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二年生での変化

 今日の授業が終わった。

 今は自習のため、図書館に向かって歩いているところだ。


 今日はウェインの特訓が休みで、彼は自主練中。

 俺も師匠と呼ばれるからには極力相手になってやりたいけれど、学生の身分でもあるから、自分の勉強は大切にしたい。

 それで、六日ある一週間で三日間は彼への指導、残りの三日は休日を含めて俺の時間、という風にさせてもらっている。


「そんな感じでいいか?」

「……もちろんっす!」


 最初に学園での扱いを決めたとき、ウェインは少し迷いながらも頷いてくれた。


 まあ、今は俺が相手しない日でも、学園で新たに出来た友人と、暇を持て余したローレンスがウェインの相手をしているから、腕は磨けているだろう。

 学園の中で数えれば、ローレンスはトップレベルの実力者であるのだし。


 ちなみに、ウェインもローレンスも、図書館に誘ったところで喜んでついてくるタイプじゃない。


 ……まあ、テスト前になったら呼び出そう、俺が恥をかかない為にも。


「あっ!」


 ぼんやりとそんなことを考えながら歩いていると、一つ隣の通りから、こちらへと向けられた声が聞こえた。


「レイお兄ちゃん!」


 通りを隔てる木々の奥から、ぶんぶんと力強く振られる手が見える。

 なにか、犬の尻尾を見ているようだ。

 もちろん、リーナのものである。


 俺も、軽く手を振り返す。


 リーナは、侍従科で出来た友人らと共に図書館に向かっていたらしい。

 彼女らに何かを言って、俺の歩いている通りと合流するところまで駆け足で向かっていった。


 俺もそれに合わせて、少し歩を速める。


「今日は勉強の日だったね」

「うん、って、リーナは友だちと一緒じゃなくていいのか?」

「図書館で合流するもん」


 頬を膨らますリーナに軽く応えてから、ちらりとまだ隣の通りにいる彼女の友人の方を見る。


 その中の一人が優雅に会釈をしたから、俺もそれを丁寧に返す。


「クリスティーナ様が優しくしてくれてるからって甘えすぎないで、最低限は気をつけるように。いつも言ってるだろ?」

「……はあい」


 先程までリーナが共に行動していて、さっき俺に会釈をしたのは子爵家の令嬢で、正真正銘の貴族様である。

 侍従科では貴族クラスに所属しているが、授業で顔を合わせた際、リーナへ声をかけてくれたらしい。


 まだ奥の通りを歩いている三人は、リーナと一緒にいることが多いから、俺ももう面識がある。

 全員クラスは違うそうだが、クリスティーナ様を中心にした、侍従科上位クラスのグループと言える。


 ちなみに、リーナを含めて全員顔が良い。


 ……思ったより手が早かったよなあ。


 クリスティーナ様には俺と同い年の姉が居て、直接の会話はしたことは無いが、一度顔を合わせたことがある。

 その時の場所は、侍従科の校舎に近い東屋だ。


 そう、クリスティーナ様の姉はシャーロットのお茶会の参加者の一人である。

 クリスティーナはその姉との仲もいいらしい。

 まあつまり、姉妹でシャーロット派の貴族だ。


「あ、そうだ! さっきね、ティナ様にお茶会に誘われたの」

「へえ、良かったな。マナーとかは……大丈夫か」

「リーンさんたちに習ったことはしっかり覚えてるよ。……でも、失敗しないようにしないと」


 頑張るぞ、とリーナが両の拳をぐっと握った。


 女子社会については、齧った程度にしか知識がないが、男の実力社会とはまた違った様相を呈していることはわかっている。

 その中でお茶会などは、自分がどの派閥に所属していて、誰に庇護されているのかを明確に現すものである。

 立場の弱い者にとって、学園生活を上手く回すためには必須とも言える。


 リーナもそれを母さん達から教えられているから、気合を入れている。


 まあ、リーナも先程のように時々、主に俺が絡むと、まだまだなところが見え隠れするが、基本的な知識は身についている。

 今でもう仲良くしてもらっているのだし、俺の余計な心配はいらないだろう。


「それでね、ティナ様のお姉様達にもお会いするの」

「へえ……」


 ……ほう。


 ティナ様の姉達というと、つまり。


「レイお兄ちゃんが前に教えてくれた、シャーロット様もいらっしゃるんだって。偉い人、なんだよね?」

「……そうだな」


 急に心配になった。

 いや、シャーロットが出てきたところでリーナが何かしらの害を被るとは思えないし、むしろリーナにとっては早い段階で侍従科でも大派閥を築いている彼女と顔を繋げるのはありがたい。


