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思惑

「今日は一緒に昼食を取らないかい?」

「……突然言われましても……」


 午前の授業が終わり、更衣室の外でローレンスを待っていた時のことだった。

 普段は一定の周期でしか食事に誘ってこないカイルが、俺に言ってくる。

 つい三日前にグレンとジェシカ、マーガレット、それからローレンスで食事をしたばかりだから、珍しい。


 だが、こちらもこちらで約束がある。


「ローレンスと、君の弟子の一年生かい?ローレンスにはさっき許可を得てきたし、弟子の方も大丈夫だよ。一人で食事をすることにはならないさ」

「……!」

「彼も彼で、友人は増えているだろう?」


 君はなかなか増えないようだけど、なんて俺をからかいながら、完璧な外面のカイルが微笑む。


 ……そういうことか。


 普通に聞けば、ウェインにも友人はいるからそちらで食べさせておけ、という風にカイルの言葉はそう聞こえただろう。


 けれど、彼の俺に向けるにしては胡散臭すぎる笑みがあるとすれば話は別だ。


「そういうことなら、ぜひ」


 相変わらずの周到さにため息が出そうになる。


 俺も流石に、弟子の友人を全て管理しているわけではない。

 そんなことをしても無意味だし。


 けれど、名前や出身領地、身分、学内の兄弟ぐらいは把握していた。


 だから少し驚かされてしまった。

 ウェインの友人に、カイルの息がかかった人物が居るとは思っていなかったのだ。


「さあさあ、そういうわけで向かおうじゃないか」

「っ、……はい。カイル」


 肩に腕を回されて、いよいよ逃げることはできない格好になる。

 いっそのこと俺も腕を伸ばして肩を組んでやろうかと思うが、それをやれば貴族に対する不敬が過ぎる。


 わざと人の通りが多い道を選んで進むカイルに大人しく連行されながら、二人で食堂へ向かった。



 ****


 食堂の前では、待てと言われた忠犬のようにどこか落ち着かない様子で、ウェインが誰かを待っていた。

 彼の周りには数人の騎士科一年生もいる。


 そのうちの一人と目が合った。

 これまでにも幾度か顔を合わせたことがある、ある侯爵家の縁戚にあたる少年だ。

 確信はないが、見なりやこちらへの反応を見る限り、彼がカイルの知り合いだろう。

 目が合ったことには、気づかなかったふりをしておく。


 ウェインの待ち人が誰かなんて考えるまでもなかったから、カイルに回されていた腕を解いてもらった。


「師匠! あの──」

「あー、こっちも似たような状況だ。各自対応で」


 駆け寄ってきたウェインがカイルの顔を見て察してくれたから、簡単に指示を出す。


「てことは……今日はバラバラっすか?」

「だな」

「っ、了解っす!」

「じゃ、また放課後」

「はい!」


 返事をするとくるりと方向を変え、友人の方に帰っていく。

 笑いながら輪の中に入っていく様子は、随分と馴染んでいるようだった。


「君もあれくらいで良かったのさ」

「……それは、難しかったですね」

「別に今からでも僕は構わないんだよ?」

「それも違うでしょう」


 カイルの言葉を否定し、笑いながら提案を退ける。


 ウェインは確かに騎士や貴族の家に生まれたわけではないけれど、元Aランク冒険者で、冒険者ギルドのマスターの父親がいる。

 身分に怯えた俺とは違うのだ。

 それに、俺がいる。

 何かあっても助けてくれる誰かがいるだけで、やりやすさは全然違う。


「そうかい」


 カイルは何かつまらなさそうにして言うと、食堂の中へ入った。



 ****



 食堂ではカイルの身分に合わせた席に座った。

 二人がけで、対面しながら食べる格好となる。


 ウェイン達はやや離れた席にいる。

 カイルの知り合いがあの中では一番身分が高いらしい。


 それから、その少し奥の方にも目を向けてみた。

 探した姿は見当たらない。


「そういえば、ローレンスの姿が見えないですね」

「ああ、彼なら寮に行っているよ」

「寮に?」


 それは珍しい。

 ローレンスが寮で食事をすることは滅多にない。


「まあ、彼の寮じゃなくて、僕の寮だけど。グレンとジェシカといるはずだよ」


 学園の寮は大まかに貴族寮、一般向けの寮、留学生寮に分かれている。

 その中でも上級貴族と下級貴族は別の寮だと聞くし、一般向けの寮で生活するウェイン、ローレンス、リーナもそれぞれ違う寮だ。

 留学生寮も、国ごとに分かれている。


 それで、ローレンスは上級貴族の寮にいるらしい。

 あいつは絶対テンパってる。


「それは、いきなりですね」


 まさか突然貴族寮に訪問することになるとは。


「はは、気の毒そうな顔をするのも分かるけどね。少しは喜んであげればいいさ」

「……ええ、はい」


 カイルに言われてようやく、頭の中にあった知識と結びついた。

 学園の生徒が自分より身分の高い寮に誘われるのはとても名誉なことらしい。


 というのも、その場で話されるのは大体、卒業後の進路についてなのだ。

 寮には食堂以外にも同じフロアに個室があって、そこで貴族側から引き抜きの打診をかける。


「しかし、随分と早いですね。今の時期は、三年生でもそう多くないでしょう?」

「まあね。けど、あの二人は誰よりも早く声をかけておきたかったんだって」


 ローレンスの実力は申し分ないし、すでに面識があることは大きい。

 それに、進路へのこだわりもあまりないから、今のグレンとジェシカの二人にはうってつけの人材とも言えた。


