屋敷にて
レイ、カミーユ、ナディア視点です。
議事堂に転移する午後五時過ぎまで何をしていたか。
許された時間は一時間弱だったが、要約すれば敵戦力の殲滅と追跡だ。
予想外はあったが、なんとかなっている。
……まだ、油断はできないけど。
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カミーユに屋敷の防衛を頼んだ後、すぐに転移を連続していた。
計画の倍以上の戦力が集まるようなことが無い限り奇襲には対応してくれるだろう。
今俺がここにいる目的はナディアを助けるためで。
こうやってあちらこちらを飛び回っているのはあくまでもその手段のうちの一つだ。
いち早く屋敷に戻っておきたい。
「何が起きた!!!」
「……敵、なのか?」
「がァ!!」
「テオもやられた!」
転移し、息を潜め、闇に潜り、時には威圧をかけ、殴り飛ばし、蹴り飛ばし、魔法で眠らせて。
それなりの手練が混じっていたところであまり関係ない。
リーダーも下っ端も伝言役も全て等しく鎮圧する。
……多いなぁ。
それでも三十余りある潜伏先、襲撃先の一つ一つを潰すのにはそれなりに時間が必要だ。
『こっちも来てるわよ』
『私たちも、何かした方がいいの?』
『まずは、何も。……怪我をするのも仕方がない、けど……』
『ええ、だいたい分かったわ』
『任せてね、レイ』
屋敷に残したヒスイとルリは言わんとすることをちゃんと汲み取ってくれた。
彼女らがいればもしもが起こることは万が一以下だろう。
だからこそ安心してリミットをかけたままでも鎮圧に当たれる。
それから一時間もする頃、騒ぎは一箇所にまで収まっていた。
ーーーーーー
「あれが銃ですか……厄介ですね」
家具と土魔法で築かれたバリケードの裏で呟く。
三十分程の防衛戦でも、新しい兵器の脅威はよく感じていた。
あれでは雑兵も手練の魔法使いと変わらない。
モーションと反動の隙はあるが、魔法が成立する速さよりはよほど早く、弾速も速い。
物理攻撃に寄っているため守りやすいが、上手くできなければ大怪我や、即死にさえ繋がる。
離脱している同僚は肩を掠った程度だったが、勢いよく血が吹きこぼれて主人の厄介になっている。
槍の一撃と威力は同程度か。
「けれど、ギリギリ見切れますね」
「カミーユ、まさか行くつもりですか?」
「ええ、ここで敵を挟みましょう」
年上の同僚の言葉に素早く答える。
敵の残りは三人で、こちらの戦力は離脱した一人を除いた五人。
一度こちらから仕掛ければ追撃を含めて撃退できるだろうと考えた。
「……彼が戻ってくるまで待てば良いでしょう」
「それは……いえ、我々で」
彼、というのが誰を指すのかは分かる。
あの無表情の傭兵、ファイのことだ。
あれが何なのかは分からない。
ただ、信用については自らも尊敬する女性が保証したからできる……はずだ。
力もあるのだろう。
渡された紙片に書かれていた計画通りの襲撃が確かに今行われているし、おかげで仕掛けるべき罠を仕掛けることができた。
ならば、三十以上の襲撃先を一人で殲滅するという戯言のような防衛計画も本当のことなのかもしれない。
だが、あれに頼ろうと思えなかった。
どこか自分を試すような、どこか自分すらも守ろうとするような、どこか下に見ているような、あの男に。
……誰かに、似ている気がする。
己の主人を守りたいと言った時の声がやけに己に向いていた、あの少年と。
あの気に食わない少年とファイは同種だと決定づける。
有り体に言ってしまえば、癇に障る。
……ナディア様を守るのは私の仕事だ。
領分に土足で踏み込んで来ようとするレイも、余裕を見せて場を整えようとするファイも、癇に障る。
利用はさせてもらうが、それでも矜持がある。
「分かりました。合図は?」
「音で」
「おい」
承諾をしたのは先の同僚ではなく、侍女長……己の母だった。
ならばこちらの指揮は任せていいだろう。
呼吸と魔力を落ち着かせて、溜める。
「行きます」
バリケードを越え、ゆっくりと歩き始める。
風の魔力で音を消す。
闇の魔力で姿を隠す。
味方すらも欺きかねない己の能力は単独での汚れ仕事に向いていた。
……あいつもそうだったか。
頭に、少女と見紛う面差しが浮かぶ。
今は隣国で呑気に魔物狩りでもしているのだろうか。
だが、それでいい。
ただの子どもにしては抜きん出ていることは認める。
けれど、踏み込んでこなくていい。
こちらに来なくていい。
ナディア様を守るのは……
そこで、気配がした。
数は三つで、曲がり角の先を駆けている。
思考に囚われかけた頭を振る。
そして駆け出し、音を消しながら、一歩目を踏み込んだ。
二歩目。
壁に。
そこで曲がり角に辿り着く。
あちらもちょうど、差し掛かっている。
そこでようやくこちらに気付くだろう。
戦術通りである。
敵の一人目は銃口を向けた。
だが、続く挙動は予想外で、照準を合わせられない。
銃は簡単に連発のできるものでは無いらしく、そこでは引鉄を引かなかった。
三歩目。
さらに天井で。
けれど、二人目は発砲していた。
弾丸の空を裂く音はカミーユの下を通り過ぎる。
四歩目。
彼らが来た道の奥の壁に。
強引な身体強化で体を捻り、さらに足元には風魔法を置く。
予め決めておけば無詠唱の一度ぐらい成功させられた。
三人目も銃を構えていた。
しかし、引鉄を引くより早く懐に飛び込む。
舌打ちが聞こえ、それがうめき声に変わる。
ナイフは喉笛を確かに切り裂いた。
「ぐッ、ハ」
「……」
五歩目、ともいえない着地は体で衝撃を受け流し、体は地を回った。
それでも素早く体勢を整え、構える。
