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暗躍の兆し

 北の大国ルスアノが侵攻してくるのを阻止すべく、東のフランクール共和国は国境線で迎え撃った。


 戦闘の口火が切られたのは俺が騎士団長から緊急を伝える手紙を読んでから数日後のことである。

 それから彼は最新の情報をたびたび俺に送り付けてきている。


 手紙を読む限りは激しい戦いが今日まで続いているらしく、今にも各地に飛び火しそうなところだという。


 ──そう、戦争が始まったのだ。


 王国は当事国でないが、街でも学園でも話題の中心はそればかりだった。


『向こうは大変なことになってるな』

『……学園の方でも話題か。これを』

『それはもちろん、留学生もいるからな。んー…………また良くなってる。でも、いつも言ってるけど俺に合わせてていいのか?』

『……』


 この半年で結構慣れてきたドワーフ語で世間話をしながらできたてほやほやの刀を受け取る。


 夏以降も俺は技専鍛冶師科のジェンナーロのところに足を運んでいる。

 最近はシンディの飛行機作りの機構が俺にもわけが分からなくなるぐらい複雑化し始めたから、魔石だけ渡してこちらに来ることも多い。


 ジェンナーロには夏ほど多くの仕事をしてもらっているわけではないが、学園で定期的に使う武器のメンテナンスなんかをしてもらっていた。

 その見返りとして彼が打った武器の試し斬りだったりテスターとして使用感指摘をしたりもしているのだ。

 彼の知り合いの中では一番剣の扱いに長けているのが俺らしい。


 それで今日は彼が最近熱心に作っている日本刀の試し斬りをしていた。

 彼はほとんど鍛冶場に籠りきりで更にはいくつかの魔法を使って工程を短縮しているから、数週間もあれば数本の刀が出来上がっている。

 工房から回される仕事もあると考えると相当なペースだと思う。


 さて、俺に尋ねられたジェンナーロはしばしの沈黙の後に首肯した。

 

