冬の終わり
激しく、強く、固い守りの奥へと、剣が振り下ろされる。
「はあ!」
「……ふんっ!」
剣の技を見れば、守る側が余程上である。
けれど、生まれ持った体格と魔力、それから幾多の殺意ある実践を乗り越えてきた経験で勝るのが攻めた側だ。
そしてついに、正確無比なその守りが破られる。
「らあっ!!」
「っ……!」
ここまで抜群のタイミングで力で勝る相手の剣を逸らしていたが、身体強化がゆらいで間に合わない。
一度弾かれた自分の剣が、次の攻撃までに戻ってくることはなかった。
「うおっしゃ!!!」
「くっ……」
勝者が派手に喜びを表し、敗者は悔しそうに顔を歪める。
俺は、友人達の熱い戦いに称賛の拍手が出た。
「おー、最後の最後に勝ち越したか」
「はあ、はあ……やってやったぜ」
一日でそれぞれと五戦ずつ、四人でそうやって戦うから計十五戦。
それぞれに回復をしたり回復をかけたりしながら、この十数日は日がな剣を降っていた。
それで出発する今日、ついにラスがローレンスに対しての当日成績を三勝二敗として、勝ち越した。
「……次会った時は、なんでもありで一発勝負だ」
「おう、やってやるよ」
俺と同じく小柄なローレンスが見上げる形で、それでも力強くラスの目を睨みつけて宣言する。
今の力関係だとローレンスの方が優勢であるが、この期間中だけでもラスの成長速度は目を見張るものがあった。
そもそも俺がトルナ村を旅だった一年前は身体強化すら使えなかったのが、見習い冒険者だとは思えないぐらいに上達していたのだ。
まったく、末恐ろしい才能である。
そんな風に、強くなると誓ったあの日の姿と今の姿を比べて胸をじんとさせていると、俺の後ろから声が発された。
「次、オレもリベンジしますからっ!」
「おう、受けて立ってやるよ」
この期間中での成績は最悪も最悪であったウェインのものだ。
ラスにも勝ち越した日は無かったし、ローレンスに対しては全体を通して数回だけしか勝利を掴めなかった。
十組に入れたことから身体強化もそれなりに使えるが、まだまだ粗さが目立った。
けれど、彼が一つ一つの試合に望む姿勢には我が弟子ながら感心させられた。
負け続けても腐ることなく、常に全力。
自分の敗因を修正しようと、相手の良いところを盗もうと、何とか隙を突こうと、懸命に戦っていた。
これから学園にいる間にどんどん伸びて行くだろう。
「ウェイン、こっから特訓だな」
「はい、師匠!」
「えー。レイがそっち側かよ」
「私はいつでも相手になってやるぞ、ウェイン」
もちろん、俺も時折手助けしつつ。
綺麗な感じで話が纏まった。
この四人でいつかまたこういった場を設けよう。
「リーナ、終わったよ」
「……うん!」
冬の終わりを告げようとする暖かな日差しの下で、ローレンスに借りていた初級治癒魔法の教本を読むリーナに声を掛ける。
リーナはたまに剣に興味を示すこともあるが、基本的にここで集まっている時は本を読んでいた。
俺やローレンスも、見ていても退屈だろうといくつか手持ちの本を貸している。
今日は集中して読んでいたようで、リーナにしては珍しく、俺が声をかけても返事までに一瞬の間があった。
「魔法、興味あるのか?」
「うん」
素直に頷いてピンクの髪を揺らす。
侍従科に行くからあまり魔法とかには興味が無いと思ってたけど、そういうわけじゃなさそうだ。
「ちょっとだけ、使えるんだよ?」
「嘘っ」
「ほんと」
「それ、ほんとだぜレイ」
驚いて、思わずリーナの方を凝視してしまう。
リーナが魔力を使おうとする機会をそういえば見たことがなかったか。
魔力を動かせるようになっていたとは知らなかった。
「去年の春からギルドで手伝いもしててな。そこで知り合った治癒師の先輩に教えてもらってた」
「その短期間で魔法を一から覚えたなんて、すごいよリーナ」
ラス曰く、学園受験のために見習いに行ってなかったリーナは、途中からギルドの事務の手伝いをしに行っていたらしい。
魂胆としては、そうやって魔法を教えてもらえるかもしれないということがあったそうで、それが見事に成功したというわけだ。
ここに来るまでの護衛にBランク冒険者が快く付いてきてくれたのも、リーナが彼らとも顔見知りになっていたのが理由の一つだそう。
「覚えられたのはアビーさんが優しかったからだよ」
「まあそれと、レイお兄ちゃんのためだもんな」
「うん!」
「偉いな、リーナ」
「リーナは水と光だったな。ナディアに教えてもらえたりもできるんじゃないか?」
「……ナディア?」
ちょっと二人の雰囲気になりそうだったのが、ローレンスにナチュラルにブロックされた。
しかし、そのブロックの仕方はどうしてかちょっとまずい気がする。
いや別に、何もやましいことではないはずなのだけど。
「女の人?」
「……ああ。隣の国からの留学生。治癒師科の十組」
「また……、ううん。レイお兄ちゃんのことだから、そんなことだろうとは思ってた」
「えー……」
……また、って……リーナ、そうか。