銃口は向いていたが打たれてはいない。
転がっているちょうど三人目の体が射線を切っていた。
賭けには勝った。
今の魔力と体力の残存なら、あと三回は銃弾もかわせる。
母たちであればそれまでにこちらへ来られるだろう。
近付く仲間たちの足音を聞きながらさらに意識を研ぎ澄ますと、一人目が次は迷わずに引鉄を引いていた。
----ーー
いつの間にか窓の外の日がもうずいぶんと傾いていくことに気が付きました。
これまで、聞きなれない独特な魔法音とそれに応戦する魔法音が幾度となく響いています。。
爆音も聞こえましたが、それは従者たちが仕掛けていた罠だったそうです。
あのファイという男性が詳細に予見して、従者たちが事前に対策を練っていたようでした。
私は、そんな準備をしていたと気が付きませんでした。
何かいつも以上に鋭くピリピリした空気はあったけれど。
「ナディア様、ありがとうございます」
「いえ……」
「流石ナディアね、学校の成果?」
「う、うん」
父や母が明るく振舞っていたからでしょうか。
従者たちが気丈に振舞っていたからでしょうか。
……きっと両方でしょう。
自分が子どもとして扱われていることに、ひどく不甲斐ない思いがします。
「まさかここまですぐに綺麗に治るとは。ナディア様も成長されておりますな」
ドミニクが肩を回しながらニカリと笑います。
……ああ、また……
彼は敵の新しい武器にやられたと言ってこちらまで下がってきて、それを私が治癒魔法で治しました。
酷い怪我でしたが、なんとか。
そんな彼はこの部屋に入ってくる時、とても……そう、とても悔しそうでした。
だというのに私が見ていることに気が付くと、明るく振る舞ったのです。
母が駆け寄った時にはそんなことをしなかったというのに。
「……」
「頼むわよ、ドミニク」
「ええ、もう少しですので、お任せください」
母に声をかけられ顔を引き締めると、彼はこの部屋についてくれている二人の従者達にアイコンタクトを送って、また部屋の外へと出ていきました。
その間に私は何も声をかけられていません。
私が子どもとして扱われてしまうのはきっとこの性格のせいでしょう。
今年で十四になるというのに、まだ。
学園で挨拶をする王国の貴族の方々や優秀な友人を思い出すと、自分の幼さを歯痒く思います。
それから少しもしないうちにまた、先ほどから聞こえる特殊な魔法音──ドミニクが言うには敵の兵器の音がしました。
続けざまに二発。
「……」
応戦する音が聴こえないと、とても不安になります。
「大丈夫よ」
母の声がいつもと変わらずに響きました。
そしてまたしばらくすればまた撃ち合う音が聞こえてきて、誰かの健在を知らせてくれます。
私は何も言えず、ただ皆を信じ、祈ることしかできません。
しばらくするとその撃ち合いも止み、今日一番の静寂が屋敷を包みました。
「終わったわね」
「……、……」
やはり言葉は出ず、母の言葉に頷きます。
ドアの前と私たちの背後を守ってくれている従者たちも緊張しているでしょう。
もしもここまで敵が辿り着いてしまえば、彼女らではきっとどうにもなりません。
静寂は長く、長く。
「ナディア、治療を」
「っ!!!」
「ナディア・ド・フランクール」
「っ、は、はい……! カミーユ!!!」
「下ろせ! ……はい、ナディア様」
二度目の呼び声で意識が世界に戻ります。
一度目の呼び掛けは驚きすぎて今になってようやく理解できていました。
今もまだ心臓が跳ねるようですが。
それでも、目の前の景色は雄弁に事実を語っています。
目の前に立っているのはファイ様で、彼が担いでいるのは私の従者です。
白いシャツの腕の部分が真っ赤に染まっていました。
大きな怪我をしているというのに担がれていることに激しく抵抗していて、ファイ様もすぐにカミーユを下ろします。
「大丈夫ですので、自分で処置を……」
「!!!」
言ったのが、笑ったのが、他でもない彼だったからでしょうか。
惨めさでも、悔しさでもない怒りが湧きました。
きっと自分の幼い頃からの従者でお節介な兄のような、それでも私とカミーユでしかない関係を築いてきた彼だったからでしょう。
……あなたまで子ども扱いを!
「落ち着け、ナディア。今は治療が先だ」
声が出るより、涙が零れるより早く。
私を諌めたのはファイ様でした。
彼の声は不思議なぐらい落ち着きをもたらしてくれます。
客人もいるというのに感情的になって涙をこぼしている訳にはいきません。
「カミーユ、腕をこちらに」
「いえ、この程度」
「カミーユ」
確かに彼なら適切な処置を自分でして、自分の魔力で治癒ができるでしょう。
けれど、流石に私も私のために戦ってくれた彼に手を差し伸べられない子どもではありません。
それぐらいならできるのです。
成長しているのです。
いつまでも貴方に守られているだけではないのです。
「……失礼します、ナディア様」
「ええ、服をダメにしますが許してください」
私がカミーユの怪我を治しているうちに他の従者たちも部屋へと戻ってきました。
皆揃って無事なようで、とてつもない安堵が身を包みます。
窓から差し込む西日が暖かく感じられます。
「……ナディア、集中を」
そんな私もファイ様が諌めます。
気を抜くのはやるべき仕事を終えてからするべきでしょうと気を持ち直しました。
それから、窓ガラスが割れ、
影が視界を覆います。
私は少し後、それを知覚できて振り返ることができたことさえ、とてもとても幸せに思うのでした。
ありがとうございました。
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