再会
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そして翌朝、学園都市を出発した。
見送りには何も無かったように振る舞うリーナ、何も知らないローレンス、ウェイン、そしてまだ学園都市に残っていたカイルやグレン、ウィルフレッドも来てくれた。
みんな暇だったらしい。
というのは冗談で、一人旅に出る友人の無事を祈ってということだ。
実家への帰宅を午後に控えていたウィルフレッドには本来なら止めるべき無茶だなんて言われた。
けれど、そもそも学園都市にはウォーカー伯爵領から徒歩で来たのだから今更な話である。
そんな考えはおくびにも出すことなく、笑顔で彼らの心配は受け取ってしばしの別れを挨拶した。
心配されるほどに騙していることに罪悪感が募るのだが、それもまた今更の話だ。
「行ってらっしゃい」
「行ってくるよ。それじゃあまた、後期になったら」
学園都市を離れた後、追っ手が居ないことを確認してからフランクールに準備しておいた拠点へ転移した。
しばらくはアリバイ作りにいくつかの街に転移を重ねつつフランクールで活動するつもりだ。
****
「一人旅は危険だとあいつは教えなかったのか?」
「一昨年は学園都市まで普通に送り出してくれましたよ。……師匠は人に言える立場ではないというのも」
「それもそうか」
ところどころ星明かりが差すような木立の中を進んでいた。
「普通なら止めるべきなんだが……」
「貴方のご子息にも同じことを言われました」
「ああ、今日の夕食でウィルに聞いた」
視界を覆う闇、自分の知らない場所、今までに感じたことの無い気配を持つ魔物。
普通なら神経を尖らすべき場所だ。
そんな中、俺とフランク団長の二人で呑気に話をする。
俺と"無敗"に普通なんて関係はない。
「晩までは向こうにいたのでしたら……ここに居てもいいのですか?」
「仕事で深夜にも飛び回っていることは多々ある。私の立場は妻も子供も理解してくれている」
でも今俺といるのは仕事じゃないですよね、なんて言葉は飲み込んで話を変える。
「……ところで、どこに向かっているのでしょうか?」
連れ回されているが現在地は大雑把にしか説明されていない。
分かっているのはフランクールの北部ということだけだ。
秘密基地の留守を任せているシズクに手紙が届いたと教えてもらったのは三時間ほど前。
一度戻って確認すると手紙には『君に見ておいてもらいたいものがある』という文言だけが書かれていた。
俺が旅に出たことをウィルフレッドから聞いて、時間があると判断したらしい。
あまり気は進まなかったが、非公式のやり取りといえどそうそう断ることはできない誘いである。
フウマとカイトの二人にナディア達を見守るように頼んでここに来た。
行き先も分からないまま十数分、いよいよ目的地が判明する。
「案内人のところだ」
適当に相槌を返してから黙って付いて行く。
****
もうしばらく歩いた後だった。
「……っ!」
付いて歩いていた背中が視界から消える。
それから、目の前に大きな手が現れた。
「どうされましたか?」
「殺気だ」
短距離転移で隣に立ち、俺を静止させた団長に尋ねた。
先程までとは打って変わってその表情は警戒心に満ちている。
開けた視界から闇深い森の奥を見つめてみる。
この先に何かが居るらしい。
「……来るぞ」
おそらく団長が三歩先を歩いていた分の距離を詰めてくるのだろう。
こちらに向かって来たということは俺たちに気づいているということか。
相当の索敵能力だ。
少なくとも団長と今の俺が設定しているより範囲が広い。
設定を変更。
数段階、範囲を広げる。
「……えっ?」
「どうした」
「いえ、少し」
しかし、そこに相手が見つからなかった。
確かに誰かの魔力がそこにあることは分かる。
だけど、その中心にあるはずの術者の存在が見当たらない。
とても強い隠蔽だ。
もう少し探ってみようとしていると、移動してきた相手の領域内に入る。
……いや待て、この魔力。
同じものを知っている。
そして、色々と繋がった。
「少し行ってきます」
「何!?」
「貴方も来ていただいて構わないかと」
……だって多分、目的の人でしょう。
この先にいるのはきっと件の案内人だ。
身体強化をフルに入れて、深い深い闇の奥へと駆け出した。
****
真っ直ぐ走るのも困難なぐらい何重にも認知妨害がかけられている空間は闇そのものの中を進むような感覚だった。
転移で直接中心に来ようとしたら永遠に辿り着かないだろう。
けれど、その道をただ真っ直ぐに走り抜けば辿り着く。
「……」
視界が晴れ、ぽっかりとわざとらしく空けられた空間を包んでいたのはこれまでと比べ物にならないほどの静寂。
