ、それぞれのところで趣や習慣に違いがあったりするそうだ。とは言っても、何時ぞやの時代のギャングのように喧嘩をしていると言ったことはないので、なかなかに平和だ。
少し歩いて路地裏を行けば、そこには古書店街がある。しかも、あまり知られていない店が多い。その店の情報を手に入れるためには古書を扱う商人か、その手の情報屋に頼むしかない。
僕の場合は祖母の書いたメモに残されていた情報からここを見つけた。ちょうど、探しているような本がその中の一つにあるという情報が入ってきて、それで連絡したところ、まだあるとのことだったから、取っておくように頼んだ。あとは、受け取るだけ。
そうこうしているうちに、ハイドは古書店街の入り口まで来ていた。
さて、古書店街に入ったのはいいけど、どのお店か間違わないようにしないとなぁ……。えーっと、店の名前は、libreria di fantasiaだな。かなりファンタジックな名前の古書店だけど、どこにあるんだろ?
そう思いながら、ハイドはこの店の名前から、建物の外観を想像していた。ハイドの頭の中で想像されていることは省こうと思う。何より、ハイドの妄想が痛すぎるのだ。だが、紹介しないのもあれなので、簡単に紹介しておくと、今ハイドが歩いている薄暗く寂れた感じを漂わせている通りに似合わないようなファンシーな建物を想像していた。ニポンとか呼ばれるはるか遠くの国にあるデズネイランドとかいう建物と同じようなものだと思われる。
ハイドは、ひとつ一つの看板をしっかり見ながら、目的の店を探していた。夜も遅いせいか、この通りが寂れているのかはわからないが、どの店も中は真っ暗だった。だが、どこの店も倒産して、本をそのままに何処かへ行ってしまったということはないようだ。どこの店の窓も結構綺麗だ。
そして、入ってから数十分、いや、一時間ほど経った頃だろうか。かなり奥まで入ったところにその店はあった。
その店はさっきまで見てきたような店よりも大きく、明かりがついたいた。大きさもさることながら、館の敷地内にある庭のようなところにはしっかりと舗装されたレンガの道と、その脇には街灯が間をあけて、玄関らしきところまで一直線に並んでいた。それは、貴族の館を彷彿させるのに十分だった。
「すごいなぁ〜」
もちろん、ハイドは口をあんぐりと開けたまま閉じることができないぐらい圧倒されていた。
しばらく、物珍しそうに眺め得ていると、玄関ーこの際、入り口と言ったほうがいいのかもしれないがーから、人が出てきた。しっかりとスーツを着込んでいた。
よく見ると、男の人だ。右手に杖を持っていることからも言えるだろう。
「あの、こんにちは。私はハイドというものです。libreria di fantasiaに用があってきたのですが、こちらであっていますか?」
ハイドは確認の意を込めてそう言ったが、男は歩いてくるだけで、何も言わなかった。それをハイドは待つことにした。なぜなら、この人は声が出せないわけではないと直感が伝えてくるから。そして、強力な人の多くはあまり多くを語らないと、経験が言っている。何よりも、さっきから変わる気配のない高圧的な雰囲気が証拠。今、そういった職種に従事しているかはわからないが、少なくとも、経験のある人だとわかる。
魔法を使い冒険者と同じようなことをする職業の人を、この世界ではメイジという。僕も今はまだ駆け出し冒険者だが、魔法を多く使うことから、必然的にメイジと同じような戦い方になる。例えば、相手をよく観察して、相手の特徴を割り出すとか。
それは今回のような場合でも同じことだ。たとえ商談に来ていようが、向こうはそんな気がないかもしれない。それに、今回はかなり貴重なものを取引するので、第三者からの攻撃が入るかもしれない。どっちにしても、僕は警戒態勢を解かないほうがいいみたいだ。
「ハイド君と言ったかね?」
その声はバリトンのよく通る声だった。
「そうですが」
「私はこの屋敷の主人で、古書店ギルドの総取締役で、ここ、libreria di fantasiaの店主であるエイン・カサデルだ。とりあえずこちらに来てくれないか?この歳になると足腰が弱いんでね」
「わかりました。ですが、その前にそれを証明するものを見せていただけますか?」
先ほどまで前進しかしていなかった足を止めた。
「今回の取引で、私はかなりのお金を使います。それを取られたくないからです」
「ほう。それで?」
「要は、本当に本人なのかどうか確認したいだけです。構いませんよね?」
不敵な笑みを浮かべて男は言った。
「よかろう」