お空のきもち
とある母娘のとある日常の1ページ。
ある晴れた日のこと――――。
どこにでもあるような小さな公園で、とある母娘が遊歩道を歩いている。娘――――ほんの5歳くらいの小さな少女――――は母の温かい手をしっかりと握り締め、その小さな足で地面を踏み締めながら歩いていた。
穏やかな気候と心地よい風。母親は「お散歩日和だね」と娘に話しかけながら、ゆっくりとその時間を楽しんでいた。
「ぽかぽかー」
娘が太陽のように朗らかに笑って言った。母親もそれにつられて笑顔になる。
だが、それから数分後のこと。
そんな穏やかな気候が少しだけ陰りを見せ始める。散らばっていたはずの雲が、いつの間にか集まって雨雲へと形を変えていたのだ。
不安な顔になった母親の予想は的中し、間もなくパラパラと雨粒が母娘へと降り注いでくる。
「あめー」
娘の声と同時に、バサッと傘の開く音が少女の耳に聞こえた。横にいた母親が、自身の鞄から折りたたみ傘を取り出して広げたのだ。前日の雨を踏まえてか、彼女は中に忍ばせていたらしい。
「あめばっかだねー」
少女は小さく、柔らかいその頬をぷくりと膨らませた。
「そうだね、嫌になっちゃうね」
母親はフフッと小さく笑う。そして、つまらなさそうに歩く娘に優しく微笑んだ。
「雨はね、お空が泣いてるんだよ」
「えっ? お空って泣いちゃうの?」
少女は目を丸くして、彼女を見る。
「そう。お空も泣いたり、笑ったりするのよ」
「ほんと?」
母親は笑って「ほんとだよ」と言う。娘のコロコロと変わる表情に、おかしくて仕方がないらしい。
「じゃあ……じゃあね、晴れたら笑ってる?」
「うん、そうだよ。よくわかったね?」
「えへへ、かーんたんだようー」
「それじゃあね……雷はわかる?」
「雷……ゴロゴロ……」
少女は、うぅんと唸り声を上げて悩む。そして何かを思いついたのか、ぱっと表情が変わった。
「雷はぁー……怒ってる!」
「おっ、あったりー。……ふふっ。泣いて、怒って……お空も大変だね」
「たーいへーん」
母親の言葉に、娘は「ほんとだー」と言いながら笑って歩みを進める。
「それから曇っている時はね、お空が落ち込んでるの」
「え? なんで? どうして?」
「うーん……お友達とケンカしちゃった、とかかな」
「お空さん……かわいそう。おともだちと、ごめんなさいしなきゃだよ!」
「ふふっ、そうだね」
少女は再び小さな頬をぷくっと膨らませ「もうっ!」と怒っている。その気持ちは態度にも表れているのか、地団駄を踏むような足取りになっている。
「ねぇ、雪は?」
「雪? そうねぇ……」
母親は、うーんと小さく唸る。
「寒い日に、はぁーって息を吐くと……白い息が出るよね?」
「うん」
「お空が白い息をいっぱい吐いて、それが降ってくる……のかな」
さすがにこれは苦しいか、と彼女は心の奥で思う。……が、少女の表情は、ぱあっと明るかった。
「そうなんだ! すごいね、お母さん!」
「え? ……ふふ、そうね」
「――――……あれ?」
少女は傘から顔を出し、空を見上げる。降り注いでいた小雨は、いつの間にかその姿を消していた。
……と、少女は再び大きな声を出し、ぴょんぴょんと跳ねている。
「見て! お母さん! にじー!」
「あら、ほんと」
「……ねぇ、お母さん?」
「ん、なあに?」
「虹は?」
「え?」
「虹は、なあに?」
「……虹は」
母親は優しい微笑みを娘へと向ける。
「いっぱい泣いて、泣いて、泣いて……もう大丈夫だよ。ってこと」
それを聞いた少女は、太陽のように明るい笑顔を母親へと向ける。
「そっか! よかったー!」
「ふふっ、お空も人間と同じ。そして、人間もお空と同じでいろんな気持ちがあるんだよ」
母親の言葉が聞こえなかったのか、少女は笑いながら軽快に歩いていた。
それから握っていた手を、もう一度ぎゅっと握りしめる。小さな手で、その温かい手を。
母娘は公園を後に、その虹の方角へと歩いて行った――――。