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理由

 その日の晩、ユーゴーに私室へと呼ばれた。

 流石に客人として扱われている今回は、転移で入るのも躊躇われたのでドアをノックする。

 行儀作法は母さんや学校に教わったけれど、今回はそれをさておき無作法に戸を叩いた。


 夜中にも近い時間に呼び出された意図は分からないが、ドアの奥にはバスチアンと導師も居ることがわかる。


「どうぞ、ファイ様」

「失礼する」


 半日過ごしてみたが、尊大な態度には依然として慣れることはない。

 同じような言葉を繰り返しているのが現状だ。


「夜更けに呼び出してすまないね」

「構わない」


 ユーゴーに促されてバスチアンの示してくれた椅子へ座る。


 部屋の真ん中に丸テーブルが出されていて、それを三人で囲む形だ。

 酒瓶とグラス、それからいくつか上等そうなツマミが置かれていて、要件が分かった。


「ファイも飲んでいけ」

「すまないね。少し付き合ってもらいたい」

「……ああ」


 飲んでいるのは相当に強い酒で、匂いがキツい。

 導師が持ち込んだものだろう。

 彼はよく酒を飲んでいるが、酔っ払っているところは見たことがない。


 グラスを手に取ると、バスチアンが注いでくれる。

 少し眺めてから、口に含み、飲み込む。


「ほう、行ける口なのか」

「酒に酔ったことは無い」

「それはすごい」


 まあ、酒を飲むのは今日が初めてなのだから当たり前なのだが。

 ルールが緩いこの世界では未成年の飲酒が取り締まられているなんてことはない。

 だけど、普段は特に飲みたくもなかったし、叶斗の時の倫理観が強く出ていたから子どもだということで断っていた。


 でも、今のファイの姿は成人男性のそれであるから、断る義理がない。


 ……まあ、酔えるはずもないんだけど。


 アルコールというのは酩酊などを引き起こす、一種の毒である。

 そんなものの侵入を許してくれるほど、うちの過保護なみんなは甘くない。

 あんまり強く浄化されるとバレそうだ、と水精霊組に伝えつつ、グラスを傾ける。


「用は?」

「特にはないんだ。ただ一緒にどうかな、と」

「そうか」


 酔いたい日というのは誰にだってあるのだろう。

 今日のユーゴーはそういう日らしい。


 入浴の後だろう、黄緑の髪が垂れる。

 こうして見るとナディアに似ている要素は特に無い。

 穏やかな性格ぐらいだろうか。

 それは父親似であると断言できることは今日わかった。


「ファイ、ところでお前さんから見て、お嬢様はどうじゃ?」


 突然導師がぶっ込んできた。

 口の中の酒を吹き出しそうになる。


「……何を言っている、アルノー」

「お前さんも男じゃろう?」

「アルノー様……」

「いやぁ、殿下。こやつの目は確かですぞ」

「……」


 明らかにそういう風の口ぶりではないが、父親であるユーゴーは一応それで納得したらしい。

 どうもやはりお人好しである。

 彼の歳は三十を過ぎたといったところだが、なんというか、気迫というものをあまり感じない。


 とりあえず、何か言っておくことにする。


「語ることは多くないが」

「ふむ?」

「実直だな。それから、勇気がある」

「勇気、というと?」

「我にも果敢に話しかけてきた」

「ほっほっほ、なるほどのう」


 それから、図書館でほぼ面識の無い相手に友達になってくれと頼めるところとか。

 あとは治癒魔法の練習でサクサク腕を切ったりするところもそうか、あれは慣れるまで数をこなさないといけない。


 今日、ファイとしてナディアと母親のソフィアとも顔を合わせ、夕食を共にしたりしたのだが、ナディアはファイに対しても様々質問をしてきた。

 ソフィアの勢いに乗せられて、というのもあるかもしれないが、なかなか勇気がいると思う。

 そこら辺は母親譲りなのかもしれない。


「悪いようには思っとらんようだのう、ファイ」

「……そうだな」

「! ファイ、そういうことなのかい?」

「それは違う」


 ニヤニヤする導師の思うような感情ではない。

 そもそも俺自身もよく分かっていないファイというキャラクターとして、どう答えればいいというのだ。


「ファイはお嬢様が魅力的ではないと」

「なんだって? そんなわけが」

「……落ち着け。アルノー、煽るな」


 ユーゴーは俺と導師のペースに合わせて飲んでいるので相当に酔っている。

 バスチアンが止めないのでそれでいいのだろうが、本当にいいのだろうか。


 軽くため息を吐いてユーゴーの方に目を向けると、彼が一瞬ハッと正気に返った。

 バツが悪くなったユーゴーが俯く。


「飲んでいなければ、やっていられないさ」

「……そうか」

「ふん、相変わらず野暮な奴じゃ」

「すまない。自覚している」


 場の空気が一気に重くなった。


 どうにも俺は対人の経験値が薄い。

 ここは細かいことを気にせずに話しておくべきだったようだ。


「ナディアには、できる限りの幸せを掴んで欲しいんだ……」


 ユーゴーが語り始める。


「あの子はとてもしっかりしているし、控えめで、勤勉で、立派な子なんだ」


 そちらに耳を傾けながら導師の方に目をやると、彼も空気を戻そうとはせずに聞き入っていた。


「君が言ったように、実直で、とても素直だ。……あまり同年代の子たちと遊ぶということがなかったからかな。学園入学まではソフィアにくっ付いていることが多かったよ」


 ナディアには親戚がいない。

 父親はもちろん、母親の側も貴族の出であり、クーデターの際のゴタゴタで同年代の子が居ない状況だ。


 社交の場には出ていただろうが、友達作りが得意なタイプではないのだろう。

 それは、図書館の一件でも伺える。

 いつ思い出してもあれは友達作りの正攻法ではない。


「……正直なところ、この国であの子が生きるのは大変すぎる。だから学園に送った。派閥を問わずに縁談の話は来ているけれど、議会のやつらにやるつもりはないし、同じ派閥の者だって、丁寧には扱ってくれるだろうが……」

