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プレゼント

 帰りの馬車でラスが静かに考え込み、大人たちはラスのことで会話が弾む中、俺はうんうんと考えていた。

 強くなる、と言ってもどうすればいいかは全く見当がつかない。

 実は洗礼式で魔力を隠蔽するための努力に精一杯で、ここからのステップは漠然としか定まっていないのだ。冒険者とか、魔法使いとか、騎士とかになる。それだけ。


 その第一歩として考えたいのは魔法を覚えることだけれど、聞いてみたところ半端じゃないほどお金がかかる。

「攻撃魔法を覚えるなんて金貨が必要だね」とばあちゃんが言っていたので、ただの六歳児にすぎない俺には現時点で現実的な話ではない。村でなら家を建てるのにも金貨なんか使わない。

 それなら異世界の知識で金策を立てよう! なんて思っても、高校二年までの十六年をただ生きていただけでは、何かの製法なんてもの覚えていないものである。叶斗がレイの記憶力を持っていればと思わずにはいられない。

 俺にはただ魔力があるだけで思い立ったものを言わずとも実現してくれる、AIみたいなスキルや優秀な手下もいないし、絶対にこれを作るんだという熱意もないのだ。


 という訳で暫く魔法関連は放置だ。

 今は魔法ではなくて将来のために魔力を鍛えるに留めておく。


 次に考えられるのは、剣などの武器だろうか。

 銃刀法なんてものはもちろん存在しないこの世界だ。魔物対策で一家に一本ぐらい剣はおいてある。

 ただ、剣を教えてくれるような人物に心当たりがない。

 我流で剣を振ってもいいが、それだと無駄な時間がかかってしまうことは叶斗時代でなんとなく知っている。高校になって、一年生からレギュラーを張るようなリョウと色々練習してようやく、サッカーがちょっと上手くなったと感じたから。