 心配なのは俺の身の方である。


 外堀を埋められるなんて言葉が頭に浮かんで、どうにか押し退けた。


「まあでも、シャーロット様は穏やかな人だから、心配し過ぎないでいい。今のリーナを呼んでくれてるんだから、最低限しっかりできればきっと大丈夫だと思う」


 リーナの不安を少しでも取り除くため、笑顔を見せる。


 それに、リーナがシャーロットの不興を買うことはまずないだろう。

 言っちゃなんだが、そんなところで俺と対立する選択肢を選ぶようなシャーロットではない。

 本人がリーナを気に入らなかったにしても、誰かを使って自分と紐付けているだろう。

 それだけで、俺へのカードが増えるわけだし。


 でも、それでいい。


「それじゃあ、勉強も頑張って」

「ばいばい、また後でね」


 俺には自分の身を守る力ぐらいある。

 リーナの学園生活が良いものになるなら、とことん利用してもらって構わない。


 パタパタと走り出し、友人達に追いついたリーナの背中を見て、一応身構えだけしておくか、なんて考えるのだった。



 ****



「……レイお兄ちゃんって、図書館のどこで勉強してるの?」

「書架側の木椅子だよ。リーナからも見えてるとこ」


 閉門の19時ギリギリまで一人で勉強をしているリーナを寮まで送るのが、俺の最近の日課であった。


 それで二人で図書館を後にする時、いよいよリーナに聞かれた。

 いくら学園の図書館の広しと言えど、勉強をしていて、本を探しているというのに一切出会わないのは少々不思議だろう。


 それでもリーナに聞かれたことに、ちょっと意地悪を加えて、素直に答える。


「えっ?」

「はは、隠密……あー、人に気づかれないようにしてるから」

「そんなことできるの? 魔法?」

「うん、似たようなもん」


 俺の使う隠密は導師の直伝で、闇の魔力の直接操作によるものだ。

 だから、一般に言う魔法とはまた違ったものだが、そこの説明はいらない。

 リーナの問いには軽く肯定した。


「やっぱ、ちょっと目立つからさ」

「……そうだね」


 俺の言葉に、否定の意を込めた間を入れてリーナが答える。


「その間は何?」

「……ちょっとじゃないもん……」


 二年になって、俺の注目度は確実に増した。


 入学以降は奇異の目で、決闘以降は力への興味で、夏が明ければその力への評価で。

 様々な意図でこれまで注目されてきてはいた。


 しかし、この春からはまた違った、様々な目で見られている。


「レイお兄ちゃん、大人気だもん」

「……そうだな」


 リーナの言うことは事実だから、その膨れっ面に少し困らされる。


 ……まあ、大人気でも、良いことはほとんどないけど。


 今の俺に向けられるものは幾つかある。


 まず、夏以降からあった貴族からの勧誘。


 今は軽い調子だが、そろそろ本格化もしてくるだろう。

 これはあまり迷惑ではない。

 貴族達は無様な姿を見せられないから引き際を弁えて行動してくれるし、それより何より、俺への関心が特に強い二人が牽制をしている。


 それから、多分、今リーナの頬を膨らませている原因になっている、恋愛的なアプローチ。


 最近はこれの対処になかなか骨を折らされる。

 叶斗時代には味わえなかったモテモテ気分だったが、押しが強すぎてちょっと怖い。


 カイルが言うに、ここまで周りの押しが強いのは表彰式で舞台に上がったことが大きいそう。

 学園祭で受賞した生徒は、華々しい未来が約束されたも同然らしく、俺はその時点で優良な婿候補となったわけである。


「自分で決めなければいけないなんて、難儀するね」


 貴族で、おそらくは家格に見合う結婚相手を見繕われるだろうカイルには、そう言われた。

 彼も非常にモテるが、彼の方が周りへの対応も余程スマートだ。

 まあ、彼には勝手にひとを嫁の候補にして迫ってくるような男子学生との接触を避ける必要もない。


 あと好意的な視線は、俺ほどでないにしても身分の低い者からの羨望やら、俺の容姿を評価する者達の鑑賞やら、単純に見たことのある顔への興味やらだ。

 見ず知らずの誰かが、貧民から表彰まで上り詰めたという美談を持て囃しているのは少々むず痒いが、それを励みに新入生が頑張れるのならそれでいいだろう。

 あとの二つは去年からあったし、もう慣れている。


「大変なのは分かるけど、レイお兄ちゃんが見つけられないのは、ちょっと悔しいな……」

「リーナに見つけられるようだと、俺が導師に怒られるよ」


 リーナは悔しいというより、どこか寂しいといった様子だ。

 少し可哀想にも思うが、人目を避けなければ一人で勉強などできないから、なんとも言えない。


「むう……」

「けど、リーナは光の魔力を持ってるから、そういうのは得意になれるかもしれないよ」

「ほんと!?」

「まあ、だいぶ頑張らなきゃいけないけどね」

「頑張るよ!」


 実際、魔法で闇の隠密を見破るのは同じベースで違和感を探る闇か、全く逆のベースから暴く光の魔力の特権である。

 リーナには光の魔力があるし、魔法のセンスも悪くないから、鍛錬したら身につくだろう。


「そういう光属性系統の魔力についての本もいくつか知ってるから、また教えるよ」


 そんな約束をする頃、リーナの生活する学園寮の入口に着いた。

 部外者である俺はここから先は進めないから、手を振って別れる。


 ……隠密探知、覚えてくれたら楽だけど。


 最近は学園内であっても、人通りが少ない時にリーナを一人で歩かせるのが心配だ。


 一人になって少しだけ、気配を探るのをいつもの距離より広げる。

 寮までの道を急ぐ生徒以外、特別誰もいない。


 ……カイルが気づいててくれると楽なんだろうけど。


 俺に向けられる視線が好意的なものだけではないのを、ちゃんと理解している。


 大きな家の生まれでプライドの高い生徒、意中の女子生徒が俺へすり寄るのを見た男子生徒。

 そんな者達の妬みや嫉み、嫌悪を感じる時も多々ある。


 ……情報集めも面倒なんだよ。


 帰ったらまた敵対可能性のある生徒のリストアップか、なんて考えると気が重くなるのは当然だった。







ありがとうございました。

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