俯瞰
正直前までどんな感じに書いてたか作者も忘れてきてますが、ぼちぼち進めそうなのでよろしければお付き合いください。
太陽は高く昇っている。
『議会は今のところ何事もありません』
『ありがとう、カイト』
屋敷にルリを残し、議事堂にはカイトを向かわせて護衛と監視をしてもらっている。
この国は王国よりエルフとの関わりが薄く、精霊の存在に気がつける者は居ないだろう。
街を見下ろすヒスイからも情報が届く。
『馬車がよく通るけれど、静かだわ』
『了解、引き続き外はよろしく』
首都らしく物資の運送などが頻繁に行われているが、市も開かれていない今日は街に特別活気があるとは言えない。
市民はそれぞれに日常を送っているのだろうが、昼下がりの今は仕事に徹しているものが多い。
人の動きが見えるのはむしろ街の端の貧民街の方だ。
……杞憂のまま終わればいいんだけど。
そんなことはないと分かっているが。
北からの軍勢は明日朝には国境を越えるだろう。
いよいよ本土の侵攻が始まる。
まず攻め込まれるのは皇帝派の知事が治める領土だが、その先すぐには議会派の領土も見えてくる位置だ。
見境ない蛮族を相手に講和案を差し出すのなら、今晩中にケリを付ける必要がある。
つまり、今日の議会でこの国は講和案を通過させるだろうし、反発する勢力を黙らせるつもりがある。
暗号化された情報をかすめ取るには苦労して襲撃計画そのものを潰すことはできなかったが、手の内だけは読めているのだ。
****
午後三時頃、茶会をするからと集められた。
呑気なものだと思ったが、実情はそうでないらしい。
一昨日の俺からの警告を呑み込んではくれたが、それでも準備が万全にはなっておらず、屋敷の人員をそちらに割きたいようだ。
ナディアとソフィア、それと一人の従者だけを残して、残りの全員が戦闘体制を整えていることが探られた。
茶会は彼女らの話に俺が応えるという形をとったが、生憎、無愛想ファイの姿では砕けた話ができるはずもなかった。
西日が差し込んでくる頃、むしろよくぞここまで話を続けたものだと言いたくなる。
「カミーユ・マルシャル」
「……なんだこれは」
「読んでおけ。おそらく、しばし外すことになる」
後片付けをしているお付の従者を呼び止め、何枚かの紙束を投げ渡す。
書いてあるのは今回の襲撃計画について、俺の推測も含めてまとめたものだ。
渡せば俺の情報収集能力を知らせることになるから取り扱いに迷ったが、ここに来て四の五の言ってられる状況ではなくなった。
ヒスイの見る視界に映る街はあまりにも物騒なものになっている。
中身に軽く目を通したカミーユが内容に目を見開いた。
敵側の人間しか知るはずのない襲撃作戦の詳細が示されていれば当然か。
「!! お前、これをどこで」
「動揺は無駄だ。早く仕舞え」
「は?」
「あら、ずいぶん面白そうな話ね」
カミーユの動揺は相当なものだったらしい。
茶会部屋を一度退出してから優雅に舞い戻ってきた姿に気付いていなかった。
「其方が知る必要は無い。ソフィー・ド・フランクール」
「つれないわね、あなた」
彼女が子供のように口を尖らせて不満を示す。
今日までの短い間に分かったことだが、ナディアの母、ソフィア・ド・フランクールの容姿こそ娘に受け継がれているが、その気質はあまりに似ていない。
真面目で控えめなナディアに対して、ソフィアは人をからかうのが好きなお茶目で陽気な人である。
言葉に棘こそないが、これまでの食事の席や今日の茶会でもずけずけと人の話に踏み込んできた。
設定の固まりきっていない部分まで聞かれるから対応が苦しい。
「こちら側の仕事だ」
「口出しするなってこと? まあ、それもそうね」
ただ、面倒ではあれど俺は彼女に悪い印象は持っていない。
彼女が話すのは場を和ませるためでもあるし、敵意があるから人を詰るわけではない。
むしろ、相手がどんな人間かを知るために人の話を聞くのが好きなタイプなようだ。
だから、こちらがそれなりに答えを返していれば、納得するポーズもしてくれる。
「でも、今日なのね?」
「ああ」
「あの人は無事?」
「今のところ何も無い」
「娘は?」
「無事だ」
「じゃあ私は?」
「何も無いだろう」
「そう、みんなそうならいいけど」
「保証する」
矢継ぎ早に繰り返される質問に、事実を述べていくと、それだけでソフィアは満足そうに頷いた。
それから何気なく付け足すように、軽く尋ねてくる。
「明日も、明後日も、来年もかしら」
セリフに反して、不安があるようには見えない。
今俺の目を捉えているのは、真実だけを求める視線だった。
偽りばかり重ねたその先を欲しようとする、そんな目だ。
「……ああ、そうできる」
「そう、嬉しい。行ってらっしゃい、戻ってくるのを待ってるわ」
ニコリと微笑み、彼女は踵を返す。
「ソフィア様は嘘を見抜くのが得意なお方だ」
「……そうか」
何かを見破られた、のだろう。
そんな気もしたけれど、一体どこまでだというのか。
だけど、あまり悪い気もしていない。