 しかし元メイドの母さんとばあちゃん、元侍従のじいちゃん以外は、村には農家や木こりとその奥さんぐらいしか居ない。

 都合よく森の中に元騎士や元冒険者が住んでいたりするなんて聞いたことは一度もない。


 さて、どうしよう。


 他にやらなくてはいけないこと⋯⋯

 ああ、村には猟師も何人か住んでいるじゃないか。

 彼らに頼んでナイフや弓矢の使い方を教えてもらうのがいいかもしれない。

 将来的に、魔物も倒すことになる時が来るだろう。その時に解体や剥ぎ取りの基本技術は必要なはずだ。

 それに生き物を殺す感覚、そういうものを知っておかなければ凶暴な魔物の前に立つことはできないはずだ。

 うん、まずは狩りを覚えよう。やれることから。

 その間に剣の扱いを教えてくれそうな人を探せばいい。

 もし村の中に教えてくれる人がいなかったら、野菜売りに同行して街に乗り込んでみてもいいかもしれない。


 そんな風に俺の大まかな行動計画が決まったところで馬車が村に着いた。

 時間は夕暮れが近づいているし、昼を食べられていないから今にも腹が鳴りそうだ。


「じゃあな、ラス」

「うん」


 家に着く頃になってもラスはまだ難しい顔をしている。


 彼のこれからは彼以外に決められないものだ、存分に悩むといい。


 迎えに来てくれたエレナばあちゃんに洗礼式の戦利品である身分メダルを見せると、洗礼を祝う言葉が送られた。

 今日はお祝いにばあちゃんが腕によりをかけて作ったご馳走らしい。

 母さんもばあちゃんも、それからじいちゃんも料理がとても上手く、うちのご飯はいつでも美味しいが、今日は一層楽しみだ。


 好物ばかりのご馳走に舌鼓を打ちながら今日の洗礼式の話をじいちゃんとばあちゃんに話していく。

 街が綺麗だったこと、洗礼式の時の魔法と祝福の魔力のこと、俺とラスの魔力のこと、それから婚約話が含まれた勧誘を受けたこと。

 いつもは楽しいけれどマナーを守って他の家よりよほど静かな食卓が、今日はとても賑やかだった。


 マグワイア家との婚約話の時には、ばあちゃんは大笑いしていた。


 ご飯を食べ終えて俺が箸を置くと、母さんが長方形の箱を、じいちゃんが布に包まれた長短二本の棒状の何かを持ってきた。


「何それ?」


 母さんの箱は片手で持てるサイズで、じいちゃんの持つ棒は俺の背丈ぐらいある長さとその半分少しの長さだ。


「これは私から。洗礼式のお祝いよ。おめでとう」


 渡された箱の蓋を開けてみると中には革製の鞘に入ったナイフが入っていた。

 鞘にも柄の部分にも、おそらく滑り止めになる機能性を兼ね備えた美しいデザインが施されている。

 狩りを始めようと思っていた俺には渡りに船となるアイテムだが……この装飾、確実にお高い。


「ナイフ?」

「この子ったら一番いいのを買うって言って聞かなかったのよ」

「だって」


 俺の問いに答えたのはばあちゃんで、母さんが唇を尖らせた。


「レイ、抜いてみなさい」


 じいちゃんに促されて柄を握ると僅かにだが魔力が引かれた。思ったより軽い。

 まさかな、と思って恐る恐る鞘から出してみた。


「何これ⋯⋯」


 刀身が少し見えたところで鞘に刃を戻す。

 予想通りに、普通の人ならただ綺麗なのだろう刀身が俺には少し輝いて見える。


「ナイフよ、ちょっといいやつだけど」

「純ミスリルのな」

「純ミスリルって⋯⋯」

「だって、あの人ならって思ったら⋯⋯」


母さんが誤魔化して、じいちゃんが口を挟む。俺がちょっと呆れていると母さんがちょっとバツの悪そうな顔をした。

 あの人っていうのは俺の父親のことだろうか。どんな人だったのか気になるところだが、今は一度置いておこう。


 ああ、当然のようにこの世界にはミスリルが存在した。

 こちらの言葉を直訳すれば精霊銀となるが、魔力を通しやすい、丈夫、軽い、魔力を通せば六色の輝きを見せる、という部分でミスリルに相当させて問題ないはずだ。エルフが管理しているという。

 加えて、神鋼や妖炎金や魔金剛と呼ばれる金属も存在する。

 これらも分かりやすさとその特性から、オリハルコン、ヒヒイロカネ、アダマンタイトとそれぞれ日本語訳させてもらっている。こちらはドワーフたちが日夜新たな鉱脈を探し続けているらしい。


 さて、そんなミスリルだがもちろん希少金属だ。この世界では誰もが名前を知っているオーソドックスな金属に分類されていても、純ミスリルのナイフを持っているのは普通、熟練と呼ばれるレベルの冒険者や騎士である。

 子供に持たせるものではないことは確かだ。


「ご、ごめんね?」

「ううん、嬉しい」


 母さんが堪りかねて俺に謝るが、ちょっと驚いただけだ。嬉しさの方がよっぽど勝っている。

 衣装といいナイフといい、本当にこの人は俺に甘いところがある。いや、あの衣装に込められた思いを優しさと言うべきなのかはわからないけれど。


「ありがとう母さん、ずっと、ううん、一生大切にするよ」

「レイ……」


 洗礼式に貰ったミスリルのナイフなんて生涯の宝物だろう。定期的に魔力を通せば半永久的に使えるというミスリルだ。手入れも保管もしっかりして存分に使わせてもらうことにしよう。

 盗まれるのが怖いから、人目の付くところにはぶら下げていけないけれど。


「私とエレナからはこれだよ。リーンみたいにいいものでは無いが⋯⋯」

「もう、モルドさん!」


 張り切りすぎたのが自分でも分かっているだろう母さんがじいちゃんのからかいに顔を赤くする。わが母ながら可愛らし人だ、本当に。同じ顔をしていても仕草が違う。


 じいちゃんが布を解いて俺に差し出したのは、長さ一メートルほどのものと六十センチ程、握る部分がほんの少しだけ太くなっていて、その先はやや反りながら細くなっていき、先端は丸くなった木の棒だった。


