プロローグ 旅立ち1
―「最も素晴らしい魔法」ってなんだと思う?
昔、僕が小さい頃に、祖母がよく言っていた言葉だ。
僕の祖母は魔法使い。そして、自分にとって最も身近にいて、最も血縁的に近い人だった。そして、最も尊敬する人でもあった。それは今でも変わらない。
両親を戦争で失ってしまった僕をここまで育ててくれたのは祖母だ。自分はそこまでできた子供ではないので、祖母にかなりの迷惑をかけたと思う。
幼い僕が初めて見た祖母の魔法はとても綺麗だった。
―オーロラ
たった一言だけで発動した魔法はまるで薄いカーテンのように透き通っていて、赤、青、紫、藍、緑と、いろんな色に変わった。
後から知ったことだが、祖母がやってみせたように、魔法の現象名をいうだけで魔法を発動するというのは、なかなかの高等テクニックで、今現在、それを使うことができるのは大陸の中でも数えるほどしかいないそうだ。それを聞いた後では、祖母は僕の想像以上にすごい魔法使いだったんだなと思うしかなかった。
祖母のことを考えていると、不意に、頬に妙に冷たい、何か重い感覚が走った。それが目元からとどまることを知らないかのように溢れ出してきた。
不意に、咳が出た。鼻をすすると、ついさっきかんだばかりなのにズズズという音を立てた。
祖母が死んでから今まで我慢してきた感情が胸をついてきた。
咳はもう嗚咽に変わっていた。
つい二日前まですぐ近くにいて、悲しいことや苦しいことがあった時は慰めてくれた祖母はもうこの世にはいない。
ある日突然、祖母が死んだ。
その事実を認めてしまうのが怖かった。
何が寂しく感じさせているの?
どこからか優しげな女の人の声が聞こえてきた。
あなたがこんなにも自分はちっぽけで、無力な存在に感じさせているの?
なんであなたは泣くの?
全て、祖母が死んでしまったからだ。それ以上でも以下でもない。
それじゃあ、「最も素晴らしい魔法」ってなんだと思う?
急に声が祖母のものに変わった。それを聞いて、ハッとした。祖母はそれを見つけられたんだろうか、と。
祖母は魔法使いであると同時に、魔法研究家でもあった。その過程で、「この世にあるすべての魔法の中で、最も素晴らしい魔法とはなんなのか」を研究することになったそうだ。
その時ばかりは悲しみより好奇心の方が優った。何かあるとすれば、祖母がずっと書き続けていたノートの中にあるはずだ。そう思って地下にある祖母の研究室へ行く。
最近は祖母の体調が悪いこともあってか、研究室自体ほとんど開けていなかった。だから、開けてすぐは埃臭いだろうと思っていた。だが、全く埃臭くなく、記憶にある中で一番最後に開けた時より綺麗になっていた。いつもは無造作に積み上げられたノートや実験器具、魔石が所狭しと机の上に置かれているのに、それらは綺麗にもとあった位置に戻され、代わりに一通の手紙だけが置かれていた。
それを手にとってみると、宛名は僕の名前になっていた。
愛しい孫のハイドへ
この手紙が読まれているということは、もう私は死んでいるのね。
ハイド。私からあなたに伝えないといけないことが二つあるわ。
そうね。先に、大人の話をしましょう。
もう聞いたかもしれないけど、この家にあるものの全てはあなたのものよ。だから、処分するも手元に置いておくもあなたの自由よ。あ、そうそう、言い忘れていたことだけれども、この家だって売り払ってもいいのよ。でも、この家に小さい頃からいたあなたは多分何も売り払わないでしょうね。それでも大丈夫よ。
さて、ここからは二人だけの話。
ずいぶん前のことだけれども、私はあなたにこんなことを聞かなかったかしら。
「最も素晴らしい魔法ってなんだと思う?」
残念だけれど、私は何が最も素晴らしい魔法なのかは分からなかったは。若い頃はたくさん旅をして、いろんなところから魔法に関する書籍を集めて、私なりに考えて見たの。夫ができてからは流石にここに腰を落ち着けたけれど。それでも、各地からそういう書籍を集めて、ずっと研究していたわ。
でも、ちょうどこの前の十月の終わりに私の体はそう長くは持たないことがわかったの。病名はわからないわ。でも、もしかしたら治るかもしれないからあなたには伝えないつもりよ。だから、あなたが知らなかったとしても自分を責めないで。私が悪いんですもの。
あら、話が逸れてしまったわね。それで、もし、あなたがやってもいいというなら、私がやり遂げられなかったこの研究の答えを出して欲しいの。
あなたはよく、「魔法がうまく使いこなせない」って、いっていたけれど、大丈夫。あなたは十分魔法を使いこなせているわ。だから、自信を持ちなさい。最も素晴らしい魔法が何かわからなくても良いけれど、魔法を嫌いにはならないで。きっと役に立つから。
元気でね 祖母より