プロローグ 旅立ち2
祖母からの手紙を読み終えて、胸が締め付けられた。
結局祖母は、「最も素晴らしい魔法」を見つけられなかったんだ、と。
数週間前にはもうすでに死期が近いとわかっていたのか、と。
祖母からの手紙への答えは、もちろん「はい」だ。
だから、こうやって、感傷に浸ったままじゃダメだ。
そう思って、目を覚まさせるかのように、頬を叩いて、とりあえず椅子に座った。
まず考えるべきなのは、どうやって研究するかだ。
確か、空間拡張カバンがあったはずなので、うちにあるすべてのものを持って行こうと思えば持っていけるだろう。だから旅になっても大丈夫だ。それに、スクーターもある。
だが、旅をすることにするんなら、この家はどうしようか。
あ!思い出した。確か隣の家のお姉さんは祖母に師事してもらったことがあるから、多分この家の管理も引き受けてくれるはず。
あとは、お金だけど、旅をする間に魔法陣を作る仕事でもしようかな。
先ほどとは打って変わって、ハイドは旅をすることに期待を抱き始めて明るくなっていた。
ギルドに登録しにいったり、旅の準備をしたり、この家の整理をしたりしないと。ほとんどのものは残すけど、食品関係とかは処理しとかないと。腐った時が面倒だしな……。
あと、読まなくなった本とかは売ろう。僕の持ってた絵本とかは売れるだろうし……あ!あの雑誌とかはキャンセルしとかなきゃな。保存のきく食材とかも買っとかないと……。魔法陣とかは、結構できるから、多めに引き受けておこうかな。あ、じゃあ、インクも結構買っとかなきゃ。あ、羊皮紙はどうなるんだろ?引き受けた時にもらえるのかな?
ハイドは旅に行くことは決めたが、旅に出る前に色々とやらなければならないことが山積みになっていた。元から家事が得意で、買い物とかもよく行っていたハイドにとっては、ノリで冒険に出ることはできないのであった。
結局、旅に出る準備としては、ギルドへの登録、食料の買い出し、食品の処理、家の中にある物の整理、雑誌の停止、暇な時にやるための魔法陣の以来の引き受けだ。あれこれ考えた挙句に結局これだけにまとまったので、ハイドはなぜか釈然としない顔をしていた。
それかあら数日間の間にそれら全てをやった。もちろん、合間合間に旅のための準備を空間拡張カバンに詰めていた。
この空間拡張バックは、持ち主個人の頭の中でどういうふうに配置するかを思い描くと、その通りになるという代物。ハイドの場合は几帳面なので、例えば本をしまうのに、本だけを集めた大きな空間にまず入れ、その後から、ジャンルごとに別れた小さめの(決して小さいわけではない)空間に再度入るということまで頭に描いている。普通、食材は食材のところ、回復薬は薬のところといった具合に簡単な分類しかしない。
また、このバックは凄いことに保存がきかないものもバックに入れたときの状態を保ってくれ、匂いが強くても他の物に臭いが移らない。気持ちの問題で、匂いの強いチーズなんかを入れようとしない人はそれほど珍しくはなかった。だから、決して、ハイドが用意した食料の中にチーズが入っていないことはよくあることだ。ハイド曰く、
「け、決して、チーズが嫌いなわけじゃないからな。あくまで本に臭いが移るのが嫌なだけだからな」
だそうだ。
「まあ、これだけあればいいかな。安物だから、最悪無くしても問題ないっと」
いましがた、ハイドは下着と靴下、シャツを入れ終わったところだ。
そして、これで全ての用意が終わった。
顔を上げて見渡してみると、空間拡張バッグに多くのものを入れ、これから長くこの家を開けることになるだろうと思って整理したおかげで、部屋には家具以外のほとんどが残っていなかった。他の部屋もほとんど同じような感じになっている。
唯一、あのままになっているのは祖母の部屋だけだろう。
明日は朝早くにここの家を出ようと、ハイドは決めていた。
だから、今日はいつもより早く寝よう。できるだけ目に焼き付けておこう、とも。
ーーハイド、ハイド……
どこからか、また、あのときの若い女の人の声が聞こえてきた。
ーー立派になったのね……
鼻孔を草原の清々しく、優しげな臭いが掠めた。