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安穏

 結局のところカイルは、シアラー家の彼、ジョージ・シアラーに対するイタズラと、俺への恩売りの両方ができるんじゃないかと考えて、彼を野放しにしてたようだ。


 俺にバレてしまったからには、諦めて排除してくれるらしい。

 カイルは、彼に対するカードなら何枚だって持ってると自負した。

 反目する相手に対する準備は怠らないそうだ。


 ……最初からそうしてくれればよかったのに。


 俺が彼を細かく調べ上げた労力を返して欲しいものである。


「そんな目で見ないでくれよ。僕を頼る素振りも見せない君も悪いんだ」


 なんの事やら。

 冗談だと思って、もう一度胡乱な目を向けてから、食器を片付け始めようとする。


 けれど、そのまま彼の言葉は続いた。


「だって今は、僕よりずっと、シャーロットの方が君に近いじゃないか」

「……え?」


 カイルの本音の言葉に虚を突かれて、手が止まる。

 素で聞き返すと、カイルは静かに笑った。


「……君の母親のことは、君を知る際にすぐ調べた。年代では有名だったようだから、すぐに分かったよ」

「はあ……」


 突然母親のことを切り出されて、気の抜けた返事しかできなくなる。

 シャーロットと俺の繋がりは確かに母さんが居た部分も多いが……


「その時点でシャーロットが敵になるのは予想が着いていた。セシリー様とシャーロットの趣味趣向はそっくりなのは知っていたからね。……それで、何とか夏までは接触を食い止めてたわけだ」


