火の聖女とキコ
「服を下さい。しろい、しろい。新雪みたいな白い服を」
何かお手伝いできることはありませんか、と会話の端に尋ねると、思わぬ答えが返ってきた。
「白ですか。差し支えなければ理由をお伺いできますか?」
白は、大衆の色だ。卑近で親しみやすいが、どこか軽薄な雰囲気を持つ色でもある。聖女と崇められる方にはあまり似つかわしくないように思えた。
まだ人と動物との境が曖昧だった時代。人々は火を崇め、王に従って神に忠誠を誓った。人と動物の違いは火を畏れるか否か。神から与えられた火の遣いが聖女と信じられていた。そのため、聖女たちは目も眩むようや深紅の衣装で全身を覆い、自らの身を以て火を扱う人の気品を示しているのだ。
ルルは聖女がひとり、片田舎の小さな街の守り手。ルルの言葉は神の代弁。誰が逆らえよう。ルルが死を望めばそれを拒めるのは神だけ。
ルルに遣える街の素朴な青年のキコも当然、彼女の希望を拒むつもりなどない。ただ単に聞いてみただけに過ぎない。現に、既に裁縫道具に手を伸ばしていた。
ルルは目を細め、ぱちぱちと瞬く。
しばしの間。
気位の高い人物はあまりせかせかとは話さないものだ。早いものは軽く、遅いものは重い。ルルの世話役に任じられてから、キコはこの間に慣れていた。
「人に成りたいのです。火を宿す身としての象徴としてこの紅衣を纏って生きてきました。これからも火は私と共にあります。ただ」
ルルがふっと息をつく。伏せられた黒色の瞳からは表情は読み取りづらい。最も神の遣いの真意など、一生理解はできないだろうとキコは思っていた。しかし、理解することを投げ出したわけではない。キコはルルの言葉をじっと待つ。
「時折夢想します。わたくしが人ならば、と。好きなときに歌い、悲しいとき泣き、食べたいときに食べる、そんな風のように流れる暮らしを想うのです。もちろん、火の身なれば叶わぬこと。ならばせめて形だけでも真似てみたい。どうです、キコ」
重厚な火衣のうちで、ルルは切々と言葉を紡いだ。何処までも重い衣と、放たれた小さな白色の望み。
「聖女様のご希望なれば何也と。それが私がここにいる意味であり意義です。」ルル、とは口に出さない。聖女の名を呼べば舌が焼ける。
「そうですか。キコ、貴方に火の恵みを」
ルルは窓の外に目を遣った。キコは白の衣装を作る作業にかかる。窓の外では若者たちがバッタように跳ね回り、笑い合っている。平和な1日。