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在る意味

「キコ。キコ」

水底から天を仰げば、水面に宝石を砕いたような光が広がっているのが見える。火の聖女の声は水面の光、暗い底から身を引き上げる活力。綿の柔らかさと優しい温度に包まれていることに気づいたとき、キコは命を拾ったことを知った。同時に痛恨の念がこみあげてくる。

 天井の低い部屋。ロウソクの灯が室内をぼんやり照らしている。教会のなかだと直感したが、キコにはどこの部屋なのか覚えがなかった。上体をベッドから起こす。軽いめまいに見舞われたが、耐えられないほどではない。キコは傍らの椅子に腰掛けているルルに頭を下げる。

「聖女様。申し訳ありません。手紙を奪われました」 

「命を前に、紙1枚が何になりましょう。気に病む必要などありません」

椅子にかけたまま、ルルはベッドの端に両手を添える。俯き、何日も激務をこなした後のような表情。

「貴方が無事であるならば。それに勝るものなどありません」

疲れている。ルルがここまで疲労の影に取り憑かれた姿を始めてみた。

 失望させてしまった。キコは、泥沼に突き落とされ、ゆっくりと底に沈んでいくような暗く重たい気持ちになった。

「魔術師が来たのはわたくしのせいです」重たい雰囲気に気づいたのか、ルルが口を開く。「彼らは常に火の聖女の持つ聖典を狙っていますから。わたくしの手紙に聖典に関する一端があると睨んだのでしょう」

 神から聖女に与えられた、この世の森羅万象を記した書物、聖典。神の言葉で記述されており、読み解けるのは火の聖女だけ。しかしあまりに難解で多岐に渡るため博識で勤勉な火の聖女を以てしても解読は遅々とした歩みであるという。

 ルルも他の聖女に漏れず、時間があれば聖典を開いて読み耽っている。

 魔術師は、手紙にかけられた火の奇跡で腕を焼かれた。ルルは手紙を、紙1枚と言ったが、正当な受取人以外に見られてはならない内容であったからこそではないか。そして、それが邪な者の手に渡ってしまった。

「聖女様、あの手紙を取り返さねばなりません」

「聖女以外は読めない、火の文字で書いています。辞書もなく他国の言葉で書かれた本を読むようなものです」ルルが口を結ぶ。いつもの間ではなく、なにか言いよどんでいるようだった。

「火の奇跡の痕跡からそう遠くには逃げていません。既に応援呼んでいます。追い詰めるのはそれからです」

「解読のアテがあるからこそ奪ったのでは」

「だとしても、今この瞬間にできることはありません。わたくしの奇跡が通用したのは油断してからに過ぎません。単身でこの地まで乗り込んできたのを考えると、余程の実力を持っているのでしょう。わたくしは戦士ではなく、戦う術は乏しいのです」

 今度はキコが口を閉じる番だった。何もできずただ奪われた者がこれ以上聖女の手を煩わせることはできない。

 火の聖女の付き人としての無力さを噛み締めながら、キコはただ頭を下げるしかできなかった。

 ルルが部屋から出た後も、キコは己が火の聖女の付き人としてここに在る意味を考え続けていた。

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