 渡されたそれを握れば小学六年生の時、修学旅行先の京都で運命のようにも思われた出会いを果たした瞬間とそれからのアツい一週間が鮮明に思い出される。

 あの時は家の庭で振り回してるのを咲良に冷たい目で見られたから冷めちゃったんだっけ……。


 おっと、いけない。

 日本への郷愁が蘇ってきたのを心の中で頭を振って抑え込む。

 ノスタルジーと六歳児なんて、韻を踏む時ぐらいでしか共存してはならない組み合わせである。


 話を戻して、渡された物を有り体に言ってしまえば日本で見た木刀であった。

 一般の長刀と脇差のような小太刀の二種類だ。


「⋯⋯何これ?」


 本日二度目の何これが口をついて出た。

『木刀』と日本語で口に出そうになったのはなんとか飲み込んだ。


「レイには分からないか。これは『ボクトー』だよ」


 ん? 今確実に『ボクトー』と言ったように聞こえた。


「ぼ、ぼくとう?」

「少し発音が違う。ボクトーだ。『カタナ』を模した練習用の武器だよ。」


 ボクトーの発音は日本人にはなかなか微妙なものだ。日本で木刀は"黙祷"や"格闘"などと同じ発音だが、こちらでは"エルボー"や"ライター"のイントネーションだ。

 米も箸も、それから刀も日本語と同じ単語で存在するので木刀があること自体に違和感は無いが、どうしてこれだけイントネーションが違うのか。よく分からない。

 思考の脱線が止まらないが、今はそうじゃないな。


「ありがとう、じいちゃん、ばあちゃん!」


 母さんからのナイフといい、二人からの木刀といい先程から欲しいと思った物ばかりだ。

 この世界は少し俺に優しく出来すぎているようにも感じるが、油断はいけない。

 けっこう上手くいっていた叶斗の人生でも交通事故という悲劇は油断によって起こったのだ。俺に過失は無かったけど、油断も気の緩みも死に繋がる。


「実はレイ、もう一本木刀は買ってあってだな」


 じいちゃんがやや照れくさそうにそう言った。


「よければ私が剣の稽古をつけてもいいんだが⋯⋯」

「ほんと!?」


 じいちゃんが言い切る前に俺は飛びついた。先程からトントン拍子を体現するように話が進んでいく。

 願ってもみない申し出に俺が喜んでいると、普段寡黙なじいちゃんまで嬉しそうにしている。


「そうか、そんなに嬉しいか」

「あんた昔、子供ができたら一緒に剣を振りたいって言ってたもんね」

「エレナ⋯⋯」


 俺の予測だが、この二人は多分子宝に恵まれなかった。だから王城での後輩だっただけであろう母さんとその息子の俺をここに住まわせてくれている。

 母さんは二人の子供であってもおかしくない年であるし、その子である俺も孫のようなものだ。


「よかったわね、レイ」

「うん、頑張るよ!」


 はしゃぐ俺に、綺麗なアーモンド型の目を細めて母さんがそう言う。

 母さんも応援してくれている。

 自分の身だけでなく、家族のみんなを守れるぐらいには強くなってやろう。



****



 七月一日。

 この世界の秋の始まりの日は急に涼やかで、気持ちを引き締めるのに丁度いい気温だった。


 いちっ、にっ、さんっ、し⋯⋯


 まだ朝日の気配も感じられず、星が綺麗に見える時間であるから早朝というよりもはや深夜である。


 一呼吸おいて魔力を体に巡らせる。

 息を整えるには肺や横隔膜、気管や気管支を意識して身体強化をするのがコツだ。

 飛躍的ではないが、今のレベルでもある程度は脳や内臓機能も魔力で強化できる。


 今日は自分でも驚くくらい早くに起きてしまった。


 緊張の洗礼式を終えた昨日の夜はいつもより早くに眠ってしまったが、朝は枕元に立てかけてあった木刀とナイフを思い出して目が覚めてしまったのだ。


 ちょっとした思いつきで木刀に魔力を流してみようとしたが、抵抗が強すぎた。

 無理をするとせっかく貰った木刀が弾けて壊れそうだったのでそれ以上はやめておく。


 身長に合わせて選んだ短い方の木刀とミスリルナイフを持ち出して、着替えを済ませ外にやって来たのは三十分ほど前のことだ。

 魔力で体力がすぐに回復するのでずっと木刀で素振りをしている。

 生身での感覚を確かめるために身体強化は使っていないので筋肉痛が心配だ。まあ、それも治せはするけれど。


 木刀に魔力を流すのは無理だったが、木刀を魔力で包むことはできた。

 身体強化の応用で自分の外殻を意識するのと同じ要領だ。身体から遠ざかるほど難しいけれど、今の身体で歩き出す前から魔力を操作してきた俺にはできる。


 コンコンと地面を叩いてから、先端を鋭利にすることを意識して、刺す。

 先の丸まっていた木刀が驚くほどあっさりと地面に突き刺さった。

 なるほど、こういうことも出来るのか。


 一通り想像のつくことをやってみた後はひたすら素振り。

 やってみると案外楽しいもので、初めは昔見たアニメキャラのようなカッコつけた技を、最後の方は実用的な美しさを意識しながら、できるだけ丁寧に木刀を振ることを素振りをしていた。


 たまに星を見ると予想以上に時間が早く過ぎていっているのがわかる。


 改めて木刀を地面に突き刺し、今度は腰に下げていたナイフを鞘から取り出す。

 柄の部分を握るだけで魔力が吸い出されるナイフに期待して魔力を通していく。木刀とは違ってすんなりと魔力が流れた。誰にも見られていないことだけ確認する。


 六属性色の幻想的な光だ。

 そのまま横薙ぎに一振り。

 魔眼で見ると暗闇の中を魔力の残滓が漂っていた。


 精霊銀と呼ばれる所以が気になったので精霊眼にも魔力を流すと、ナイフの刀身には沢山の精霊が集まっていた。

 光精は明かりのない場所には居ないので、この時間は集まっては来ない。

 今多いのは闇精、土精、風精、水精だ。


 順に属性魔力を流していくと刀身の色が変化していく。

 どうやらミスリルの放つ輝きは、近くにいる精霊の光を反射しているものらしい。


 その後ミスリルナイフを媒体に精霊と小躍りを踊ること数十分、ちらほらと野良の光精が現れた当たりで俺はナイフを鞘にしまった。

 この鞘は魔力を通さない革だから、多分何かの魔物のものだ。


 本当にこれでいくらするのか、いつか調べよう。

 最後に序盤で追っ払った闇精に媚を売るべく、今日の朝の残存魔力はその場に残っていた闇精に全て差し出して、ぶっ倒れてから家に帰った。


 さあ、今日から剣の特訓だ!

ありがとうございました


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