「この冬に、親も交えてかなり進んだ話までしたそうだ」

「ああ、そのことは、グレンから少し聞かせてもらいました」


 グレンとジェシカは、この冬に婚約した。

 学園祭でエスコートもしていた二人だし、家格も釣り合う、ちょうどいい相手だ。

 お互いしっかりしているし、仲もいいからきっと上手くやるだろう。


 今年の学園が始まってからその話を聞いても、何も驚きはなかった。

 十三、四歳で結婚が決まるのも、この世界では珍しいことではない。


 それで、婚約に至るまでにグレンのウォーカー伯爵家とジェシカのスターリング侯爵家の間で話し合いが行われていたらしく、グレンの身の振り方も決まったそう。

 ウォーカー伯爵領で街が一つ与えられて、そこを治めながら、伯爵領軍の幹部を兼任していくとのこと。


 グレンとジェシカのいずれも直系の子ということで扱いも手厚い。


「まあ、ここら辺の話は置いておこう。別にグレンとジェシカに振られたから君とここにいる訳じゃない」


 そう言って、カイルはほんの少しだけ視線を俺から外し、何かを伝えてきた。

 俺もそれに頷く。


 ……やっぱりカイルも知ってたのか。


「本当に君はよく気がつく。話が早いよ」


 カイルが笑顔を作るように口角を上げ、目を細めた。


「さて、何か僕に言いたいことはないかな? なんでもいいよ」


 素直に頼めば、俺は楽になるだろう。

 だが、それはそれでまた、別の問題が出てくる。


 だから、彼には一切の問題の解決を頼んだりはしてやらない。


「それでは一つだけ聞かせていただきたいのですが……カイルとシアラー家の彼、どういった関係で?」


 カイル以外には誰にも聞こえないよう、声を落として俺がそう言うと、細められていた瞼の奥で茶色の瞳が丸まめられのが見られた。


「……何でそんなこと?」


 それでも、すぐに平静を取り戻して尋ね返すカイルは流石だと思う。

 カイルと話すことに慣れていなかったら、驚かれたことに気づいていなかったと思う。


「これまでより、俺に近付かせ過ぎです。以前までならとっくに居なくなっていたはずですから」


 先程、カイルが目を向けた方を俺も目で示す。

 そこにいるのは、食堂で食事をしている生徒の従者であった。


「あそこの彼をちょっと調べて、シアラー家の一年生がやってることが分かったのですが、カイルがどうして止めないのか不思議に思いまして」


 言葉をやめて、表情を笑顔に固めたままのカイルの言葉を促す。

 すると、どこか力が抜けたように、彼がため息を吐いた。


「はあ……僕も君を寮に連れていった方がよかったかな」

「……それは、なんとも」

「冗談だよ。……まったく、まさか君が全部を調べられるだなんて思わないじゃないか。うん、君はいつも僕の想像を越えてくる」


 俺も初めは、カイルが気付いていないものだと思っていた

 これまでにも、何人も俺に偵察が付いてきたが、数日もすればカイルが排除していたからだ。


 だけど今回は付けられる期間がやけに長かった。

 そうなると逆に、カイルが知っていると仮定した方が色々しっくり来たのだ


「まあ、簡単に言うと、彼と僕はとても仲が悪いんだ」


 ここまで推理を当てたら、カイルは素直に白状してくれた。


「僕も彼を好まないし、彼も僕のことを嫌いだと思ってるはずだよ。多分、同族嫌悪なんだけどね」


 シアラー家の一年生というのは、一年生の騎士科十組にいる貴族の生徒だ。

 腕は十組の中で際立っている訳では無いが、現公爵の甥ということで身分は一番高い。


 ウェインとは別のクラスだが、話を聞くと、何度か接触はあったらしい。

 あまり、仲良くしたいタイプではなかったとぶっちゃけられたのを覚えている。


「それで、どうやら彼は、一年生騎士科のウェイン君が既に僕に紐づいていたのが気に食わなかったらしい」

「え?」

「いやあ、彼は君が僕の手下だって勘違いしてるみたいでね。ウェイン君を自分の手下にできなかったのは僕のせいだと思ってるらしい」


 カイルのこれまでのアピールは大成功していたようだ。

 他もみんなそう思っているのだろうか。


 いや、今の問題はそこじゃない。


「それで、君と仲のいいグループがあるじゃないか。ローレンスとナディア、それから君の幼馴染と弟子の五人。彼の中では、あそこも僕が主導して集めさせたことになってるよ」

「それは……」


 ……つまり、あれか。


「私に意識が向いているのではなく、カイルに意識が向いていると?」

「そういうことだね」


 今度は満面の笑みで言ってのけるカイルに、脱力した。

 リーナが狙われていたのも、カイルと彼の喧嘩の貰い事故でしかなかったようだ。

 俺の心配をどうしてくれるのか、いや、どうにもならないのだけど。


「それで、色々工作をしたいから君とかに人を付けていたみたいだね。なんとかたらしこもうと頑張ってるみたいだ」

「……それで、カイル。あなたは何故野放しに?」


 これまでのカイルは、徹底的に俺の周りから人を排除してきた。

 その方向転換は何故か。


 まあ、ここに呼ばれた時点で大体分かっているのだけど。


 悪びれる素振りもなく、カイルは言い放つ。


「彼のやり口がなかなか面倒だったから、君が僕を頼ってくれるんじゃないかなあ、なんてね」


 まったく、嫌な友人を持ってしまったものである。

ありがとうございました。


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