「一先ず任せるぞ、カミーユ・マルシャル」
ソフィアとの問答を見ていたせいだろうか、いやに素直にカミーユは承諾した。
****
午後五時を知らせる鐘の音が鳴り響くと、この街は夜に向かって加速する。
店の戸は閉められて、従業員達はそれぞれの帰路につく。
下町からは夕食の準備が進められているのか煙が立ち上っていた。
明かりが貴重な世界では当然の姿だろう。
絢爛な議事堂も明かりが贅沢に灯されるとはいえ、普段なら閉会を宣言する頃である。
いつもならば。
「それでは本日最後の議題に入らせていただこう」
議長の発言に、これまで粛々と進んでいた議会の様子が一変する。
事情を知る者はニヤけて浮ついた様子を隠さず、何も知らされていない者は事前の打ち合わせにない展開に動揺した。
曰く、北の軍勢に講和案を提示する。
曰く、内容は北方の小国連合と国家の一部の割譲だと。
もちろん、驚愕と動揺を隠すことのできない議員は激高した。
割譲の対象とされる地域を管轄する、皇帝派の議員だ。
「何も聞かせれていない!」
「……そうか。だが、議題には上がってしまった」
「なんのための共和制だ!」
「……」
怒れる議員は賛同の声が上がると予想したのだろう。
叫んだ後に、僅かな空白を作った。
しかし、そこで生まれたのは追随する声ではなく、奇妙な沈黙で。
「どういうことだ!!!」
「そういうことだ、カラドゥ議員」
議長フロリアン・サンソンは警察組織の長を兼任している。
議長フロリアン・サンソンは元"影"の長であり、法の外の番人をも務めている。
そして既に、午後五時の鐘は鳴っていた。
「もしこのまま議決を取らずとも、明日になれば議員でなくなるものも多いかもしれんな」
「……貴様!」
追随すべきある者は、かつての汚職の帳簿を突きつけられている。
またある者は、今日の計画を既に知らされている。
そしてある者は、既に兇手が背後に迫っている。
彼らの立場を、家族を、命を盾に取り、フランクールの巨魁は既に己の利権を確保することに成功していた。
「この、外道が!!!」
「ふむ、マテオ殿、そういった証言の束があるのだが、それでも、私に?」
フロリアンから巻物を受け取った従者が、それをマテオ・デュランに突きつけた。
記されていたのは、漏れていないと信じていた汚職と彼の横暴に対する部下からの嘆願であった。
国内のあらゆる情報はサンソンの元へ、そう恐れられる手腕が表れている。
「そのことについては不問にしておこう。……交渉に送った使者たちもとっくに知っているがな」
割譲の先にあるのは、新たな国による民衆支配だ。
その時に彼の悪行が市中にばら撒かれていたらどのような扱いをされるか、想像は難しくない。
「しかし目障りだ。退席させろ」
マテオも旧貴族の血統ではあるが、彼自身の魔力も能力も高くない。
抵抗する隙は与えられず、フロリアンの子飼いに連行されていった。
議会の中は剣呑な空気に支配されている。
しかし、その中で悠然と議長は会を進行させようとする。
「さて、早速だが採決を」
講和案の採決は出席議員の三分の二以上。
過半数を議会派が占め、中立と皇帝派に大きく差がない議席数に基づけば、強行採決こそ最短の意思決定だった。
「以下に示した講和案に賛同する者は」
「立たせてみせるか? フロリアン」
響いたのは暗い音だった。
誰しもそこに闇があると錯覚した。
そして闇は恐怖の根源である。
だれ一人の例外なく、一瞬は硬直する。
「っ! 【光よ】!」
「ふん、足らんわ」
フロリアンの対応は咄嗟にして満点だっただろう。
闇魔法にかけられた己と護衛の状態異常を解き、瞬時にその暗黒へ向かって杖を向けていた。
「久しぶりだな、アルノー」
「ああ、ああ。久しぶりじゃのう、フロリアン」
フロリアンの背後で二人の護衛が倒れ込む。
アルノーが何かまた得体の知れない闇魔法を掛けたことはフロリアンも理解できた。
「随分と皺が増えたな」
「お主はもう少し痩せた方がええんじゃあないか?」
二人が向かい合うのは、かつての城での遁走劇以来だった。
牽制の魔力がぶつかり合う。
感情を直に伝えるそれらは、当時より苛烈ではなくとも、その重ねた年月に比例するように重く感じさせる。
議事堂の中心に立つ二人を直視できるものは見当たらない。
「だが、私の邪魔をするのには遅すぎた」
「……」
今更何もしても手遅れだ。
講和案を持った使者は既に現地に着いたはず。
あちらからのメッセンジャーも来ているだろう。
そんな考えがきっとあるのだから、フロリアンの言葉は自信を持っている。
それが想像を絶する何かによって全て阻止されていない限り。
だが、アルノーの意味ありげな沈黙と、それを際立たせるやや吊り上がった口角が不安をチラつかせた。
目の前の男が小物ではないことをフロリアンはよくよく知っている。
「やけになったか?」
「いいや。……旧交を温めるのもよいが、少し客を呼ぶ」
……あー、はい、ここで出番ですか。
全てを見ていた俺は、そのまま二人の間へと転移する。
ありがとうございました。頑張ります。