 シャーロットのお茶会に行く前日、教室で話したことを思い出した。

 カイルはあの時、自分の力量不足を自嘲していた。


「問題はそこからだよ。それまでの君と僕は、確かに近かった。夏には一緒に狩りに行くぐらいだったから」


 けれど、学園祭の晩餐会でそのアドバンテージはゼロにされたも同然だったらしい。


 確かに、あの時の俺は無理矢理だったとはいえ、シャーロットをエスコートし、彼女と同席して、母親であるセシリー様とも話をしていた。


「シャーロットだけなら、何とかなったんだ。ただ、セシリー様が腰を上げた」


 そこでセシリー様が母さんを含めて、俺を囲おうとするものだから、カイルも具合が悪かったらしい。

 俺本人はともかく、カイルと母さんとは面識も無い。

 俺が母親のことを最優先したりすると、手の施しようがなくなるのだという。


「どうしたものかと冬の間も色々考えていたよ。けど、有効な策も取れないまま、さらに僕は不利になった」

「?」

「……相手の陣地に重要な駒が自分から飛び込んでいってしまったからね」


 思い当たった時に、カイルはこれまでの重くなった雰囲気を取り払うかのよう、肩を竦めて軽く言葉を発する。


「まったく、君の幼馴染まで学園にやって来るとは思わなかった。グレンに頼んでもっと細かく情報を取ってくるんだった」


 リーナのことだ。

 それについては俺にも意外だったから、カイルなんかは知る由もないことだろう。


「君も、結婚が決まった相手がいるなら少しぐらい話に出しておいてほしいよ。さっさとシャーロットにお茶会まで引っ張られていっちゃったじゃないか」


 母親と結婚相手ごと囲われたらどうしようもできないじゃないか、などとカイルは半ば不貞腐れる。


 今日のカイルは、いつもの笑顔の仮面をどこか脱ぎ捨てているようで、見ていて面白い。


 だからなのか、俺はこんなことを言っていた。


「別に、何も決まっているわけではありません」


 至極真面目な顔で述べたのは、単なる事実だ。

 それを聞いてカイルは、少しだけ目を丸くした。



 ****



 一人と勝負をつけると、控えていたもう一人が間髪をいれず切りかかってくる。


 呼吸を整える間を与えてくれない素早い踏み込みは見事である。

 やはり今日も気合いが入っている。

 あの二人に呼ばれたことが良い風に働いているようだ。


 しかし、踏み込む方に意識が行ってしまったのだろう。

 振りがややおざなりになっていた。


 勢いが付く前に軽く弾いて気勢を逸らすと、間合いが開いた。


「えいっ!」

「リーナは思い切りが良いですね……」

「えへへ……えーっと」


 その脇ではリーナとナディアが仲良く地面に腰を下ろして、話をしている。

 戦う訓練をするわけではないが、二人の手にも刃物が握られていた。


 二人ともよく切れるその刃を相当深く自らの腕に当てる。

 傷のない白く綺麗な肌から、赤い血がつうと滴った。


 ……傷跡が付くようだったら後で俺が治そう。


「せーので行きましょう」

「はい!」


 まあ、その心配は杞憂なのだろうが。

 治癒師科十組のナディアと、彼女に教えを乞うたリーナが、一緒に詠唱を初めた。


 それと同時に、俺は余所見をやめる。


「はあああああっ!」


 取られていた間合いが再び詰まっていたのだ。


 先程見せた踏み込みと、修正してきたのだろういいタイミングでの振り。


 一度の指摘で完璧に修正できるのは流石ローレンスも騎士科十組だと思う。

 だけど、それは俺も織り込み済みだった。


「よっ、っと」

「…………くそっ」


 確実に当てられる、その一瞬前に剣閃の通るルートから身を外した。

 そこから攻撃後の隙ができた相手に突きを寸止めし、仕合を終わらせる。


「俺の十勝ずつ。今日は終わりだな」

「最後、惜しかったっすね」

「……いつもだが、なかなか埋まらんな」


 先に終えていたウェインがこちらに寄ってくる。


 ここから弟子であるウェインに講評と課題を与え、ローレンスとも少しばかり仕合の振り返りを話し合う。

 放課後、三人で特訓をする際のいつもの風景だ。


「皆さん、怪我はありませんか?」


 それで、今日はたまにある無料回復付きだ。


 まあ、俺が寸止めで行っているからウェインもローレンスも怪我はしないし、完全に当てに行かれている俺も、当たらなければ怪我はない。


「レイお兄ちゃん、はい!」


 ナディアが尋ねる横で、リーナはささっと詠唱を終わらせて、俺に癒しを与えた。


 奥でナディアが一瞬目を見張る。

 まあ驚くのも無理はない。

 侍従科でありながら、リーナはこの一ヶ月で相当上手く治癒魔法を使えるようになっていた。

 本人が言うに、本を読んで勉強するのが性に合っていたらしい。

 もっと勉強するのだとも意気込んでいた。


「ありがと、リーナ」

「えへへへ」

「ウェイン、ローレンス、癒しをどうぞ」

「……ありがとございます」


 感謝の気持ちに俺がリーナの頭を撫でていると、無機質な声で三人がやり取りをしていた。

 少しげんなりさせてしまったかもしれない。


 ……あー、まあ、こういうところだよな。


 俺とリーナの距離感は、村に居た時とあまり変わっていない。

 貴族もいて、人と人との距離が比較的遠いこの学園では、ずいぶんベタベタしているように見えるだろう。

 カイルが俺とリーナが正式な婚約者などでは無いと知って、驚いたのも無理はないのかもしれない。


 だけど、村にいた間に俺はその距離でいるのが当たり前になっていたし、リーナもそれを普通だと思っている。

 お互いに気にしなければ、どうってことないのだ。


「ナディア様、そろそろお時間です」


 そこから談笑のような、振り返りのような話をしていると、すっかり影を薄めていたカミーユが自分の主に時間を告げた。


 また明日と声をかけて、一人方向の違う俺は、先日頭の中に入れた本を見返しながら、すっかり綺麗にされた帰路を歩くのだった。



 ****



 俺の立ち位置が変わって、少しの面倒こそあったが、春の学園生活は平穏無事な日々が流れた。


 授業を受け、図書館で勉強し、弟子に教え、友人と話し、たまに魔力を渡しに行くため技専に赴いたりする。


 夜にゼロとして活動する分にも、最初より格段に犯罪が減っていて街も平和だ。


 俺が普通の学生だったら、いや、この春が普通の春だったら、きっとそんなことを実感するまでも無く、なんの憂いもない学園生活を送っていただろう。

 現に、ローレンスもウェインもリーナも、楽しそうにやっていた。


 だが、時としてそんな状況は一瞬の間に変化するものだ。


「さて……どうなるかな……」


 誰もいない山中の小屋の中、俺は呟いていた。


 目を通していた手紙を二つ折りにして、手作りの机の上に置いた。


『……何かご用命は?』

「とりあえずは待機だよ」


 俺の内心に通じるカイトが気を利かせてくれたが、今はまだその時じゃない。


 どうなるか分からないかぎり、どうするべきかは分からない。


 ただ、確かに言えることがあった。


 俺の数少ない友人の一人は、まず間違いなく、この先どこかで巻き込まれてしまうこと。

 そして、俺がその彼女をそこから救い出すだけの力を持っていること。


 外に出ていた風精霊達が戻ってきて、室内にふわりと風が舞う。

 机の上から、手紙が落ちた。


 もうすぐ春が終わる。

 そして、戦争が始まる。







ありがとうございました。


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