「それは、いいんだ」

「そう。なら別にいいけど」


 彼が作る刀は試し斬りをする俺を意識してなのか、標準の刀身よりやや短いことが多い。

 身体の小さなテスターに合わせてくれているのは有難いのだが。

 ジェンナーロがそれで良いと言うのなら特に突っ込む必要はない。


 試し斬りを終えた俺は握っていた刀を丁寧に元の場所に戻す。


 いつもこの瞬間は名残惜しい。

 ジェンナーロの打つ武器はよく手に馴染むのだ。

 正直そのまま【亜空間収納アイテムボックス】にしまって自分の物にしたくなる。


 ……金、用意しとくか。


 秘密基地の素材や魔力に任せて作った薬を売りさばくルートを夢想する。


 学生の間は余程のことが無い限り買うのを我慢するつもりだったが、最近は一振りぐらい購入してものではと思い始めた。


 自分で刀を打っていないこともないが、純粋な出来栄えでは圧倒的にジェンナーロの作る刀の方がいいのだ。


「なあ、そろそろフェデリコさんにも見せていいんじゃないか?」


 詳しくは知らないが何かしらの課題を与えられているといつか言っていた。


「……まだだな。それに、親父は今忙しい」

「……! こっちにも注文が来てるのか」

「完成品は転移陣ですぐに送っている」


 戦争の影響は思ったよりも大きいらしい。

 向こうで使われる剣などをこちらで生産しているようだ。

 フランクールにはドワーフの自治領がいくつかあるが、それぞれに血の繋がりも深い。


「俺は生まれた時からここで暮らしているが……親父は違う。故郷は、最も戦場に近い所だ」

「それは、心配だろうな」

「あの街の守りは世界一だ、なんて言っていたがな」


 少しだけ彼も誇らしげに笑いながら言う。


 実際に見たことはないが、ドワーフの街は外敵の侵入が多いことと彼らの建築技術が飛び抜けて高いことが相乗して難攻不落の地下要塞になっているらしい。

 鉱床付近に住む彼らならではの住環境だと本で読んだ。


 運び込まれた鉱石を目当てに侵入してくるドラゴンすら撃退するというのだから人の戦争でもある程度は大丈夫なのだろう。


 そこから暫く、刀以外の試作品を俺が振ったり彼の刀作りを見学させてもらったりした。

 途中からは火や土の魔法を使わない作業をいくつか手伝ってみたりもする。


「やっぱりまだ居やがったか」


 二人で黙々と作業に集中していると作業場の扉の方から声がかかった。

 声の主は俺も面識のある工房の職人の一人だ。


 開かれた扉から差し込む日差しはいつの間にか随分と傾いている。


 飯の時間だろうと急かされ、すぐに作業を片付けを済ませる。


「なんだ、また失敗したのか」

「……うるさい」

「なかなか頑固なんだな」

「俺がまだまだなんだよ」


 俺の居なくなった後の工房からはそんな会話が聞こえた。


 ……今日の作品に失敗作なんてあっただろうか。


 どれも持っていきたいなと思うぐらいの素晴らしい品質だと思ったのだが。



 ****



 見てきた技術を自分の身に付けたいから帰ると直ぐに秘密基地に作った鍛冶場で槌を振るった。


 すると、空間が揺らぐ。


「初めて会ったときは学生、次は怪盗。今度は鍛冶師か?」

「……挨拶ぐらい、してくださらないのでしょうか?」


 どうせ挨拶の前に気が付く君には二度手間だなんて言って、突如の来客であるフランク団長は悪びれない。


「しかしまあ、なんだ、ここは」

「鍛冶場ですけど」

「そんなことは分かっているが……」


 彼は俺の答えに呆れながら無造作に立てかけてある試作品の一本を手に取る。

 素人の作った雑な作りの両手剣だが彼の目には奇異に写っているようだ。


「これほどのミスリル、どこから……」


 それもそのはず、一メートルほどの刀身は全てミスリルだ。

 精霊を写すその希少金属は鍛冶場の火が消えて真っ暗な中でも青と緑に光る。


『レイが頑張ったのよ』

『ワタシたちのことは忘れてね』


 いつの間にか姿を現していたルリとヒスイが俺の代わりに答えた。


 理解不能だと怪訝な目を向けられて肩を竦めて見る。


「本当はどこかから掘り当てるのが一番楽なのですが……今回は複製しました」

「っ!!!」


 フランク団長が息を呑んだのが分かった。

 驚かれるかもしれないとは思っていたが、少々大げさじゃなかろうか。


「作業自体はそう難しいことではないでしょう? 【複製レプリケイト】は土属性ですが中級魔法でしかありませんし」

「本当にそう思っているか?」

「……」


 ミスリルの複製はそう難しいことではない、技術的には。

 だが精神的、肉体的にとてつもなく苦しいのが普通だろう。

 俺でも何の苦も無くというには無理がある。


 というのも【複製】の魔法の魔力消費は複製する素材によって決まる。

 その中でも魔法金属の複製というのは群を抜いて魔力を消費するのだ。


「ですが、慣れていますので」


 ニッコリとほほ笑んでみると自分の嫌いな食べ物が目の前で平らげられたのを見るような目で見降ろされていた。

 魔力枯渇は確かに苦しいが、その度に魔力量も増えるから別段悪いことはない。

 それに俺の魔力量なら枯渇数回で剣一本分のミスリルは複製できる。

 団長の想像する回数よりはずっと少ないだろう。

 なにより俺は枯渇後の苦痛もルリ達の癒しで幾分か和らげられるのだ。


「君まで出奔していなくてよかったな。本当に」


 安堵によるものなのか困ったことによるものなのか、分かりづらい笑みを浮かべて団長は言った。

 この量の純粋なミスリルが市場に流れると大変なことになるらしい。


 ……まで、ってことは。


 彼の台詞に引っ掛かりを感じて確定事項として述べてみる。


「ああ、それが今日の本題ですか」

「……アイリのことを知っているのだから、君も知っているか」


 王国も走った戦争の情報収集は欠かしておらず、戦地には密偵を送り込んでいる。

 魔法による移動能力や隠密能力、自衛能力が揃っている団長も現地に何度も赴いていた。


 その最中にルスアノ側がまったく新しい魔法具を使っていることが分かったらしい。


 その奇妙な形状に出処が当たった団長は相手側からサンプルを回収し、王都にいるアイリ・トウドウに確認してもらったという。


「実弾を打ち出す遠距離攻撃の魔法具ですか……『銃』ですね」

「アイリも同じ言葉で表現していたな。向こうの兵器を模した物なのだろう?」


 眉間に皺が寄るのを感じながらも頷いておいた。

 それから【亜空間収納アイテムボックス】からいくつか物を取り出す。


「ええ。多少形状は違うでしょうが、こっちか、こういう形のものでしょう?」

「! ああ。そっちの、長い方に似ている」


 銃を模した魔法具ならば向こうとこっちで齧った知識を元にいくつか作っていた。

 もちろん自分以外に使わせる気は一切ないが。


 片手で使えるように調整した拳銃型と遠距離攻撃主体のライフル型を取り出すと後者の方と似ているらしい。

 射程を伸ばすための術式を埋め込むにはどうしても砲身が長くなるのは向こうも俺と同じなのだろう。


 なら多分、他の改善点も同じだ。


「確かに目新しいとは思いますけど威力や連射力……一概には言えませんが、革新的ではありませんよね?」

「ああ。魔法や弓の魔法具などと大して変わらず対処できそうだ」


 聞いてみた様子では向こうのものでも火薬は使われていないと思う。

 おそらく内部もそう緻密な作りではない。

 量産するようなものなら、再現できて射程二、三百メートルというところだろう。


 それではこの世界では革新たりえないのだ。

 魔法という存在により遠距離攻撃への対策はあちらで銃が開発された頃よりずっと進んでいるのだから。


「どうやら、彼はあまり向こうの技術に明るくないのでしょうね」

「……君はどうなんだ?」


 団長の問いに少しだけ笑いながら答える。


「おそらくは同じぐらい、ですかね」


 向こうでは特に個性の無い方だったと思う。


 それは多分、彼も同じなんじゃないだろうか。


「まあ、ですが……この世界では、彼も私も」


 俺の背中側で静かに佇んでいるままの二人に視線をやると団長は顔を引き締めて頷いた。

ありがとうございました。


ブクマ、評価、感想、レビュー、心待ちにしております。

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