プロローグ 旅立ち3
ーーハイド……
もう一度呼びかけられた時に景色が迫ってきた。
身の危険を感じて、その景色の明るさと吹き寄せてくる風に抵抗を感じて、目を背けた。
「ハイド。久しぶりかしら」
さっきよりもより生々しい声が聞こえた。
見てみると、そこには、気の陰に佇んだ一人の色白の女性がいた。
「どうしたのハイド?私のこと忘れちゃった?」
その声には一つだけ心当たりがあった。偶に、断片的に思い出す、母の声に似ていた。いや、母の声と同じだった。
「かあ…さん?」
「覚えててくれたの!嬉しいわ」
そういうと、その女性は僕に抱きついてきた。そして、泣き始めた。それにつられて、僕の目も潤み始めた。
ひとしきり泣いた後、母さんは僕を抱いたまま、少しずつ話し始めた。
「……ごめんなさい。………あなたのことを……ちゃんと育てられなくて。………お母さんから話は聞いてるかもしれないけど……」
「いいよ………わかってる、知ってるから」
「違うの。あの話は、あなたをあまり悲しめすぎないようにするための嘘なの」
その言葉を聞いて、言葉が出なくなった。今まで真実だと思っていたことが、実は嘘だったと知って。それでも、何か言えた筈だ。でも、何を言っても違うような気がした。そして、今から母さんが話す話は絶対聞いておかないと、あとで損をするんじゃないかと、直感が言っていた。
「本当は、あなたのお父さんが禁忌の魔法を使おうとしていたから。それを止めようとして、私が、私が……」
「………」
今度こそは何も言葉が思い浮かばなかった。
それでも、何か言わなきゃと思った。そうでもしないと、何も始まらない、と。
「ハイド。今まで嘘をついててごめん。でも、これだけは覚えてて。
『死を覚悟した人は汝の身を投げ、死を覚悟していない人は汝の身を呪うこととなる。そして、大罪を負った人は汝の身を滅ぼされる。三つの魂と肉体は、全ての魂が交わる場所、全ての物事の原始が存在する混沌の地に集まる。』
そこでまた会いましょ」
そういうと、景色が遠ざかっていった。
体に自分の重みが戻ってくるかのように、同時にベッドの感触が伝わってきた。
瞼をゆっくりと開けると、まだ月が煌々と輝き、窓から差し込んでいた。その白い光を見ていると、だんだん瞼が重くなってきた。
目を開けると、すでに月は沈んだようで、だが、まだ日は昇っていなかった。
眠気のせいで頭がぼんやりしていて、なぜか昨日よりも疲れが溜まった気がする。重い頭を持ち上げて洗面所に向かった。
顔を洗って、目を完全に覚ます。
鏡を見てみると、自分の顔が見えた。色白な肌。薄い唇。同年代の男子と比べると少し長めのまつ毛。なぜか少し尖っている鼻。
いつもはまじまじと見つめたことなんかしないが、こうもまじまじと見てみると、なぜか感傷的になった。
死を覚悟した人は汝の身を投げ、死を覚悟していない人は汝の身を呪うこととなる。そして、大罪を負った人は汝の身を滅ぼされる。三つの魂と肉体は、全ての魂が交わる場所、全ての物事の原始が存在する混沌の地に集まる。
脳裏をかすめた言葉。聞き覚えのある声だが、思い出せない。いったい誰だったのか。どうしても思い出せなかった。
そう、少しの間思っていたが、気を取り直す。今日は、旅の始まりの日だから。
着替えて、荷物をスクーターの荷台に乗せる。
隣に住んでいるおば……おねえさんに鍵を渡して、定期的な管理を頼んでおく。
「それじゃあ、行ってきます………」
うちに向かって、そう告げる。
そして、朝日の昇る眩しくて、清々しい青空に向けてスクーターで走り出す。
ブブーン
時折聞こえるエンジン音を聞きながら。