「何かあるのか」

「利用される可能性だってある。私の娘だからね。唯一残っている、皇帝の血だ」


 私のようにはなって欲しくない、と呟く。

 力を失っている皇帝派の元貴族たちの神輿に乗せられて、来るところまで来てしまったのがユーゴーだ。

 実感としての苦しみがあるのだろう。


「難しいのだな」

「ああ、そうだね」


 ユーゴーが一度天井を見上げる。


 先程までのペースは落ち着き、今は皆がちびちびと口を付けていた。

 しんみりとした場だ。


 導師がフォローにも口を挟まないあたり、こうなることが分かっていたのかもしれない。

 なんといった言って、既に明後日になっている時間には彼は戦場に立っているのだから。

 そこで弱さを見せることはできない。


「ねえ、ファイ」

「なんだ」

「君は力があるのだろう?」

「さあな」

「いや、私にも分かるさ。私の家族を守り抜いてくれる、そうだろう?」

「……仕事はこなす」

「心強い」


 ユーゴーがふふっと笑ってからまた俯いて、今度はあらぬことを口にした。


「でも、もしもがあったのなら、君のような人にナディアを連れ出してもらいたいんだ」

「何を」


 動揺半分、呆れ半分を隠しつつ、答える。


「あの子は自由を知らない……我々の言うことに従って、生きてきた……君のような自由を知って欲しい……」

「ご主人様、突飛な発言にはお気をつけ下さい」

「ああ、そうだな……」


 酔いが深まり過ぎているのをバスチアンが諌めた。

 目がほとんど開かなくなっているユーゴーが黙る。



 導師は肩を竦めていた。

 下手につつけば、やれるならやればいいじゃないか、そんなことを言ってやぶ蛇になりそうだ。


「部屋に戻る」

「ファイ様、先程のご主人様の言葉は」

「酒の席だ。気にしない」


 真に受けるようなことはしない。

 ナディアは確かに十分に魅力的ではあるが、俺から手を伸ばすには心に引っかかるものがありすぎる。


 部屋を出て、廊下へ進む。

 それなりに広い屋敷だから、主人の家から客室までには距離がある。


 さっさと戻ろうと早足気味になると、曲がり角から人が出てきた。

 クリーム色の髪をした、まだ少年の面影を残す年若い従者だ。


「……おやすみなさいませ」

「ああ」


 彼は立ち止まり、廊下の端に寄って礼をする。


 普段見慣れないナディア以外への丁寧な姿に、彼が仕事をしている大人なのだと思わされる。

 ナディア至上主義ともいえる、学園での印象とは全く違う。


「どうかされましたか?」

「いや……」


 少しまじまじと見つめすぎたようだ。

 そのまますれ違おうとする。


 そこで、また思う。

 いつもカミーユに対して思っていることを、だ。


 かつての俺は同じくらいの歳だった。


 世界の差はある。

 きっと環境が違いすぎて、考えることにたくさんの違いはあるだろう。


 だけど……


 足を止めた。

 向こうもそれに気付いて立ち止まる。


「カミーユ・マルシャル」

「っ、?」


 突然呼びかけられたのに驚きつつも、彼は聞く構えを取った。


「明後日だ」

「明後日……?」

「ああ。目を離してくれるな。お前の仕事を果たせ」


 預言者めいた口ぶりになったが、告げておくべきことは告げておく。


「ただ、我の邪魔はしてくれるな。奪うことはせん」

「なっ……何を」

「分かったならいい」


 どうやら何を誰を、を省いた言葉は伝わっていたようで、明らかにカミーユが動揺した。


 伝わったのならそれでいい。

 そのまま動き出して部屋に戻っていく。



 かつての俺は同じぐらいの歳だった。


 叶斗とカミーユでは考えることも違うだろう。


 だけど分かる。

 想いに違いはないと思うから。


 カミーユはきっと、命すら盾にするだろう。

 何よりも守りたい、そう思っても不思議ではない存在が彼にはある。

 彼が人生を捧げてきた相手を守らねばならない時、動かないはずがない。


「はあ……」


 俺はナディアを助けるためにここに来た。

 自由も知らず、運命に翻弄され続ける少女を見捨てることなんてできずにここにいる。


 だけど、彼女だけを守るとは一言も言っていない。

 守る理由なんてひとつじゃない。

 非道を見過ごせない、友人の心を守りたい、女の子に泣いていて欲しくない、死にに行くやつを見捨てられない、一つに収まり切るはずがない。


 彼らは知らないが俺がいる。


 死を選ぶ道なんて、させてやるもんかよ。



 ****



 そして、二日が経つ。


 ユーゴーは議会へと向かっていった。


ありがとうございました


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