けれど、浮気者のような立場になったのは心外である。
確かに少ない友人に女子の割合がやや多いのは事実だが、関係性はキレイなものだ。
別に特別な何かがあるわけではない。
「新学期になったらリーナに紹介するよ。俺とローレンスの友人だし、優しいし、リーナと一緒で勉強熱心だから、きっとリーナも仲良くなれるよ」
まあ、こんなことを言わなくても、リーナが俺と行動するならおそらくすぐに会うことになっていたと思うけどさ。
****
「それじゃあラス、気をつけて。また会おうな」
「ラス、元気でね」
「おう! 二人も頑張れよ」
そしてその日の午後、"紅蓮の双剣"とラスを見送りに、揃って学園都市の南東の出口に来ていた。
「ようし、ラス、別れは済ませたか?」
リーダーのロイさんが馬車の準備をしてラスに問いかけた。
向こうの準備が整ったようだ。
ラスは手を上げて答えてから、もう一度こちらを見た。
「リーナ……頑張れよ」
「うん。ありがとう、ラス」
妹から感謝を述べられ、満足そうに頷く。
「レイ、リーナを頼んだぞ」
「もちろん」
これは俺も二つ返事だ。
それを聞いてから、ラスが俺の耳元に顔を近づける。
「あと、夜の方の活動も大変だと思うけど、オレはあれ、応援してるぜ」
「……夜?」
「ゼロ、お前だろ?」
「! ……正解」
「噂で聞いただけだったけど、滅茶苦茶らしいからな」
確かに噂にも流れるゼロの姿は俺の背格好と似たような感じで、顔も変えてはいるが隠しているのは属性ぐらいだ。
俺が全属性と知っていれば推測は難しくないかもしれない。
レイはそういうおっさんとか嫌いだって言ってたもんなと笑ってから、ラスは再び曲げていた背を伸ばした。
「それと……」
そして、目の熱を変える。
いくつか見てきた、強い強い熱を持った目だ。
「次会ったら絶対勝つから」
「うーん、どうかな。俺もまた強くなっておくよ」
「……それでもいい。追いついてやる」
四人で仕合をし続けてたわけだから、もちろん俺も参加していた。
ちなみに戦績は全員に全勝である。
まだまだ負ける日は近くないと思う。
けれど、懐かしいラスの表現を聞いて、あの日の約束がちゃんと続いていることを感じた。
「まだまだだけどな」
「ちゃんと追い付いてやるよ」
だから今度は送り出す俺から、拳を突き出す。
そしてラスもそれに応じる。
二人で歯を見せ合うと、ラスはそのまま後ろを向いて歩き出した。
その背中が逞しくなっているのを感じられるのは、久しく会ってなかったおかげだろうか。
「またね、ラス。ありがとう!」
リーナが大きな声で兄に伝えた。
背を向けたまま、ラスはひらひらと手を上げて振ると、そのまま馬車に乗り込んでいく。
そして二頭の馬が嘶き、そのまま門を進んでいった。
別れの際にまた今度を強調したのは、フラグなんかじゃない。
言葉に出すことで、実現するように心をこめるためだ。
この世界は生きるのが簡単じゃない。
ラスの選んだ道はもっと難しい死と隣合わせの道だ。
けれど、その先でまた会えるように。
会ってまた笑い会えるように。
俺たちはまた会う時のことを、さよならの言葉にする。
****
「ぐえっ」
「……っ!!」
「ガッ……」
ラスたちの日程の都合で、今日だけはリーナが一人で宿に泊まる。
一晩ぐらい一緒に居てやることも考えたが、今のリーナと夜に二人きりというのもなんだか落ち着かない。
宿に行って寝かしつけてやってから、そのまま夜の街を駆けた。
ラスに応援されたことだし、ゼロは冬以降も精力的に活動していこう。
それに今日はこうしておけば、リーナのような少女を狙う不貞の輩も排除できる。
そのリーナの方は、今はシズクとナギに見てもらっているから問題は無い。
『もうすぐ春ね』
「うん。この時間でも暖かくなってきた。次の衣装を考えようかな」
ルリの質問には冗談で答えた。
魔法で簡単に体感温度は変えられるから、衣装を変える必要はない。
ああ、最近のゼロの活動の時は精霊達にお願いされて一緒に行動しているのだ。
力を振るうわけではないから、エルフからも身は隠せるというのが彼女らの主張である。
アリスや、今年から新しく学園の教員陣に加わるというジークリンデ先生にバレないのであれば、一緒に行動しながら犯罪制圧活動をした方がいい。
『アレ、違う?』
「……正解。春のせいかな、今日はいつもより多い気がするよ」
ヒスイに指摘され、見ていなかった方を探る。
春のせいか、はたまた春になって街に新しく入ってきた商人に紛れたせいか。
理由はどうであれ今そこでガチャガチャと窓の鍵を壊そうとしている窃盗犯のような輩が増えた。
「ゼロの名前、ちゃんと浸透させないとなあ」
****
入れ替わりの新参犯罪者達にも、この街での行動は慎むよう警告できただろう頃に年が明けた。
そうすれば、一週間が経つのもすぐだった。
久しぶりに白の制服を着込み、ドアを開ける。
「行ってきます」
今日からまた、学園での生活が再開するのだ。
ありがとうございました。