命の気配は一つもない。
寄せ付けていないのか、領域内の全てが駆逐されたのか、判断に迷うところだ。
「…………」
そもそも視界が晴れても全てが幻覚かもしれない空間である。
いくつかの気配が現れては消えていた。
……ダミー、だな。
こんな簡単な見せかけに飛びついていれば落第点を言い渡されるだろう。
……一気に探せば楽だけど。
場の支配を塗り替えるように俺の魔力でここを満たせば、相手は見つかると思う。
それだときっと及第点ぐらいか。
そんなのは悔しいから奇襲に対して万全の構えを取りながら、一つ一つ探していく。
……一度でも見落とせば、負け。
限界まで神経を尖らせる懐かしい感覚に思わず口角が上がる。
前、右、左、そして──。
「【突風】!」
振り向くより先、背後に向かって魔法を放つ。
木々をなぎ倒す程の風はすぐにかき消された。
「よしっ!」
思わずガッツポーズが出る。
こちらでは少々浮くような仕草だが気にしない。
認識を捻じ曲げられていた世界が歪み、正常な位置へと戻っていく。
「ふむ、忘れとらんようだのう」
「それが俺の取り柄ですから」
そして後ろから聞こえてきたのはしわがれた懐かしい声。
振り向きながら、思わず得意げに胸を張って答えてしまう。
何も無かったかのように立っている小柄な老人は、そんなガキ臭い態度を嘲笑うことなく、目を細めた。
「お久しぶりです、導師」
「ああ、久しぶりだの。達者だったか」
****
「流石、と言うべきですか」
「ほっほっほ、弟子との再会で張り切ってしまいましたわ」
導師が魔法を解いたために団長が転移ですぐに追い付けた。
彼の言っていた案内人はやはり導師のことであったようだ。
春に情報を運んできたのは導師だと言っていたから納得である。
二人はこれまでにも何度か顔を合わせていたようで、あれこれと話をした後、先の話題になった。
「しかしあれほどの多重魔法、"常闇"の名はまさに」
「"無敗"にお褒めいただき光栄じゃが……わしはただの老骨。あえなく弟子に見破られる有様ですわい」
「……彼は、その」
「ええ、気にするだけ無駄ですのう。旅に出て、学園に入り……あやつは人に会う度に強くなりよる」
俺が別々に知り合った二人の大人同士が話しているのを不思議な気分を味わいながら見ていると唐突に褒められた。
言ってることには俺も納得するが、どれもこれも導師が色々と教えてくれたからだ。
「導師の教えのおかげですよ。本当に」
「最初は軽い気持ちだったがのう……」
導師が教えてくれた魔法を見て盗む技術は見事に俺にシナジーした。
中精霊から精霊に例えられるような魔力操作、異世界から来たことに由来する魔力量と属性数、それから転生したことが関わっていると思われる完全記憶。
それらが噛み合わさり、おおよそどの魔法でも一度見れば使えるようになるという普通では有り得ない特性を得た。
導師もまさかこうなるとは思わなかっただろう。
転生者であることを明かすまではその一切を伏せていた。
珍しく素直に褒めてくれる彼に笑顔でドヤ顔を見せていると、呆れたように一つ鼻で息を付いてからふっと笑った。
そしてそのままいつものニヤニヤした笑顔となり、俺の目を覗き込む。
「まあじゃが、変わらんところもあるようじゃな」
軽い調子の言葉だった。
けれど、向けられる視線に籠るメッセージはここがフランクールであると知った時、いや、それよりもっと前からあったものの図星を突く。
「お前さんは強くなった。じゃが、初めて会った時も今も、お前さんの目は何も変わっとらん」
ここで目を背けてしまうことが彼の言う通りであることを示してしまう。
「お前さんの優しさは美点じゃよ。じゃから多くの人に好かれる。ラスの妹なぞ、その典型じゃろう」
俺のこれを優しさと思ったことは一度もない。
──こんなのは当たり前なのだ。
「ゼロの話も聞いておる。学園都市ではどんな悪漢も等しく憲兵のお縄にかかっとるそうじゃのう。傷一つ無く、気絶した状態で送り付けられとるとか」
正義を成しているつもりである。
だけど、俺はここで自分の考える正義を正しいと主張するつもりもないし、できるはずもない。
「苦しかろうな。お前さんはわしらとは根本が違う。お前さんの潔癖を見れば、すぐにばれる。だがな──」
普段は開かれない暗紫の眼が俺を射抜いた。
「──お前が立とうとしているのは、この世界の、戦場じゃぞ」
厳しい一言だった。
甘えるな、そう言われている。
「目を瞑るでない、レイ。守れるものも守れんくなるぞ」
導師は言い切ると、年寄りのお節介を受けていけ、そう付け足して身を翻し、森の小道を歩き始めた。
ありがとうございました。